ぽんちゃん、しっぽ!

こいちろう

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 ぽんちゃん、台風だ!台風が来たぞ

 島の台風ってこわい。
 このちっちゃい島に、あっちからもこっちからも風が吹き付けて、高い波も岸ぺきをこえて飛んでくる。飛び散ったしぶきがじいちゃんの家まで吹き上がってくるんだ。
 じいちゃんは朝方から雨戸を閉めて、家の周りを何枚も何枚もの板で打ち付けて、飛んでいかないように準備した。家の周りの物も全部ひもでしばって、絶対に飛ばされないようにしている。
 それだけじいちゃんは準備したんだ。それでも台風にはかなわない。すぐにガタガタガタガタ家じゅうが悲鳴を上げはじめた。思いっきり強い風に吹き付けられて、床がふわっと浮き上がる。雨戸が強く引っ張られて吹っ飛んでしまいそうなくらい、外にふくらんだ。
これじゃあ、家ごと遠くへ飛んでいくんじゃないか 
 とんでもなくこわい。
 父さんから電話がかかってきた。来週はお盆だから島に帰るよって、のんきに言ってた。でもそれどころじゃない。
「今だよ!今が一番怖いんだよオッ」ってタケルがさけんだもんだから、じいちゃんが心配して、
「おい、ばあさん。タケルにぜんざいを炊いてやれ」と言っていた。
ぜんざいを食べると台風は逃げていくらしい。この島の言い伝えだ。じいちゃんとばあちゃんはそう信じているんだ。
 来週父さんが帰ってくる。でも、それまでにこの家も島も無くなっちゃうぞ。

 ぽんちゃんたちはだいじょうぶかなあ?
 ここのところ暑かったから、学校の体育倉庫の中にいることが多かった。もう古くてぼろぼろの倉庫だから、これだけ風が強いとトタン屋根も、うすっぺらいカベも、全部吹っ飛んじゃうよ。モンタもウリ坊も一緒にいるのかなあ。
 モンタなんて、いつもいばってるくせに、ホントは気が小さいんだ。小っちゃい体を丸めて、きっとブルブルふるえてるぞ。どこか安全なところにかくれていてくれたらいいんんだけど。ウリ坊も怖くてしょうがないだろうな。きっと、どこにも食べに行けないよなんて、おなかをすかせて泣いてるんだろうな。
 三人一緒がいいよ。うん、絶対みんなが一緒にいるのがいい。
おーい、おまえたち。みんなで力を合わせて生きていくんだぞ!
 わあ、ぜんざいだ!でも熱いよ。全部雨戸を閉め切って、クーラーもない家の中なんだぞ。その中で、出来立てのアツアツのぜんざいをすするなんて熱すぎだよ。でも、おばあちゃん、すごくおいしいよ。おもちがやわらかくて、とても甘くておいしいんだ。ウリ坊がいたらすごく喜ぶだろうな。台風だって、このぜんざいは喜ぶぞ。たぶん、食べさせたら、おとなしくなって消えていくんじゃないかな。
 でも、それから後だって、ちっとも台風はおさまらなかった。ぜんざいを食ったから、台風はすぐに逃げていくぞ!なんてじいちゃんは言ってたけど、冷やしぜんざいの方がよかったのかもしれない。
 朝方から夕方まで、ずっとずーっとゴーゴーと風の音がして、ガタガタゴトゴト、ミシッミシッ。じいちゃんの家はゆさぶられ続けて、おまけに昼過ぎから停電した。
 もう心配しつかれたよ。これだけ長い間いじめられて、島のみんなはだいじょうぶなのかな
 肝心な時に停電なんだ。じいちゃんががんじょうに板を打ち付けてるからすき間もない。全然外からの明りが入ってこない。真っ暗だよ。テレビも付かない。扇風機も使えない。冷蔵庫だって冷えてない。
 でも、ばあちゃはランプの明りでさっさと晩ご飯を作っていた。

 ようやっと静かになったのは夕方だ。じいちゃんが外に出て、家じゅうに打ち付けた板をはがして、雨戸を開けた。
 わあ、夕焼け空だ!
空も、海も、島も、全部が真っ赤だぞ。明るい。世界って、こんなに明るいんだ!
なんて感心してる場合じゃなかった。
 外に出たら、ひどいことになっていた。庭じゅうがもうぐちゃぐちゃだ。いろんなものが吹き飛んでいる。庭の畑の、トマトやキュウリ、ナスビもピーマンも根こそぎどっかに飛んでった。代わりに、ご近所からすだれやビニール袋なんかがたくさん飛んできている。
 なつみかんの木はだいじょうぶか!
だいじょうぶだいじょうぶ!実もちゃんと二つ、しっかりとついているぞ
 ぽんちゃんたちはだいじょうぶか?
 ビワの木に登って、学校の方を見てみた。体育倉庫は校舎の裏にあるから、見えっこない。でも、広い校庭の真ん中に、まるい体がぽつんと立っていた。
 横綱みたいな大きなおなか、ぽんちゃんだ。ぽんちゃん元気だぞ!じっとこっちを見ている。この家のことを心配して見てるんだ。そのそばにモンタもウリ坊もちゃんといる。よかったァ。みんな無事だったんだ。これで安心して、今夜はぐっすり寝むれるぞ。明日は朝から庭のかたずけのお手伝いをしよう。
 そう思ってたのに、タケルがラジオ体操ぎりぎりに起きたときは、もうじいちゃんとばあちゃんが、きれいに家の周りを片づけたあとだった。

 台風のあと、学校の校庭にもいっぱい物が飛んできていた。校長先生も中原先生も、村上さんもラジオ体操の前から来ている。みんなで後片づけをして、終わってから、
「タケちゃん、また応援の練習始めるよ」
相変わらずなみ子さんとみな子さんは張り切っている。
 毎週水曜日がいやなんだ。
 まだ三年生なんだぞ。おまけに五月に転校してきたばっかりじゃないか。なのに、なんでだよ!
 ふつうに笛とタイコで応援すればいいじゃないか。なんで島の人ひとりずつ、みんなの名前をさけばなきゃいけないんだ?そんなの出来っこない!
「赤勝て、白勝てって、さけぶのならわかるよ。でも、北山のヨシオじいちゃんがんばって!とか床屋の内田のおばちゃんがんばって、なんてさ。変じゃないか?かけっこに出る人みんなに、がんばれがんばれ!って、ぼくが言うのはすごく変だ。だいたい、島の人みんなの名前なんか覚えてないしさ」
「だって、島の運動会だもん。島の人みんなで、みんなを応援して何が変なのよ?」
「うちたちが、あれは山本のおじいちゃんで、そのとなりはいつも給食を作ってくれてる尾崎のおばちゃんよ、なんて横からちゃんと教えたげるから」
なみ子さんとみな子さんは、そんな風に簡単に言うけどさ
 タケルにはわけが分からないことだらけだ。
なんで運動会の応援団が、島の人みんなの名前をさけばなきゃいけないんだ!
「ほんとね。でも、これが島の伝統だと言われちゃうとね。島の人はそれを楽しみにしてるのかもしれないし、みなさんの参加がなくなるとさびしい運動会になっちゃうしね」
中原先生も、去年までの運動会の様子を初めて聞いてびっくりしていた。
 中原先生に応援ダンスを教えてもらって、三人が動きをそろえるのがやっとだったんだ。笛の吹き方もやっと体の動きに合わせてピッピッと吹けるようになった。タケルなんて、その練習が終わっただけでもうへとへとだ。体育館の下の小窓に顔をくっつけて、ハアハア、やっとのことで息ぬきだ。
 その小窓からモモタロウ探検隊の三匹が鼻を突きだして、中をのぞいてきた。
「これでやっと終わりだよ、またあとでな」
 でも、なみ子さんとみな子さんは元気だ。先生と三人でなんだかんだと体を動かしたり言い合ったりしながら、ダンスの振り付けを考えている。ここはこう動いた方がいいとか、立ってる位置がもっと前じゃないといけないとか。
やりなおし、なんて言われたってもう動けないぞ。
 今日の練習は終わりにする、早く帰ろ!
と思っていたら、なみ子さんとみな子さんが突然、しょうげき的なことを言い出した。
「徒競走の時なんか大変よ。三人ずつ走る前に、応援団長から一人ずつ紹介があるの」
「そうそう、1コース田中のおばちゃん、2コース西浜の原田のおばあちゃん、3コース・・・なんてね。で、紹介されたら一人ひとりが手を振って、それにまたタケルくんがそっちを向いて『がんばてください』って手を振って」
「えっ、それって放送係の仕事じゃないのか!」
「放送係なんていないもん。それも応援団長がやるの。次の種目は何々ですって、こうやってああやって競争する競技ですって説明するのも応援団の仕事」
だから、なんでなんだよ!
 そんなの、できるわけないじゃないか。応援団に、放送係に、演技の説明に、島の人みんなの紹介なんて。
三年生だぞ。五月に転校してきたばかりなんだぞ!
「ぼくばっかりがいそがしい運動会じゃないか!」
「だから、うちたちがずっとそばに付いてるって」
「そうそう、ちょっとくらい間違えたって、みんな島の仲間だもん。恥ずかしいことなんかないよ。緊張せずに、うちらがそばでいう通りにしてたらええんよ」
「それにタケちゃんは、もう島の宝になったんだから」
 この間の島の探検で、タケルはいっぺんに島の有名人になったんだ。島のヒーロー、いや、島の大事な宝になっちゃった。

 あのあと、校長先生からも、中原先生からも、もちろんおじいちゃんからも、みんなにたっぷりお説教された。
 でも、漁協のおじさんはほめてくれたんだ。
「タケルくん、だれにも言わずに、一人で危ないことをしちゃいけないよ。だけど、タケルくんのおかげで島のうらっかわがきれいになった。この間から、漁協でもあのあたりのゴミをなんとかしなくちゃ海が汚れるばっかりだぞって言ってたんだ。でも、なかなか人手がなくてね。タケルくんのおかげだよ。よし、今度お盆でたくさん人が帰ってきたとき、みんなであの辺の大そうじをやろう」
すごく感謝してくれたんだ。
「タケルくん、すっかり島のヒーローじゃないか。いや、大事な大事な島の宝だよ!」
なんて村上のおじちゃんもほめてくれた。
「あんまりおだてないでくださいよ。悪いことは悪いで、しっかりお灸をすえておかないと」
おじいちゃんはうれしそうだったけど、みんなに何度もおわびを言っていた。
 ほんと、ごめんなさいだよ。島じゅうの人に、すごく心配をかけたんだ。
でも、これでみんなに覚えてもらえた。島で一番の有名人だ
 もちろん、タケルは自分のことをヒーローだなんて思っていない。第一、ゴミ拾いしたのは、ぽんちゃんとモンタとウリ坊だ。タケルはほめられることなんて何にもやってないんだ。
「タケちゃんが島の人たちを知らなくても、島じゅうでタケちゃんを知らない人はいないんだからね。島の大事な宝のタケルくん!がんばって、二学期までにみんなをおぼえよう」
「そうよ。みんなの宝のタケルくん。これからお盆で忙しいけど、それが終わったら、毎日うちに来て特訓しよう」
なみ子さんもみな子さんもずい分気持ちが入ってる。
 あーあ、息がつまっちゃうよ。なんかゆううつだなあ・・・


 帰りがけ、みかん畑のところで、ぽんちゃんとモンタとウリ坊に会った。みんな元気そうだった。
「すごい風だったよね。こわかったよ!体育倉庫のトタン屋根なんて、思いっきり風に吹かれてバタンバタンって、すぐにちぎれそうだったもんね」
「でも、とび箱やマットの間でみんなでまるくなってじっとしてただろ。ぼく、あの時なぜかホッとしてたんだ。ぽんちゃんやモンタがそばにいてよかったよ」
「ウリ坊、いつまで甘えてるんだ。今じゃ、おれと同じくらいの大きさなんだぞ」
「ぽんちゃんだって、最近おなかどんどんでっぱってきてるじゃないか」
「やっぱり仲間と一緒がいいんだ。そうだよ、一緒にいるだけで気持ちがウキウキしてくるもん」
「来週はたくさんの人が島に帰ってくるらしいよ。父さんからも帰るって電話があったんだ」
「そうか、来週はお盆だね。お盆ってごちそうがたくさんあるんだ」
「でも、また里に下りづらくなっちゃうな。オレ近ごろ人間から追いかけまわされてばっかりだもんな」
「そういえばここのところ、学校の裏から山を越える、古い道の草刈りをしてるんだ。あそこに道があったんだよ。それが通れるようになったら、この間の浜に下りられるんだ」
「そうそう、それで草刈り機やら、チェーンソーを持った人が時々山に入ってくる。あれが、キーンて音を立ててうるさいったらありゃしない。オレの大好きなヤマナシや野ブドウの枝をバッサリ切ったりしてさ」
「あれはね、お盆に帰ってきた人たちに手伝ってもらって、向こうの浜の海岸そうじをするんだって。そのために道を使えるようにしてるんじゃないのかな」
「そうか、しばらくは山の中もにぎやかになるね」
 やっぱりみんなで話してると楽しい。みんなが無事でよかったよ。一日会えなかっただけだけど、三人とも立派になったなあ。来週は父さんに紹介するよ。
 よし、台風もすぎていったし、島の人たちから期待されてるし。またモモタロウ探検隊も、モモタロウそうじ隊も再開だぞ!

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