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月の舞
炎のごとくに
人の口に戸は立てられないが、何事もなかったように、時が過ぎていったのは、左京大夫にも、蔦吉にも会うことがなかったからだろう。
噂だけが囁かれていたが、雪也の仕事に滞りはなく、人気も衰えなかった。
色っぽさが増したと言われた。
「やっぱり噂は本当なんだね。松平の殿様が雪也に手をつけたって。その話で持ちきりだよ。越後屋の旦那が言うところの、うぶさがなくなったって感じかな。男で芸が変わるって言うのはほんとのことだね」
梅太郎が越後屋と一緒に来て、舞を見、興奮したように言った。
「そんなに変わったんでしょうか」
自分ではよくわからない。
でも、変わらないと言われるよりはいいのかもしれないが。
「いい旦那がつけば、箔がついていいことだと思うけど」
「左京さまは、旦那さまじゃありません。いいこととは思えない。・・・なんだか、怖くて・・・」
雪也は目を伏せた。
本当は、何が起こるのか恐ろしくて、身の置き所がないくらいだった。
その怖さを舞に集中することで紛らわしている。
舞が上手くなっているなら、それはいいことなのだろうが、やましいと思う気持ちが拭えない。
「心配か。背徳というのか、その喜んでいないところが、芸の深みになっているのかもしれないね」
「普通は浮かれて自慢したくなるもんだけどね」
「浮かれるなんて。蔦吉姐さんのいい人と、成り行きでもそうなってしまって・・・」
「気にすることはないと思うけどな」
梅太郎が言うと、越後屋も同意した。
「蔦吉は、芸者をやめるかもしれん。今回のこととは関係がない。子供を孕ったという噂だ」
「え? そうなんだ」
「近頃お座敷を休みがちなのも、そういうことらしい」
「落籍される話でもあるのかな」
「蔦吉は、もう年季は明けているし、自前の芸者だ。落籍されずともやめられる」
二人のやりとりを聞いていて、左京大夫が言っていた話と辻褄が合うと思った。
蔦吉にはまぶがいて、その男のためにお金を稼いでいると。
孕った子供は、その男の子なのではないか。
それならば、めでたいことだ。
ほっとしている自分が、なぜか嫌になった。
梅太郎が、考え事をしていた雪也を抱き寄せた。
「殿様に抱かれて、どれくらいいやらしくなったか、試したいな」
耳元に息を吹きかけるようにして囁いた。
「あ、んっ・・・梅太郎さ・・・ん」
梅太郎の手が、胸に入り込み、まさぐっている。
細くしなやかな指は、感じるところを優しく刺激してくる。
この指にかかれば、どんな女でも甘く蕩けさせる。
「妬いているのかね」
越後屋が笑った。
「松平の殿様とは、勝負にならないよ。でも雪也ちゃんを育てたのは、おれだよ。どう変わったか試す義務はあると思うけどね。もうだいぶいやらしくなってるみたいだ」
「変わっていません!」
今度は裾を割って入ろうとする梅太郎を、押し戻した。
「本当かなあ」
すうっと横に流し目に見られてぞくりとした。
結局押し切られて船に乗った。
「船の中は嫌です」
二人きりになると、さっそく抱きしめて唇に吸い付いてくる梅太郎を押し留める。
「殿様とは、一晩中船の中だったんだろ? どんなふうに抱かれたかやってみせてよ」
「意地悪は、いや」
首を振った。
いつもの梅太郎と違って性急だ。
左京大夫に抱かれたことが、梅太郎の男を刺激したのか、覗き込んだ目が、炎を宿したように真剣味を帯びている。
「梅太郎さんらしくない・・・」
怖くなって言ってしまった。
これは嫉妬なのだろうか。
「おれも男だよ。殿様とどっちが良かったか、教えてもらう」
「そんなの、比べられません。梅太郎さんには梅太郎さんの・・・」
「聞きたくない」
唇を唇で塞がれる。
こじ開けるようにして、舌が入り、口の中を探るように動く。
その荒々しい動きに、左京大夫を思い出してしまう。
雪也の舌を絡めとると、引っこ抜かれるかと思うほど吸われた。
(違う)
梅太郎は、女をいつも丁寧に扱う。
扱う女は、梅太郎の贔屓なので、乱暴にすることはないはずだった。
今の梅太郎は、仕事ではない。だから自分の思いだけで振る舞える。
雪也と過ごす今の刻は、素のままの梅太郎だ。
そう思った途端に、なぜか、愛おしくなった。
力を抜き、されるがままに、身を任せる。
「雪也ちゃん?」
気付いたのか、梅太郎が唇を離し、覗き込んでくる。
「ごめん。・・・らしくなかったね」
目が笑っていた。
雪也は、自分から梅太郎の首に腕を回して、唇を重ねた。
噂だけが囁かれていたが、雪也の仕事に滞りはなく、人気も衰えなかった。
色っぽさが増したと言われた。
「やっぱり噂は本当なんだね。松平の殿様が雪也に手をつけたって。その話で持ちきりだよ。越後屋の旦那が言うところの、うぶさがなくなったって感じかな。男で芸が変わるって言うのはほんとのことだね」
梅太郎が越後屋と一緒に来て、舞を見、興奮したように言った。
「そんなに変わったんでしょうか」
自分ではよくわからない。
でも、変わらないと言われるよりはいいのかもしれないが。
「いい旦那がつけば、箔がついていいことだと思うけど」
「左京さまは、旦那さまじゃありません。いいこととは思えない。・・・なんだか、怖くて・・・」
雪也は目を伏せた。
本当は、何が起こるのか恐ろしくて、身の置き所がないくらいだった。
その怖さを舞に集中することで紛らわしている。
舞が上手くなっているなら、それはいいことなのだろうが、やましいと思う気持ちが拭えない。
「心配か。背徳というのか、その喜んでいないところが、芸の深みになっているのかもしれないね」
「普通は浮かれて自慢したくなるもんだけどね」
「浮かれるなんて。蔦吉姐さんのいい人と、成り行きでもそうなってしまって・・・」
「気にすることはないと思うけどな」
梅太郎が言うと、越後屋も同意した。
「蔦吉は、芸者をやめるかもしれん。今回のこととは関係がない。子供を孕ったという噂だ」
「え? そうなんだ」
「近頃お座敷を休みがちなのも、そういうことらしい」
「落籍される話でもあるのかな」
「蔦吉は、もう年季は明けているし、自前の芸者だ。落籍されずともやめられる」
二人のやりとりを聞いていて、左京大夫が言っていた話と辻褄が合うと思った。
蔦吉にはまぶがいて、その男のためにお金を稼いでいると。
孕った子供は、その男の子なのではないか。
それならば、めでたいことだ。
ほっとしている自分が、なぜか嫌になった。
梅太郎が、考え事をしていた雪也を抱き寄せた。
「殿様に抱かれて、どれくらいいやらしくなったか、試したいな」
耳元に息を吹きかけるようにして囁いた。
「あ、んっ・・・梅太郎さ・・・ん」
梅太郎の手が、胸に入り込み、まさぐっている。
細くしなやかな指は、感じるところを優しく刺激してくる。
この指にかかれば、どんな女でも甘く蕩けさせる。
「妬いているのかね」
越後屋が笑った。
「松平の殿様とは、勝負にならないよ。でも雪也ちゃんを育てたのは、おれだよ。どう変わったか試す義務はあると思うけどね。もうだいぶいやらしくなってるみたいだ」
「変わっていません!」
今度は裾を割って入ろうとする梅太郎を、押し戻した。
「本当かなあ」
すうっと横に流し目に見られてぞくりとした。
結局押し切られて船に乗った。
「船の中は嫌です」
二人きりになると、さっそく抱きしめて唇に吸い付いてくる梅太郎を押し留める。
「殿様とは、一晩中船の中だったんだろ? どんなふうに抱かれたかやってみせてよ」
「意地悪は、いや」
首を振った。
いつもの梅太郎と違って性急だ。
左京大夫に抱かれたことが、梅太郎の男を刺激したのか、覗き込んだ目が、炎を宿したように真剣味を帯びている。
「梅太郎さんらしくない・・・」
怖くなって言ってしまった。
これは嫉妬なのだろうか。
「おれも男だよ。殿様とどっちが良かったか、教えてもらう」
「そんなの、比べられません。梅太郎さんには梅太郎さんの・・・」
「聞きたくない」
唇を唇で塞がれる。
こじ開けるようにして、舌が入り、口の中を探るように動く。
その荒々しい動きに、左京大夫を思い出してしまう。
雪也の舌を絡めとると、引っこ抜かれるかと思うほど吸われた。
(違う)
梅太郎は、女をいつも丁寧に扱う。
扱う女は、梅太郎の贔屓なので、乱暴にすることはないはずだった。
今の梅太郎は、仕事ではない。だから自分の思いだけで振る舞える。
雪也と過ごす今の刻は、素のままの梅太郎だ。
そう思った途端に、なぜか、愛おしくなった。
力を抜き、されるがままに、身を任せる。
「雪也ちゃん?」
気付いたのか、梅太郎が唇を離し、覗き込んでくる。
「ごめん。・・・らしくなかったね」
目が笑っていた。
雪也は、自分から梅太郎の首に腕を回して、唇を重ねた。
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