4 / 59
山のある宿場町
第4話 自由
しおりを挟む
なにかの木の葉が光を反射してきらめいている。それを「木漏れ日」と言うことを、彼は知らない。ただ、マヌケなほどに単純な感嘆が漏れる。
「きれい、だな……?」
地面は彼の配下の血を吸った。木々の幹にも赤い飛沫の跡がある。それはまだ生々しく、乾いていない。飛び散った血、心臓の鼓動とともに波打った血も、そのあるじの絶命とともに等しく重力に引かれるさだめとなった。
鳥が鳴いている。見上げれば、透き通るような青空。視界に色彩を失って久しい彼が、美しいと思った風景は、呪縛からの解放の末にあった。ただ、それは彼自身に苦難が迫りくる予兆でもあった。
彼のほかに、生き残りがいた。彼女は焦っていた。自分の顔を、襲撃者に見られたかもしれない。盗賊団から旅人を守る護衛を紹介していた女が、盗賊団とともにいたと、知れてしまってはならない。
呑気に森のなかに佇む、図体だけはご立派で精神性は幼な子のような、ならず者たちを束ねる求心力としてのみ存在を要求された、文字通りの傀儡。彼に、もう用はない。
勘だけはいい若い商人を、自分の命令により殺めた吊り目の男は、喉元をパックリと切り裂かれ、目をひん剥いて息絶えていた。女は、その目を閉ざしてやることもせず、男の腰から刀を引き抜いた。
「いくら不死身だって言ったって、心臓を一突きにすれば血が足らなくて死ぬわよ。いままでの修羅場だって、止血の手当くらいはされていたからねぇ」
短刀を、胸骨の下辺に固定。しっかりと握りしめて、ただ、突進。
グサ
獣の皮で作った袋に満杯に注がれた酒が、皮にできた傷から勢いよく噴き出すようなーー血。殺すつもりで刺したのに、思わず刺した短刀の周囲を手で押さえてしまうほどの、鮮血。
刺した相手が、ゆっくりと振り返った。その表情が、女の動揺と興奮を一気に冷ましてしまった。
「……驚かないんだ。私、あんたの仲間だったのに」
「なか、ま……? あなたが?」
一度氷のように冷えた心が、突沸する。火山から噴き出すマグマのように、煮えたぎる。裏切ったのは自分であることさえ棚上げして、同胞意識なんてなく、彼を利用していただけの自分は免罪して、首領であった彼に怒りがぶつけられた。
「どうして! どうしてあんたは! そんなにも腹が立つの!」
つぅ、と彼の目が細くなった。ぞわ、と女の背が寒くなる。
「お、怒ったの? 人の情がないバケモノのくせに、」
女は息を呑んだ。彼は、絞り出すようにして、目尻から涙を出した。それは頬を湿らせ、たくさん血を吸った地面に、吸い込まれていく。
「……いたい」
女は混乱した。まだ彼の体のなかに埋まったままの短刀の刃が、途中からボトリと折れた。長く雨風に晒され腐食したかのような刃は、つい先ほどまでよく研がれて鏡のようであったのに、錆びて見る影もない。
それに、彼の肉体は、体内に残された刃を取り込むようにして治癒されていく。ボコボコと泡のように皮膚が盛り上がり、刀を包み、バケモノが刃を食ったかのような悍ましさで、傷口は塞がった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い………………
それから彼は苦悶し始めた。血は止まり、体内組織も順調に回復しているように見えるのに、体を掻きむしって苦しみ、息ができないかのように喘ぐ。
「これが……不死の代償…………?」
女が立ち尽くしている間に、異変を聞きつけた隣村の人間が現れた。女は、血ばかりの光景のなかで、武器であるらしいなにかを持って突っ立っている。ほかに人はいない。
死んでいるのは盗賊団の構成員だと、隣村の調べで明らかになった。その盗賊団の構成員のほとんどを、女一人で殲滅させたとは考えにくい。
凄腕の護衛を雇ったおかげで盗賊団の被害に遭わなくて済んだ商人が現れた。盗賊団を殲滅させてのはその護衛であり、女は盗賊団の残党だと結論されるまでに、さして時間はかからなかった。
「きれい、だな……?」
地面は彼の配下の血を吸った。木々の幹にも赤い飛沫の跡がある。それはまだ生々しく、乾いていない。飛び散った血、心臓の鼓動とともに波打った血も、そのあるじの絶命とともに等しく重力に引かれるさだめとなった。
鳥が鳴いている。見上げれば、透き通るような青空。視界に色彩を失って久しい彼が、美しいと思った風景は、呪縛からの解放の末にあった。ただ、それは彼自身に苦難が迫りくる予兆でもあった。
彼のほかに、生き残りがいた。彼女は焦っていた。自分の顔を、襲撃者に見られたかもしれない。盗賊団から旅人を守る護衛を紹介していた女が、盗賊団とともにいたと、知れてしまってはならない。
呑気に森のなかに佇む、図体だけはご立派で精神性は幼な子のような、ならず者たちを束ねる求心力としてのみ存在を要求された、文字通りの傀儡。彼に、もう用はない。
勘だけはいい若い商人を、自分の命令により殺めた吊り目の男は、喉元をパックリと切り裂かれ、目をひん剥いて息絶えていた。女は、その目を閉ざしてやることもせず、男の腰から刀を引き抜いた。
「いくら不死身だって言ったって、心臓を一突きにすれば血が足らなくて死ぬわよ。いままでの修羅場だって、止血の手当くらいはされていたからねぇ」
短刀を、胸骨の下辺に固定。しっかりと握りしめて、ただ、突進。
グサ
獣の皮で作った袋に満杯に注がれた酒が、皮にできた傷から勢いよく噴き出すようなーー血。殺すつもりで刺したのに、思わず刺した短刀の周囲を手で押さえてしまうほどの、鮮血。
刺した相手が、ゆっくりと振り返った。その表情が、女の動揺と興奮を一気に冷ましてしまった。
「……驚かないんだ。私、あんたの仲間だったのに」
「なか、ま……? あなたが?」
一度氷のように冷えた心が、突沸する。火山から噴き出すマグマのように、煮えたぎる。裏切ったのは自分であることさえ棚上げして、同胞意識なんてなく、彼を利用していただけの自分は免罪して、首領であった彼に怒りがぶつけられた。
「どうして! どうしてあんたは! そんなにも腹が立つの!」
つぅ、と彼の目が細くなった。ぞわ、と女の背が寒くなる。
「お、怒ったの? 人の情がないバケモノのくせに、」
女は息を呑んだ。彼は、絞り出すようにして、目尻から涙を出した。それは頬を湿らせ、たくさん血を吸った地面に、吸い込まれていく。
「……いたい」
女は混乱した。まだ彼の体のなかに埋まったままの短刀の刃が、途中からボトリと折れた。長く雨風に晒され腐食したかのような刃は、つい先ほどまでよく研がれて鏡のようであったのに、錆びて見る影もない。
それに、彼の肉体は、体内に残された刃を取り込むようにして治癒されていく。ボコボコと泡のように皮膚が盛り上がり、刀を包み、バケモノが刃を食ったかのような悍ましさで、傷口は塞がった。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い………………
それから彼は苦悶し始めた。血は止まり、体内組織も順調に回復しているように見えるのに、体を掻きむしって苦しみ、息ができないかのように喘ぐ。
「これが……不死の代償…………?」
女が立ち尽くしている間に、異変を聞きつけた隣村の人間が現れた。女は、血ばかりの光景のなかで、武器であるらしいなにかを持って突っ立っている。ほかに人はいない。
死んでいるのは盗賊団の構成員だと、隣村の調べで明らかになった。その盗賊団の構成員のほとんどを、女一人で殲滅させたとは考えにくい。
凄腕の護衛を雇ったおかげで盗賊団の被害に遭わなくて済んだ商人が現れた。盗賊団を殲滅させてのはその護衛であり、女は盗賊団の残党だと結論されるまでに、さして時間はかからなかった。
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる