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相棒
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同僚が電子データ上の暗黒時代のなかで行方不明となって久しい。しかし彼に特別に捜索隊が差し向けられるわけでもなく、彼の残した家には蜘蛛の巣が張っていた。
この世界は混乱している。無作為に選ばれた地区が、データとしての有効性を失いモザイクがかかったように破損し、住んでいる住人もろとも、消えていくのだ。そうやって消失した地区はもう十に及ぶ。危険を承知で暗黒時代に飛び込んだ貧民出身の男一人に構う精神的余裕がないのだろう。
そんななか俺がかつての同僚の家の前に立っているのは他でもない、彼の家の隣人からおかしな情報が寄せられたためである。
家のなかから音が聞こえる。隣人の訴えはそんなものだった。この家のなかには壊れたロボット一体があるばかりである。
隣人は怯えていた。旧時代の”幽霊”の再来ではないかとさえ言った。なぜ彼女が歴史上の風俗の話を持ち出したのかは不明である。一つの人間を構成するデータが漏れることなくリフレッシュされ転生することで次世代になるこの電子世界において、肉体を持てずに彷徨う”魂”なるものは原理的に存在しえない。
まあ、それほどの恐怖を隣人は感じたということなのだろう。俺としては同僚あいつを勝手に死んだことにされたことに多少の苛立ちを抱いてはいるが。
今日隣人は親戚の家に泊まりにいっていて隣の家にはいない。臆病者め、と毒づいても誰も告げ口をすることはあるまい。
『ニンゲン……ホロボス。ニンゲン、ユルサナイ』
「なんだ!?」
背筋が凍った。今確かに、俺以外に言葉を発するものが存在しないこの空間で、人の声がしなかったか。
前言撤回だ。これは確かに怖い。――ならなぜ前もって言ってくれなかったのか。
俺はドアを恐る恐る開ける。思えば俺以外にこの任務への動員がなかったのは、地区喪失で忙しいという言い訳を以てして誰もやりたがらなかっただけなんじゃないか? 本当は皆知っていたのではないのか……?
ドアの先には、埃がかかり置き去りにされた日常と、壊れているはずなのに一つだけ塵一つ被っていない彼のロボットだった。
確かピーターといったか。あいつはよく言っていた。こいつは自分に過ぎる有能なロボットだが、時折人間らしい言動をみせる、と。
俺は〝それ〟に近づく。
「ピーター、お前が物音の主なのか?」
『――ニンゲン、ユルサナイ……!』
ひっと声を挙げた時にはもう遅かった。俺の腕が、肘のあたりから、まるで消失する地区の再現のように、モザイクがかかり欠損していく。
「お、俺がなにをしたって言うんだ——」
俺は薄れゆく意識のなか、ピーターが映し出す映像をただ眺めていた。
そこから感じたのは、人類への強烈な恨みと悪意。眉間が殴られたような衝撃を感じて、俺はピーターの意思に戸惑う。
そこには彼の契約主である同僚の正体と、彼の正体が明らかになった。
彼は”ニンゲン”を滅ぼすと言った。いや、彼女と言うべきか。
彼女は最後にこう言った。
『私は彼を愛しています。例え時が流れ、お互いに目も当てられない姿になったとしても、私は彼の願いを叶え続けたいと願ってきました。彼とともに、私たちが来た方向を眺めたあの日を私は忘れません——』
完全だったはずのこの世界に”辺境”なる場所が存在する訳、それは、この世界の創世記に外からの来訪者がいた可能性を示唆していた。
俺が消えたあと、世界はものすごい勢いで消失していった。
依代として彼女の意思を代行することになった俺の意識は、どこかで彼女の恨みをもっともだと感じ、応援するようになっていた。
この世界は混乱している。無作為に選ばれた地区が、データとしての有効性を失いモザイクがかかったように破損し、住んでいる住人もろとも、消えていくのだ。そうやって消失した地区はもう十に及ぶ。危険を承知で暗黒時代に飛び込んだ貧民出身の男一人に構う精神的余裕がないのだろう。
そんななか俺がかつての同僚の家の前に立っているのは他でもない、彼の家の隣人からおかしな情報が寄せられたためである。
家のなかから音が聞こえる。隣人の訴えはそんなものだった。この家のなかには壊れたロボット一体があるばかりである。
隣人は怯えていた。旧時代の”幽霊”の再来ではないかとさえ言った。なぜ彼女が歴史上の風俗の話を持ち出したのかは不明である。一つの人間を構成するデータが漏れることなくリフレッシュされ転生することで次世代になるこの電子世界において、肉体を持てずに彷徨う”魂”なるものは原理的に存在しえない。
まあ、それほどの恐怖を隣人は感じたということなのだろう。俺としては同僚あいつを勝手に死んだことにされたことに多少の苛立ちを抱いてはいるが。
今日隣人は親戚の家に泊まりにいっていて隣の家にはいない。臆病者め、と毒づいても誰も告げ口をすることはあるまい。
『ニンゲン……ホロボス。ニンゲン、ユルサナイ』
「なんだ!?」
背筋が凍った。今確かに、俺以外に言葉を発するものが存在しないこの空間で、人の声がしなかったか。
前言撤回だ。これは確かに怖い。――ならなぜ前もって言ってくれなかったのか。
俺はドアを恐る恐る開ける。思えば俺以外にこの任務への動員がなかったのは、地区喪失で忙しいという言い訳を以てして誰もやりたがらなかっただけなんじゃないか? 本当は皆知っていたのではないのか……?
ドアの先には、埃がかかり置き去りにされた日常と、壊れているはずなのに一つだけ塵一つ被っていない彼のロボットだった。
確かピーターといったか。あいつはよく言っていた。こいつは自分に過ぎる有能なロボットだが、時折人間らしい言動をみせる、と。
俺は〝それ〟に近づく。
「ピーター、お前が物音の主なのか?」
『――ニンゲン、ユルサナイ……!』
ひっと声を挙げた時にはもう遅かった。俺の腕が、肘のあたりから、まるで消失する地区の再現のように、モザイクがかかり欠損していく。
「お、俺がなにをしたって言うんだ——」
俺は薄れゆく意識のなか、ピーターが映し出す映像をただ眺めていた。
そこから感じたのは、人類への強烈な恨みと悪意。眉間が殴られたような衝撃を感じて、俺はピーターの意思に戸惑う。
そこには彼の契約主である同僚の正体と、彼の正体が明らかになった。
彼は”ニンゲン”を滅ぼすと言った。いや、彼女と言うべきか。
彼女は最後にこう言った。
『私は彼を愛しています。例え時が流れ、お互いに目も当てられない姿になったとしても、私は彼の願いを叶え続けたいと願ってきました。彼とともに、私たちが来た方向を眺めたあの日を私は忘れません——』
完全だったはずのこの世界に”辺境”なる場所が存在する訳、それは、この世界の創世記に外からの来訪者がいた可能性を示唆していた。
俺が消えたあと、世界はものすごい勢いで消失していった。
依代として彼女の意思を代行することになった俺の意識は、どこかで彼女の恨みをもっともだと感じ、応援するようになっていた。
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