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4.親子をむすぶいよかんムース
4ー8
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庭にあるチャチャの小屋で、拓也さんが用意してくれていたエサをあげると、チャチャは尻尾をふりながら嬉しそうにエサを食べ始める。
そういえば、チャチャがおばあさんと一緒にタルトを食べたときも嬉しそうに食べていたな……。
おばあさんは結果、未練を解消して成仏していったけれど、もしも幽霊が成仏できないままいたら、どうなるのだろう。
永遠に、この世と未練にとらわれ続けるのだろうか。
きっとその時間は孤独でつらいのだろう。
想像するだけで、苦しい気持ちになる。
未練を解消できるかどうかは結局は本人次第だ。私たちは、ただそのお手伝いをするだけ。
もしも、晃さんのお母さんがこのまま未練を解消できないまま、ずっとここに居続けてしまうのなら、別の方法で成仏する方法を考えた方がいいのだろうか。
チャチャと再会する直前のおばあさんのように、必ずしも未練が解消されなくても本人の中で上手く折り合いをつけられたら、成仏に気持ちが向かうかもしれないのだから。
このままじゃ、誰も救われない。
こちらの憂鬱な気持ちなんて知る由もないチャチャのがっつく姿をぼんやりと眺めながら、ひとつため息を落とした。
「どしたん? 元気ないけど悩みごと?」
そのときどこからともなくかけられた声に、思わず背筋を伸ばす。
「ごめんごめん。驚かすつもりなんてなかったんよ。ただ、そこの窓から見えたケイちゃんの姿がすごく考え込んどるように見えたけん、ちょっと気になって」
声の聞こえた方へふり返ると、はなれの方から出てきたのであろうなずなさんが私のすぐ近くまで来ていた。
なのかさんと色違いで着ているピンクのルームウェア姿で、素足にはピンクのサンダルを履いている。
「そういうわけじゃ、ないんだけど……」
「どしたん? 何でも聞くで」
「……ううん、何でもない。私、そろそろ仕事に戻るね」
私はまるで逃げるようにそそくさとその場をあとにした。
もしかして、変に思われただろうか。
だけど、本当のことなんて言えるわけがなかった。
お母さんが幼い頃の晃さんにトラウマを植えつけたことは、なずなさんが教えてくれたのだから。
事情を話してくれたなずなさんの姿を見ているから余計に、晃さんだけでなくお母さんのことも助けたいという考えは理解してもらえないような気がした。
*
何もしなければ何ひとつ状況は変わらない。
それなのに、来る日も来る日もむすび屋の外から中を覗いているお母さんの姿があるのは、この日も同じだった。
あれから何度もどうするべきか考えたけれど、私の口からお母さんの気持ちや真実を晃さんに伝えることは、あまり良い方法ではないという結論に至った。
晃さんに話を聞く気がない以上、どれだけ訴えかけても伝わらないだろうと思ったからだ。
とはいえ、お母さんのためにも晃さんのためにも、このまま放っておくことが良いとも思えない。
何より晃さんは幽霊が見えて、声も聞こえるのだ。
過去に出会った和樹くんのときは、想いを伝えたいお兄さんに和樹くんの姿が見えず、声も聞こえなかったから代わりに伝える必要があったけれど、今回は前提条件が違う。
本来なら不可能なことが可能なのだ。
お母さんには、これまでの後悔も謝罪も真実も、全て自分の口で晃さんに伝えてほしい。死んでまで会いに来るだけの愛情があるなら、尚更そうだ。
すれ違ったまま、親を一生恨み続けることが幸せとは思えない。
だからこそ何度追い返されても、傷つけられても、晃さんのために、誤解を解く努力をしてほしい。
そして、晃さんもお母さんを突き放すのではなくて、これまで抱えてきた想いを全部ぶつけてほしい。
頑なに拒んで自分の殻の中にとじ込もっていれば、それ以上傷つけられることはないのかもしれないが、何の解決にもならない。
そして片方が幽霊になった今も顔を見て会話が出来るのに、お互いを避けて逃げ回っていては、平行線をたどるだけだ。
私は、決してそれが二人にとって良いとは思えなかった。
目の前にあるもどかしい状況に、居ても立ってもいられなかった。
私は目の前に見える哀愁を帯びた横顔に、意を決して声をかけた。
「今日も来られてるんですね」
「……ええ」
お母さんは大きく目を瞬かせながらこちらを見た。
普段は目が合っても会釈程度で、ずっと素通りしていた私がまさか話しかけて来るとは思ってなかったのだろう。
すぐに決まりが悪そうに視線を元の位置に戻すお母さんに、私は本題を告げる。
「私も協力するので、晃さんに気持ちを伝える方法を考えませんか?」
少しでも、縛られている未練から解放するために。
「……想いを伝えるって言われても無理に決まっているじゃない。晃には拒絶されていて、話すら聞いてもらえないっていうのに、何ができるっていうの? あなたも私があの子に追い出されるところを見てたでしょう?」
案の定、大きなため息とともに、あっさりと私の提案は突っぱねられてしまう。
そういえば、チャチャがおばあさんと一緒にタルトを食べたときも嬉しそうに食べていたな……。
おばあさんは結果、未練を解消して成仏していったけれど、もしも幽霊が成仏できないままいたら、どうなるのだろう。
永遠に、この世と未練にとらわれ続けるのだろうか。
きっとその時間は孤独でつらいのだろう。
想像するだけで、苦しい気持ちになる。
未練を解消できるかどうかは結局は本人次第だ。私たちは、ただそのお手伝いをするだけ。
もしも、晃さんのお母さんがこのまま未練を解消できないまま、ずっとここに居続けてしまうのなら、別の方法で成仏する方法を考えた方がいいのだろうか。
チャチャと再会する直前のおばあさんのように、必ずしも未練が解消されなくても本人の中で上手く折り合いをつけられたら、成仏に気持ちが向かうかもしれないのだから。
このままじゃ、誰も救われない。
こちらの憂鬱な気持ちなんて知る由もないチャチャのがっつく姿をぼんやりと眺めながら、ひとつため息を落とした。
「どしたん? 元気ないけど悩みごと?」
そのときどこからともなくかけられた声に、思わず背筋を伸ばす。
「ごめんごめん。驚かすつもりなんてなかったんよ。ただ、そこの窓から見えたケイちゃんの姿がすごく考え込んどるように見えたけん、ちょっと気になって」
声の聞こえた方へふり返ると、はなれの方から出てきたのであろうなずなさんが私のすぐ近くまで来ていた。
なのかさんと色違いで着ているピンクのルームウェア姿で、素足にはピンクのサンダルを履いている。
「そういうわけじゃ、ないんだけど……」
「どしたん? 何でも聞くで」
「……ううん、何でもない。私、そろそろ仕事に戻るね」
私はまるで逃げるようにそそくさとその場をあとにした。
もしかして、変に思われただろうか。
だけど、本当のことなんて言えるわけがなかった。
お母さんが幼い頃の晃さんにトラウマを植えつけたことは、なずなさんが教えてくれたのだから。
事情を話してくれたなずなさんの姿を見ているから余計に、晃さんだけでなくお母さんのことも助けたいという考えは理解してもらえないような気がした。
*
何もしなければ何ひとつ状況は変わらない。
それなのに、来る日も来る日もむすび屋の外から中を覗いているお母さんの姿があるのは、この日も同じだった。
あれから何度もどうするべきか考えたけれど、私の口からお母さんの気持ちや真実を晃さんに伝えることは、あまり良い方法ではないという結論に至った。
晃さんに話を聞く気がない以上、どれだけ訴えかけても伝わらないだろうと思ったからだ。
とはいえ、お母さんのためにも晃さんのためにも、このまま放っておくことが良いとも思えない。
何より晃さんは幽霊が見えて、声も聞こえるのだ。
過去に出会った和樹くんのときは、想いを伝えたいお兄さんに和樹くんの姿が見えず、声も聞こえなかったから代わりに伝える必要があったけれど、今回は前提条件が違う。
本来なら不可能なことが可能なのだ。
お母さんには、これまでの後悔も謝罪も真実も、全て自分の口で晃さんに伝えてほしい。死んでまで会いに来るだけの愛情があるなら、尚更そうだ。
すれ違ったまま、親を一生恨み続けることが幸せとは思えない。
だからこそ何度追い返されても、傷つけられても、晃さんのために、誤解を解く努力をしてほしい。
そして、晃さんもお母さんを突き放すのではなくて、これまで抱えてきた想いを全部ぶつけてほしい。
頑なに拒んで自分の殻の中にとじ込もっていれば、それ以上傷つけられることはないのかもしれないが、何の解決にもならない。
そして片方が幽霊になった今も顔を見て会話が出来るのに、お互いを避けて逃げ回っていては、平行線をたどるだけだ。
私は、決してそれが二人にとって良いとは思えなかった。
目の前にあるもどかしい状況に、居ても立ってもいられなかった。
私は目の前に見える哀愁を帯びた横顔に、意を決して声をかけた。
「今日も来られてるんですね」
「……ええ」
お母さんは大きく目を瞬かせながらこちらを見た。
普段は目が合っても会釈程度で、ずっと素通りしていた私がまさか話しかけて来るとは思ってなかったのだろう。
すぐに決まりが悪そうに視線を元の位置に戻すお母さんに、私は本題を告げる。
「私も協力するので、晃さんに気持ちを伝える方法を考えませんか?」
少しでも、縛られている未練から解放するために。
「……想いを伝えるって言われても無理に決まっているじゃない。晃には拒絶されていて、話すら聞いてもらえないっていうのに、何ができるっていうの? あなたも私があの子に追い出されるところを見てたでしょう?」
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