織姫道場騒動記

かじや みの

文字の大きさ
2 / 19

 織絵と里絵は、母親が違う。

 里絵はこの地で生まれたが、織絵は五歳の時、父、大月源兵衛に連れられて来た。

 父は、諸国を巡って剣の腕を磨き、この地に辿り着いた。
 知り合いに勧められたこともあって、道場を開く。
 諸国を連れ回される織絵が不憫だと言われたのだ。

 落ち着いたこの地で、身の回りの世話をする郷の娘に子を生ませた。
 それが里絵だ。

 産後の肥立が悪くて、母親はなくなり、織絵は十歳にならずして、里絵の世話と、家事と、畑仕事と剣の修行に明け暮れることとなった。

 家事は、近所の老婆が引き受けてくれ、楽にはなったが、畑仕事と剣の修行はやめなかった。

 転機になったのは、七年前だ。

 藩の圧政に農村の怒りが爆発し、暴動が起きた。
 その暴動に巻き込まれた源兵衛は、右足を負傷し、道場に立てなくなってしまったのだ。

 歩けなくなるほどの重傷だった。

 当然のように、道場は立ち行かなくなり、閉鎖された。

 収入が途絶え、織絵が働きに出ることになった。
 働きに出るといっても、農家の手伝いである。
 日頃から畑仕事をしている織絵には、容易いことだった。
 もともと畑仕事が苦にならず、好きだったので、むしろいきいきと立ち働いた。

 力持ちで、どこへ行っても重宝され、引っ張りだこだ。
 鍬鋤き、田植え、草刈り、稲刈りなども、誰よりもこなす。
 米俵は軽々と両肩に担ぎ上げられるので、荷運びもお手のものだ。

 そして、雨降りや冬などの農閑期には、誰もいなくなった道場で剣の修行だ。

 織絵は、道場の再建を諦めていなかった。
 大きくなった里絵や、近所の子供たちに剣術を教えるようになった。
 次第に大人たちからも、教えて欲しいという声が上がり始め、門弟が増えていった。

 織姫道場と呼ばれる所以ゆえんである。

 父、源兵衛から受け継いだのではなく、織絵が一から作り上げた道場だったのだ。


 そして、運命のあの日。
 今から半年ほど前、一人の道場破りが現れた。

「結城才介と申す。一手、お手合わせいただきたい」

 突然現れた男は、乞食と見紛うほどのボロの着物をまとい、髪もボサボサで、風呂に入ったことがあるかと聞きたくなるような垢じみた姿だった。

「主人はどこか?」

 道場の上座に、でんといる道場主はいない。

「はい」
 竹刀を持った織絵が返事をした。

「道場主はおりません」
「いない? では師範代は?」
 キョロキョロと、道場内を見回した。
「師範代はわたくしです」
「は?」
 結城は目を丸くした。

 門弟たちは、固唾を飲んで見守っている。
 ここからが、見ものなのだ。

 大抵は、ここで威丈高な態度に出るか、あざけるかのどちらかだ。

「無理にとは申しません。お嫌でしたらお帰りください」
 結城が黙っているので、織絵が挑発するような言い方をした。

「いや、願ってもない。お手合わせいただこう」
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき