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異変

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 「ぐりふぉむと対峙した時に投げた」
 後藤が、そう答えた。
 「あのときか……」
 景山は、後藤から「逃げろッ!」と叫ばれたときのことを思い出した。
 その言葉に従い、参道を逃げ出した時、背後から、太刀が石畳に転がり落ちたような金属音を聞いた。
 あれは、後藤が投げつけた太刀が、石畳に落ちた音だったと言うことになる。

 「おぬし、勘違いをしておるな。
 投げつけたのではないぞ」
 と、後藤が言った。
 「今、投げたと……」
 「だから、投げつけたのではない。
 ふわっと、優しく、化け物の前に投げたのだ」

 ……優しく?
 相変わらず、後藤の説明は、理解し辛かった。

 「投げつければ、化け物は、その太刀を避けるなり、爪で叩き落すなりして、次の瞬間には、襲い掛かって来るであろう」
 「……うむ」と、景山は頷いた。
 これは理解できる。

 「避けるにしろ、叩き落すにしろ、それは一瞬のことだ。
 逃げ出す時間を稼ぐことはできぬ」
 「……であろうな」
 これも理解できる。

 「だから、こう、ふわりと優しく、怪物の前面に放り投げたのだ。
 当てるのではないぞ。
 怪物の顔の前から下へ、太刀が落ちるように投げた」
 「子供に鞠を投げるようにか?」
 「おう、そのような感じだ」
 後藤は頷いた。

 「そうすると、怪物は動けぬ。
 顔の前を、上から下へ刃物が落ちていくだけなのだから、そもそも避ける必要も叩き落す必要もない。
 落ちきるまで待つか、後ろに下がる以外、選択肢を失くしてしまうのだ」
 「……」
 「優しく投げた太刀が、石畳に落ちるまでの時間を使い、わしは逃げ出したのさ。
 それに、太刀を手放せば、その分、早く走れる」
 「……ふむ」
 何か煙に巻かれたような気持になったが、実際、それで後藤は逃げ切っている。
 
 その話は、そこで終わりになった。
 周囲の兵たちが、どよめいたのだ。
 置き盾の向こうに視線を向けると、東の陣から、騎馬と雑兵が突撃を開始したところであった。

 喚声をあげ、ぐりふぉむに向かって、どんどんと距離を詰めていく。
 が、途中で徒歩の雑兵たちが歩みを緩めた。
 雑兵を残し、騎馬だけがぐりふぉむに突き進んでいく。

 「徒歩の雑兵を残し、騎馬が突っ込んでいくぞ」
 景山がそう言うと、後藤が頷いた。
 「……良い判断だな。
 密集すると、動きに制約が出来、被害は増すばかりだ。
 槍の間合いで余裕をもって囲み、押されれば退き、死角から攻める手しかあるまい」

 そのとき異変が起こった。
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