推しが青い

nuka

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 クラスメイトたちが次々と部活に入る中、僕は青井くんの追っかけになった。

 といってもほぼ動画を見てるだけ。教室では青井くんの周りはいつも女子がいて、そこに混ざる勇気なんかない。たとえ青井くんにおいでと誘われても、近づかないようにしている。青井くんへの僕の目つきや態度が変だってみんなが笑うし、そのときの青井くんのぶすっとした不機嫌な顔は僕の心臓に悪いから。

 僕は休み時間になったら素早く席を立つ。それでどこかに残ってる青色を探してる。例えば今日は、青井くんが自販機で買ったコーラを僕も真似して買った。ていうかどの自販機でもコーラ。青井くんはコーラが大好きみたい。

 人がまばらな中庭のベンチに座って、手持ちの弁当を食べ、コーラの清涼感を味わう。初夏のそよ風がふわっと通り過ぎていった。

 すっかり中学と同じぼっち状態。でも全然これでいい。

(──ここ、前から青かったっけ? あ、ここも。さっき抱きつかれたとき、いっぱい青くなっちゃった)

 今みたいに体をひねって、真っ赤な顔で自分の体を確認してる姿なんて、絶対他人に見せられないし。

 青井くんは一人ぼっちの僕を気にして、通りすがりに肩や背中を叩いたり声をかけてくれる。さっきなんて、僕が席を立つのを阻止しようと後ろから抱きつかれた。

「桜野はいっつも一人でつまんなくねーの? たまにはサッカーしようぜ。俺がパス回してやるからさ」

 僕はやはり断った。運動は苦手だし、クラスの中ですっかり変質者扱いの僕がついていっては、青井くんに迷惑をかけるに決まってる。

「僕は青井くんがサッカーしてるとこ、中庭から見てるね。それで……点入れたらファンサして……?」

「バーカ、アイドルごっこなんかごめんだよ」

 青井くんはそう言ってたけど、サッカーが始まってからシュートを決めるたび僕の方に手を振ってくれてる。何も知らない女子が、自分に手を振ったんだと色めきだってるの、違うのにって思いつつ僕も小さく手を振る。

 青井くんは芸能界なんて興味ないって言うけど、本当かな。動画は頻繁にアップされアクセス数も順調に伸びている。ステージで輝く青井くんをきっとみんなが待ってると思うのに。


 昼休みの誘いを断って怒られたので、放課後の誘いには勇気を出して乗った。駅前広場でやっているというダンス練習の見学。ずっと気になっていたけど、今日初めてついて行く。

 青井くんのダンスチームのメンバー、ミヤくんとイチヤくんは、北中の有名人で間違いなかった。

 広場に着くなり「久しぶり!」と笑いかけてくれたのは市川くんと宮寺くん。メガネの有無とか髪型で、雰囲気が全然違っていてすぐに分からなかったけど、北中の元・生徒会長と副会長。確かに2人を知らない北中生はいない。

 それに比べ、地味で冴えない一生徒だった僕を、2人は覚えてくれていた。

「桜野くん、南高に行ったって本当だったんだ。なんで? 北中なら普通俺たちみたく北高か私立に進学だよね」

「そうだね。真面目そうな桜野くんには北高のほうが合ってそうなのに」

 長身を屈めて僕の顔を覗き込んでくるミヤくんと、切れ長の眼を同じく僕に向けてくるイチヤくん。かつて北中のキングとプリンスなんて異名がついていただけあって、ルックスも存在感も青井くんに全く負けてない。

 それだけに、僕たちを取り囲むようにして大勢のファンが3人のパフォーマンスを待っていた。突然輪に入った僕には痛いくらいの視線が飛んできてる。

「ねぇどーして? 南高のどこが良かったの?」

 ミヤくんがさらに近づいてきて、興味津々な猫みたいな顔がどアップになる。

「えええええっと……ぼ、ぼくっ」

 注目されるのが僕は一番苦手だ。正直言って、仲間に入れてもらうより、すみっこで見ていたかった。

「別になんだっていーじゃん。どこの高校に行こうが桜野の自由だろ」

 僕の代わりに答えてくれた青井くん。それでミヤくんとイチヤくんが矛先を変える。

「またまた。アオちゃんが南高に連れてったんじゃないの?」

「だとしたら、いくらアオでも許せないな。北中で学年トップだったんだよ桜野くんは。それを底辺校に誘うだなんてさ」

 い、いったいなんの話。困惑していると2人に両側から肩を抱かれた。大人っぽいいい匂いがする。

「ちげーよ、因縁つけてくんな。南高で出会ったの、俺たちは」

 青井くんが僕を引っ張り戻した。ミヤくんがニヤニヤとマイクを握ったフリをする。

「それでいま付き合ってるってわけ? アオちゃんが誰か連れてくるなんて初めてじゃん! そういうことでしょ?」

「はぁ? 付き合ってねーよ。バカなこと言ってねーで練習はじめるぞ」

 青井くんは背を向けるけど2人は位置につこうとしない。

「こういうことを隠すのは男らしくないぞ」

「そーそー。それにいま言っとかないと後々面倒なことになるかもよ」

 青井くんの舌打ちが聞こえた。

「──い、いい加減にしてよ!!!」

 人生最大の大声で割り込んだ僕。
 メンバー3人に驚いた顔を向けられて、後ろにいるファンにも何事だろうと見られて、全身が震える。

「じょ、冗談でも僕が青井くんと、つ、つ、つ付き合うなんて、ありえないから!! 僕は青井くんのファンだけど、付き合いたいとかそういうことは考えてません!!」

 言いたいことを言ってるだけなのに、なぜか目から涙がボロボロ溢れてくるから、すごく困る。でも今はどれだけカッコ悪くてもちゃんと主張しないと行けないときだ。

 青井くんはみんなで盛り上がるのが好きだけど、自分と付き合いたがる女子のことは、どんなに可愛い子でもすごくウザがる。「好きじゃねーからあっち行け」なんて、僕が青井くんに言われたら、二度と立ち直れない。

 でもそんなのは所詮僕のエゴで、泣いてる僕のせいで辺りがしんと静まり返った。どうしよう青井くんのステージを台無しにしたかもしれない。

「……はは。ちょっとからかわれたくらいで本気にすんなよな」

 青井くんが音楽をスタートさせた。大音量のK-POPが鳴り響く真ん中で、外野に向かって片手を挙げる。

「ごめんね」「謝るよ」

 ミヤくんとイチヤくんも続いて手を上げた。

 手を振って答えるファンを見るに、中央がアオ、右側がミヤ、左側がイチヤ、と好きなメンバーによって観覧場所が分かれているみたい。数はほぼ同数だ。

 すんっと鼻水をすすってた僕は、青井くんに撮影しろと襟首を掴まれて引きづられて行った。

 鏡の役割を果たす駅ビルの前に僕を立たせて、画面に全体が入るように左右の位置を微調整。

「…………よし」

 最後に涙を拭われた。僕の濡れた頬に、青井くんの指がそっと触れて離れていった。
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