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氷の舞
乱れ雪(一)
「見たかったなあ、その勝負」
梅太郎が唇を尖らせた。
「誘ってくれたらいいのにさあ。旦那だけずるくない?」
「私も見ていないよ。避けられなかったと吉次が言っていたが、舞ったことがない辰巳を踊りきったとか」
越後屋が言った。
「もう一度やってよ、雪也ちゃん」
久しぶりに、梅太郎が一緒に来ていた。
越後屋が雪也を呼ぶと聞きつけてついてきたらしい。
「できません。あれは、蔦吉姐さんの舞を見たからできたことです。でもめちゃくちゃだと言われました。当たり前ですけど」
「すごいことだよ。それでますます人気になっちゃってさあ、会いたくても、なかなか合わないんだよね。他の芸者は呼べても、雪也ちゃんは」
「あら、会いたいと思ってくださっていたんですか」
「もちろんだよ。もう用済みだって旦那に言われて。・・・寂しいなあ」
あくまで越後屋のせいにした。
本当に寂しがっているのかはわからない。
「どんなふうに進化したか試したいな」
「進化なんて、してません」
「女の子は、男で磨かれるもんだ。どれだけ磨きがかかったか見てやるよ」
顔を近づけてニヤニヤした。
「変わらないと思いますけど」
「変わらない? じゃあ、いやらしいままなんだ」
「梅太郎さんの意地悪っ」
と、肩をぶつけた。
「そんなに雪也がいいのなら、たまには外で遊んでくるかい?」
「え? いいの? やったあ」
「外?・・・」
お座敷ではなく、お花見に行ったり物見に行って遊ぶのだ。
「たまには外の空気でも吸っておいで。その方が刺激になって芸の道にもいいだろう」
「でも今は冬だしなあ。酉の市も済んじまったし。雪でも降れば雪也ちゃんと雪見ができるけど。あの錦絵みたいに」
「何もない今の時期だから、目立たなくていいんじゃないかね」
「それもそうか」
二人は、船宿でおちあい、屋形船に乗った。
雪也は頭巾をかぶって、誰だかわからないようにしている。
宣伝のために、大っぴらに遊ぶこともあるが、今回はお忍びだ。
「お忍びってのも、いいもんだね。隠れた仲って感じで」
「昼間っから遊んでいたら、叱られませんか?」
「昼間がいい時もあるんだ。夜の方が立て込んでるからさあ」
「あっちの方も、人気ですものね」
「あっちってなんだよ。言ってごらん」
「もう、意地悪・・・」
戸を少し開けて、河岸を歩く人々を眺めた。
今にも雪が降りそうな寒い日だった。
空も曇っている。
首を縮めて寒そうに小走りで行く人もいれば、数人で賑やかに喋りながら歩く人もいが、年の瀬ということもあり、心なしか忙しない。
「ああ寒っ。あとであったかくなろうね」
「きゃっ」
梅太郎が雪也を引き寄せ、船が左右に揺れた。
船を降りて、駕籠を使い、浅草寺にお参りし、上野まで足を伸ばした。
通りに面した茶店で休む。
「どうして人の多いところに行くかわかるかい?」
梅太郎は、通りを眺めながら、さりげなく身を寄せて言った。
「美人を探すためですか?」
「はは、鋭いねえ。当たりと言えば当たりか。人って面白えだろ。見てて飽きないんだよね」
「面白い?」
「ああ、面白え」
「だから、何人も恋人にできるんですか?」
「恋人? そんなにいると思ってる? ご贔屓さんを恋人とは呼ばないんだよ。・・・男だって面白えだろ。外に出ると、いろんな人間が見られる。誰一人として、同じ人間はいないんだ」
「そうですね」
「今やっていることが、つまらなくなったら、外へ出ていろんな人間を見たらいい。いろんな発見があって、己がいかに狭いところにいるかがわかるから」
「梅太郎さん、たまにはいいこと言うんですね」
「たまにって、ひどいなあ。ちょっとは惚れ直した?」
「さあ」
「さあって・・・このあたりは、出会茶屋が多いから、この男女は恋仲で、しっぽり濡れてきたのかなあとか、想像するのも楽しいだろ?」
と笑った。
「ほんとに梅太郎さんはそっちのことしか頭にないんですか」
「だから、そっちって何?」
「知りません」
「雪也ちゃんが言ったんだろ?」
梅太郎と過ごすのは嫌じゃなかった。
変に気を遣うことなく、安心して寄り添えた。
でも、恋人とは違う気がする。
何人もの女と体の関係があるのに、それをなんとも思っていなかった。
「そろそろ行こうか」
と梅太郎が言い、茶店を出ようとした時、声が耳に入ってきた。
その声は、たくさんの人がいるにもかかわらず、雪也の耳に、はっきりと届いた。
聞き覚えのある、懐かしい声に、痺れたように立ち尽くす。
「疲れませんか?」
誰かを気遣うような男の声。
「いいえ、大丈夫です」
「雪が降りそうだから、早く帰りましょうか」
「そうですね。でも・・・」
と答えた女の声は遠ざかって聞き取れなかった。
思わず道に走りでて、辺りを見回した。
まさか・・・。
「和馬さま・・・?」
声の主を確かめたい。
他人の空似だと思いたかった。
声が遠ざかった方へ走った。
風が吹き抜け、雪が舞い出した。
(あれは、和馬さま・・・?)
前方に、武家の男女が寄り添って歩く後ろ姿が見えた。
黒羽織を着ていない。
非番なんだろうか。
(いや、きっと、違う・・・)
でも似ている。
もっと近くに行こうと、足を速めるが、吹きつける風に目を瞑った。
冷たい雪が、頬をなぶった。
(幻?)
再び目を開けた時には、二人の姿は消えていた。
距離が離れて、人の波にのまれたのか。
(その人と、付き合っているの?・・・)
妄想が膨らんでいく。
胸が痛い。
幻かもしれないのに。
考えただけで苦しくなる。
雪が激しく降り出した。
(きっと、雪が見せた、幻・・・)
踵を返して駆け出した。
この場所から逃げ出したい。
もう、忘れたい。
(捨てたのは、私)
誰かが拾って自分のものにしても、文句は言えないのだ。
どうして取り乱すのだろう。
(ばかみたいだ・・・)
腕が掴まれた。
「どうした? 雪也ちゃん」
追いかけてきたのは、梅太郎だ。
「梅太郎さん・・・」
抱きついた。
体は熱いのに、ガタガタと震えた。
「寒いのかい?」
首を振るが、震えは止まらない。
「行こうか。あっためてあげる」
優しい梅太郎の声が、雪也を包み込んだ。
梅太郎が唇を尖らせた。
「誘ってくれたらいいのにさあ。旦那だけずるくない?」
「私も見ていないよ。避けられなかったと吉次が言っていたが、舞ったことがない辰巳を踊りきったとか」
越後屋が言った。
「もう一度やってよ、雪也ちゃん」
久しぶりに、梅太郎が一緒に来ていた。
越後屋が雪也を呼ぶと聞きつけてついてきたらしい。
「できません。あれは、蔦吉姐さんの舞を見たからできたことです。でもめちゃくちゃだと言われました。当たり前ですけど」
「すごいことだよ。それでますます人気になっちゃってさあ、会いたくても、なかなか合わないんだよね。他の芸者は呼べても、雪也ちゃんは」
「あら、会いたいと思ってくださっていたんですか」
「もちろんだよ。もう用済みだって旦那に言われて。・・・寂しいなあ」
あくまで越後屋のせいにした。
本当に寂しがっているのかはわからない。
「どんなふうに進化したか試したいな」
「進化なんて、してません」
「女の子は、男で磨かれるもんだ。どれだけ磨きがかかったか見てやるよ」
顔を近づけてニヤニヤした。
「変わらないと思いますけど」
「変わらない? じゃあ、いやらしいままなんだ」
「梅太郎さんの意地悪っ」
と、肩をぶつけた。
「そんなに雪也がいいのなら、たまには外で遊んでくるかい?」
「え? いいの? やったあ」
「外?・・・」
お座敷ではなく、お花見に行ったり物見に行って遊ぶのだ。
「たまには外の空気でも吸っておいで。その方が刺激になって芸の道にもいいだろう」
「でも今は冬だしなあ。酉の市も済んじまったし。雪でも降れば雪也ちゃんと雪見ができるけど。あの錦絵みたいに」
「何もない今の時期だから、目立たなくていいんじゃないかね」
「それもそうか」
二人は、船宿でおちあい、屋形船に乗った。
雪也は頭巾をかぶって、誰だかわからないようにしている。
宣伝のために、大っぴらに遊ぶこともあるが、今回はお忍びだ。
「お忍びってのも、いいもんだね。隠れた仲って感じで」
「昼間っから遊んでいたら、叱られませんか?」
「昼間がいい時もあるんだ。夜の方が立て込んでるからさあ」
「あっちの方も、人気ですものね」
「あっちってなんだよ。言ってごらん」
「もう、意地悪・・・」
戸を少し開けて、河岸を歩く人々を眺めた。
今にも雪が降りそうな寒い日だった。
空も曇っている。
首を縮めて寒そうに小走りで行く人もいれば、数人で賑やかに喋りながら歩く人もいが、年の瀬ということもあり、心なしか忙しない。
「ああ寒っ。あとであったかくなろうね」
「きゃっ」
梅太郎が雪也を引き寄せ、船が左右に揺れた。
船を降りて、駕籠を使い、浅草寺にお参りし、上野まで足を伸ばした。
通りに面した茶店で休む。
「どうして人の多いところに行くかわかるかい?」
梅太郎は、通りを眺めながら、さりげなく身を寄せて言った。
「美人を探すためですか?」
「はは、鋭いねえ。当たりと言えば当たりか。人って面白えだろ。見てて飽きないんだよね」
「面白い?」
「ああ、面白え」
「だから、何人も恋人にできるんですか?」
「恋人? そんなにいると思ってる? ご贔屓さんを恋人とは呼ばないんだよ。・・・男だって面白えだろ。外に出ると、いろんな人間が見られる。誰一人として、同じ人間はいないんだ」
「そうですね」
「今やっていることが、つまらなくなったら、外へ出ていろんな人間を見たらいい。いろんな発見があって、己がいかに狭いところにいるかがわかるから」
「梅太郎さん、たまにはいいこと言うんですね」
「たまにって、ひどいなあ。ちょっとは惚れ直した?」
「さあ」
「さあって・・・このあたりは、出会茶屋が多いから、この男女は恋仲で、しっぽり濡れてきたのかなあとか、想像するのも楽しいだろ?」
と笑った。
「ほんとに梅太郎さんはそっちのことしか頭にないんですか」
「だから、そっちって何?」
「知りません」
「雪也ちゃんが言ったんだろ?」
梅太郎と過ごすのは嫌じゃなかった。
変に気を遣うことなく、安心して寄り添えた。
でも、恋人とは違う気がする。
何人もの女と体の関係があるのに、それをなんとも思っていなかった。
「そろそろ行こうか」
と梅太郎が言い、茶店を出ようとした時、声が耳に入ってきた。
その声は、たくさんの人がいるにもかかわらず、雪也の耳に、はっきりと届いた。
聞き覚えのある、懐かしい声に、痺れたように立ち尽くす。
「疲れませんか?」
誰かを気遣うような男の声。
「いいえ、大丈夫です」
「雪が降りそうだから、早く帰りましょうか」
「そうですね。でも・・・」
と答えた女の声は遠ざかって聞き取れなかった。
思わず道に走りでて、辺りを見回した。
まさか・・・。
「和馬さま・・・?」
声の主を確かめたい。
他人の空似だと思いたかった。
声が遠ざかった方へ走った。
風が吹き抜け、雪が舞い出した。
(あれは、和馬さま・・・?)
前方に、武家の男女が寄り添って歩く後ろ姿が見えた。
黒羽織を着ていない。
非番なんだろうか。
(いや、きっと、違う・・・)
でも似ている。
もっと近くに行こうと、足を速めるが、吹きつける風に目を瞑った。
冷たい雪が、頬をなぶった。
(幻?)
再び目を開けた時には、二人の姿は消えていた。
距離が離れて、人の波にのまれたのか。
(その人と、付き合っているの?・・・)
妄想が膨らんでいく。
胸が痛い。
幻かもしれないのに。
考えただけで苦しくなる。
雪が激しく降り出した。
(きっと、雪が見せた、幻・・・)
踵を返して駆け出した。
この場所から逃げ出したい。
もう、忘れたい。
(捨てたのは、私)
誰かが拾って自分のものにしても、文句は言えないのだ。
どうして取り乱すのだろう。
(ばかみたいだ・・・)
腕が掴まれた。
「どうした? 雪也ちゃん」
追いかけてきたのは、梅太郎だ。
「梅太郎さん・・・」
抱きついた。
体は熱いのに、ガタガタと震えた。
「寒いのかい?」
首を振るが、震えは止まらない。
「行こうか。あっためてあげる」
優しい梅太郎の声が、雪也を包み込んだ。
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