鸞の島

こいちろう

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 寧波(明州)は日明貿易の要の港だ。殆どはジャンクだが、外洋をうまく乗り越えた和船の八幡船もよく見かけた。南蛮船もいた。ずんぐりした巨体で横帆、縦帆の四本マストが随分と派手な船だ。ずんぐりとした船体だから、荷の積載量は大きいのだろう。軍船もいた。長大で、大砲を何門も備えた不気味な艦船だった。ポルトガルは広東のマカオという港を租借地にして、そこを中心に手広く商売をしているらしい。
 日明の勘合貿易が始まるより更に以前から、海外との貿易中継地として栄えた寧波の港だが、大内氏と細川氏の争いの後は日本からの朝貢は断った。その後海禁令の取り締まりが厳しくなり、かつての賑わいを失くしてサビれてきていた。
 ただ、朝貢はなくなったが、日明の交易は寧ろ盛んになっていた。近くの舟山群島を拠点に、密貿易の利鞘を当てにする寧波の商人の元で海賊衆らが暗躍し、日本を始め海外の品物が自由に売買いされていたのだ。
 乙松は舟山群島の中の青沙島という小島を根倉にした。此処も雑多な船の溜まり場だった。羽島と変わらぬ程の小島で漁民の集落もあった。海賊共の苫屋もそこに並んでいる。乙松たちは普段は入江に停泊したジャンクの中で過ごすのだが、官憲の船が姿を見せたときは、漁民の振りをして苫屋に隠れた。隠れ家として具合が良かったのだ。官憲も心得たもので、賄いを受け取って直ぐに退散した。
 羽島から連立った一之助とその息子の成吉には懐かしい故郷の島に見えたのだろう。
「漁師の血が騒ぐぞ」
干し魚の匂いを嗅いではそんなことを言い合っていた。
 島の集落は人がやたらと多かった。密貿易の商売人と船乗りと、そしてそれを相手にする女たち。和人だけでなく、明人や朝鮮人、南蛮人もいた。いずれも脛に傷持つ外れ者だ。そのひと固まりが漁村の集落のすぐ隣りに魔窟を作っていたのだ。
 青沙島の海賊はそれぞれが単独で闇商売をしていた。時には大陸各地の海岸を襲う連中もいた。六兵衛から聞いた通りの酷い連中だ。乙松たちも誘われたことはあるが、それには加わらなかった。
 寧波近辺の沿岸部には、時に大きな屋敷を構えた富豪もいた。いずれ、闇貿易で儲けた連中だ。そうした富豪を一団となって襲う。火矢で襲って家中の者が慌てふためく中を、金目の家財を奪い取る。和人ではない、殆どが出所の分からぬ偽倭寇だ。官憲から一番睨まれていた集団だ。
 乙松は常に『南無八幡大菩薩』の幟をかけている。この幟を掲げるからは下手なことはできまい。
「よくぞ此れまでこの旗を大事に残していなさった。これでこそ正真正銘の八幡船よ!さすが、瀬戸内一の梶取と言われた田萱の親方だ」
櫓漕ぎ頭の一之助はいつも梶子らに自慢して言っていた。
「この幟が我らの心よ!」
共に羽島を立った者はわずか五人。彼らにはこの幟の意味が分かる。後はあちらこちらの港で雇うた者たちだ。ルソンや琉球や朝鮮や、そして中国人など様々だ。「八幡大菩薩」の有難みなど分かりはしない。

 明朝は久しく海禁政策を取っていた。許された国だけが貿易をしていたのだ。細川・大内の寧波の乱以降、それは益々厳しくなった。それが、万暦帝の代になってからは海禁政策のほころびが大きくなっていった。秀吉の唐攻めが始まるこの時代、明ではそれに併せたようにヌルハチが北満を占領した。西方ではポハイの乱、南方では播州の乱が起きた。頼りとする宰相を失ったばかりでもあり、万暦帝は治世に意欲をなくしていたのだ。 
 地方の小事などは忙殺された時期だ。寧波の市舶司大監も人が変わる度に態度を変えた。沿岸の港の取締まりが強くなったり弱くなったり、そしてまた突然厳しく取締まったりの繰り返し。公に貿易が許されたのは広東のポルトガル船のみだ。日本など寧波の乱以降は寧波の港からは締め出されたままだ。勘合札など持つ船はない。元々勘合貿易など貿易ではない。明朝側からすれば朝貢だ。日本が朝貢してくるからその折に少し交易を認めてやろう、くらいにしか明朝は思っていなかった。勘合貿易など止めたぞ、と言われればそれまでだ。
 そうした公貿易を相手としていた特権商人ですら滅多に交易の機会などなくなった。ところが貿易で稼ぎたい商人たちは何処にもいる。度々変わる海禁政策の中で、隠れて密貿易で稼ごうする組織が後を絶たなくなった。そんな商人を後ろ盾にする海賊集団も数多いた。それら全てを含めて倭寇だ。彼らは取り締まりをかいくぐってでも、闇の取引で稼ぎを増やした。隠れて動くものが増えれば、自然荒々しい略奪を繰り返す連中も増えていった。

 乙松たちを始め、多くの海賊が根倉とする青沙島には少年少女があふれていた。奴隷だ。略奪は物品だけでなく、働き手として使えそうな若者を一緒に捕まえてきては下働きとして売り払うのだ。
 乙松は、あるとき一人の若者を見かけた。成吉と同じくらいのまだ少年だ。明人のジャンクで働いていた。痩せこけていかにも力のなさそうな少年だが、明るい表情で仲間と声を掛け合っている。よろけながらもジャンクから重そうな荷を一つずつ背中に負い、浜におろしていた。
 それがシャオソンだった。以前、矢ノ浦の浜でよく見ていた人足だ。
「エイヤエイヤ、ホーオンエイヤ」シャオソンは乙松を見かけたら必ず声を張り上げた。
 乙松は浜で働く人足らによく声を掛けた。矢ノ浦でも青沙島でも「ホーオンエイヤ、負けるなエイヤ」だ。その掛声を覚えていたのだろう。
 乙松はシャオソンをいたく気に入った。奴隷の苦役を強いられている人足だ。それなのに明るい。何時も浜で笑い顔をみせて、明るい声を響かせている。
「オハヨウ、ありました」
日本人と分かるとそう声を掛けてきた。
「おいおい、もう夕方だぞ。日本語が分かるのか?」
一之助がからかった。
「少しだけ。話、聞いて分かります。話す、本当に少しだけ」
うれしそうに返事をした。
 気に入った。こんな悪党の島で、その笑顔が何よりいい。主の明国人から吹っ掛けられたが、高い値で買い取った。
 松吉と名付けて、和人として仲間に入れた。松吉は、寧波の南方にある寒村の出身で、海賊に襲われ、奴隷として売られたのだ。
「ワタシ、ソンです。シャオソン(周松)。親方と同じ、松と書いてソン。明では松は不屈と忍耐の象徴。だから松吉は強い。乙松親方も強い」
そんなことを言って、松吉という名を喜んでいた。
「そうよ。ワシもおまえも強い松じゃ」
「こんなひ弱なちびを引き取って何になるんじゃ。櫓漕ぎの一ぺんも出来るまいに」
一之助からはそう言われたが、息子の成吉の方は直ぐに親しくなった。
「松吉と名乗るのじゃから、此奴は今日からワシ等とおんなじ和人じゃ。兄弟が出来たと思うて仲良うしてやってくれや」
乙松とは親子ほども年が離れていた。乙松は娘ばかりで息子がいない。松吉と話すにつれてまるで息子が出来たような気持ちになった。
 松吉は日本語だけでなく、取引相手の言葉をよく理解していた。片言しか中国語が話せぬ乙松たちには重宝だった。琉球に行っても話が通じた。何より聞き上手だ。頭もよく、松吉を通せばどこの港でも話しが通じ、相手に合わせて会話を弾ませた。
「言葉?ワタシ半分分からない。でも気持ちで伝わることの方が多い」
そんなふうにいっていた。
「成る程、言葉より気持ちで伝わるか」
 松吉から学ぶことが多かったのだ。いろんな言葉の雇い梶子らの気持ちも充分聞いてやれるようになった。何となく気持ちで話せるようになってきたのだ。

 乙松の船は羽島の五人に加え、矢ノ浦から一緒の和人たちとシャオソン改め松吉。そして様々な港で集めた二十名程だ。主に琉球と行き来しながら密貿易をした。
 これも松吉から教えられたのだ。
「琉球は古くから朝貢の模範国だ。だから琉球の品といえば官憲の目も甘い。それに琉球には日本の品や南方の品が皆集まって求めやすい」
成程、矢ノ浦の品を持って行った頃も、琉球ではよく売れた。
「ただ、今は琉球王が倭寇の締め出しを強めていて、琉球本島には近づかない方がいい。本島から少し離れた島に密売が集まる所がある」
そういえば、矢ノ浦の連中も琉球本島は避けていた。松吉からの情報は何でも豊富で適格だ。
 松吉が知っていたその島には、矢ノ浦を畳んだ菱屋もいた。
「余程菱屋とはご縁があるようだ」
と見知った手代と顔を合わせて笑った。六兵衛は流石に故郷へ帰ったようだ。
 売れそうな物を仕入れては琉球に持って行き、琉球で日本の品物を仕入れて中国に帰る。琉球の港はそれを当て込んで和船が多く出入りしていた。時には海上で怪しい連中の船と取引も行った。
 明国の中で、密貿易の儲けは大きかった。海禁政策の煽りを受けた明の商人達も日本との取引は儲かったのだ。硫黄や太刀など日本でしか手に入らぬものは無論だが、何より日本の銀や銅を欲しがった。取り分け銅は良い商売になった。精錬技術がまだ未熟なため、日本産出の銅は銀の含有量が多い。中国にはそこから銀を取り出す技術がある。日本の銅を安く手に入れて、含有物の銀を取り出せば数倍の値打ちだ。だから中国の商人に銅を見せればいくらでも売れた。日本には中国の銅銭を渡せば喜ばれた。乙松たちはそれで収益を上げた。
 広東に港を設けた南蛮人などは、ルソンやインドのゴアを中継して世界各地の珍品を売りさばいた。和人の中にも直接南方にまで出てそのまま永住したものもおり、彼らも舟山で珍品を売っていた。日本をはじめ南蛮、ルソン、安南の珍品が集まる舟山は密貿易の組織が益々広がっていった。

 松吉は漢方の薬草に詳しかった。立ち寄った港や相手にした商人から、度々薬草を分けて貰っていた。
「私、病人を助けたい。あちこちの港、いろんな薬草があります。それを少しずつ集めています」
「そんなことして、将来医者にでもなるのかい?」
「いえ、私、乙松親方のように世界を回る商人になりたい。商人になって、効く薬を探して、それを世界中に広めたい」
「オレだって、葛粉や干し棗や、それとちょっと値が張るが人参なんかは扱うが、おまえ、随分と珍しい物を集めたじゃないか。それも効能なんかもこまめに帳面に書き留めて」
松吉はさも自慢気にこれまで書き留めた帳面を見せた。
「この時期は咳や痰の酷い人が多いが、ほら、これが半夏、そしてこれが麦門冬。どちらも咳痰の薬です。ショウガは生物と乾燥物とで効能が違って、乾姜は腹具合、生姜は体を温める作用があって、どちらもかぜの時に使うんです」
そんなことを言っている時の松吉の目は輝いていた。奴隷のような苦役をしながら、独学でここまで知識を広げたのだ。

 松吉と成吉は、青沙島にいる間は度々漁民の集落に遊びにいった。懇意になった娘がいたのだ。娘の方もよく浜に出て、二人と話すようになっていた。
「オレは元々漁師の息子だ。口下手だから松吉みたいに商売はあんまり上手くねえが、漁師の腕前なら何をやってもオレが一等だ」
「私だって漁師の村で育ったんだ。潜り舟に乗っていたことだってある。素潜りでサザエやアワビを捕まえたことだってあるぞ」
などと、可愛い娘の前で漁師の腕前を自慢しあっていた。
「この間、小父さん小母さんの咳込みが酷いとか言ってたろ?ほら、これ葛根と大棗だ。煎じて飲ませれば、しっかり喉に効くはずだ」
「ありがとう、でもね、うちからは、海賊とはもう仲良くしちゃいけないって言われたのよ」
あるとき娘からそう言われたらしい。それでも、それからも娘の方からこっそり二人に会いに来た。
「オレたち、もう海賊をやめるんだ。もうじき船を降りて、そしたらここで漁師をやるんだ」
どうやら成吉は本気のようだ。
 乙松は傍らで彼らの様子を伺っていて何やら嬉しい気持ちになった。彼らのためには船から上がって此処で暮らすのもいい。本気でそう考えることもあった。
「オレも四十を越えて、ぼちぼち体も動かなくなってしまったしな。だがなあ今更羽島には帰れまいし」
一之助もぼそりとそう言った。 

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