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危機
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「メルトダウンだと……? このままでは放射能が海風に乗って拡散してしまう! 冷却装置の予備電源はまだ作動しないのか」
切迫した、声の数々が、奇妙な建物を臨む施設の一室に飛び交う。
「サクニ町消防署から消防車が来ました!」
「なんとかして水を建屋に当てろ! ーーなんだ!?」
地震のような揺れが、施設を襲う。奇妙に歪んだ建物の一角が、崩れたのが見えた。
飛行機の操縦席を何倍にも拡大したような規模、基盤の数の何かに、数十人の人間が血眼になってへばりついている。
私は、動けなかった。頭のなかに、警戒音が響く。見てはならない、と自分の声で囁かれるのを聞いた。この力を、目の当たりにしてはならぬと。
それでも私は目を閉じることはできなかった。
——これが、先祖、いや「俺たち」の犯した過ち——。
私は金縛りにでもあったかのように、そこに立ち尽くしていた。
建屋と呼ばれたその建物から、白煙が昇った。
「——被爆」
現場を任されている主任らしき男が、なにか言ったように聞こえた。
「しゅ……主任」
「帰れ」
「え?」
「南、山地、北川、お前らは帰れ。後は俺たちがやる」
若者は、なにか察したようだった。それでもなお、納得できないように食い下がる。
「主任だって、家族がいるじゃないですか!」
「こういうときのために年寄りはいるんだ。遠慮せず帰りなさい。南、お前の奥さんは臨月だろう」
三人はもうなにも言わず、気温は低いにも関わらずぐっしょりと汗に濡れた作業着を握りしめていた。
四人が管理室を出ていったのを感じ、男はなにもない天井を仰いだ。
彼の夢であった、環境負荷が低い夢のエネルギーとしての原子力は、夢の大きさに比例した爆弾も抱えていた。それを彼自身は誰よりも知っていた。
「人類はこれを扱うのに早すぎたなどとは……言いたくない」
そういう論調でマスメディアが騒ぐのはわかっていた。それでも……。
「私の命にかけても、炉心の暴走を止めなければならない」
それは命の危機に晒されている国民のためなのか、単に自分が自分の夢の破綻を目にしたくないのか、彼自身にとってもわからなかった。
二○○X年三月十一日、巨大な津波を伴う地震で原子力発電所が浸水、炉心は制御不能になった。人類がこの災厄を忘れ同じ過ちを起こし、地球が生命体の存在できない星になる、実に百年前の出来事だった。
思考をなくしただ唖然としていた俺は、そのときすでに植物状態にあったのかもしれない。
今思えば「原子力」というワードに触れた人間の電子データが破損するのも、同じ過ちを犯さないための先人の知恵だったのだろう。
俺が想定していたのと違う次元に飛ばされ、ただ人類滅亡へのカウントダウンを目の当たりにさせられていた頃、俺の世界ーーすなわち、電子データとしての我々の、スーパーコンピューター内にできたコミュニティも危機に曝されていた。
電子データの破損は連鎖し、町単位で世界が消えていったという。
零と一の数字で全てが成り立つ世界で、数字たちが秩序をなくし崩れていく。データが崩壊した部分は黒くなるのでも白くなるのでもなく、空間が歪んで無くなった部分の端と端が縫い合わされるように、文字通り「無いことにされる」。風景の一部が次々に無くなっていく現象に対し、政府は何の手段も持ち合わせていなかった。市民の混乱は増し、たちまち「暗黒時代調査プロジェクト」は解散の憂き目にあった。
そして俺はというと、やっとのことで事件現場に辿りついた。
白い服ー防護服というのだと知ったーを着た老婦人が死んでいたあの家に、私は再び立っていた。
しかしその家は、家具が倒れても、荒らされてもいなかった。老婦人の夫とであろうか、楽しげにリビングで語らう彼女に、その後の運命を予兆させるものはなにも見当たらない。
今から、とうとう「事件」の顛末を見ることになるのだろうと納得し、今までたらいまわしにされてきた時代の数々を思い浮かべる。
資源のない国、ニッポンで、その国が経済大国と呼ばれるに至った労働力を支える電力の生産を原子力に頼らざるを得なかった時代。研究が進められ、人類が諸刃の剣を使いこなせるようになったかと思えた時代。そしてあの三月十一日。
――そして、絶望。
切迫した、声の数々が、奇妙な建物を臨む施設の一室に飛び交う。
「サクニ町消防署から消防車が来ました!」
「なんとかして水を建屋に当てろ! ーーなんだ!?」
地震のような揺れが、施設を襲う。奇妙に歪んだ建物の一角が、崩れたのが見えた。
飛行機の操縦席を何倍にも拡大したような規模、基盤の数の何かに、数十人の人間が血眼になってへばりついている。
私は、動けなかった。頭のなかに、警戒音が響く。見てはならない、と自分の声で囁かれるのを聞いた。この力を、目の当たりにしてはならぬと。
それでも私は目を閉じることはできなかった。
——これが、先祖、いや「俺たち」の犯した過ち——。
私は金縛りにでもあったかのように、そこに立ち尽くしていた。
建屋と呼ばれたその建物から、白煙が昇った。
「——被爆」
現場を任されている主任らしき男が、なにか言ったように聞こえた。
「しゅ……主任」
「帰れ」
「え?」
「南、山地、北川、お前らは帰れ。後は俺たちがやる」
若者は、なにか察したようだった。それでもなお、納得できないように食い下がる。
「主任だって、家族がいるじゃないですか!」
「こういうときのために年寄りはいるんだ。遠慮せず帰りなさい。南、お前の奥さんは臨月だろう」
三人はもうなにも言わず、気温は低いにも関わらずぐっしょりと汗に濡れた作業着を握りしめていた。
四人が管理室を出ていったのを感じ、男はなにもない天井を仰いだ。
彼の夢であった、環境負荷が低い夢のエネルギーとしての原子力は、夢の大きさに比例した爆弾も抱えていた。それを彼自身は誰よりも知っていた。
「人類はこれを扱うのに早すぎたなどとは……言いたくない」
そういう論調でマスメディアが騒ぐのはわかっていた。それでも……。
「私の命にかけても、炉心の暴走を止めなければならない」
それは命の危機に晒されている国民のためなのか、単に自分が自分の夢の破綻を目にしたくないのか、彼自身にとってもわからなかった。
二○○X年三月十一日、巨大な津波を伴う地震で原子力発電所が浸水、炉心は制御不能になった。人類がこの災厄を忘れ同じ過ちを起こし、地球が生命体の存在できない星になる、実に百年前の出来事だった。
思考をなくしただ唖然としていた俺は、そのときすでに植物状態にあったのかもしれない。
今思えば「原子力」というワードに触れた人間の電子データが破損するのも、同じ過ちを犯さないための先人の知恵だったのだろう。
俺が想定していたのと違う次元に飛ばされ、ただ人類滅亡へのカウントダウンを目の当たりにさせられていた頃、俺の世界ーーすなわち、電子データとしての我々の、スーパーコンピューター内にできたコミュニティも危機に曝されていた。
電子データの破損は連鎖し、町単位で世界が消えていったという。
零と一の数字で全てが成り立つ世界で、数字たちが秩序をなくし崩れていく。データが崩壊した部分は黒くなるのでも白くなるのでもなく、空間が歪んで無くなった部分の端と端が縫い合わされるように、文字通り「無いことにされる」。風景の一部が次々に無くなっていく現象に対し、政府は何の手段も持ち合わせていなかった。市民の混乱は増し、たちまち「暗黒時代調査プロジェクト」は解散の憂き目にあった。
そして俺はというと、やっとのことで事件現場に辿りついた。
白い服ー防護服というのだと知ったーを着た老婦人が死んでいたあの家に、私は再び立っていた。
しかしその家は、家具が倒れても、荒らされてもいなかった。老婦人の夫とであろうか、楽しげにリビングで語らう彼女に、その後の運命を予兆させるものはなにも見当たらない。
今から、とうとう「事件」の顛末を見ることになるのだろうと納得し、今までたらいまわしにされてきた時代の数々を思い浮かべる。
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――そして、絶望。
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