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組討ち

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 後藤の決断は早かった。
 「景山ッ!」
 抜刀しながら叫んだ。
 
 太刀を抜き切ると、その場で反転して背後を向く。
 ぐりふぉむが迫っている。
 「わしが止める!
 佐竹様を逃がせッ!」
 そう言った後藤は、ぐりふぉむに対して、刀身をやや内に寝かせた片手上段に構えた。
 鞘に添えていた左手は、懐に差し込んでいる。
 
 クワッカカカカ!
 逃げていた獲物が、急に立ち止ったことに驚いたのか、ぐりふぉむは動きを変えた。
 翼を大きく広げると、急制動をかけ、後肢で立ち上がったのだ。
 四足獣であるため、完全に立ち上がったわけでは無い。
 上半身が充分に持ち上がったところで、鋭い鉤爪の前肢を振り下ろしながら、体勢を戻していく。

 振り下ろす前肢は、後藤を狙っていた。

 猛禽類の脚にそっくりな魔獣の前肢が、頭上に落ちてくる。
 後藤の目は、黄色く、角質化されたウロコ状の皮膚で覆われた脚を捕らえていた。
 指は、鷹やトンビと同様に、前に向かって三本、後ろに向かって一本が伸びている。
 それぞれの指の先には、湾曲し、先端が尖った黒鉄のような爪がある。

 恐ろしいのは、鋭い形状ではなく、その寸法であった。
 爪だけで、子供の腕ほどはある。
 捕まれば、人間など、一瞬でズタボロにされるであろう。

 この距離で、後に下がることや横に回り込むことは、ぐりふぉむの追撃を容易にさせる悪手である。
 後藤の取れる最善手は、前方にある。
 振り下ろされる鉤爪をかい潜り、ぐりふぉむの腹の下に飛び込むことであった。
 唯一、その位置だけが、ぐりふぉむの追撃をさけることができる。

 が、後藤は、どの方向にも動かなかった。
 左手で懐から十手を引き抜き、その場に踏みとどまったのだ。
 
 そして、信じられないことに、右手の太刀、左手の十手を頭上で交差させ、ぐりふぉむの左前肢の一撃を受けたのである。
 ただ受けたのではない。
 それでは、刀ごと潰されてしまう。
 打ち降ろしてきた、ぐりふぉむの力を流して崩す。
 後藤は、組討ちの技を、巨大な魔獣に掛けたのだ。

 組討ちは、戦場で敵と揉み合いになった際、相手の体を崩して組み伏せる技である。
 組み伏せた後、短刀で鎧の隙間から相手の急所を貫き、その首を獲る。
 後藤は、相模国の名人、有原老歩に組討ちの技を習った。
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