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9.迷い猫

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「もう! 探したんだからな!」

 困ったように怒る涼也くんの言葉を聞いているのかいないのか、こゆきちゃんはニャッと首をかしげるように鳴いた。


「おねーさんが、こゆきと遊んでくれてたの?」

「え? や、今ここで偶然会って……」

「こゆきが俺ら以外にこんなになついたの初めてだよ。ありがとう」


 さっき健太郎に言われたのと同じようなことを、涼也くんは口にする。


 しかし涼也くんがその場を去ろうとするも、こゆきちゃんはこちらを向いてミャーミャーと鳴きながら、涼也くんの腕の中で暴れたのだ。


「ちょ、おい、こゆき!?」


 そしてこゆきちゃんは一瞬にして涼也くんの腕の中を飛び出して、私の足元に駆け寄ってきた。


 再びニャッと短く鳴くこゆきちゃんと目が合う。

 多分、こゆきちゃんは私じゃなくて、私の中にある健太郎の存在を呼んでいるのだろうけれど。


 涼也くんはそんなこゆきちゃんを見て少し考えると、私に向かってニカッと笑って口を開いた。


「こいつ、おねーさんのこと気に入ってしまったみたい。俺ん家、ここからそんなに遠くないんだけど、よかったら俺と一緒に来てこいつと遊んでやってよ」

「……え?」

「俺、あんまり家帰るの遅くなると心配性の母ちゃんにすげぇ叱られるんだ。だけどこゆきがこんなに嬉しそうに鳴くのも久しぶりでさ、お願いっ!」


 涼也くんは小さくぱちんと音を立てて両手を合わせる。

 ここはどうしたらいいのだろう。


 涼也くんと健太郎とでご両親からの扱いに差がありすぎるのが嫌だったと言っていた。
 けれど、それって決して健太郎がご両親のことが嫌いだったとは限らないのではないかと思う。

 むしろ、ご両親に手厚く目をかけてもらえる涼也くんを見て、健太郎は寂しかったんじゃないかなとさえ思うんだ。

 それって、健太郎は本当はご両親のことも好きだと思ってるってことなんじゃないだろうか。

 好きだから、大切だから、健太郎ももう少しご両親に目を向けてもらいたかったんだと思う。

 この仮説がどこまで合っているかわからない。
 けれど、もしそうなら私はもう一度健太郎にご両親に会ってほしい。


 ご両親に会ったところできっと健太郎の姿も声もご両親にはわからないだろうけれど、でも会ってみる価値はあると思った。



 何も反応を示さない健太郎。

 だけど、涼也くんを前にあからさまに健太郎にどうするか問いかけることはできない。

 だから私は自分の憶測でしか、今の状況を判断できなかった。


「じゃ、じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」


 その瞬間、今になって私の中で健太郎の盛大なため息が聞こえてきた。

 今更反応されたって、今の今まで何も反応しなかった健太郎が悪い。


 私の憶測が合ってても間違ってても、あとで健太郎に怒られるのだろう。

 だけど、それでも私の決めたこの選択は間違ってなかったんじゃないかと信じて、涼也くんのあとに続いた。
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