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第一話
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荒んだ農村の夕日ほど美しく見える。
波瀾万丈の人生を送った一人の老人が、その生を終えようとしていた。
老人の魂は肉体から離れ、虚空に舞い上がる。
恐らくは夕日があったであろう方向に、なぜか朝日が見えた。
ああ、と老人は嘆息した。
私は、朝日が綺麗な秋のよき日に生まれたらしい。
母がよく言っていた。
こんな良き朝日に迎えられた子は、きっとよい人生を送るだろうと……。
利発で明るい子、それが老人の少年時代の周囲の評価だった。
朝から晩まで山々で遊んだが、だれも怒らなかった。その時はまだ、ここらは平穏な田舎で、子供に悪事をはたらく人間などいなかったのである。
地元の学舎に通う身だったが、学ぶことなどなかった。自分は農家を継ぐと決めていたから、代数など意味を持たなかったのである。
そんなある日、畑が一夜にして荒れ野と化した。
遠い国との、戦争が始まったのだ。
深夜に轟音をたてて醜く空を飛び行くずんぐりした機体の飛行機から、ドロリとした油と金属粉が舞い落ちる。
収穫の時期を迎えていたこうべ垂らす作物たちが、油にまみれて枯れ果てている。
村人たちは、眠ることなく悪夢に曝された……。
そして村人たちに原因不明の病が流行した。
罹患した村人は、まず風邪のような症状を示す。
売り物にならない作物を片付ける最中、ずっと鼻を啜る村人がいた。
次に、全身に赤い湿疹ができる。
一ヶ月も経てば、村人たちは作業をしながら身体のあちこちをかきむしるようになた。
そしてその湿疹が、醜い出来物に変わる。
そこまで進行した村人は、身体の関節に1種のこわばりを訴えるようになる。
そして――1年経った頃。
原因不明の病による、初めての死者が出た。
その村人は、突然農作業中に痙攣を起こし、1日も経たぬ内に呼吸困難になり死んだ。
村人の怒りは頂点に達した。
この1年間、政府に再三抗議してきたのだが、政府はそもそも軍用機を村上空に飛ばしたことから否定した。
挙げ句に、健康被害を訴える村人たちに対する偏見を流布し、村人は穢れていると宣伝した。
村に、商人はかれこれ三ヶ月来ていない。
村は、農具をかき集めた。
働き盛りの青年たちが、それを持って村から出ていった。
青年たちは、もちろん戻らなかった。
精神異常者として町の人々から煙たがれ、政府の手によって施設に隔離された。
村の女、老人、子供は、一人残らず自害した。
たった一人、あの軍用機が飛んだ日に山で迷子になり、2つ隣の村に保護された、あの少年を除いて……。
村の人間が、醜い出来物を隠すように体を布で巻き、斧を鉈を片手に歩く様は、さながら亡者の行進だった。
かつては交流があった近隣の村々では、みな家屋の戸を閉め窓を閉め、ロストタウンのように静かに行列が村を過ぎ行くのを見守る。
少年も、また家のなかから出してもらえなかった。
少年は泣いた。窓から見える優しかった叔父に、強かった兄に、好きな子がいたはずの弟に。
行列はただ歩いた。
この村の住人が悪人な訳じゃないことは、誰より彼ら自身が知っていたからだ。
少年は、ただ、泣いた。
波瀾万丈の人生を送った一人の老人が、その生を終えようとしていた。
老人の魂は肉体から離れ、虚空に舞い上がる。
恐らくは夕日があったであろう方向に、なぜか朝日が見えた。
ああ、と老人は嘆息した。
私は、朝日が綺麗な秋のよき日に生まれたらしい。
母がよく言っていた。
こんな良き朝日に迎えられた子は、きっとよい人生を送るだろうと……。
利発で明るい子、それが老人の少年時代の周囲の評価だった。
朝から晩まで山々で遊んだが、だれも怒らなかった。その時はまだ、ここらは平穏な田舎で、子供に悪事をはたらく人間などいなかったのである。
地元の学舎に通う身だったが、学ぶことなどなかった。自分は農家を継ぐと決めていたから、代数など意味を持たなかったのである。
そんなある日、畑が一夜にして荒れ野と化した。
遠い国との、戦争が始まったのだ。
深夜に轟音をたてて醜く空を飛び行くずんぐりした機体の飛行機から、ドロリとした油と金属粉が舞い落ちる。
収穫の時期を迎えていたこうべ垂らす作物たちが、油にまみれて枯れ果てている。
村人たちは、眠ることなく悪夢に曝された……。
そして村人たちに原因不明の病が流行した。
罹患した村人は、まず風邪のような症状を示す。
売り物にならない作物を片付ける最中、ずっと鼻を啜る村人がいた。
次に、全身に赤い湿疹ができる。
一ヶ月も経てば、村人たちは作業をしながら身体のあちこちをかきむしるようになた。
そしてその湿疹が、醜い出来物に変わる。
そこまで進行した村人は、身体の関節に1種のこわばりを訴えるようになる。
そして――1年経った頃。
原因不明の病による、初めての死者が出た。
その村人は、突然農作業中に痙攣を起こし、1日も経たぬ内に呼吸困難になり死んだ。
村人の怒りは頂点に達した。
この1年間、政府に再三抗議してきたのだが、政府はそもそも軍用機を村上空に飛ばしたことから否定した。
挙げ句に、健康被害を訴える村人たちに対する偏見を流布し、村人は穢れていると宣伝した。
村に、商人はかれこれ三ヶ月来ていない。
村は、農具をかき集めた。
働き盛りの青年たちが、それを持って村から出ていった。
青年たちは、もちろん戻らなかった。
精神異常者として町の人々から煙たがれ、政府の手によって施設に隔離された。
村の女、老人、子供は、一人残らず自害した。
たった一人、あの軍用機が飛んだ日に山で迷子になり、2つ隣の村に保護された、あの少年を除いて……。
村の人間が、醜い出来物を隠すように体を布で巻き、斧を鉈を片手に歩く様は、さながら亡者の行進だった。
かつては交流があった近隣の村々では、みな家屋の戸を閉め窓を閉め、ロストタウンのように静かに行列が村を過ぎ行くのを見守る。
少年も、また家のなかから出してもらえなかった。
少年は泣いた。窓から見える優しかった叔父に、強かった兄に、好きな子がいたはずの弟に。
行列はただ歩いた。
この村の住人が悪人な訳じゃないことは、誰より彼ら自身が知っていたからだ。
少年は、ただ、泣いた。
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