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第335話 ミヤとマグ姉の出産

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 秋の終わりに差し掛かろうとしている。秋の収穫の全盛を迎え、各地から豊作の報せが村に舞い込んできた。主食となる米やじゃがいも、砂糖の原料の甜菜、繊維原料の綿など公国にとって必要なものばかりだ。中には面白いものとしてゴムなんてものもあった。ハーフ魔族というのか、ワーモスが代表をする一団に任せてあったゴムの木の栽培が順調に進んでいるらしい。

 ワーモスが魔の森付近にやってきたのは、村近くには魔族が住み着いているからだ。魔牛牧場の吸血鬼やエルフ、ドワーフも加わる。ゴブリンも魔族に加わるのかな? それはよく分からないが、こちらに友好的な魔族と接し、自らのルーツを辿るという目的があったようだ。

 しかし、残念ながらその目的は達成できていないようだ。なにせワーモス達は極度の人見知りをするようで、魔族に声を掛けられないでいるようだ。一応、僕の方からも吸血鬼達にはワーモスを気にかけてくれるように頼んでおいたが、功を奏しなかったようだ。それでもゴムの木の栽培には真面目に取り組んでくれているので、僕としては、というより公国としては何も言うことはないな。

 ゴムの木から採れた天然ゴムはそのすべてがタイヤ製造に回されている。すでに僕専用の馬車には装着されており快適な馬車移動を実現することが出来ている。もっとも、公国内の主要な道路は整備がかなり進んでいるため、タイヤがなくても問題ないのだが。

 秋の時間はあっという間に過ぎ去り、冬の影がチラチラと見え始めた頃、遂にやってきたのだ。マグ姉が産気づいたというのだ。村にいる産婆を呼び出し、すぐに処置をしてもらうことになったのだが、産婆は慌てるな、と一点張りで何もしようとしない。ちょっとイラッとしてしまったが、エリスが僕の手にそっと手を重ねてくれた。

 「赤ちゃんは自然に出るものですから、そのタイミングを見計らっているんですよ。あの産婆は腕がいいですから信頼して待ちましょう。コーヒーは如何ですか? 長丁場になるかもしれませんから」

 そうか。よく考えたらエリスの出産には立ち会えなかったし、リードとリリはエルフの里で勝手が違かったな。僕は冷静になるために一旦その場を離れ、コーヒーを飲みに行った。そこには皆が勢揃いしていた。ミヤのお腹も張り裂けんばかりに膨らみ、今か今かという状態になっている。

 「やっぱりマーガレットの方が早く産まれるのね。私の子供を兄か姉にしたかったけど、諦めるわ。それよりも聞いたかしら。最近、魔の森が騒がしいらしいわ。魔界との境界が曖昧になって、魔界の魔獣が暴れているらしいわよ。もっとも、こちらには被害がなさそうだけどエルフの里には知らせておいたほうがいいわね。あの種族は弱っちいから」

 その言葉に反応したのはリードだ。
 「あら? ミヤさん。それは聞き捨てなりませんね。エルフはかつて魔界では森の狩人の異名を持つほど、精強を誇っていたと聞いたことがあります。魔界の魔獣ごときにエルフの里が遅れを取ることはありません」

 「ふふっ。そうね。森に引きこもり続けて、そう呼ばれていたんですものね。もっとも森の狩人ではなくて森の番人ですけどね」

 リードは悔しそうに歯噛みしていたが、ミヤは気にする様子もない。しかし、魔界の魔獣か。一体どんなものなんだろうか。少し気になるな。

 「魔の森の魔獣は元々は魔界から来たものだから、同じようなものよ。ただ、強さについては桁違いかもしれないわね。単純に力やスピードが違うものもいれば、狡猾なものもいるわ。なんにしてもロッシュは近寄らないほうがいいわよ。貴方では逃げるだけで精一杯ですもの」

 そういうものか。ちょっと残念だ。魔界との境界線か……ということは魔族もやってくる可能性があるのか?

 「ないわね。境界線が曖昧になることなんて珍しいことではないわ。それでも魔の森にはエルフとドワーフくらいしかいないじゃない。それくらい魔の森っていうのは魔族にとっては興味が薄いのよ。私はお父様が命がけで逃がしてくれて、ロッシュと出会った場所だからとっても大切な場所だけどね」

 そうか。まぁ、魔族は来ないに限るな。吸血鬼のような暴風みたいな力が暴れられても困るし、ミヤみたいに友好的とは限らないからな。シェラにちょっと聞いてみよう。

 「シェラ。境界が曖昧になる理由ってなんだ?」

 「えっ!? 知らないわよ」

 「知らないってこの世界の女神だったんだろ?」

 「魔界との境界線については誰も触れたがらないものよ。魔界の神に会いたくないから」

 魔界にも神がいるのか。つまり、魔界とこの世界は別物。ん? ミヤも異世界人ってことか?

 「そういう風に言えるかもしれないけど、旦那様とは全然違うわよ。この世界と魔界は表裏一体みたいな関係なの。どちらもお互いに補い合っているのよ。だから、魔界もこの世界も大きな括りで言えば同じ世界なのよ。境界線が曖昧になっているのは、どちらかのバランスが崩れたときなのもしれないわね」

 壮大な話だな。しかし、魔族も大きな括りでは人間や亜人となんら変わらないことが分かったんだ。それだけを知れただけでも良かったな。僕達はそれからシェラの魔界の神への小言が続いたが、文句しか言わなかったので聞かなかったことにした。

 長い休憩をしていると、遠くの方から泣き声が聞こえてきた。産まれてしまったのか!! ああ、また見過ごしてしまった。僕は立ち会えない呪いでも掛けられているのか? いや、そんなことよりも早く行こう。僕は足早にマグ姉の部屋に入った。ちょうど産湯から上げられ、きれいな姿になった赤ちゃんがマグ姉の腕の中で目をつむっていた。

 「ロッシュ。私、頑張ったわよ。あんなに苦しかったのに、今は幸せが溢れてくるの」

 「ああ、よく頑張ったな。元気そうな赤ちゃんで安心したぞ」

 「ふふっ。どっち似かしらね」

 赤ちゃんの少ない毛は金色に輝き、肌も白い。目は閉じているが、なんとなくマグ姉の面影を感じるな。

 「きっとマグ姉のように美人になるよ」

 マグ姉は安心して睡魔に襲われたのか、近くにいたエリスに赤ちゃんを委ねて眠りについてしまった。エリスはリードにベッドを持ってくるように頼み、手際よく着替えをさせていた。こうやってみるとエリスも母親なんだなと実感する。

 数日もしないうちにミヤも産気づくことになる。ミヤの眷属には産婆の家業の者がいるらしく、その者が赤ちゃんを取り出すらしい。

 「ロッシュ。頑張って立ち会いなさい。私の赤ちゃんの時が初めてになるんでしょ」

 「ああ、わかったよ」

 しかし、ミヤの出産は多くの時間が必要となり、僕が一時部屋を出ている時を見計らったように子供が産まれてしまった。まさに部屋のノブに手をかけたその瞬間に泣き声が聞こえてきたのだ。その虚しさは一瞬ドアを開けるのを躊躇うほどのものだった。中から元気のいい声が聞こえてきて、ドアを開けるとそこには吸血鬼の赤ちゃんがいた。

 すでに小さな牙が生えており、短い尻尾がピコピコと動いていた。

 「ミヤ。よく頑張ったな。僕は……陰ながら応援していたぞ」

 「ふふっ。そんなに心配そうな顔をしないで。ロッシュがずっと側にいてくれたから安心できたわ。立ち会えなかったことを責めたりなんてしないわよ……きっとね」

 絶対に責められるだろうなと覚悟する瞬間だった。

 「吸血鬼の男の子か。可愛いものだな。牙もしっかりと生えているぞ」

 「そうなのよね。普通は生えていないものなんだけど。もしかしたら、とても優秀な吸血鬼かも知れないわね。将来が楽しみだわ」

 今回は長期戦だったため、ベッドはすでに用意されており赤ちゃんはベッドに横たわらせると、すこし起きてたが眠ってしまった。ミヤの体調は、なぜか元気いっぱいな様子だ。

 「なんだか力が溢れてくる気がするわ。不思議ね」

 その言葉は嘘ではなかったようだ。すぐに立ち上がり、何の苦労もなく歩き始めたのだから。眷属の産婆も無理はしないように、と告げているところを見るとミヤが特別なのだろうな。

 「ミヤ。今は無理をするときではないぞ。とにかく体を休めてくれ」

 ミヤは渋々と言った様子だが素直にベッドに横になってくれた。これで我が家にも五人の子供が産まれたわけか。急に賑やかになってきたな。オコトとミコトはどちらがどちらの面倒を見るか会議をしていたが、さすがに二人で五人を見るのは難しいだろうな。

 僕は名前を考えることにした。マグ姉にそっくりな女の子には、ヴェヌスタと名付けた。生まれながらに吸血鬼の特徴を持つ子供にはシェードと名付けた。ミヤもマグ姉も一応は満足してくれたみたいでホッとしている。ただ、命名式は別にやらなくてもいいとうことになった。お披露目会を兼ねてるんだけどな……ショックだ。

 屋敷内は幸せな雰囲気に包まれ、出産を知った村人が大勢屋敷に押しかけ、祝いをしにやってきてくれた。もっともただで返すわけにはいかないと、様々な料理が振る舞われ、まるでお祭り騒ぎになっていた。僕もつい嬉しくてはしゃいでいると、ミヤが起き出してきて怒られてしまい、お開きとなった。

 ミヤに怒られている姿を村人たちに見られてしまったせいで、ずっと後までこの光景が語りぐさとなったのだった。

 それからしばらくして、屋敷にミヤの眷属が現れた。それはとんでもない報告だった。魔界から来訪者がやってきたというのだ。
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