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第334話 村での一日
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海戦が終わり、公国内に落ち着きが取り戻されてきた。大砲の製造を依頼していた鍛冶工房は、大砲の製造に専念していたため、他の製品の製造が間に合わずに大忙しになっているようだ。テドの造船所では戦艦の造船が増えてしまったせいで、漁船や運搬船の納期が遅くなってしまったとチカカから叱られているようだ。
軍の方も再編が進み、新村に駐留している第四軍はなくなり第二海軍と言う名称に変わった。ガムドが海軍の将軍になったため、第四軍をガムドの第一海軍に参入させることに決まったのだ。ガムドは、新村の防衛も必要ということで第二海軍を新設することになったのだ。
海軍の軍備は第一海軍に偏っており、第二海軍にはいまだ戦艦がないという状態だが戦闘員と船乗りの確保はすでに終わっているので戦艦の完成を待っているという状況だ。
僕が屋敷でのんびりとしていたらエリスが横に腰掛けてきた。子供二人はオコトとミコトが見ていてくれているようだ。
「ロッシュ様。随分と暇そうですね。散歩でも行きませんか?」
いいかもしれない。エリスもずっと子供と一緒にいては気分転換をすることも難しいだろう。僕はエリスを連れて、屋敷を出ることにした。
「ロッシュ様とこうやって二人で歩くのも久々ですね。私が身籠ったこともありますが、公国内でも色々なことがありましたね。まさか王国とも戦争を幾度もするなんて、以前なら想像も出来ませんでしたよ」
「そうだな。僕もこの村で鍬を握っていた頃には今の状況を想像なんて出来ていなかったよ。なんとなく周りの状況に流されたような気もするが、それでもこうやってエリスと二人で散歩できているんだから良かったんじゃないかな」
僕も正直、この世界にやってきて色々なことをしてきたがそれが何のためにやっているのか分からないことが多い。誰もが分かち合えれば、餓えのない世界など難しいことはない。皆が少しずつ食料を分け合えばいいだけなのだ。しかし、今の公国内には豊富な食料があるが、王国では今も食糧難で餓えている者が多くいると言う。その者たちを救うために戦争をしていることがなんとも理解が出来ないのだ。
だからこそ、エリスという目の前の人と幸せな時間を過ごせることが重要なのかもしれない。目の前の者を救っているうちに、より多くの者を今までも救ってこれたのだから。
「僕はこの世界に来て幸せだよ。エリス達がいて、僕の居場所がある。それに子供たちもいるんだ。本当の意味で一段落付いたら、僕は普通の家庭の夫であり父親になりたいと思っているよ。その時はルドあたりに任せるさ」
「そんなことをしたら、ルドベックさんは怒るかもしれませんね。マリーヌさんはどうでしょう? 意外と喜ぶかもしれませんね。そういえば、村では子供がたくさん生まれているのはご存知ですか?」
「ああ、知っているぞ。僕も驚いたくらいだ。皆の背中に生まれたばかりの子供がおんぶされていてな。それがどうしたんだ?」
「実は生まれたばかりの子供が多いせいで農作業に支障が出ているそうなのです。私も二人の子供がいるからか何も出来ない日も多いですから。私はすごく恵まれている環境ですが、村人はそうではありません。どうか、何か方法はないものでしょうか?」
なるほどな。それは簡単に想像できることだな。しかし、方法か……子供を預かる施設くらいしか思いつかないが、生まれたばかりの子供を預けられるよう場所を作ることは可能なのか? それとも農業に集中できる環境を作る。つまりは、子育てと農業だけしていればよいという様にすればいいだろうか?
「エリスは子供が生まれてから仕事をしようと思ったら、何が最も時間を取られるのだ?」
「そうですね。家庭にもよりますが、やはり家事ですかね。料理や洗濯、買い物などに多くの時間を割かれてしまいますね」
家事全般を無くすことが出来れば良さそうだな。しかし、誰にやらせる? 僕が悩んでいるとエリスがふと指差した。そこには子供たちが遊んでいた。体は大きいが、未成年の子供たちだ。まさか……。
「あの子達、遊んでばかりなんですよ。日中は仕事をしているから文句はないですが、ああいう子達が家事を手伝ってくれたら皆助かるんですけどね」
なるほど。それはいいかもしれないな。僕は早速、ゴードンを呼び出し、成年間近の子供たちに家事手伝いをさせることを提案した。
「ほう。それは面白い試みですな。たしかに子供たちが家事手伝いを積極的にしてくれれば農作業の効率は格段に上がるでしょうな。しかし、その子供たちがやってくれるでしょうか? 何か恩賞のようなものを与えれば、やってくれるかもしれませんが」
この村というか公国では世帯を一つの単位として考えている。各世帯には公国かもしくは各街や村からある程度の仕事を任せている。その対価として衣食住のすべての提供を行なっているのだ。ちなみに衣食住についてはすべて個人の注文で作らせているため、今のところ不満は出ていない。そして、公国内の未成年の子供については労働を義務付けていない。それは建国から変わっていないことだ。
それでも親の仕事を手伝わされる子供たちは跡を絶たない。中には義務付けられていないことを理由に仕事を拒むという強者の子供がいるらしいが、親の鉄拳制裁で結局は手伝うことになるらしい。そのような子供たちに家事手伝いをさせようというのだ。どんな仕事をしても対価が得られない子供には、やる意味が薄いというか、やる気がおきないのは仕方がないことだ。
「恩賞か……。どんなものがいいんだ? 貴金属? 宝石? それとも何かの権利か?」
「ロッシュ公。こういうのはエリス嬢に聞くのがいいでしょう」
確かにその通りだ。この話もエリスからも持ってきたものだ。話を一番に聞くべきだったな。僕は後ろにいるエリスの方を振り向くと、ずっとクスクスと笑っている。
「エリス。何を笑っているのだ?」
「だって、おかしいじゃないですか。子供相手に金や宝石だなんて。そんなものを渡しても喜んだりしてくれませんよ。子供なんですから、お菓子で十分ですよ」
お菓子か。確かに子供らしいな。しかし、労働に対してそのような対価でいいのか?
「子供たちは何ももらえないと思っているから、やる気が起きないのです。何でもいいんですよ。何かを与え、評価してあげることが子供たちには必要なんです」
なるほど。尤もだな。そうなるとお菓子を発注しておかなければな。たしか、元侯爵領の住民にお菓子作りが得意とするものがいると聞いたことがある。その者に頼むか。
「ロッシュ様。随分とお変わりになってしまいましたね。以前ならば、お菓子くらいロッシュ様が作って下されたはず。ましてや、私がいるんですから子供の分くらい、私で用意させていただきます」
なにやらエリスの怒りを買ってしまったようだ。エリスがこのように不機嫌な表情をするのは珍しいことだな。しかし、エリスの言う通りかもしれない。人に仕事を任せる癖がついてしまったようだ。自分の時間があっても最近はぼーっとしているだけかもしれない。以前であれば、何か色々なことをしていたような気がする。もう少し時間を大切にしなければ。
「エリス、済まなかったな。お菓子作りについてはエリスに任せることにしよう。僕も手伝えることがあれば何でもするよ」
エリスはちょっとすねたような表情を浮かべ、こちらをちらっと上目遣いで見てきた。この目にドキッとさせられてしまう。
「新作のお菓子を教えてくれませんか? 今ならフルーツがあるんですよ」
そうか。新作のお菓子な。久々に作るのもいいかもしれないな。僕とエリスがお菓子の話で盛り上がっていると、横にいたゴードンが咳払いをしてきた。
「そろそろ話を戻してもよろしいですかな? それでは未成年者には家事手伝いをしてもらうということ。対価はエリス嬢のお菓子ということでよろしいですな。一応、新作もあるということも伝えておきましょう。それでは一旦村の方で話し合いをしてから、全員に発表という形にします」
僕はゴードンに後のことを頼み、僕とエリスは早速キッチンに立つことにした。目の前にはリンゴとブドウがカゴに入っていた。リンゴか……アップルパイなんて面白いかもしれないな。
「アップルパイですか? そのリンゴからそのお菓子に変わるというのですか。一体、どういうお菓子なのですか?」
エリスは輝くような瞳でこちらを見てくる。その目を見るのは久しぶりだ。僕はアップルパイの説明をする。生地にリンゴをはさみ焼くだけのものだと説明すると、あまり美味しそうには感じなかったようで、感動は薄かった。エリスの想像力はその程度か!!
さっそく調理を始めた。まずは生地づくりだ。バターと小麦粉を混ぜ、平に伸ばしておく。これだけだ。さて、リンゴだが……まずはリンゴジャムを作ることにした。リンゴと砂糖、そして香り付けに果実酒を加える。ちょっと大人向けにするために今回は蒸留酒のブランデーだ。リンゴをどろどろになるまで砕き、砂糖と一緒に煮詰めていく。ある程度の硬さになれば大丈夫だ。それを煮沸した容器に詰めれば、これからも美味しく食べれるだろう。
パイ生地にリンゴジャムを挟むだけでも美味しいのだが、やはりリンゴの食感が欲しいところだな。僕はリンゴにフライパンで火を加え、砂糖水を焦がしたものに絡ませていく。触るとブヨブヨとして最高の出来だ。これを生地の上のリンゴジャムの上に並べていく。更にその上に網目状になるように生地を乗せていく。周りを押さえつけたら準備万端。
ちょうどいい温度のオーブンに生地を放り込む。さて、どうなることやら。生地は徐々に膨らみ、周りがこんがりと焼き色が付いてきた。このアップルパイを作っている時はなんと幸せなことか。鼻腔を刺激するこの甘い香り。その匂いは屋敷にいる者たち全員を目覚めさせるのには十二分な魅力がある。部屋にいた者、居間にいた者、屋外にいた者全員がキッチンを覗き込みにやってくる。
いい感じになってきたな。僕はオーブンからアップルパイを取り出した。生地はこんがりと焼きあがり、中のリンゴジャムはプスプスと煮立っている。ジャムの泡が弾けるたびに香りが周囲に漂う。これは期待できそうだな。僕は完成したアップルパイをエリスに見せつけた。
「これが……アップルパイですか。想像とは全く違っていて……その、もう食べてもいいのですか?」
「冷めても旨いが、出来たてもなかなかだぞ」
僕はアップルパイをザクザクと小気味よい音をさせながら包丁で切っていく。中のジャムが熱を含んでいるため緩く、中から溢れ出してきた。エリスはそのジャムがもったいないと思ってつい手を出してしまった。
「熱い!!」
そういって、手を口に加えた。その時のエリスの表情は幸せそうな表情だった。
「美味しいですぅ」
「パイと一緒に食べるともっと美味しいぞ」
僕はカットしたアップルパイを差し出すと、エリスはゆっくりと口に運び、さくっと噛み締めた。口の中に広がる甘みと香りを楽しんでいるのだろう。余韻を楽しみながら、ゴクリと飲み込んだ。
「これがアップルパイ。なんて美味しいお菓子なんでしょうか。このような物を子供が食べたら、危険な気がします。残念ながら、これは大人だけの、特別な日のためのお菓子としましょう」
えっ!? 折角作ったのに。エリスは頬張りながら、これは決定ですから、となんとも間抜けな表情で言ってきた。それから家族にも振る舞い、結局エリスの言うとおりの結論になってしまった。エリスからはもう一品、教えてくほしいと言われたので、レーズンクッキーを教えることにし、それが子供たちに振る舞われることとなった。
それからアップルパイは一時、公国内で貴重なものとして扱われることとなった。それを口にする時は、子供に内緒にすること。というのが暗黙の了解となったらしい。まぁ、どうでもいいか。
話を戻す。このお菓子のおかげかは分からないが、未成年の子供たちは積極的に家事手伝いをするようになり、村の農業効率はかなり良くなったということだった。これは各街や村でも導入され、その土地で用意できる簡単なものが対価というのが定着していった。
軍の方も再編が進み、新村に駐留している第四軍はなくなり第二海軍と言う名称に変わった。ガムドが海軍の将軍になったため、第四軍をガムドの第一海軍に参入させることに決まったのだ。ガムドは、新村の防衛も必要ということで第二海軍を新設することになったのだ。
海軍の軍備は第一海軍に偏っており、第二海軍にはいまだ戦艦がないという状態だが戦闘員と船乗りの確保はすでに終わっているので戦艦の完成を待っているという状況だ。
僕が屋敷でのんびりとしていたらエリスが横に腰掛けてきた。子供二人はオコトとミコトが見ていてくれているようだ。
「ロッシュ様。随分と暇そうですね。散歩でも行きませんか?」
いいかもしれない。エリスもずっと子供と一緒にいては気分転換をすることも難しいだろう。僕はエリスを連れて、屋敷を出ることにした。
「ロッシュ様とこうやって二人で歩くのも久々ですね。私が身籠ったこともありますが、公国内でも色々なことがありましたね。まさか王国とも戦争を幾度もするなんて、以前なら想像も出来ませんでしたよ」
「そうだな。僕もこの村で鍬を握っていた頃には今の状況を想像なんて出来ていなかったよ。なんとなく周りの状況に流されたような気もするが、それでもこうやってエリスと二人で散歩できているんだから良かったんじゃないかな」
僕も正直、この世界にやってきて色々なことをしてきたがそれが何のためにやっているのか分からないことが多い。誰もが分かち合えれば、餓えのない世界など難しいことはない。皆が少しずつ食料を分け合えばいいだけなのだ。しかし、今の公国内には豊富な食料があるが、王国では今も食糧難で餓えている者が多くいると言う。その者たちを救うために戦争をしていることがなんとも理解が出来ないのだ。
だからこそ、エリスという目の前の人と幸せな時間を過ごせることが重要なのかもしれない。目の前の者を救っているうちに、より多くの者を今までも救ってこれたのだから。
「僕はこの世界に来て幸せだよ。エリス達がいて、僕の居場所がある。それに子供たちもいるんだ。本当の意味で一段落付いたら、僕は普通の家庭の夫であり父親になりたいと思っているよ。その時はルドあたりに任せるさ」
「そんなことをしたら、ルドベックさんは怒るかもしれませんね。マリーヌさんはどうでしょう? 意外と喜ぶかもしれませんね。そういえば、村では子供がたくさん生まれているのはご存知ですか?」
「ああ、知っているぞ。僕も驚いたくらいだ。皆の背中に生まれたばかりの子供がおんぶされていてな。それがどうしたんだ?」
「実は生まれたばかりの子供が多いせいで農作業に支障が出ているそうなのです。私も二人の子供がいるからか何も出来ない日も多いですから。私はすごく恵まれている環境ですが、村人はそうではありません。どうか、何か方法はないものでしょうか?」
なるほどな。それは簡単に想像できることだな。しかし、方法か……子供を預かる施設くらいしか思いつかないが、生まれたばかりの子供を預けられるよう場所を作ることは可能なのか? それとも農業に集中できる環境を作る。つまりは、子育てと農業だけしていればよいという様にすればいいだろうか?
「エリスは子供が生まれてから仕事をしようと思ったら、何が最も時間を取られるのだ?」
「そうですね。家庭にもよりますが、やはり家事ですかね。料理や洗濯、買い物などに多くの時間を割かれてしまいますね」
家事全般を無くすことが出来れば良さそうだな。しかし、誰にやらせる? 僕が悩んでいるとエリスがふと指差した。そこには子供たちが遊んでいた。体は大きいが、未成年の子供たちだ。まさか……。
「あの子達、遊んでばかりなんですよ。日中は仕事をしているから文句はないですが、ああいう子達が家事を手伝ってくれたら皆助かるんですけどね」
なるほど。それはいいかもしれないな。僕は早速、ゴードンを呼び出し、成年間近の子供たちに家事手伝いをさせることを提案した。
「ほう。それは面白い試みですな。たしかに子供たちが家事手伝いを積極的にしてくれれば農作業の効率は格段に上がるでしょうな。しかし、その子供たちがやってくれるでしょうか? 何か恩賞のようなものを与えれば、やってくれるかもしれませんが」
この村というか公国では世帯を一つの単位として考えている。各世帯には公国かもしくは各街や村からある程度の仕事を任せている。その対価として衣食住のすべての提供を行なっているのだ。ちなみに衣食住についてはすべて個人の注文で作らせているため、今のところ不満は出ていない。そして、公国内の未成年の子供については労働を義務付けていない。それは建国から変わっていないことだ。
それでも親の仕事を手伝わされる子供たちは跡を絶たない。中には義務付けられていないことを理由に仕事を拒むという強者の子供がいるらしいが、親の鉄拳制裁で結局は手伝うことになるらしい。そのような子供たちに家事手伝いをさせようというのだ。どんな仕事をしても対価が得られない子供には、やる意味が薄いというか、やる気がおきないのは仕方がないことだ。
「恩賞か……。どんなものがいいんだ? 貴金属? 宝石? それとも何かの権利か?」
「ロッシュ公。こういうのはエリス嬢に聞くのがいいでしょう」
確かにその通りだ。この話もエリスからも持ってきたものだ。話を一番に聞くべきだったな。僕は後ろにいるエリスの方を振り向くと、ずっとクスクスと笑っている。
「エリス。何を笑っているのだ?」
「だって、おかしいじゃないですか。子供相手に金や宝石だなんて。そんなものを渡しても喜んだりしてくれませんよ。子供なんですから、お菓子で十分ですよ」
お菓子か。確かに子供らしいな。しかし、労働に対してそのような対価でいいのか?
「子供たちは何ももらえないと思っているから、やる気が起きないのです。何でもいいんですよ。何かを与え、評価してあげることが子供たちには必要なんです」
なるほど。尤もだな。そうなるとお菓子を発注しておかなければな。たしか、元侯爵領の住民にお菓子作りが得意とするものがいると聞いたことがある。その者に頼むか。
「ロッシュ様。随分とお変わりになってしまいましたね。以前ならば、お菓子くらいロッシュ様が作って下されたはず。ましてや、私がいるんですから子供の分くらい、私で用意させていただきます」
なにやらエリスの怒りを買ってしまったようだ。エリスがこのように不機嫌な表情をするのは珍しいことだな。しかし、エリスの言う通りかもしれない。人に仕事を任せる癖がついてしまったようだ。自分の時間があっても最近はぼーっとしているだけかもしれない。以前であれば、何か色々なことをしていたような気がする。もう少し時間を大切にしなければ。
「エリス、済まなかったな。お菓子作りについてはエリスに任せることにしよう。僕も手伝えることがあれば何でもするよ」
エリスはちょっとすねたような表情を浮かべ、こちらをちらっと上目遣いで見てきた。この目にドキッとさせられてしまう。
「新作のお菓子を教えてくれませんか? 今ならフルーツがあるんですよ」
そうか。新作のお菓子な。久々に作るのもいいかもしれないな。僕とエリスがお菓子の話で盛り上がっていると、横にいたゴードンが咳払いをしてきた。
「そろそろ話を戻してもよろしいですかな? それでは未成年者には家事手伝いをしてもらうということ。対価はエリス嬢のお菓子ということでよろしいですな。一応、新作もあるということも伝えておきましょう。それでは一旦村の方で話し合いをしてから、全員に発表という形にします」
僕はゴードンに後のことを頼み、僕とエリスは早速キッチンに立つことにした。目の前にはリンゴとブドウがカゴに入っていた。リンゴか……アップルパイなんて面白いかもしれないな。
「アップルパイですか? そのリンゴからそのお菓子に変わるというのですか。一体、どういうお菓子なのですか?」
エリスは輝くような瞳でこちらを見てくる。その目を見るのは久しぶりだ。僕はアップルパイの説明をする。生地にリンゴをはさみ焼くだけのものだと説明すると、あまり美味しそうには感じなかったようで、感動は薄かった。エリスの想像力はその程度か!!
さっそく調理を始めた。まずは生地づくりだ。バターと小麦粉を混ぜ、平に伸ばしておく。これだけだ。さて、リンゴだが……まずはリンゴジャムを作ることにした。リンゴと砂糖、そして香り付けに果実酒を加える。ちょっと大人向けにするために今回は蒸留酒のブランデーだ。リンゴをどろどろになるまで砕き、砂糖と一緒に煮詰めていく。ある程度の硬さになれば大丈夫だ。それを煮沸した容器に詰めれば、これからも美味しく食べれるだろう。
パイ生地にリンゴジャムを挟むだけでも美味しいのだが、やはりリンゴの食感が欲しいところだな。僕はリンゴにフライパンで火を加え、砂糖水を焦がしたものに絡ませていく。触るとブヨブヨとして最高の出来だ。これを生地の上のリンゴジャムの上に並べていく。更にその上に網目状になるように生地を乗せていく。周りを押さえつけたら準備万端。
ちょうどいい温度のオーブンに生地を放り込む。さて、どうなることやら。生地は徐々に膨らみ、周りがこんがりと焼き色が付いてきた。このアップルパイを作っている時はなんと幸せなことか。鼻腔を刺激するこの甘い香り。その匂いは屋敷にいる者たち全員を目覚めさせるのには十二分な魅力がある。部屋にいた者、居間にいた者、屋外にいた者全員がキッチンを覗き込みにやってくる。
いい感じになってきたな。僕はオーブンからアップルパイを取り出した。生地はこんがりと焼きあがり、中のリンゴジャムはプスプスと煮立っている。ジャムの泡が弾けるたびに香りが周囲に漂う。これは期待できそうだな。僕は完成したアップルパイをエリスに見せつけた。
「これが……アップルパイですか。想像とは全く違っていて……その、もう食べてもいいのですか?」
「冷めても旨いが、出来たてもなかなかだぞ」
僕はアップルパイをザクザクと小気味よい音をさせながら包丁で切っていく。中のジャムが熱を含んでいるため緩く、中から溢れ出してきた。エリスはそのジャムがもったいないと思ってつい手を出してしまった。
「熱い!!」
そういって、手を口に加えた。その時のエリスの表情は幸せそうな表情だった。
「美味しいですぅ」
「パイと一緒に食べるともっと美味しいぞ」
僕はカットしたアップルパイを差し出すと、エリスはゆっくりと口に運び、さくっと噛み締めた。口の中に広がる甘みと香りを楽しんでいるのだろう。余韻を楽しみながら、ゴクリと飲み込んだ。
「これがアップルパイ。なんて美味しいお菓子なんでしょうか。このような物を子供が食べたら、危険な気がします。残念ながら、これは大人だけの、特別な日のためのお菓子としましょう」
えっ!? 折角作ったのに。エリスは頬張りながら、これは決定ですから、となんとも間抜けな表情で言ってきた。それから家族にも振る舞い、結局エリスの言うとおりの結論になってしまった。エリスからはもう一品、教えてくほしいと言われたので、レーズンクッキーを教えることにし、それが子供たちに振る舞われることとなった。
それからアップルパイは一時、公国内で貴重なものとして扱われることとなった。それを口にする時は、子供に内緒にすること。というのが暗黙の了解となったらしい。まぁ、どうでもいいか。
話を戻す。このお菓子のおかげかは分からないが、未成年の子供たちは積極的に家事手伝いをするようになり、村の農業効率はかなり良くなったということだった。これは各街や村でも導入され、その土地で用意できる簡単なものが対価というのが定着していった。
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