113 / 138
113 学び舎に灯る魔法
しおりを挟む
教育、それは誤解と混沌の種である。
なにしろこの街では、魔素という人を簡単に浮かせ、爆発させ、時に時空の隙間に吸い込むような代物が、わりとそこらへんにうろついている。そして子どもたちは、その魔素にまるで飴玉でも舐めるかのように無邪気に触れ、「なんか光った!」「爆ぜた!」「先生ー!ニンジンが喋ったー!」などと報告してくる。
あまつさえ、誰も“魔法”を正式に教えていないにもかかわらず、すでに街には“魔法らしき行動”をとる子供たちがうようよと現れていた。
「これはもう、“教育”しないとまずいわ」
セリアがそう言った時、俺は正直、少しだけ心配になった。なにせ彼女の言う“教育”というのは、たいてい「耐火性能のある実験着を着せ、浮遊床に乗せ、魔素風速の解析式を暗唱させながらレーザー回避訓練を行う」みたいな、軽く拷問じみた行為を指すからだ。
しかし、それに頷いたのがエリスである。
「子供たちの未来のために、正しく導く場が必要です」
こう言われては、断れない。エリスは常に理想を背負って歩く女であり、冷静沈着にして情熱家、無駄のない動きで真っ直ぐ進む存在である。あの目で見つめられると、否定するには魂の強度が必要だ。
こうして、魔法学校が始まることになった。
──だが、始まるという言葉には注意が必要だ。
教育施設というのは、思想で出来ているのではない。建材と設計と労働力で出来ているのだ。
設計は、例の建築士が担当した。
彼は漂流者特有の抜群の理屈っぽさと、やや斜に構えた視点を持ち、「この土地の地盤なら、塔型の教室が合理的です」と言ってのけた。なぜ学校が塔なのか。垂直性が学力を育てるとでも思っているのか。俺のような水平主義者には納得できなかったが、セリアは「魔力の流れがスパイラルに沿って安定する」とか言って満足そうだった。
施工はもちろん、ゴロウとその配下のゴーレムたち。
ゴロウは現場監督の権化のような男で、「魔素だの塔だの知ったことか! 水平が狂えば全部崩れるんだぞ!」と叫びながら、狂った設計を物理で是正していった。
ゴーレムたちは、無表情のまま石を運び、塔を組み上げ、黙々と働いた。彼らは決して文句を言わない。だが、たぶん心の中では「またこういうの作るの?」と愚痴っていると思う。
建築中、何度も事故が起きた。
一度など、設計士の書いた“階段が浮遊する”構造を実装しようとして、ゴーレムが浮いたまま2時間空中を回転していた。誰も降ろし方が分からなかった。
「学校が呪われてる……!」
子供たちがささやき始めたのも、この頃だった。
とはいえ、ついに完成した。
外観は、塔。内装は、魔素拡散防止のための螺旋通路。教室は、床がほんのり浮いている。
「こうすることで、座学と浮遊訓練が同時に行えるの」
セリアの満足げな顔に、エリスの無言の頷きが重なる。
こうして、魔法学校の初日がやってきた。
俺は、正直、行きたくなかった。だが統治者という立場上、開校式に顔を出さねばならない。
開会の鐘が鳴る。ゴーレム製の鐘である。やたら重厚な音が鳴る。
子供たちが列をなして集まる。その数、ざっと四十名。みな目を輝かせ、そわそわと魔素を滲ませていた。空気が微妙にピリついている。何かが爆発する前触れのような気配だ。
セリアは、開校の辞を述べた。理論と希望を並列に語る演説で、途中から明らかに誰もついてきていなかった。
エリスは短く、「誠実に学びましょう」とだけ言った。その方がよほど説得力があった。
そして、授業が始まった。
第一課「魔素感知と自己制御」──子供が浮いた。
第二課「簡易魔法の原理」──床が割れた。
第三課「応用と夢」──子供が「先生、時空が曲がった!」と叫んだ。
教室は騒然。ゴーレムは天井のひび割れを修理。ゴロウは「構造が甘いんだ!」と叫び、建築士は「想定の範囲内です」と答えた。
俺は、帰りたかった。
だが、帰れなかった。
なぜなら、どんなに混沌でも、子供たちは笑っていたからだ。
「楽しい!」「もう一回浮かせていい?」「魔素って、すげえ!」
その声が、たしかに響いていた。
夜、俺は塔の外に立ち、ぼんやりと見上げた。魔法学校──その名の通り、明かりが灯っていた。空に向かって、まっすぐに。
学びとは、つまりそういうものなのだろう。
転んで、爆発して、ちょっと焦げて、それでも前を向くための場所。
塔の明かりは、魔素の光だった。そして、未来の灯火でもあった。
なにしろこの街では、魔素という人を簡単に浮かせ、爆発させ、時に時空の隙間に吸い込むような代物が、わりとそこらへんにうろついている。そして子どもたちは、その魔素にまるで飴玉でも舐めるかのように無邪気に触れ、「なんか光った!」「爆ぜた!」「先生ー!ニンジンが喋ったー!」などと報告してくる。
あまつさえ、誰も“魔法”を正式に教えていないにもかかわらず、すでに街には“魔法らしき行動”をとる子供たちがうようよと現れていた。
「これはもう、“教育”しないとまずいわ」
セリアがそう言った時、俺は正直、少しだけ心配になった。なにせ彼女の言う“教育”というのは、たいてい「耐火性能のある実験着を着せ、浮遊床に乗せ、魔素風速の解析式を暗唱させながらレーザー回避訓練を行う」みたいな、軽く拷問じみた行為を指すからだ。
しかし、それに頷いたのがエリスである。
「子供たちの未来のために、正しく導く場が必要です」
こう言われては、断れない。エリスは常に理想を背負って歩く女であり、冷静沈着にして情熱家、無駄のない動きで真っ直ぐ進む存在である。あの目で見つめられると、否定するには魂の強度が必要だ。
こうして、魔法学校が始まることになった。
──だが、始まるという言葉には注意が必要だ。
教育施設というのは、思想で出来ているのではない。建材と設計と労働力で出来ているのだ。
設計は、例の建築士が担当した。
彼は漂流者特有の抜群の理屈っぽさと、やや斜に構えた視点を持ち、「この土地の地盤なら、塔型の教室が合理的です」と言ってのけた。なぜ学校が塔なのか。垂直性が学力を育てるとでも思っているのか。俺のような水平主義者には納得できなかったが、セリアは「魔力の流れがスパイラルに沿って安定する」とか言って満足そうだった。
施工はもちろん、ゴロウとその配下のゴーレムたち。
ゴロウは現場監督の権化のような男で、「魔素だの塔だの知ったことか! 水平が狂えば全部崩れるんだぞ!」と叫びながら、狂った設計を物理で是正していった。
ゴーレムたちは、無表情のまま石を運び、塔を組み上げ、黙々と働いた。彼らは決して文句を言わない。だが、たぶん心の中では「またこういうの作るの?」と愚痴っていると思う。
建築中、何度も事故が起きた。
一度など、設計士の書いた“階段が浮遊する”構造を実装しようとして、ゴーレムが浮いたまま2時間空中を回転していた。誰も降ろし方が分からなかった。
「学校が呪われてる……!」
子供たちがささやき始めたのも、この頃だった。
とはいえ、ついに完成した。
外観は、塔。内装は、魔素拡散防止のための螺旋通路。教室は、床がほんのり浮いている。
「こうすることで、座学と浮遊訓練が同時に行えるの」
セリアの満足げな顔に、エリスの無言の頷きが重なる。
こうして、魔法学校の初日がやってきた。
俺は、正直、行きたくなかった。だが統治者という立場上、開校式に顔を出さねばならない。
開会の鐘が鳴る。ゴーレム製の鐘である。やたら重厚な音が鳴る。
子供たちが列をなして集まる。その数、ざっと四十名。みな目を輝かせ、そわそわと魔素を滲ませていた。空気が微妙にピリついている。何かが爆発する前触れのような気配だ。
セリアは、開校の辞を述べた。理論と希望を並列に語る演説で、途中から明らかに誰もついてきていなかった。
エリスは短く、「誠実に学びましょう」とだけ言った。その方がよほど説得力があった。
そして、授業が始まった。
第一課「魔素感知と自己制御」──子供が浮いた。
第二課「簡易魔法の原理」──床が割れた。
第三課「応用と夢」──子供が「先生、時空が曲がった!」と叫んだ。
教室は騒然。ゴーレムは天井のひび割れを修理。ゴロウは「構造が甘いんだ!」と叫び、建築士は「想定の範囲内です」と答えた。
俺は、帰りたかった。
だが、帰れなかった。
なぜなら、どんなに混沌でも、子供たちは笑っていたからだ。
「楽しい!」「もう一回浮かせていい?」「魔素って、すげえ!」
その声が、たしかに響いていた。
夜、俺は塔の外に立ち、ぼんやりと見上げた。魔法学校──その名の通り、明かりが灯っていた。空に向かって、まっすぐに。
学びとは、つまりそういうものなのだろう。
転んで、爆発して、ちょっと焦げて、それでも前を向くための場所。
塔の明かりは、魔素の光だった。そして、未来の灯火でもあった。
1
あなたにおすすめの小説
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
神々に見捨てられし者、自力で最強へ
九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる