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序の舞
なぜ舞うのか
「ああいう輩には、ついていかない方がいいな」
片桐和馬と名乗った同心は、後ろを振り返らずに言った。
「江戸は初めてか」
「はい」
ゆきは、木の下で舞ってしまったことを後悔していた。
これほど面倒なことになるとは、思いもしなかったのだ。
ゆきは知らなかったが、ここは浅草や吉原に向かう道であり、見せ物小屋や、遊郭へ行く、物見高い芸事好きが多く行き交っている。
新し物好きの江戸っ子の気をひいてしまったのだろう。
後ろを見ると、ゆきがどうなるのか見届けたいのか、人がぞろぞろとついてきていた。
「おめえら、見せもんじゃねえぞ。ついてくるな」
親分が十手をふって、追い返そうとしているが、効果がないようだった。
番屋に連れて行かれ、同心の前に座らされた。
事情を聞くのは、片桐本人だった。
面と向かって顔を見合わすのが、お互い恥ずかしい。
目が合わせられず、下を向きがちになる。
「どこから来た」
「尾張です」
「なるほど、芸どころか。一人で来たのか」
「いえ、叔母と来ました」
「その叔母は、どうした」
「はぐれてしまいました」
「迷子になったのか」
「はい・・・」
片桐がため息をついた。
子供でもあるまいに、と思われたんだろうか。
「叔母も迷子か」
「いえ、叔母は江戸に住んでいます」
「そうか。ならば案ずることはないな。・・・ところで、なぜ舞を舞ったんだ。あの男が言っていたが」
「それは・・・」
本当のところは理由なんてなかった。
勝手に体が動いてしまった、なんて言っても、信じてもらえない。
「罪になるのでしょうか」
なぜ聞かれるのかわからない。
不安になり、顔を上げて片桐を見た。
一瞬、見つめ合った。
「いや、そうではないが・・・」
目をそらしたのは、同心の方だった。
「あそこで舞ったのは・・・」
ゆきは、目をそらさずに胸を張るようにして答えた。
「叔母を探すためです。はぐれてしまった叔母が、私を見つけてくれないかと思って」
なぜ聞かれるのか、何となくわかった。
自分を売り込むために、舞ったのではないとわかってもらうために、そう嘘を言った。
勝手に商売をしてはいけないんだろう。
商売がらみではないことを確かめたかったのかもしれない。
「そうか。わかった。それならばよい。江戸には芸者になるために来たのか」
「はい。そうです」
「どこの芸者だ」
「わかりません」
「わからない? 隠さずともよい」
「隠していません」
「では、どこに住む。叔母の住まいは」
「わかりません」
「浅草とか、深川とか町の名は」
「わかりません」
「ふざけてるのか」
ゆきが、わからないを連発するので、いらいらしてきたのか、片桐の目が険しくなり、責めるような口調になった。
「ふざけていません」
泣きそうになるのを堪えて、叔母の言葉を思い出そうとした。
気が動転して焦ってしまい、なかなか思い出すことができなかった。
「あ、・・・深川だったかもしれません」
確証はないけれど、そうだったかもしれない。
情けなくなって、思わず顔を手で覆った。
「叔母の名は?」
それでも、同心の取調べのような尋問はやまなかった。
「お染です」
「他に身内は」
「いません」
「叔母が一人か」
「はい」
「平助」
片桐は、後ろを向いて、親分を呼んだ。
「探してきてくれ」
「へい。ですが、それだけで探すのは・・・」
「そうだな。お染の特徴は?」
「歳は三十歳過ぎで、三味線の名手です」
「探してみやす」
親分が、番屋を出ていった。
「さて」
片桐が息を吐いて膝を叩いた。
「どうしたものかな・・・」
この人は、女子の扱いに慣れていない、とゆきは思った。
ゆきも自分を不器用だと思うが、そんな自分が見ても、片桐和馬という同心の女子慣れしていない不器用さが際立っている。
それをなぜか好ましく思い、そう思ったことが恥ずかしくなって、顔を伏せた。
「尾張では、何をしていた。芸者ではないのか」
さっきよりも、口調が柔らかくなっている。
「奉公していました。お武家さまのお屋敷に・・・」
「武家奉公か。それでなぜ芸者になろうと思った」
「叔母さまに誘われたのもありますけど。・・・好きだから。舞うことが好きだからです」
「そうか。いつか見てみたいな。そなたの舞を」
片桐が、苦笑した。
「お座敷遊びなぞ、したこともないし、するつもりもないが、な」
「・・・」
ゆきも、ぜひに、と微笑することもなく、ただうなずいただけだった。
片桐和馬と名乗った同心は、後ろを振り返らずに言った。
「江戸は初めてか」
「はい」
ゆきは、木の下で舞ってしまったことを後悔していた。
これほど面倒なことになるとは、思いもしなかったのだ。
ゆきは知らなかったが、ここは浅草や吉原に向かう道であり、見せ物小屋や、遊郭へ行く、物見高い芸事好きが多く行き交っている。
新し物好きの江戸っ子の気をひいてしまったのだろう。
後ろを見ると、ゆきがどうなるのか見届けたいのか、人がぞろぞろとついてきていた。
「おめえら、見せもんじゃねえぞ。ついてくるな」
親分が十手をふって、追い返そうとしているが、効果がないようだった。
番屋に連れて行かれ、同心の前に座らされた。
事情を聞くのは、片桐本人だった。
面と向かって顔を見合わすのが、お互い恥ずかしい。
目が合わせられず、下を向きがちになる。
「どこから来た」
「尾張です」
「なるほど、芸どころか。一人で来たのか」
「いえ、叔母と来ました」
「その叔母は、どうした」
「はぐれてしまいました」
「迷子になったのか」
「はい・・・」
片桐がため息をついた。
子供でもあるまいに、と思われたんだろうか。
「叔母も迷子か」
「いえ、叔母は江戸に住んでいます」
「そうか。ならば案ずることはないな。・・・ところで、なぜ舞を舞ったんだ。あの男が言っていたが」
「それは・・・」
本当のところは理由なんてなかった。
勝手に体が動いてしまった、なんて言っても、信じてもらえない。
「罪になるのでしょうか」
なぜ聞かれるのかわからない。
不安になり、顔を上げて片桐を見た。
一瞬、見つめ合った。
「いや、そうではないが・・・」
目をそらしたのは、同心の方だった。
「あそこで舞ったのは・・・」
ゆきは、目をそらさずに胸を張るようにして答えた。
「叔母を探すためです。はぐれてしまった叔母が、私を見つけてくれないかと思って」
なぜ聞かれるのか、何となくわかった。
自分を売り込むために、舞ったのではないとわかってもらうために、そう嘘を言った。
勝手に商売をしてはいけないんだろう。
商売がらみではないことを確かめたかったのかもしれない。
「そうか。わかった。それならばよい。江戸には芸者になるために来たのか」
「はい。そうです」
「どこの芸者だ」
「わかりません」
「わからない? 隠さずともよい」
「隠していません」
「では、どこに住む。叔母の住まいは」
「わかりません」
「浅草とか、深川とか町の名は」
「わかりません」
「ふざけてるのか」
ゆきが、わからないを連発するので、いらいらしてきたのか、片桐の目が険しくなり、責めるような口調になった。
「ふざけていません」
泣きそうになるのを堪えて、叔母の言葉を思い出そうとした。
気が動転して焦ってしまい、なかなか思い出すことができなかった。
「あ、・・・深川だったかもしれません」
確証はないけれど、そうだったかもしれない。
情けなくなって、思わず顔を手で覆った。
「叔母の名は?」
それでも、同心の取調べのような尋問はやまなかった。
「お染です」
「他に身内は」
「いません」
「叔母が一人か」
「はい」
「平助」
片桐は、後ろを向いて、親分を呼んだ。
「探してきてくれ」
「へい。ですが、それだけで探すのは・・・」
「そうだな。お染の特徴は?」
「歳は三十歳過ぎで、三味線の名手です」
「探してみやす」
親分が、番屋を出ていった。
「さて」
片桐が息を吐いて膝を叩いた。
「どうしたものかな・・・」
この人は、女子の扱いに慣れていない、とゆきは思った。
ゆきも自分を不器用だと思うが、そんな自分が見ても、片桐和馬という同心の女子慣れしていない不器用さが際立っている。
それをなぜか好ましく思い、そう思ったことが恥ずかしくなって、顔を伏せた。
「尾張では、何をしていた。芸者ではないのか」
さっきよりも、口調が柔らかくなっている。
「奉公していました。お武家さまのお屋敷に・・・」
「武家奉公か。それでなぜ芸者になろうと思った」
「叔母さまに誘われたのもありますけど。・・・好きだから。舞うことが好きだからです」
「そうか。いつか見てみたいな。そなたの舞を」
片桐が、苦笑した。
「お座敷遊びなぞ、したこともないし、するつもりもないが、な」
「・・・」
ゆきも、ぜひに、と微笑することもなく、ただうなずいただけだった。
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