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3.気持ち重なるミル・クレープ
3ー11
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「じゃあ特に問題ないんだから変な反応するな。あとは俺とミーコがやっておくから、綾乃はとっとと帰れ」
「え、でも……っ」
「これ以上遅くまで残るなら、俺がおまえの家までついていく」
「ええっ? 何それ」
「嫌なら早く帰れ」
坂部くんは私の片手に握られていた布巾を取ると、シッシッと私を片手でやる。
「何よ、感じ悪い。帰ればいいんでしょ? お疲れさまでした」
売り言葉に買い言葉とばかりに、そんなことを口にして、坂部くんに向かって舌をべっと出す。
そして、レジカウンターの上で札束を持ったままの白猫に頭を下げる。
「ミーコさんも、私のせいですみません。お先に失礼します」
「いいえ、私が悪いんです。気になさらないでくださいね」
ミーコさんは申し訳なさそうに、三角の二つの耳を下にさげた。
私が店舗のドアに手をかけたとき、再び坂部くんの声が聞こえる。
「ちょっと遅くなってしまったな。真っ直ぐ帰れば補導は大丈夫だと思うが、最近は早ければこのくらいの時間帯から商店街は酔っぱらいが増えるから、くれぐれも気をつけて帰れよ」
思わず坂部くんの方を見ると、彼はこちらに歩いてきて戸を開けてくれる。
触れたわけではないのに背に坂部くんの体温を感じて、思わず胸が跳ねた。
「あ、うん。ありがとう……」
もしかして、夜道を帰る私のことを心配してくれてるのだろうか。
坂部くんは冷たい人だと思っていた。
けれど、さっきミーコさんの話を聞いたから、余計に些細なことさえ気に留めてしまうのだろうか。今の坂部くんの一連のやり取りを思い返しても、不器用なだけで本当は優しいんじゃないかと感じる。
「じゃあ」
「あ、ちょっと待って!」
「何だよ」
坂部くんは閉めかけたドアをそのままに、少し鬱陶しそうにまゆを寄せる。
思わず呼びとめてしまったけれど、先ほど聞いたミーコさんの話の真偽をどうやって確認すればいいのだろう。
坂部くんに面と向かって人見知りなのか聞くのは、ちょっと違う気がする。
けれど、坂部くんが異様に相手を警戒する癖があって、それが彼自身が人と関わることに対して大きな妨げになっているのなら、それはとても生きづらいんじゃないかと思った。
「……坂部くんが思っている以上に、みんな坂部くんのこと、嫌いじゃないと思うよ」
「は? 今度は何だよ」
「あ、えっと、坂部くんって、すごく周りを敵視してるように見えるときがあるからさ」
自分で言って、何だか恥ずかしくなってきた。
そんな私を見て、坂部くんは小さく息を吐き出した。
「ミーコに吹き込まれたことか? 全部忘れろ」
「え……っ。何で……」
「俺みたいに他と違うやつに執着したって、おまえにとって何もいいことなんてないだろ」
確かに自分でも不思議なくらいに、最近の私は、坂部くんのことを心配して考えては行動に移してるなと思う。
最初は、何もしないから何もできないままなんだと私には偉そうに言いながら、人と関わろうとしない坂部くんに腹が立ったからだった。
きっかけは何であれ、私は過剰に坂部くんに構って執着してると捉えられてもおかしくないのかもしれない。
坂部くんのためだなんて言ったらおこがましいけれど、決して私は損得勘定で動いていたわけではない。
「いいことなんて、最初から求めてないよ」
これだけ怒るっていうことは、きっとミーコさんの言ったことは本当だったということだ。
ミーコさんは、坂部くんは私に対して心を許してきていると言っていたけれど、きっと今、彼は私のことを警戒している。
だって、怒っているはずなのに、坂部くんの瞳はどこか不安そうにしているから。
「この前も言ったじゃん。坂部くんが何であっても、私はちゃんと関わっていきたいって。それだけじゃ、ダメなの?」
坂部くんの顔を見上げると、戸惑うような坂部くんの瞳と目が合う。
「おまえは、何も知らないからそんなことが言えるんだ」
「そうかもしれない。だけどそれなら坂部くんが教えてくれたらいいじゃん」
想像はついたが、教えろと言ったところで、坂部くんは何かをこちらに言ってくるような素振りはない。
「……何か坂部くんが危害を加えられたならもとかく、否応なしに周りの人を突っぱねるのは違うと思うんだよね」
不安そうに揺れる漆黒の瞳が、何を考えているのかはわからない。
けれど、坂部くんのそばにいるようになって垣間見える彼の姿こそが、彼自身の弱さなんだと思う。
「もっと身の周りの人を受け入れてあげてよ。みんな、坂部くんが思っているより悪い人じゃないと思うよ」
「……そうか」
坂部は小さく口を開く。
少なくとも、坂部くんは私の話を聞いてくれていたということなのだろう。
「え、でも……っ」
「これ以上遅くまで残るなら、俺がおまえの家までついていく」
「ええっ? 何それ」
「嫌なら早く帰れ」
坂部くんは私の片手に握られていた布巾を取ると、シッシッと私を片手でやる。
「何よ、感じ悪い。帰ればいいんでしょ? お疲れさまでした」
売り言葉に買い言葉とばかりに、そんなことを口にして、坂部くんに向かって舌をべっと出す。
そして、レジカウンターの上で札束を持ったままの白猫に頭を下げる。
「ミーコさんも、私のせいですみません。お先に失礼します」
「いいえ、私が悪いんです。気になさらないでくださいね」
ミーコさんは申し訳なさそうに、三角の二つの耳を下にさげた。
私が店舗のドアに手をかけたとき、再び坂部くんの声が聞こえる。
「ちょっと遅くなってしまったな。真っ直ぐ帰れば補導は大丈夫だと思うが、最近は早ければこのくらいの時間帯から商店街は酔っぱらいが増えるから、くれぐれも気をつけて帰れよ」
思わず坂部くんの方を見ると、彼はこちらに歩いてきて戸を開けてくれる。
触れたわけではないのに背に坂部くんの体温を感じて、思わず胸が跳ねた。
「あ、うん。ありがとう……」
もしかして、夜道を帰る私のことを心配してくれてるのだろうか。
坂部くんは冷たい人だと思っていた。
けれど、さっきミーコさんの話を聞いたから、余計に些細なことさえ気に留めてしまうのだろうか。今の坂部くんの一連のやり取りを思い返しても、不器用なだけで本当は優しいんじゃないかと感じる。
「じゃあ」
「あ、ちょっと待って!」
「何だよ」
坂部くんは閉めかけたドアをそのままに、少し鬱陶しそうにまゆを寄せる。
思わず呼びとめてしまったけれど、先ほど聞いたミーコさんの話の真偽をどうやって確認すればいいのだろう。
坂部くんに面と向かって人見知りなのか聞くのは、ちょっと違う気がする。
けれど、坂部くんが異様に相手を警戒する癖があって、それが彼自身が人と関わることに対して大きな妨げになっているのなら、それはとても生きづらいんじゃないかと思った。
「……坂部くんが思っている以上に、みんな坂部くんのこと、嫌いじゃないと思うよ」
「は? 今度は何だよ」
「あ、えっと、坂部くんって、すごく周りを敵視してるように見えるときがあるからさ」
自分で言って、何だか恥ずかしくなってきた。
そんな私を見て、坂部くんは小さく息を吐き出した。
「ミーコに吹き込まれたことか? 全部忘れろ」
「え……っ。何で……」
「俺みたいに他と違うやつに執着したって、おまえにとって何もいいことなんてないだろ」
確かに自分でも不思議なくらいに、最近の私は、坂部くんのことを心配して考えては行動に移してるなと思う。
最初は、何もしないから何もできないままなんだと私には偉そうに言いながら、人と関わろうとしない坂部くんに腹が立ったからだった。
きっかけは何であれ、私は過剰に坂部くんに構って執着してると捉えられてもおかしくないのかもしれない。
坂部くんのためだなんて言ったらおこがましいけれど、決して私は損得勘定で動いていたわけではない。
「いいことなんて、最初から求めてないよ」
これだけ怒るっていうことは、きっとミーコさんの言ったことは本当だったということだ。
ミーコさんは、坂部くんは私に対して心を許してきていると言っていたけれど、きっと今、彼は私のことを警戒している。
だって、怒っているはずなのに、坂部くんの瞳はどこか不安そうにしているから。
「この前も言ったじゃん。坂部くんが何であっても、私はちゃんと関わっていきたいって。それだけじゃ、ダメなの?」
坂部くんの顔を見上げると、戸惑うような坂部くんの瞳と目が合う。
「おまえは、何も知らないからそんなことが言えるんだ」
「そうかもしれない。だけどそれなら坂部くんが教えてくれたらいいじゃん」
想像はついたが、教えろと言ったところで、坂部くんは何かをこちらに言ってくるような素振りはない。
「……何か坂部くんが危害を加えられたならもとかく、否応なしに周りの人を突っぱねるのは違うと思うんだよね」
不安そうに揺れる漆黒の瞳が、何を考えているのかはわからない。
けれど、坂部くんのそばにいるようになって垣間見える彼の姿こそが、彼自身の弱さなんだと思う。
「もっと身の周りの人を受け入れてあげてよ。みんな、坂部くんが思っているより悪い人じゃないと思うよ」
「……そうか」
坂部は小さく口を開く。
少なくとも、坂部くんは私の話を聞いてくれていたということなのだろう。
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