すべてはゼロになる。

MaDaRa

文字の大きさ
1 / 4
第一章 助けを求めた声

第1話 助けを求めた声

しおりを挟む
魔族領は平和になったものだな。
今日も魔王城の夜は静かだ。
遠くで風が鳴り城壁の松明が揺れ、木々の擦れる音だけがやけに大きく響く。
夜の闇は深く、空には星だけが綺麗に光っている。
俺は城門の上の見張り台で、腕を組んで立っている。
夜風が俺の白銀の髪を揺らす。
母さん譲りの髪色は松明の火の灯りを受けて輝いていた。
そういえばこの髪色のせいで俺は昔からよく目立ってたな。
「勇者の子だ」「魔王の血だ」
どっちにしろ、まともに見られたことはない。
……まあ、今はどうでもいいが。

俺の名前はレイ。
父は魔王ヴォルガド。母は勇者エリス。
俺はそんな異質な両親のせいなのか、おかげなのか、
魔法や剣術や知能どれも全部が規格外みたいだ。
自覚はあまりないけど、周りがそう言う。
昔から泣いてる奴や困ってる奴を見ると、
放っておけない性格だ。
昔話になるが人間も助けた。
その時も見ず知らずの人間が、50人ほどの奴らに囲まれて
襲われてたから、その中に突っ込んで助けた。
あの時は自分も死んでしまうかもしれないと思った。
そんな俺に母さんは
「貴方は馬鹿が付くほど優しすぎる」
と言われた記憶がある。
褒め言葉かどうかは知らないが。

「レイ」

背後から低い声で自分の名前を呼ばれた。
振り返ると、黒いマントを纏った巨体が立っていた。
何とも言えない圧力。ただそこにいるだけで空気が重くなる。
俺の父親、魔王ヴォルガドだ。
人間が想像するような角も牙もない。
それでも目だけは魔王の威厳を宿している。
静かで、深くて、底が見えない。父さん。

「まだ起きていたのか?」

「なんか、今日は静かすぎる気がしてさ」

俺がそう言うと父は夜空を見上げ、僅かに眉をひそめた。

「……風向きが乱れている」

「風向き?」

「人間界の匂いが流れてきてるな」

その言葉で俺はふと思った。人間界……
母さんが嫌う場所だ。
父さんがかつて敵として戦った場所。
そして今も母さんが好きになれない場所。

「母さんは?」

「書庫じゃないか。まだ起きているだろう」

父がそう言った、その瞬間だった。

…バタンッ……

城門の外で何かが落ちたような音がした。
俺と父は同時に視線を向ける。
暗闇の一本道。
門へ続く石畳の上に何かが倒れている。
最初は獣が倒れたか、ハブリクビがまた人間の死体を
落としていったかと思った。

【ハブリクビとは、長い首を死体の四肢に巻きつけて空へ連れ去る不気味なシルエットの鳥みたいなモンスター】

でも違ったみたいだ。細い腕、細い脚、長い髪。
……人間の少女だ。

「……おい」

俺は見張り台から飛び降りた。
着地した瞬間、石畳が小さく割れた。
だが石畳など気にする余裕はない。
俺は走った。
近づくほど、鼻を刺すようなにおいが濃くなる。
泥。血。汗。
そして腐った果実のような臭い。
少女はうつ伏せに倒れている。
肩がかすかに上下している。
まだ生きている。

「大丈夫か!」

俺が少女の肩に触れた瞬間、身体がびくりと跳ねた。
反射だ。恐怖が体に染みついたような反射。
……この反応で分かる。
この子はどこからか逃げてきた。
俺はそっと少女の身体を起こして、抱き上げた。
服は裂け、泥で汚れてところどころ
血が固まって黒ずんでいる。
それでもこの少女の着ている服は高級そうだった。
髪は絡まり、きっと必死に逃げてきたのだ。
……きっとこの子は貴族だ。
育ちの良さは、どれだけ汚れても消えない。
そして俺の視線が、少女の手首に落ちた瞬間。
胸が締め付けられた。鎖の跡だ。
いや、跡じゃない。
皮膚が裂け、赤黒く腫れ、乾いた血がこびりついている。
擦れた場所からは肉が少しむき出しになっている。
鎖を付けられていた。
人間扱いされていない。
奴隷だったのか?だとしても……

「……ふざけんな」

心の声が漏れた。
こんなもの、噂でしか聞いたことがない。
魔王領は、とうの昔に奴隷を禁止していた。 
でも今、現実が腕の中にある。
背後で城門が開く音がした。

「レイ!」

母さんが駆け寄ってくる。
白い髪が揺れ、青い瞳で俺と少女を見て息を呑んだ。
母さんは強い。人間界で一番強いと思う。
でも今の母さんの顔には、強さはない。
悲しみと怒りで歪んでいるだけだった。

「……その子……人間……?」

「そうだと思う。生きてるよ。でも危ない」

母さんは少女の額に触れ、次に手首の傷を見た。
その瞬間、母さんの瞳の温度が消えた。

「鎖……。まさか……まだ……」

父さんもゆっくり近づいてくる。
影のように静かで、それでも圧倒的な存在感。
父さんは少女を見下ろし、低い声で言った。

「人間は、弱者を壊すことに躊躇いがない」

「……父さん」

少女を抱き締めている腕に力が入る。

「この子が何をしたっていうんだよ。」

父さんはボソッと小さな声で言った。

「大体想像はついている」

母さんが言う。

「城へ入れなさい。治療しなきゃでしょ」

俺はうなずき、少女を抱え直した。
その時、少女が喋った。

「……た……すけ……て……」

かすれた声。
今にも消えてしまいそうな声だった。
でも確かに言った。
助けて、と。
俺は心臓を掴まれたような気がした。

「大丈夫だ」

俺は少女の耳元で言う。

「ここは魔王城だ。怖いかもしれない。
でも……人間界よりは絶対に安全だ」

少女の目が薄く開いた。
焦点は合っていない。
それでも俺を見た気がした。
そして涙が落ちた。
一滴。また一滴。
声も出さず、ただ涙だけが流れる。
きっと安心の涙ではないと思う。
でもそれが俺は許せなかった。
この子が泣く理由がある世界が。
涙は嬉しい時や悲しい時だけでいい。
なんなんだよ。この子の涙は……
魔王城の廊下は暖かかった。
松明の火が揺れて、石壁に影を落とす。
俺の黒いマントと軽装鎧が、火の色を吸い込んで暗く沈む。
首元に巻いた赤い布が、血のように揺れた。
俺の腰には剣がある。
派手な装飾はない、実用一点張りの剣。
母さんが昔言った。

「本当に強い人は、飾りで強さを語らない」

俺はその言葉を信じている。
医務室に入り、少女をベッドへ寝かせた。
少女の髪が枕に広がる。
本来なら蜂蜜色の綺麗な髪のはずだ。
でも今は泥と血で汚れ、くちゃぐちゃ。
それでもほんの一瞬だけ、松明の光が髪を照らした時。
淡い金色が見えた。星みたいに。

「……名前は?」

母さんが優しく尋ねた。
少女は唇を震わせ、かすれた声で答えた。

「……メル……リステラ……」

メルリステラ。
星の名前みたいな響きだった。
母さんが小さく息を吐く。

「綺麗な名前ね」

父さんが低く呟いた。

「よい名前だ」

俺はメルリステラの手首の傷から目を逸らせなかった。
そっと俺は手を添えた。

鎖の跡が、彼女がされてきた事を語っている。
人間の国は、子供に鎖を付ける。
……そんな国が、存在してはならない。
父さんが俺を見た。

「レイ。覚悟はあるか」

「何の覚悟だよ」

父さんは淡々と言った。

「この少女を探して人間は必ずここに来る。
人間は逃げた奴隷を必ず捕まえる」

薬を調合していた母さんの手が止まる。

俺はメルリステラの冷たい指を握った。
この子は生きている。
泣いている。
助けを求めた。
それだけで十分だ。

「だったら俺がこの子を救う」

俺が言うと、父さんは少しだけ目を細めた。

「助けるだけで済むか?」

俺は小さく笑った。

「済ませない。済むはずがないよ」

俺は胸の奥から言葉を絞り出した。

「……阻む者には容赦はしない」

母さんが息を呑んだ。
父さんは微笑んでいた。

「いい目だ。レイ」

メルリステラはいつの間にか眠っていた。
苦しそうに眉を寄せている。
夢の中でも追われているのだろう。
俺はその顔を見下ろしながら、静かに誓った。
この子が泣く理由を。この世界から消す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ジャングリラ~悪魔に屠られ魔王転生。死の森を楽園に変える物語~

とんがり頭のカモノハシ
ファンタジー
「別の世界から勇者を召喚する卑怯な手口」に業を煮やした堕天使・ルシファーにより、異世界へ魔王として転生させられた大学生・左丹龍之介。 先代・魔王が勇者により討伐されて100年――。 龍之介が見たものは、人魔戦争に敗れた魔族が、辺境の森で厳しい生活を余儀なくされている姿だった。 魔族の生活向上を目指し、龍之介は元魔王軍の四天王、悪魔公のリリス、フェンリルのロキア、妖狐の緋魅狐、古代龍のアモンを次々に配下に収めていく。 バラバラだった魔族を再び一つにした龍之介は、転生前の知識と異世界の人間の暮らしを参考に、森の中へ楽園を作るべく奔走するのだが……

部屋で寝てたら知らない内に転生ここどこだよぉぉぉ

ケンティ
ファンタジー
うぁー よく寝た さー会社行くかー あ? ここどこだよーぉぉ

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき
ファンタジー
魔物使いでありながらスライム一匹従えられないカイルは、3年間尽くしたギルドを「無能」として追放される。 同世代のエリートたちに「魔物避けの道具」として危険な遺跡に連れ出され、最後は森の主(ヌシ)を前に囮として見捨てられた。 死を覚悟したカイルが崩落した壁の先で見つけたのは、今にも息絶えそうな一匹の白い仔犬。 「自分と同じように、理不尽に見捨てられたこの子だけは助けたい」 自分の命を顧みず、カイルが全魔力を込めて「テイム」を試みた瞬間、眠っていた真の才能が目覚める。

処理中です...