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第五話
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ちゃっかり金を得しめた妻は、子を連れて家を出た。
三年経ったとて、青年は相も変わらず独りだった。
ヒーローは、一文無し。
世間は同情したが、誰も助けはしない。
青年は不意におんぼろな我が家を出でて、歩き出した。行き先もわからぬまま。
青年は寂れた川で砂をふるいにかけていた。
ゴールドラッシュもとっくに過ぎ、砂金鑑定の技士もいない川で、一人男が金を追っていた。
砂の中に光るものがあれば、容赦なく金と見なして麻袋に投げ込んだ。
青年はその麻袋を大切に持ち歩きながら、日雇いの安い賃金の職を転々とし、堅いパンを小さくかじりとり日々を過ごした。
やがて寂れた町に知り合いもでき、少しは顔も知れ渡ったころには、青年は老人になっていた。
ある日、老人が酒場で麻袋を足元に置いたとき、麻袋は糸が解れていて、小さな砂粒がざらざらとこぼれた。
大概の砂粒は、金ではなく、年月を経て色が褪せていたが、その中に一粒だけ未だに光を失わない砂粒があった。
町の繁栄を知る、老いた男が老人に近づいて話し掛ける。
おもむろに一番高い酒を注文し、そのグラスを老人に傾けた。
「君の奢りで、いいかね」
しわがれた、声だった。
「わしは金をあまり持っていません」
男はふっと笑う。
「その砂は高値がつくぞ」
砂に埋もれた一粒の砂金が、老人を再びヒーローにした。
老人は砂金を金に換え、長者とまではいかないが日雇いの仕事に就かなくてもよいほどの身分になった。
寂れた町の住人は、金を得た老人を祝った。産業のないこの町は隣町に日雇いの職を得てしか生きていけない。そんな暮らしから一人先んじて抜け出すと言うのに、だれも妬まなかった。
老人は久しぶりに人の姿を見た気になった。
正義を振り回し悪なる政府に立ち向かっていたはずの人々も、悪なる敵国に正義の鉄槌を下しただけのはずの政府も、みな人の顔をした餓鬼だった。
莫大な金と凄まじい威力を誇ったテルマ爆弾ゴールド号は、人を人でなくした。
なのに、老人の自己満足で集めた寂れた町の川の砂粒一つが、老人に人たるものを思い出させた。
老人は、急に感情を持った。
幼なかったあの日から成長していない荒ぶる感情が、老人のなかに雪崩れ込んできた。
今までの怒り悲しみそして寂しさ。
暗い感情の山の中、奢るべき方の自分がもてなされている事実に促されてキラリと光る嬉しさの感情。
老人は声を上げて泣いた。幼子の様な、激しい叫びだった。
老人は、その微々たる金を元手にして、商いを始めた。
老人とは思えぬほどのパワーで販路を次々に拡大し、一代で見事に商いを成功に導いた。
とうとう老いて死を待つだけになったとき、莫大な富を築いた老人が望んだことは二つ。
今もなお防護服なしでは立ち入ることのできない、我が故郷たるあの村で息絶えたいということ。
そしてあの寂れた町の住人を雇うこと。
老人は防護服を着た後継者に車椅子を押されながら、シャツにパンツの軽装で村に入った。
後継者が、鼻を啜りながら今生の別れを告げる。
役員たちが乗ったバスが村を出たのを感じて、老人は深く息を吸った。
老人の魂は自らの人生を俯瞰し終え、冷たく光る太陽に向かってぐんぐん上昇していった。
あの太陽に呑まれたとき、老人の記憶は全て消える。
蝶となった老人の魂は、力強く羽ばたいて地球を見下ろす位置まで来た。
だんだん冷たくなっていく魂の体温を感じながら、老人は真の意味での死を覚悟した、その時、蝶の羽が悔恨に燃えた。
熱くなる魂のからだ。羽は溶け落ち、老人の魂は自由落下していく。
「……死ねないのか?」
呟くや、老人の魂は少年の姿になった。
目の前には少年時代の自分。
「……待ってるからね」
「何を」
「君ほどの悔恨を抱えた奴は、普通昇天出来ずに世界をさ迷う定めなんだ。君の悔恨は、自分に少年時代を与えてあげられなかったこと」
「……そうかもしれない」
「そんな顔するなよ。その悔恨は、僕が背負ってあげる。君は生まれ直して、まっさらな魂になって、次の自分にたっぷり少年時代をあげたらいい」
「じゃあ君はどうするの?」
「次の君が迎えに来るまで待ってるよ。生まれ返ったころには、村がきれいになってるといいね」
目の前の自分が、老人の魂にまとわりつく雲を払った。
「さあ、行きな、君という僕よ」
その合図を聞くや、魂は再び上昇を始めた。
老人の生が、幕を閉じた。
三年経ったとて、青年は相も変わらず独りだった。
ヒーローは、一文無し。
世間は同情したが、誰も助けはしない。
青年は不意におんぼろな我が家を出でて、歩き出した。行き先もわからぬまま。
青年は寂れた川で砂をふるいにかけていた。
ゴールドラッシュもとっくに過ぎ、砂金鑑定の技士もいない川で、一人男が金を追っていた。
砂の中に光るものがあれば、容赦なく金と見なして麻袋に投げ込んだ。
青年はその麻袋を大切に持ち歩きながら、日雇いの安い賃金の職を転々とし、堅いパンを小さくかじりとり日々を過ごした。
やがて寂れた町に知り合いもでき、少しは顔も知れ渡ったころには、青年は老人になっていた。
ある日、老人が酒場で麻袋を足元に置いたとき、麻袋は糸が解れていて、小さな砂粒がざらざらとこぼれた。
大概の砂粒は、金ではなく、年月を経て色が褪せていたが、その中に一粒だけ未だに光を失わない砂粒があった。
町の繁栄を知る、老いた男が老人に近づいて話し掛ける。
おもむろに一番高い酒を注文し、そのグラスを老人に傾けた。
「君の奢りで、いいかね」
しわがれた、声だった。
「わしは金をあまり持っていません」
男はふっと笑う。
「その砂は高値がつくぞ」
砂に埋もれた一粒の砂金が、老人を再びヒーローにした。
老人は砂金を金に換え、長者とまではいかないが日雇いの仕事に就かなくてもよいほどの身分になった。
寂れた町の住人は、金を得た老人を祝った。産業のないこの町は隣町に日雇いの職を得てしか生きていけない。そんな暮らしから一人先んじて抜け出すと言うのに、だれも妬まなかった。
老人は久しぶりに人の姿を見た気になった。
正義を振り回し悪なる政府に立ち向かっていたはずの人々も、悪なる敵国に正義の鉄槌を下しただけのはずの政府も、みな人の顔をした餓鬼だった。
莫大な金と凄まじい威力を誇ったテルマ爆弾ゴールド号は、人を人でなくした。
なのに、老人の自己満足で集めた寂れた町の川の砂粒一つが、老人に人たるものを思い出させた。
老人は、急に感情を持った。
幼なかったあの日から成長していない荒ぶる感情が、老人のなかに雪崩れ込んできた。
今までの怒り悲しみそして寂しさ。
暗い感情の山の中、奢るべき方の自分がもてなされている事実に促されてキラリと光る嬉しさの感情。
老人は声を上げて泣いた。幼子の様な、激しい叫びだった。
老人は、その微々たる金を元手にして、商いを始めた。
老人とは思えぬほどのパワーで販路を次々に拡大し、一代で見事に商いを成功に導いた。
とうとう老いて死を待つだけになったとき、莫大な富を築いた老人が望んだことは二つ。
今もなお防護服なしでは立ち入ることのできない、我が故郷たるあの村で息絶えたいということ。
そしてあの寂れた町の住人を雇うこと。
老人は防護服を着た後継者に車椅子を押されながら、シャツにパンツの軽装で村に入った。
後継者が、鼻を啜りながら今生の別れを告げる。
役員たちが乗ったバスが村を出たのを感じて、老人は深く息を吸った。
老人の魂は自らの人生を俯瞰し終え、冷たく光る太陽に向かってぐんぐん上昇していった。
あの太陽に呑まれたとき、老人の記憶は全て消える。
蝶となった老人の魂は、力強く羽ばたいて地球を見下ろす位置まで来た。
だんだん冷たくなっていく魂の体温を感じながら、老人は真の意味での死を覚悟した、その時、蝶の羽が悔恨に燃えた。
熱くなる魂のからだ。羽は溶け落ち、老人の魂は自由落下していく。
「……死ねないのか?」
呟くや、老人の魂は少年の姿になった。
目の前には少年時代の自分。
「……待ってるからね」
「何を」
「君ほどの悔恨を抱えた奴は、普通昇天出来ずに世界をさ迷う定めなんだ。君の悔恨は、自分に少年時代を与えてあげられなかったこと」
「……そうかもしれない」
「そんな顔するなよ。その悔恨は、僕が背負ってあげる。君は生まれ直して、まっさらな魂になって、次の自分にたっぷり少年時代をあげたらいい」
「じゃあ君はどうするの?」
「次の君が迎えに来るまで待ってるよ。生まれ返ったころには、村がきれいになってるといいね」
目の前の自分が、老人の魂にまとわりつく雲を払った。
「さあ、行きな、君という僕よ」
その合図を聞くや、魂は再び上昇を始めた。
老人の生が、幕を閉じた。
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