織姫道場騒動記

かじや みの

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「では、まず御身を清めてくださいませ」
「清める?」

 いきなり立ち合いは始まらない。

 織絵による、道場破り転がしが始まるのだ。

 これも、門弟たちの楽しみの一つ。

 織絵の言う通りに、一つずつ進んでいかなければ、試合まで辿り着かない。

 そうやって、ふるいにかけられるのだ。
 試合までたどり着ける者は、多くない。

 むやみやたらと受けないのが織姫流である。

「はい。そのままのお姿では、お断りでございます。・・・奥へ」
「はあ?」

 結城才介は、怪訝な表情だ。
 織姫道場の噂を聞いてきたのではないことは、織絵が師範代だと知らなかったことでもわかる。

 これは面白そうだと、期待で笑いを隠しきれない者も出てきた。

 近頃では、噂が広まって、このやりとりは承知の上でやってくる道場破りが多いのだ。

「道場は神聖な場所です。湯でホコリは落としてもらいます。お里、おたけさんに言って、手伝ってもらいなさい」
「はい」
 と、里絵が奥へ走る。
 おたけさんは、足の不自由な父の世話をしてくれている郷の人だ。

「いや、ホコリなら、井戸端で十分でござる」

「ご遠慮なさらず、まずは旅の疲れを癒されませ」
「・・・」
 真意が飲み込めずに、きょとんとしている才介を、面白がっている門弟たちに、
「稽古はどうしました?」
 織絵の声が飛んだ。

 ここで怒り出す道場破りも多い。
 殴り込みのように一方的に叩き潰そうとしてくる乱暴な者には、馬鹿にされているように思えるのかもしれない。

 そのときの織絵は、
「そうですか。人の好意を踏みにじり、神聖な道場を泥で汚されると言うのなら、お相手にはなりませぬ。お帰りを」
 と突き放す。

 なおも威丈高になり、生意気な女と牙をむく輩には、織絵の剣が唸りをあげて叩きのめす。
 もちろん、こちらからは仕掛けない。
 あくまでも、正当防衛でなければならない。

 これは試合とは見做されない。
 文字通り、叩き出すといった感じだ。

 そして、怒り出すのではなく、図々しくも背中をながせと無茶を言う、すけべな輩もいる。
 そんなときは、
「よろしゅうございますが、少々、手荒でございますよ」
 とにっこり笑う。

 力が強いことも知らず、油断して裸になると、手痛い接待が待っていた。
 女の悲鳴ではなく、男の叫び声が、家中に響くことになる。

「もうお帰りですか?」
 体を真っ赤にして、ふんどしもつけずに逃げていく。

 いつしか男を手玉にとる鬼姫とあだ名されるようになった。

 さて、才介はどうなったかというと。

 道場の入り口に正座した。

 門弟たちは、顛末の見たさに稽古そっちのけで見入っている。
「ありがたいお話だが、それがしのような浪々の身に、湯などと、もったいない」
「遠慮はいらないと申しました。お帰りになりますか? わたくしはどちらでも構いませんが」
「いえ、その・・・」

 道場破りがしどろもどろになっている。

 またくすくす笑いが起こった。
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