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4.親子をむすぶいよかんムース
4ー13
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「いよかんも良いのを仕入れて来たので、遠慮なく使ってください」
「ありがとう!」
「“いい予感”と語呂合わせされる縁起のいい果物やけん、きっと上手いこといきますよ」
さっそく、みかんよりも大ぶりでオレンジ色をした球状のいよかんの皮を剥いていく。
“いよかん”という名前の“いよ”は、愛媛県の旧名の伊予から名付けられているらしい。
分厚いけれど柔らかい皮を剥いて、実を取り出していく。
このとき飾り用のいよかんの実を少し残し、残りの実は小さく切る。
小さく切ったいよかんの実と、ヨーグルトと砂糖を混ぜ合わせ、溶かしたゼラチンを加える。
ここに、六分立てにした生クリームを数回にわけて加えて、グラスに移して冷蔵庫に入れる。
簡単な手順ではあるが、材料が冷た過ぎるとゼラチンがすぐに固まってしまうし、そのあたりの加減が難しそうだ。
ひとつひとつを真剣な表情で取り組むお母さんを、私と拓也さんはそばでお手伝いをしながら見守った。
全部でグラス六つ分ムースは仕上がった。
冷蔵庫で固めたあと、仕上げには飾り用のいよかんと、拓也さんが用意しているミントの葉っぱを飾るのだ。
今日は休業日だから、まかないという形でみんなはここにごはんを食べに来ないが、晃さんには拓也さんの方から適当に理由をつけて夕方ここに来てもらうことになっている。
冷蔵庫にムースを入れ終えたのを見届けた私たちは、お母さんとともに食堂のテーブル席に腰かける。
「ありがとうね。ケイさんも拓也くんも」
「いえ……。私こそあきらめきれなくて、しつこくてごめんなさい」
「いいのよ。むしろ、そうしてもらえたから、一度拒絶されたけれどあきらめずに、また晃と向き合おうって思えたんだから」
そう言って、拓也さんが淹れた紅茶を飲むお母さんは、とても穏やかな表情をしている。
「晃のことを想ってお菓子を手作りをするなんて、本当に久しぶりで楽しかったわ」
だけど、拓也さんは違った。
「……晃を突き放して、俺らと住まわせた経緯はケイちゃんから聞いた」
真っ直ぐにお母さんを見つめる拓也さんの瞳は、注視していないと幽霊が見えないからというより、事の本質を見抜こうとしているように見える。
いくら私から事情を聞いて協力してくれたとはいえ、拓也さんの中ではまだ引っ掛かりを覚えているところがあるのだろう。
「精神状態が優れなくて晃を傷つけてしまったのも、そんな自分に耐えられんかったのも、突然背負うことになってしまった借金のせいで晃に苦労をさせたくなかったっていうのもわかった。第三者の俺は事情を知らんかったけど、あれがあのときの叔母さんの精一杯やったってことも何となく感じとった」
「…………」
「でも、何で死ぬまで一度も連絡を寄越さんかったん? 母さんやじいちゃんには時々電話しとったらしいけど、晃とは一度も電話も繋がんかったやん」
厳しさを含む拓也さんの声に、お母さんは紅茶の入ったカップを受け皿にそっと置いてうつむいた。
「いくら傷つけられたって言うても、俺らと住み始めた頃はいつか叔母さんが迎えに来てくれるって晃は信じて待っとったんよ」
「晃が……」
「それなのに電話を代わるんも拒否、手紙も寄越さん、会いにも来ん。傷つけたことを謝りもせん。その間ずっと何しよったん。忙しかったんやろうし、金にも困っとったんやろうけど、他の奴らに電話をかけることができるなら、晃と話すこともできたやろうが。そういう姿勢が少しでもあったら、こんなことにはなっとらんかったんやないん?」
「……ごめんなさいね」
「謝る相手は俺やないけん。ケイちゃんの頼みやったし、晃のことも少しでも救えるならと思って協力することにしたけど、そこんところわからんようやったら、また晃に拒絶されるで?」
お母さんは耐えきれず、うつむいて静かに涙を流し始めた。
「拓也さん……」
その当時の晃さんの悲しむ姿や苦しむ姿をそばで見ていた拓也さんだからこそ、きっとこれまでの鬱憤や疑問や怒りもあったのだろう。
でも、さすがにこれ以上は言い過ぎだと思ったから、私はこれ以上お母さんを責めることのないように拓也さんと視線を合わせると、小さく首を横にふった。
過ぎた過去は変えられない。
今更何を言っても、二人が一緒に過ごせなかった時間が戻るわけでもなければ、その間に感じた悲しみや苦しみがなかったことになるわけではないのだから。
それに晃さんは幽霊が見える体質だから可能なだけで、本来なら死んでしまえば生前にわだかまりのできてしまった相手との関係を再構築するどころか、話すことさえ叶わない。
こうしてどうにかできるかもしれないチャンスがあるだけ良かったのだろう。
「ありがとう!」
「“いい予感”と語呂合わせされる縁起のいい果物やけん、きっと上手いこといきますよ」
さっそく、みかんよりも大ぶりでオレンジ色をした球状のいよかんの皮を剥いていく。
“いよかん”という名前の“いよ”は、愛媛県の旧名の伊予から名付けられているらしい。
分厚いけれど柔らかい皮を剥いて、実を取り出していく。
このとき飾り用のいよかんの実を少し残し、残りの実は小さく切る。
小さく切ったいよかんの実と、ヨーグルトと砂糖を混ぜ合わせ、溶かしたゼラチンを加える。
ここに、六分立てにした生クリームを数回にわけて加えて、グラスに移して冷蔵庫に入れる。
簡単な手順ではあるが、材料が冷た過ぎるとゼラチンがすぐに固まってしまうし、そのあたりの加減が難しそうだ。
ひとつひとつを真剣な表情で取り組むお母さんを、私と拓也さんはそばでお手伝いをしながら見守った。
全部でグラス六つ分ムースは仕上がった。
冷蔵庫で固めたあと、仕上げには飾り用のいよかんと、拓也さんが用意しているミントの葉っぱを飾るのだ。
今日は休業日だから、まかないという形でみんなはここにごはんを食べに来ないが、晃さんには拓也さんの方から適当に理由をつけて夕方ここに来てもらうことになっている。
冷蔵庫にムースを入れ終えたのを見届けた私たちは、お母さんとともに食堂のテーブル席に腰かける。
「ありがとうね。ケイさんも拓也くんも」
「いえ……。私こそあきらめきれなくて、しつこくてごめんなさい」
「いいのよ。むしろ、そうしてもらえたから、一度拒絶されたけれどあきらめずに、また晃と向き合おうって思えたんだから」
そう言って、拓也さんが淹れた紅茶を飲むお母さんは、とても穏やかな表情をしている。
「晃のことを想ってお菓子を手作りをするなんて、本当に久しぶりで楽しかったわ」
だけど、拓也さんは違った。
「……晃を突き放して、俺らと住まわせた経緯はケイちゃんから聞いた」
真っ直ぐにお母さんを見つめる拓也さんの瞳は、注視していないと幽霊が見えないからというより、事の本質を見抜こうとしているように見える。
いくら私から事情を聞いて協力してくれたとはいえ、拓也さんの中ではまだ引っ掛かりを覚えているところがあるのだろう。
「精神状態が優れなくて晃を傷つけてしまったのも、そんな自分に耐えられんかったのも、突然背負うことになってしまった借金のせいで晃に苦労をさせたくなかったっていうのもわかった。第三者の俺は事情を知らんかったけど、あれがあのときの叔母さんの精一杯やったってことも何となく感じとった」
「…………」
「でも、何で死ぬまで一度も連絡を寄越さんかったん? 母さんやじいちゃんには時々電話しとったらしいけど、晃とは一度も電話も繋がんかったやん」
厳しさを含む拓也さんの声に、お母さんは紅茶の入ったカップを受け皿にそっと置いてうつむいた。
「いくら傷つけられたって言うても、俺らと住み始めた頃はいつか叔母さんが迎えに来てくれるって晃は信じて待っとったんよ」
「晃が……」
「それなのに電話を代わるんも拒否、手紙も寄越さん、会いにも来ん。傷つけたことを謝りもせん。その間ずっと何しよったん。忙しかったんやろうし、金にも困っとったんやろうけど、他の奴らに電話をかけることができるなら、晃と話すこともできたやろうが。そういう姿勢が少しでもあったら、こんなことにはなっとらんかったんやないん?」
「……ごめんなさいね」
「謝る相手は俺やないけん。ケイちゃんの頼みやったし、晃のことも少しでも救えるならと思って協力することにしたけど、そこんところわからんようやったら、また晃に拒絶されるで?」
お母さんは耐えきれず、うつむいて静かに涙を流し始めた。
「拓也さん……」
その当時の晃さんの悲しむ姿や苦しむ姿をそばで見ていた拓也さんだからこそ、きっとこれまでの鬱憤や疑問や怒りもあったのだろう。
でも、さすがにこれ以上は言い過ぎだと思ったから、私はこれ以上お母さんを責めることのないように拓也さんと視線を合わせると、小さく首を横にふった。
過ぎた過去は変えられない。
今更何を言っても、二人が一緒に過ごせなかった時間が戻るわけでもなければ、その間に感じた悲しみや苦しみがなかったことになるわけではないのだから。
それに晃さんは幽霊が見える体質だから可能なだけで、本来なら死んでしまえば生前にわだかまりのできてしまった相手との関係を再構築するどころか、話すことさえ叶わない。
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