子連れ同心捕物控

かじや みの

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一話 この子誰の子

十九

「いっそのこと、ここにずっといたらいい」
「文四郎・・・」
「そうしろよ。そのほうが助かるし。こいつと暮らしたほうがいいに決まってる」
「魂胆見え見え」
「なんで離れて暮らさなきゃなんないんだよ。今日はきっちり聞くからな」
「そう言えば、ゆっくり話したこともなかったわね」
「巻き込みたくないとか言うなよ。もう十分に巻き込まれてる」
「はいはい。悪うございました」
「ああ、でも、辛かったら無理しなくていいけど」
「・・・」
 傷が痛むのか、うつむいた。
「明日にするか?」

「いいわ」
 凛はそれでも顔をあげて文四郎を見た。
 熱っぽいような潤んだ目になっている。
 覚悟を決めたように、鋭くくうに目をうつす。

「この子の父親のことだけど・・・白状する」
 と言ったものの、言いにくそうに苦笑した。
「言わずに済むのなら、言わずにいたかったけど、・・・どうやら出会ってしまったようだから」
「出会ってる? おれの知っている人ってことなのか」
「そう」
「誰だ? さっぱりわからない」
 文四郎は記憶を辿ってみるが、まったく思い至らなかった。
 凛は、気まずそうに目をそらしている。

 赤子を見る。
 顔を見て、似ている顔を思い出さないかと思ったが、前よりふっくらした寝顔に面影を探ることはできなかった。
「似てるかしら」
「似てないのか?」
「まあ、似てたら相当男前になると思うけど」
「姉上が言う男前がどの程度か・・・」
「失礼ね、面食いよ、私」
「じゃあ、鼻ではないってことか」
「鼻?」
「いや、こっちの話。・・・まさか、佐々木ってことは」
「ふふふ。顔はいいけど、あんな軟弱なやつは好みじゃないわ」
「そうだよな」
 文四郎は、つられて笑うが、その笑顔がひきつった。
「やけに詳しいな、姉上」
「・・・まあね」
 と、澄ました顔になる。
「あなたのことは、見ていると言わなかったっけ?」
 この子を、囮に使ったことも知っていた。
「言えよ。遊びは終わりだ」
 視線が鋭くなった。
 白状すると言ってなかなか言わない凛に苛立ってきた。

「そうね。・・・今あなたが一番捕まえたい人」
「捕まえたい?・・・」
 頭に浮かんだのは、あいつだ。
 文四郎が名前を言った時の、探るような視線を思い出す。
 また会うだろうと言っていた、あの意味ありげな笑いは・・・。
「まさか・・・あいつ、姉上より歳下だろ?」
「ええ。男前だったでしょ」
「ふざけるな」
 怖い顔になっていると自分でもわかった。
 だが、凛もそんな反応になることは想定していたのだろう。
 静かに受け止めている。

「本当にあいつなのか!」
 思わず姉の肩を掴んだ。
 凛の顔が痛みに歪む。
「あいつは、殺人鬼だ。人殺しをなんとも思っていないやつだ」
「落ち着いて、文四郎」
「落ち着いていられるか! 嘘だと言ってくれ!」
 思わず、凛を強く揺さぶった。
 文四郎の叫びに、赤子が驚いて泣き出した。

「つっ・・・文四郎、やめて!」
 はっとして手を離すと、凛は傷に手を当てて顔を伏せた。
 かっと頭にのぼった血が急激に下がって、力が抜けた。
「ごめん、悪かった・・・」
 うめき声になる。
 とても受け止められない。

 あやしてやらないと、と思うが、動けなかった。

 凛が、布団の上からとんとんとしてやると、次第におとなしくなり、寝息をたてはじめた。

「あの人は・・・柳生七之助。柳生但馬守の弟よ」
「柳生?!・・・って、あの?・・・」
 柳生家は、代々、将軍家の剣術指南役だ。

 凛がうなずく。
「田安家に奉公していたとき、但馬守さまと剣術指南に来ていたの。あの人は奥向きの女中たちにも手ほどきして、なかなかに人気があった。私は男になんて興味なかったけど、柳生の手ほどきが受けられる機会なんて滅多にないことだから、励んだわ。・・・七之助には目的があった。それは、裏柳生を復活させること」
「裏柳生・・・」
「諸国の大名たちに、睨みをきかせていた、あの、初代宗矩さまの頃のようなね。そのためには人がいる。・・・私は誘われて、隠密になった。あの人についていくことにしたの。八代さまからはお庭番がいるから、そこに食い込むのは簡単ではないけど・・・」
「惚れているのか」
「そうね。何かをやろうとしている男には惹かれてしまうわね。でも、それだけじゃなくて、隠密になれば、その家の内情を知ることができる。父上を殺したやつも、突き止められるかもしれないと思った」
「・・・」
「もともとそのための武家奉公だから・・・」
「・・・」
 凛なりの方法で、あの忌まわしい出来事にケリをつけようとしていたのだ。
 あの頃の無念を思い出して、しばしの沈黙がおりた。


「この子のことは、知られているのか?」
 呆然としている場合ではない。
 聞きたいことは山ほどあるのだ。
「知らないと思う。何も言わずに柳生を抜けたから」
「抜けた? いいのか? 命を狙われる」
「もう狙われたでしょ。あなたがあの人に接触したから、探られるとは思ったけど」
「あれは柳生の手の者か」
「そう。これで、この子のこともばれたわね」
「なぜ抜けたんだ。この子は柳生の子として扱われるんじゃないのか?」
 柳生は大名だ。
 弟といえども主筋の血だ。
「渡したくなかった。わかるでしょ。あの人の元で、まともに育つと思う?」
「いや・・・」
「そばにいればいるほど、恐ろしくなるの。だんだん荒んできてる。それに、あの人は、私のことなんて、道具としか思ってやしない。女は抱いてやれば言うことを聞くと思っているのよ。冗談じゃないわ」
「いいのか、おれに話して」
「だからもう、抜けたって言ったじゃない。もう戻れないわ。戻るつもりもない」
「おれが目付に話せば、柳生は目をつけられる」
「話すの?」
「・・・」
 即答できなかった。

「いや」
 少し考えて、そう答えを出した。
「話せば、疑われる。情報の出所が姉だとわかれば、信用してもらえない」
 身内からの情報は出せない。
 目付側の情報も漏れるかもしれないと思われて、重要なことは教えてもらえなくなる。
 ますます仲が悪くなる。
「黙ってるよ」
「文四郎・・・」
「誰にも言えない。この子が柳生の子だなんて、知らない方がいいんだ」
「確かに、ね。この子は、あなたが育てて。文四郎に、育てて欲しいの」
「なんで、おれなんだ。姉上が育てないのかよ」
「私は狙われている。この子を守りきれない」
「それはおれも同じだと思うけど」
「あなたにしか、頼めない。私は身を隠さないといけないし・・・」
「ここにいればいいじゃないか」
「・・・」
「ここも、安全だとは言えないけど・・・おれが、守る」
「・・・」
「って・・・やっぱり、無理か。標的になっちまうな」
 追われる者が、実家に身を寄せるなんてあり得ない。
 それでも言ってしまった。
 見開いた凛の目から、涙がこぼれ落ちた。
「ありがとう。気持ちだけで十分。・・・いい男になったわね」
「よせや」
 照れて、横を向いた。
「今日の姉上はやっぱり変だ。いや、もとからか」
「ひどいわね」
 笑顔が戻った。


「もう一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
「大和屋の件だが、黒幕は・・・」
「柳生ではないわ。あの人はあくまでも手先。動かす者がいる。だけど、そこまでは、あの人にしかわからない。その上までは関われない。私たちは、ただ指示に従うだけ」
「そうか。そうだよな」
 あの男の正体がわかっても、まだ闇が晴れたわけではないのだ。
「言っとくけど、表は関わりないから。つついても無駄よ。どちらかというと、快く思っていない。裏など不要という立場。庇いもしないだろうけど、協力もしないと思う」
「わかった」

「あまり力になれなかったわね」
「いや。無理すんなよ。この子のためにもな」
「わかってる。安心した。まかせるわ」
「安心できるのかよ。それに、言っとくが、おれはあいつを許さない。こいつの親だからって、手加減はしない。対決もあり得る。それでいいんだな」
 対決はおそらく避けられないだろう。
 いざという時に、情けが邪魔をしないだろうか。
 そもそも、あいつに勝てるのか。
 向き合うものの大きさに恐ろしくなり、拳を握りしめる。

「手加減無用」
 凛がきっぱりと言い切った。



 朝が来た。

 一睡もできなかったが、容赦無く一日が始まる。

 隣の部屋で赤子が泣き出した。
 姉の姿は消えている。

「あ・・・」
 抱き上げてあやしたが、聞き忘れたことがあるのを思い出した。
「本当の名前、聞くの、忘れた・・・」




<一話 了>
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