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八
「どうした、抜け! 愚弄しておいて、臆したのか」
里絵は、逆に挑発した。
「腰抜けはそっちだろうが! 大勢で寄ってたかっていたぶることしかできないのか。武士の風上にもおけん」
「おのれ! 言いたいこと言いやがって。そんなに死にたきゃ相手になってやらあ」
売り言葉に買い言葉で、若侍の方も刀に手をかけた。
抜けば、血を見ることになるだろう。
「おい、やめておけ」
と、若侍の中にも、止める者も出てきた。
「騒ぎを起こせば、お咎めを受けるぞ」
「しかし、抜いたのは向こうだぜ」
「返り討ちにしたってよかないか?」
「無礼討ちってやつだ」
「腕試ししてやるよ。鬼姫の妹がどれほどの遣い手か」
「面白いじゃねえか」
刀を抜くことに消極的だった者たちも、先に抜いたのが里絵だということに気が緩むのか、制止の声が小さくなっていく。
まさに、刀が抜かれようとした、そのとき。
風のように、下から駆け上がってくる者がいた。
その速さに、若侍たちも振り返り、唖然とする。
その風は、真っ直ぐ里絵に向かっていき、
「あっ!」
構えていたはずの刀が、奪われたと思う間もなく、目にも止まらぬ速さで鞘に収められた。
そして、次に気がついた時には、肩に担がれていた。
声も出ない。
その圧倒的な力の差に、ただされるがままになっているしかなかった。
「ご無礼を、平に、ご容赦くださいませ」
若侍たちに向かって、膝をついた。
その声は、結城才介だ。
「その方は、何者か?」
若侍たちの中でも、頭目格らしい身分の高そうな侍が前に出てきた。
「大月道場師範代、結城才介と申します」
おおっと声が上がる。
「鬼姫の婿か。何処の馬の骨とも知れぬ素浪人」
「・・・」
嘲笑のようなひそひそ声が聞こえる。
「この落とし前、どうつけてくれる?」
「道場の者が、我らに刃を向けたのだぞ」
「未だ未熟者にて、何卒・・・」
「許せだと? はいそうですかとなかったことにできるか」
「よせ」
頭目らしい侍が止めた。
「お前らに敵う相手ではない。私は水野だ。せっかくの花見に無粋な真似はしたくない。そなたに免じて見逃してやる」
「かたじけのう存じます」
「その代わり、後で、道場にでも邪魔しにいくとしよう。・・・行くぞ」
若侍たちがこの場を去るまで、才介は動かなかった。
身をこわばらせて、成り行きを伺っていた里絵が、力を抜いた。
が、才介は、里絵を下ろすことなく、そのまま立ち上がり、歩き出した。
「おろして!」
「駄目だ。お仕置きが必要だな」
お尻が叩かれた。
じいんと痺れるような痛みに、涙がじんわり滲んできた。
「嫌だ! おろせ!」
返事の代わりに才介の手がお尻を叩く。
骨まで響く衝撃に思わず顔を顰めた。
「この馬鹿力! おろせ! このお!」
手足をバタバタさせて、びくともしない背中や腹を蹴り、拳で叩く。
「私は悪くない。あいつらが姉上を侮辱したんだ」
「それは、辛かったな。それでも、耐えなければならない」
「わかってる。わかってるけど・・・」
「斬られても、文句は言えないところだったんだぞ」
「わかってる!」
一つ屋根の下で暮らしていて、才介と二人きりで話すのは、初めてかもしれない。
顔が見えない位置なので、かえって言葉がほとばしった。
「だって、これ以上我慢できないんだもん。ずっとずっと我慢してるのに!」
「・・・」
「認めてないから! 兄上なんて、絶対に呼ばないんだから! ばかばかばか!」
「・・・」
「姉上に剣を捨ててほしくなかった! あんたのせいだ! 姉上みたいになりたかったのに」
「・・・」
「なんとか言えよ!」
「お里坊、すまなかったな」
「坊言うな」
「ちゃんと、織絵と話をしたのか?」
「聞いた」
なぜ、剣を捨てたのか、才介を受け入れたのか、理由は聞いている。
その理由は、
「立ち合ってみてわかったの。この人ならば、道場を任せてもいいって」
というものだった。
そんな理由聞かされても、さっぱりわからない。
「聞いたけど、全然わからない!」
「そうか、そうだろうな」
と笑っている。
不意に肩から下ろされた。
あんなに暴れていたのに、立っていられないほどに足に力が入らない。
ぼーっと突っ立っていると、背中に背負われた。
「恥ずかしい」
文句を言うが、もう暴れる力は残っていなかった。
もっと他に、言うことがあった。
涙が先に溢れてしまった。
「ごめんなさい・・・」
嗚咽になった。
「ごめんなさいっ!」
若侍たちは必ず道場に来る。
そして、無理難題を押し付けてくるかもしれない。
原因を作ったのは、里絵であって、才介ではない。
「強くなりたかったら、稽古をさぼってはいかんな」
「・・・はい」
なぜか素直にはいと言えた。
里絵は、逆に挑発した。
「腰抜けはそっちだろうが! 大勢で寄ってたかっていたぶることしかできないのか。武士の風上にもおけん」
「おのれ! 言いたいこと言いやがって。そんなに死にたきゃ相手になってやらあ」
売り言葉に買い言葉で、若侍の方も刀に手をかけた。
抜けば、血を見ることになるだろう。
「おい、やめておけ」
と、若侍の中にも、止める者も出てきた。
「騒ぎを起こせば、お咎めを受けるぞ」
「しかし、抜いたのは向こうだぜ」
「返り討ちにしたってよかないか?」
「無礼討ちってやつだ」
「腕試ししてやるよ。鬼姫の妹がどれほどの遣い手か」
「面白いじゃねえか」
刀を抜くことに消極的だった者たちも、先に抜いたのが里絵だということに気が緩むのか、制止の声が小さくなっていく。
まさに、刀が抜かれようとした、そのとき。
風のように、下から駆け上がってくる者がいた。
その速さに、若侍たちも振り返り、唖然とする。
その風は、真っ直ぐ里絵に向かっていき、
「あっ!」
構えていたはずの刀が、奪われたと思う間もなく、目にも止まらぬ速さで鞘に収められた。
そして、次に気がついた時には、肩に担がれていた。
声も出ない。
その圧倒的な力の差に、ただされるがままになっているしかなかった。
「ご無礼を、平に、ご容赦くださいませ」
若侍たちに向かって、膝をついた。
その声は、結城才介だ。
「その方は、何者か?」
若侍たちの中でも、頭目格らしい身分の高そうな侍が前に出てきた。
「大月道場師範代、結城才介と申します」
おおっと声が上がる。
「鬼姫の婿か。何処の馬の骨とも知れぬ素浪人」
「・・・」
嘲笑のようなひそひそ声が聞こえる。
「この落とし前、どうつけてくれる?」
「道場の者が、我らに刃を向けたのだぞ」
「未だ未熟者にて、何卒・・・」
「許せだと? はいそうですかとなかったことにできるか」
「よせ」
頭目らしい侍が止めた。
「お前らに敵う相手ではない。私は水野だ。せっかくの花見に無粋な真似はしたくない。そなたに免じて見逃してやる」
「かたじけのう存じます」
「その代わり、後で、道場にでも邪魔しにいくとしよう。・・・行くぞ」
若侍たちがこの場を去るまで、才介は動かなかった。
身をこわばらせて、成り行きを伺っていた里絵が、力を抜いた。
が、才介は、里絵を下ろすことなく、そのまま立ち上がり、歩き出した。
「おろして!」
「駄目だ。お仕置きが必要だな」
お尻が叩かれた。
じいんと痺れるような痛みに、涙がじんわり滲んできた。
「嫌だ! おろせ!」
返事の代わりに才介の手がお尻を叩く。
骨まで響く衝撃に思わず顔を顰めた。
「この馬鹿力! おろせ! このお!」
手足をバタバタさせて、びくともしない背中や腹を蹴り、拳で叩く。
「私は悪くない。あいつらが姉上を侮辱したんだ」
「それは、辛かったな。それでも、耐えなければならない」
「わかってる。わかってるけど・・・」
「斬られても、文句は言えないところだったんだぞ」
「わかってる!」
一つ屋根の下で暮らしていて、才介と二人きりで話すのは、初めてかもしれない。
顔が見えない位置なので、かえって言葉がほとばしった。
「だって、これ以上我慢できないんだもん。ずっとずっと我慢してるのに!」
「・・・」
「認めてないから! 兄上なんて、絶対に呼ばないんだから! ばかばかばか!」
「・・・」
「姉上に剣を捨ててほしくなかった! あんたのせいだ! 姉上みたいになりたかったのに」
「・・・」
「なんとか言えよ!」
「お里坊、すまなかったな」
「坊言うな」
「ちゃんと、織絵と話をしたのか?」
「聞いた」
なぜ、剣を捨てたのか、才介を受け入れたのか、理由は聞いている。
その理由は、
「立ち合ってみてわかったの。この人ならば、道場を任せてもいいって」
というものだった。
そんな理由聞かされても、さっぱりわからない。
「聞いたけど、全然わからない!」
「そうか、そうだろうな」
と笑っている。
不意に肩から下ろされた。
あんなに暴れていたのに、立っていられないほどに足に力が入らない。
ぼーっと突っ立っていると、背中に背負われた。
「恥ずかしい」
文句を言うが、もう暴れる力は残っていなかった。
もっと他に、言うことがあった。
涙が先に溢れてしまった。
「ごめんなさい・・・」
嗚咽になった。
「ごめんなさいっ!」
若侍たちは必ず道場に来る。
そして、無理難題を押し付けてくるかもしれない。
原因を作ったのは、里絵であって、才介ではない。
「強くなりたかったら、稽古をさぼってはいかんな」
「・・・はい」
なぜか素直にはいと言えた。
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