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第四章 襲来
1 身体が重い
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一瞬だけ、暗い森の中に閃光が走ったような気がする。
稲光だろうが、木々のカーテンを突き抜けてくるということはなかなかに強い光だということだ。
ところが、いくら待っても雷鳴は響かない。その代わりに、かすかに女の子の笑い声のようなものが聞こえたような気がする。
いや、そんなことよりも何か別の違和感が……
館を飛び出したアザミは雨の中、びしょ濡れになりながら幻夢の森を駆け回っていた。
自分に最低限できることとして、森の魔物たちに討伐隊の撃退を手助けしてもらえるように頼んで回っているのだった。
しかし――
「おう、ちびっ子じゃねえか」
「あっ、生首さん」
ふと出くわしたのは、とにかく見た目が不気味な生首の魔物である。始めはアザミも恐ろしがっていたが、いざ話してみると意外と気さくで今ではよく世間話などをしている。
「あの、大変なんです! パッヘルさまが……」
「おう、妖精どもから聞いたよ。パッヘルの調子が悪いんだろう? んでもって、そんなタイミングでお国の兵士どもが攻めてくるってんだろう?」
「そ、そうです……」
そうなのだ。このように、先ほどからどの魔物もすでに事情を把握しており、今のところアザミの行動は徒労に終わっている。
おそらくはグラントの差し金だろう。朝の時点ですでに妖精たちに根回ししていたのかもしれない。相変わらず芸が細かい人である。
「ただよお」
そう言って生首は眉を寄せた。
「俺もなんか調子が悪いみたいでよ。身体が重いっつーか―ーさっきまではなんともなかったんだけどなあ」
アザミははっとした。
身体が重い――先ほど覚えた違和感の正体はこれだ。そして、この感覚を覚えるのは初めてではなかった。森の外へ出る時、彼女はいつもこの感覚に陥っていた。
森の瘴気の力が、弱まっている?
そうだ。幻夢の森の瘴気は、魔物を強化する効果もある。常にこの瘴気の中で生活している為、森の外へ出るとぐったりと身体が重く感じるのだ。
では、いつからこうなった? おそらくはあの――
「おーい、アザミー!」
自分を呼ぶ声に振り返ると、ガナールがこちらに向かってどしどしと走り寄ってきていた。
「うひゃあ、オーガだ! 逃げろー!」
「あ、ちょっと!」
ひらりと生首はどこかに飛んでいってしまった。過去の天敵だったらしく、彼はオーガが苦手なのだ。
「はあはあ……アザミ、何処へ行ってたでごわす?」
「ええ、ちょっと……ところで、ガナールさん、随分と息を切らしていますが……」
「そ、そうなんでごわす」
膝に手をつきながらガナールは答える。
「さっきから身体が思い通りに動かないんでごわす。うう、何もこんな時に……」
やはり……
先ほどの閃光は、ただの稲光ではなかったのかもしれない。
「ガナールさん、グラントさまはどこに?」
「パッヘルさまと一緒だと思うでごわすが?」
「急いで報告にいきましょう! この森に何かおかしな力が働いています!」
駆け出しながらアザミは言う。
「おかしな力って、どういうことでごわす!?」
ガナールもアザミのあとに続こうとするが……
アザミが急に立ち止まる。
「ん? どうしたでごわす?」
「あの……」
彼女はもじもじとしばらく言いあぐねていたが、やがてぽつりと口を開いたのだった。
「パッヘルさま、やはり怒っておられましたか?」
ガナールはしばらくきょとんとしていたが、やがて大きな口をにんまりと曲げた。
「大丈夫でごわす! パッヘルさまは一ミリも怒っていないでごわすよ! むしろ、飛び出していったアザミの心配をしてるでごわす!」
「そうですか」
ホッと胸を寝で下ろすと同時に、じわじわと罪悪感が再燃する。
「拙者、どうしてあんなことを言ってしまったのでしょう。パッヘルさまは記憶を失くされて、誰よりも心細いはずだと分かっていながら……」
「うむ! ならば今からちゃんと謝るでごわす!」
そう言ってガナールは、大きな手でアザミの小さな背中を押した。
「パッヘルさまなら、きっとアザミの気持ちを理解してくれるはずでごわす!」
「は、はい!」
そして、二人がまた同時に駆け出そうとした時だった。
何かが爆発したような、とてつもない轟音が森の中に響いたのである。
「なっ!?」
「なんでごわすか!?」
同時に森がざわめき始める。あちらこちらで魔物たちの悲鳴や慌ただしい足音がこだまする。
続いて、二度目の轟音――
「まさか、そんな……!」
「もう始まったんでごわすか!?」
戦慄を覚え立ち尽くす二人の前に、一つの影が立ちはだかった。
稲光だろうが、木々のカーテンを突き抜けてくるということはなかなかに強い光だということだ。
ところが、いくら待っても雷鳴は響かない。その代わりに、かすかに女の子の笑い声のようなものが聞こえたような気がする。
いや、そんなことよりも何か別の違和感が……
館を飛び出したアザミは雨の中、びしょ濡れになりながら幻夢の森を駆け回っていた。
自分に最低限できることとして、森の魔物たちに討伐隊の撃退を手助けしてもらえるように頼んで回っているのだった。
しかし――
「おう、ちびっ子じゃねえか」
「あっ、生首さん」
ふと出くわしたのは、とにかく見た目が不気味な生首の魔物である。始めはアザミも恐ろしがっていたが、いざ話してみると意外と気さくで今ではよく世間話などをしている。
「あの、大変なんです! パッヘルさまが……」
「おう、妖精どもから聞いたよ。パッヘルの調子が悪いんだろう? んでもって、そんなタイミングでお国の兵士どもが攻めてくるってんだろう?」
「そ、そうです……」
そうなのだ。このように、先ほどからどの魔物もすでに事情を把握しており、今のところアザミの行動は徒労に終わっている。
おそらくはグラントの差し金だろう。朝の時点ですでに妖精たちに根回ししていたのかもしれない。相変わらず芸が細かい人である。
「ただよお」
そう言って生首は眉を寄せた。
「俺もなんか調子が悪いみたいでよ。身体が重いっつーか―ーさっきまではなんともなかったんだけどなあ」
アザミははっとした。
身体が重い――先ほど覚えた違和感の正体はこれだ。そして、この感覚を覚えるのは初めてではなかった。森の外へ出る時、彼女はいつもこの感覚に陥っていた。
森の瘴気の力が、弱まっている?
そうだ。幻夢の森の瘴気は、魔物を強化する効果もある。常にこの瘴気の中で生活している為、森の外へ出るとぐったりと身体が重く感じるのだ。
では、いつからこうなった? おそらくはあの――
「おーい、アザミー!」
自分を呼ぶ声に振り返ると、ガナールがこちらに向かってどしどしと走り寄ってきていた。
「うひゃあ、オーガだ! 逃げろー!」
「あ、ちょっと!」
ひらりと生首はどこかに飛んでいってしまった。過去の天敵だったらしく、彼はオーガが苦手なのだ。
「はあはあ……アザミ、何処へ行ってたでごわす?」
「ええ、ちょっと……ところで、ガナールさん、随分と息を切らしていますが……」
「そ、そうなんでごわす」
膝に手をつきながらガナールは答える。
「さっきから身体が思い通りに動かないんでごわす。うう、何もこんな時に……」
やはり……
先ほどの閃光は、ただの稲光ではなかったのかもしれない。
「ガナールさん、グラントさまはどこに?」
「パッヘルさまと一緒だと思うでごわすが?」
「急いで報告にいきましょう! この森に何かおかしな力が働いています!」
駆け出しながらアザミは言う。
「おかしな力って、どういうことでごわす!?」
ガナールもアザミのあとに続こうとするが……
アザミが急に立ち止まる。
「ん? どうしたでごわす?」
「あの……」
彼女はもじもじとしばらく言いあぐねていたが、やがてぽつりと口を開いたのだった。
「パッヘルさま、やはり怒っておられましたか?」
ガナールはしばらくきょとんとしていたが、やがて大きな口をにんまりと曲げた。
「大丈夫でごわす! パッヘルさまは一ミリも怒っていないでごわすよ! むしろ、飛び出していったアザミの心配をしてるでごわす!」
「そうですか」
ホッと胸を寝で下ろすと同時に、じわじわと罪悪感が再燃する。
「拙者、どうしてあんなことを言ってしまったのでしょう。パッヘルさまは記憶を失くされて、誰よりも心細いはずだと分かっていながら……」
「うむ! ならば今からちゃんと謝るでごわす!」
そう言ってガナールは、大きな手でアザミの小さな背中を押した。
「パッヘルさまなら、きっとアザミの気持ちを理解してくれるはずでごわす!」
「は、はい!」
そして、二人がまた同時に駆け出そうとした時だった。
何かが爆発したような、とてつもない轟音が森の中に響いたのである。
「なっ!?」
「なんでごわすか!?」
同時に森がざわめき始める。あちらこちらで魔物たちの悲鳴や慌ただしい足音がこだまする。
続いて、二度目の轟音――
「まさか、そんな……!」
「もう始まったんでごわすか!?」
戦慄を覚え立ち尽くす二人の前に、一つの影が立ちはだかった。
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