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十
禍々しくも、騒々しい一団が、道場にやってきたのは、数日後のことだった。
織姫道場には似つかわしくない、れっきとした家中の侍が何人も来るのは、やはり異常なことだと言わざるを得ない。
場違いな感じが、より一層、この一団が招かれざる客だということを強調している。
「来てやったぜ。鬼姫の妹」
さすがに土足ではないが、勝手に道場に入り込み、壁に掛けられた木刀を手にして振りだした。
「大人はいねえのかよ」
結城才介はあいにくの留守で、今道場にいるのは、十代の少年ばかり。
しかも、ほとんどが農民か町の子だ。
この異常な雰囲気に、みんな怖がって、おのずと一箇所にかたまっている。
「どっかで見た顔だな」
若侍の一人が、小弥太を見ている。
「家中の者だろ? 家中でも、ここに通う者がいるんだなあ」
その言葉には、嘲りが含まれている。
小弥太の拳が震えた。
恐ろしいからではなくて、堪えているからだ。
こんな時に、才介はどこに行ったんだろう。
里絵は、前に出た。
「用があるのは、私だろ? 他の者に手出しはさせない」
「ここは、道場破りをもてなすんだってな。おれたちをもてなせよ」
「おあいにくさま。おもてなしは、諸国を巡って修行の旅をする武芸者だけ。あんたらはおもてなしに値しない!」
「なんだと! 生意気な」
胸ぐらを掴まれ、拳が振り上げられた。
「よせ」
止めたのは、後ろで腕を組んで様子を眺めていた水野だった。
「面白い小娘だ。相変わらずの度胸だな。いいぞ。ゾクゾクする。おれを楽しませろ」
「・・・」
さして面白くもなさそうに、水野が言った。
その言葉と、表情の違いに、里絵はゾッと寒気がした。
「憎いのなら、向かって来い。遠慮はいらない」
それは、里絵に言っているのか、小弥太に言っているのか。
「ちょっとあんた」
抑えが効かない里絵が、水野に食ってかかる。
この場で、里絵を抑えられる者はいない。
家中に属さないものにとって、相手が家老の息子だろうがなんだろうが、関係ない。
ムカつくものはムカつくのだ。
それは、小弥太ができないことに違いない。
また大目玉かもしれないけれど、私がやってやるしかない。
「どういうつもり? 寄ってたかっていじめるのがあんたたちのやり口? だっさ」
「いじめだと?」
水野ではない、取り巻きが言う。
「聞き捨てならんな。稽古をつけてやってるだけだ。今からたっぷりと稽古をつけてやるよ。なあ」
若侍たちがどっと笑った。
「おら、かかってこいよ」
挑発してくる。
あのときと同じで、挑発に乗れば、向こうの思う壺だ。
さすがに格が違う。
だが、里絵も懲りていない。
身のうちが、かっかと熱くなり、暴れ出しそうだ。
察した小弥太が、里絵の腕を押さえた。
「ダメだ、里」
小弥太を見た。
じゃあ、どうやってこの場を切り抜けるの?
思わず目でそう訴える。
「この道場には、おれたちに敵う者はいないってことだな」
「相手になれないのなら、看板を下ろせよ」
「おれたちに刃を向けた罪で、道場の看板をもらっていく」
挑発は続く。
里絵は小弥太の腕を振り解いた。
「ふざけるな!」
ここで黙っていたら、一生後悔する。
叩きのめされても、やらなければならないことがある。
あのときは、刀を抜いてしまったが、ここは道場だ。
それなりのやり方がある。
「誰が敵わないって? あんたらなんか、みんな打ち負かしてやる!」
「・・・」
一瞬、しんとなったが、弾かれたように若侍たちが笑い出した。
取りすましていた水野までが、声を出して笑っている。
「こいつは面白え」
「おれたちに勝つ気だぜ」
「里・・・」
小弥太が泣きそうな顔で里絵を見ている。
織姫道場には似つかわしくない、れっきとした家中の侍が何人も来るのは、やはり異常なことだと言わざるを得ない。
場違いな感じが、より一層、この一団が招かれざる客だということを強調している。
「来てやったぜ。鬼姫の妹」
さすがに土足ではないが、勝手に道場に入り込み、壁に掛けられた木刀を手にして振りだした。
「大人はいねえのかよ」
結城才介はあいにくの留守で、今道場にいるのは、十代の少年ばかり。
しかも、ほとんどが農民か町の子だ。
この異常な雰囲気に、みんな怖がって、おのずと一箇所にかたまっている。
「どっかで見た顔だな」
若侍の一人が、小弥太を見ている。
「家中の者だろ? 家中でも、ここに通う者がいるんだなあ」
その言葉には、嘲りが含まれている。
小弥太の拳が震えた。
恐ろしいからではなくて、堪えているからだ。
こんな時に、才介はどこに行ったんだろう。
里絵は、前に出た。
「用があるのは、私だろ? 他の者に手出しはさせない」
「ここは、道場破りをもてなすんだってな。おれたちをもてなせよ」
「おあいにくさま。おもてなしは、諸国を巡って修行の旅をする武芸者だけ。あんたらはおもてなしに値しない!」
「なんだと! 生意気な」
胸ぐらを掴まれ、拳が振り上げられた。
「よせ」
止めたのは、後ろで腕を組んで様子を眺めていた水野だった。
「面白い小娘だ。相変わらずの度胸だな。いいぞ。ゾクゾクする。おれを楽しませろ」
「・・・」
さして面白くもなさそうに、水野が言った。
その言葉と、表情の違いに、里絵はゾッと寒気がした。
「憎いのなら、向かって来い。遠慮はいらない」
それは、里絵に言っているのか、小弥太に言っているのか。
「ちょっとあんた」
抑えが効かない里絵が、水野に食ってかかる。
この場で、里絵を抑えられる者はいない。
家中に属さないものにとって、相手が家老の息子だろうがなんだろうが、関係ない。
ムカつくものはムカつくのだ。
それは、小弥太ができないことに違いない。
また大目玉かもしれないけれど、私がやってやるしかない。
「どういうつもり? 寄ってたかっていじめるのがあんたたちのやり口? だっさ」
「いじめだと?」
水野ではない、取り巻きが言う。
「聞き捨てならんな。稽古をつけてやってるだけだ。今からたっぷりと稽古をつけてやるよ。なあ」
若侍たちがどっと笑った。
「おら、かかってこいよ」
挑発してくる。
あのときと同じで、挑発に乗れば、向こうの思う壺だ。
さすがに格が違う。
だが、里絵も懲りていない。
身のうちが、かっかと熱くなり、暴れ出しそうだ。
察した小弥太が、里絵の腕を押さえた。
「ダメだ、里」
小弥太を見た。
じゃあ、どうやってこの場を切り抜けるの?
思わず目でそう訴える。
「この道場には、おれたちに敵う者はいないってことだな」
「相手になれないのなら、看板を下ろせよ」
「おれたちに刃を向けた罪で、道場の看板をもらっていく」
挑発は続く。
里絵は小弥太の腕を振り解いた。
「ふざけるな!」
ここで黙っていたら、一生後悔する。
叩きのめされても、やらなければならないことがある。
あのときは、刀を抜いてしまったが、ここは道場だ。
それなりのやり方がある。
「誰が敵わないって? あんたらなんか、みんな打ち負かしてやる!」
「・・・」
一瞬、しんとなったが、弾かれたように若侍たちが笑い出した。
取りすましていた水野までが、声を出して笑っている。
「こいつは面白え」
「おれたちに勝つ気だぜ」
「里・・・」
小弥太が泣きそうな顔で里絵を見ている。
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