【完結】誰に抱かれてもあなたへの愛は揺らがない

かじや みの

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序の舞

芸者の卵

 自分の体重のみならず、走ってきたゆきの勢い増しの分の重さをかけられて、倒れた同心は昏倒した。
 
 もろに後ろに吹っ飛ばされるようにして倒れ、頭を打っている。
 動かなくなって、ゆきは震えた。
 申しわけなくて、慌てて身を起こそうとするも、さすがに同心というべきか、その腕ががっちりと、ゆきをとらえて離さなかった。
 それが、生きている証拠になって、ほっとするものの、男の人の上に覆い被さっているのは恥ずかしく、早く離れたかった。

 仕方なく、じっとしているしかなかったが、また見物人が周りに集まってきて、騒がしくなった。
 はやす声と、下卑た笑い声に、顔が上げられなくなる。

「旦那、旦那! しっかりしてくだせえ」
 十手持ちの親分が、見物人を押し除けてそばにくると、倒れている同心を揺さぶった。

「ん・・・んん、いててて・・・」
 同心が身じろぎをした。
 顔をしかめて半身を起こし、ゆきを掴んでいない方の手で、後頭部を撫でている。
 そして、腰にまたがっているゆきを見、その格好に耳まで真っ赤になった。
 着物の裾が大きく割れて、白い足があらわになっている。
 同心から見れば、秘所が見えるか見えないかのきわきわのところだ。
 その時やっと、自分がゆきを抱え込んでいるのが理解できたようだった。

「や、すまん!」
 慌てて手を離した。
 同心も着流しだから、裾が割れ、白いふんどしが見えている。
「こちらこそ、申し訳ございません!」
 ゆきは頭を下げ、顔を手で覆った。

「いや、怪我がなくてよかった」
 怒られるかと思ったのに、思いがけない言葉に、はっと顔を上げた。
 同心は、顔を赤くしたまま、ゆきの方を見ずに着物を直し、砂を払っている。
「財布をすったのなら、返すことだ」
 払いながらそう言った。

「すっていません」
「なんだと? 隠すとためにならんぞ」
 今度は親分が凄んできた。
「まあまあまあ・・・」
 ゆきを追いかけてきた商人が、割って入ってくる。
「旦那、捕まえていただいて、ありがとうございました。親分さん、財布をすられたわけではありませんよ」
 と、しなを作ってヘラヘラ笑った。

「じゃあなぜ、追いかけてたんだ」
「お前さん、いったいどこの妓だい? 名前を教えちゃくれないかね」
 と、同心の言葉を無視して、ゆきの手を掴む。
「はあ? 答えろ」
 親分が商人に詰め寄ったが、商人の目は、ゆきから離れない。
「お座敷に呼んであげるから。・・・もっと見たいんだよ。お前さんの舞を」
「ありがとうございます」
 前のめりな商人が怖かったが、ゆきは礼を言った。
「でも、私は、まだ芸者では・・・」
「まだ出ていないのかい? ならば、いい店を紹介してあげよう。な。きっといい芸者になる」
「おめえ、無視してんじゃねえよ」
 親分が、しつこく話しかけてくる商人を押し退かせようとした。
「旦那方は、この子の舞を見ていないからわからないかもしれないが、あたしが言うのだから間違いない。あたしが引き取ってもいい。な。あたしのところにおいで」
「・・・」
 ゆきはなんと答えていいかわからず、複雑な気持ちになったが、認められた嬉しさと怖さで、体が熱くなるのを感じた。

「芸者、なのか?」
 同心が信じられないという顔をしている。
 それは無理もなかった。
 ゆきは、旅姿ではあるが、ごく普通の町娘の格好をしているからだ。
「いいえ、まだ・・・」
 見つめられて、恥ずかしくなった。
「芸者の卵か。こんなことろで立ち話もなんだ。番屋まで来てもらおう」
「番屋?」
「あんたは帰ってもいい。あんまりしつこいと、しょっぴくぞ」
「そんなあ」
 商人はしぶしぶ離れて行った。

 同心が歩き出し、ゆきはその後についていった。

 何も悪いことをしていないのだから、ついていかなくてもいいような気がしたが、まったく知らない場所に置いていかれるのも嫌だった。
 番屋ならば、叔母が探しにくる可能性もある。

「おれは片桐和馬だ。名前は?」
 歩きながら訊かれた。
「ゆきと申します」
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