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炎の舞
鎧を脱ぐ
偶然じゃなかった。
仕組まれたことだったのだ。
「無礼者!」
取り巻きたちが喚き、雪也に詰め寄ろうとするのを、左京大夫は片手で制し、笑い出した。
「やはり、見かけよりもずっと気が強い。勘違いするな。おれは何もしておらん。ちょいと人を使って背中を押してやったまでのこと。こんなにうまくいくとは、正直思わなかった。早かれ遅かれそうなる運命だ。恨まれる筋合いはない」
「それで、堕としたつもりなのですか。いくら堀を埋めても、惚れなければ意味がないのでは。堕ちたことにはなりません」
「惚れているさ。言っただろう。お前は、もうおれに惚れている」
「冗談はやめてください」
心を乱したら負けだと思いながらも、息が荒くなる。
左京大夫の策にはまってはいけない。
「男は肥やしだと言ったな。どうだ、おれの肥やしは最高であろう」
「・・・」
言い返すことはできなかった。
左京大夫の存在が、雪也を支えている。
そのことを痛感してきた。
それだけでなく、守られていた。
殿様に睨まれたら、この深川で大手を振って遊ぶことはできない。
雪也に手出しはできないのだ。
尾張で仕えていた若様も、あれ以来見かけていない。
左京大夫が、空になった盃に、酒を注いだ。
「飲め」
雪也は、手にした盃に目を落とした。
「おれは、惚れるに値しない男か」
これは、口説かれているのか。
天下人の血を引く男に、これほどまで言わせていいのだろうか。
じたばたしても、もう完敗している。
だが、嫌な気はしなかった。
左京大夫の言う通り、すでに惚れているのかもしれない。
ざわついていた胸が、すっと落ち着いていく。
「・・・」
盃に口をつけ、一気に干した。
それが答えだ。
「いい飲みっぷりだ」
「きゃっ」
左京大夫が、膳を脇へ退けて近づくと、雪也を抱き上げた。
「お前らは勝手にやってろ!」
雪也を肩に担ぐようにして、言い放つと、歓声が起こった。
お座敷を出て、廊下をそのまま歩いていく。
「下ろしてください」
「この方が早い。また船にするか。それとも・・・」
「船は嫌です」
「そうか」
左京大夫は、機嫌よく声を立てて笑った。
「怒っていないのですか?」
「何をだ」
「お酒を、ぶっかけたこと・・・」
「お仕置きに今からたっぷりと可愛がってやる」
着物の上から尻を叩いた。
やはり船に乗るらしく、そのまま船着場まで出て行った。
船頭に告げた行き先に驚く。
それは、庶民が足を踏み入れることすらできない場所だった。
左京大夫の別邸。
それは、浜離宮にほど近い、海沿いにあった。
「ここは深川ではない。気取っても無駄だぞ」
左京大夫が、殿様だということを改めて強く感じる。
本来なら一人で出歩いたりすることはない。
大勢の家臣に傅かれる身分なのだ。
別邸といえども、大きなお屋敷である。
夜なので、庭は見えないが、きっと見事な山水の庭だろう。
「蔦吉は、町方の気風が抜けなかった。根っからの江戸っ子なのだろう。お前はどうかな」
雪也は江戸っ子ではない。
芸者として、蔦吉には敵わないと思うのは、そういうところだ。
「私は・・・」
芸者を、鎧のように纏っているのではないだろうか。
脱いでも江戸っ子の蔦吉とは違って、鎧を脱いだらどうなるの?
「ただの女です。武家にも芸者にもなり切れない、ただのつまらない女です」
それが私。
「本当に、そう思っているのか。・・・まあ、裸になってしまえば、おれもただの男だな」
「脱がすのが、お好きなんですね」
「ああそうだ」
誰もいない奥の部屋に入るなり、抱き寄せて、帯を解いている。
「裸になるのが好きなのだ。どこにいても裸になどなかなかなれぬからな」
「では、ここで裸にして差し上げます」
「面白い女だ」
袴の紐を解き、背中に腕を回して帯を解く。
二人ほぼ同時に、裸になった。
仕組まれたことだったのだ。
「無礼者!」
取り巻きたちが喚き、雪也に詰め寄ろうとするのを、左京大夫は片手で制し、笑い出した。
「やはり、見かけよりもずっと気が強い。勘違いするな。おれは何もしておらん。ちょいと人を使って背中を押してやったまでのこと。こんなにうまくいくとは、正直思わなかった。早かれ遅かれそうなる運命だ。恨まれる筋合いはない」
「それで、堕としたつもりなのですか。いくら堀を埋めても、惚れなければ意味がないのでは。堕ちたことにはなりません」
「惚れているさ。言っただろう。お前は、もうおれに惚れている」
「冗談はやめてください」
心を乱したら負けだと思いながらも、息が荒くなる。
左京大夫の策にはまってはいけない。
「男は肥やしだと言ったな。どうだ、おれの肥やしは最高であろう」
「・・・」
言い返すことはできなかった。
左京大夫の存在が、雪也を支えている。
そのことを痛感してきた。
それだけでなく、守られていた。
殿様に睨まれたら、この深川で大手を振って遊ぶことはできない。
雪也に手出しはできないのだ。
尾張で仕えていた若様も、あれ以来見かけていない。
左京大夫が、空になった盃に、酒を注いだ。
「飲め」
雪也は、手にした盃に目を落とした。
「おれは、惚れるに値しない男か」
これは、口説かれているのか。
天下人の血を引く男に、これほどまで言わせていいのだろうか。
じたばたしても、もう完敗している。
だが、嫌な気はしなかった。
左京大夫の言う通り、すでに惚れているのかもしれない。
ざわついていた胸が、すっと落ち着いていく。
「・・・」
盃に口をつけ、一気に干した。
それが答えだ。
「いい飲みっぷりだ」
「きゃっ」
左京大夫が、膳を脇へ退けて近づくと、雪也を抱き上げた。
「お前らは勝手にやってろ!」
雪也を肩に担ぐようにして、言い放つと、歓声が起こった。
お座敷を出て、廊下をそのまま歩いていく。
「下ろしてください」
「この方が早い。また船にするか。それとも・・・」
「船は嫌です」
「そうか」
左京大夫は、機嫌よく声を立てて笑った。
「怒っていないのですか?」
「何をだ」
「お酒を、ぶっかけたこと・・・」
「お仕置きに今からたっぷりと可愛がってやる」
着物の上から尻を叩いた。
やはり船に乗るらしく、そのまま船着場まで出て行った。
船頭に告げた行き先に驚く。
それは、庶民が足を踏み入れることすらできない場所だった。
左京大夫の別邸。
それは、浜離宮にほど近い、海沿いにあった。
「ここは深川ではない。気取っても無駄だぞ」
左京大夫が、殿様だということを改めて強く感じる。
本来なら一人で出歩いたりすることはない。
大勢の家臣に傅かれる身分なのだ。
別邸といえども、大きなお屋敷である。
夜なので、庭は見えないが、きっと見事な山水の庭だろう。
「蔦吉は、町方の気風が抜けなかった。根っからの江戸っ子なのだろう。お前はどうかな」
雪也は江戸っ子ではない。
芸者として、蔦吉には敵わないと思うのは、そういうところだ。
「私は・・・」
芸者を、鎧のように纏っているのではないだろうか。
脱いでも江戸っ子の蔦吉とは違って、鎧を脱いだらどうなるの?
「ただの女です。武家にも芸者にもなり切れない、ただのつまらない女です」
それが私。
「本当に、そう思っているのか。・・・まあ、裸になってしまえば、おれもただの男だな」
「脱がすのが、お好きなんですね」
「ああそうだ」
誰もいない奥の部屋に入るなり、抱き寄せて、帯を解いている。
「裸になるのが好きなのだ。どこにいても裸になどなかなかなれぬからな」
「では、ここで裸にして差し上げます」
「面白い女だ」
袴の紐を解き、背中に腕を回して帯を解く。
二人ほぼ同時に、裸になった。
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