ゾンビ対ぬらりひょん対ヴァンパイア

MORI UMA

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【ヴァンパイアの章】第3幕「スクープ」

【ヴァンパイアの章】第3幕「スクープ」

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【26日後 2月15日未明 東京】



 スタジオの床には、切断された女の生首が転がっている。
 「メトロポリタン・ラジオ」の深夜番組「ロクローのミッドナイトコール」の生放送中だ。
 首は横を向いたまま、白濁した瞳で小国の方を見ていた。半開きの唇の端から、どす黒く変色した舌が垂れ下がっている。
 ラジオにとばされる前に10年間の事件記者歴があるとはいへ、切断された生首を間近で見るのは初めてだった。
鼓動が早くなり、息をするのさへ苦しい。

(落ち着け・・・、落ち着くんだ・・・)

 自分に言い聞かせながら、小国は番組パーソナリティーのロクローを見た。放送卓のマイクのすぐ脇で尻餅をついたまま、哀れなほど狼狽している。
 プロデューサーとして番組をなんとかしないと・・・。

 意識的に深呼吸を繰り返す。
 そのうち、心拍も呼吸も少し収まってきた。
 まずは、生首をよく観察してみることにした。

(本物なのか・・・)

 いくら特殊メイク技術が進歩しているにしても、余りに精巧すぎる。
 作り物とは思えなかった。
 首は顎の下から7、8センチの辺りで切り落とされていた。
 しかし、どんな刃物を使ったら、これほどすっぱりと切断できるのだろうか。
 切断面の少し上には、確かに牙で穿たれたような2つの穴があいている。

(奴が吸血鬼だというのは本当なのか)

 女は20歳ちょっと過ぎに見えた。金髪に染めたさらさらの髪。両目は何かに驚愕したように見開かれ、唇には真っ赤なルージュをひいていた。
 電話相談の中で奴が言っていたように、本当に「夜間飛行」というキャバクラに勤めるロクローの不倫相手なのだろうか。
 ロクローは鼻水まで垂らしながら泣きわめいていた。
 肩をつかんで、揺すった。
「もう一度聞くが、あんたがつきあってた女に間違いないか?」
「ああ・・・」
 ロクロ―はなんとかそれだけ答えると、あとはペコちゃん人形のように首をかくかくと振りながら独り言を繰り返した。「明日香、なんでこんな事に、なんでこんな事に」
 隣のサブから大きなガラス越しに、ディレクターの春日部、TDの会川、ADのかおりが青くこわばった顔でこちらを見つめている。
 この生放送をどう進行したらいいのか。
 プロデューサーの小国に早く決めてほしい、と訴えていた。
 しかし、小国の心の中に急に湧き上がってきたのは、全く別の考えだった。

 「これは、とんでもないスクープになるかもしれない」という功名心。
 そして「テレビの報道に戻れるかもしれない」という野心だ。

 小国が「メトロポリタン・テレビ」社会部の警視庁サブキャップを外され、系列のラジオに飛ばされたのは、連続殺人鬼「首狩りジャック」についての「誤報」が原因だった。

 首刈りジャックによる被害者の数は11人にのぼり、当時テレビのニュースやワイドショーはもちろん、新聞も週刊誌も首狩りジャックの報道で埋め尽くされていた。
 小国が所属する警視庁の記者クラブでも、各社の激しい抜き合いが続いていた。
 小国はその日、夕方6時からのニュース番組「イブニング・ザ・ニュース」の冒頭で、首狩りジャックについてのスクープを警視庁クラブから中継で伝えることになっていた。

 前夜の夜回りで、懇意にしている鑑識課員Sから興味深い話を聞いたのだ。
 Sは鑑識生活が20年を超えるベテラン捜査員だった。そのSが驚くべき情報を口にした。
「実は首狩りジャックは2人いるんじゃないかと思うんだ」
「まさか!捜査一課長も所轄の幹部達も、全くそんな話は」
 小国が疑問を口にしようとすると、Sはそれをさえぎるように言った。
「だから、鑑識の一部から、そういう可能性を指摘する声が上がり始めてるってことさ」
「複数犯ということですか、それとも模倣犯?」
「そいつはわからん。まあ、聞け、けっこう科学的な話ではあるんだ。ジャックの犯行とされる被害者は全員、首と片腕を切断されてる。その切断面が、実は2種類あるんだよ」
 Sは詳しく解説してくれた。
「ひとつは明らかに市販の刃物を使って切断したものだ。刃物を使った場合、どんなに鋭利な刃物で切ったとしても、切断面にはジグザグとした波が出るもんなんだ。特に首には太い骨があるからスッパリ切るのには手こずる。ところが、被害者の中には、なんの刃物を使ったのかはわからないが、見事なほどにスッパリ切られているのがいる。太い骨の部分でさへ一刀両断したみたいに切断面がピカピカだ。とにかく、どえらい切れ味なんだよ」
 Sとは小国が駆け出しのサツ回りだった頃からの長い付き合いだった。ウソを言う人ではない。ガセネタをつかまされたことも無かった。Sのおかげで他社を出し抜いて、スクープを放送できたことも1度や2度ではない。
 首狩りジャックの犯人像を巡っては、各メディアが様々な憶測を書き立てていた。しかし、「犯人複数説」を報じた社はひとつもなかった。
 警視庁キャップの若林には「スクープですよ。放送させてください」と頼んだ。どちらかといえば慎重派の若林は躊躇したが、鑑識による切断面の違いという科学的根拠がある、と言って押し切った。
 中継用の原稿は1時間前には書き終え、若林のチェックを受け、あとは放送を待つばかりという時に、警視庁クラブの直通電話が鳴った。この日の担当デスクの浅井からだった。
「例の首狩りジャックのスクープな。部長からストップがかかった」
 聞いた刹那、頭の中が怒りで沸騰した。
「なぜですか」
「根拠が薄い。現段階で複数犯説を打つのはあまりに危険だと言うんだ。他社もどこも報じてないしな」
「他社がやらないから、スクープなんでしょうが」
「それは、そうだが」
 埒があかなかった。部長に直談判するしかない。
「部長に代わってください」
 電話の向こうで浅井が部長の根岸を呼ぶ声が聞こえた。
 しばらくして電話口から根岸の声がした。
「不満のようだな」
 人を見下した冷たい声だ。
「そんなあぶないネタ流せるか」
「確証があります」
「若林から聞いた。おいぼれの鑑識が見当外れな憶測をしてるだけだろう」
 キャップ席の若林を思わずにらむ。
(ネタ元まで部長にばらしやがって!)
 若林はこちらの話を聞いていないふりをして、手元のパソコンの画面を見ている。
 そういえば、30分程前に若林の携帯が鳴った。口元を押さえながら廊下に出て行ったが、おそらく、根岸からの電話だったのだ。陰でこそこそと小国のネタの値踏みをしていたのだ。
「信頼できるネタ元なんですよ」
「他社はどこも複数犯人説に触れてないじゃないか」
「さっきもデスクに言いましたが、だからスクープなんじゃないですか」
「俺はお前に相談する気なんかない。決定を伝えてるだけだ」
 有無を言わさぬ口調だった。
「しかし・・」
「俺に恥をかかすなよ」
 根岸の口癖だった。根岸は次の報道局長レースの先頭を走っている。俺の経歴を汚すな、ということだ。危ない橋は絶対に渡らない、と常々言っている。社会部の同僚のスクープ記事も何本つぶされたことか・・・。
 話を続けても、もう時間の無駄だった。キャップもデスクも根岸の命令を飲んだのだ。決定がひっくり返ることはありえなかった。

 記事は結局、「謎の多い犯人像を絞り込むため、捜査員を大量動員して、聞き込みをやり直す」という記事に差し替えられた。
 原稿は若林が書いた。なんの独自性もない、捜査一課の「提灯記事」だ。
 首狩りジャックに11人も殺害されながら、なんの成果もあげられない捜査一課長から、全国ネットのニュースでアピールしてほしいとでも頼まれたのだろう。警察とマスコミの出来レースだった。
 小国はこの「提灯記事」を生中継で読むという「光栄な役割」を与えられた「あやつり人形」だった。
 オンエアまでは5分を切っている。
 熱意のかけらも沸いてこない。さっきまで他社を出し抜く興奮で高鳴っていた心臓は、今は鼓動が停まってしまったかのようだ。
 そこに携帯が鳴った。
 生放送が近いのでバイブにしていたのだが、かけてきた相手の名前を見て、驚いた。
 鑑識のSだったのだ。
 急いで通話ボタンを押す。
「悪い、悪い。ニュース直前だから、電話しようかどうか迷ったんだが」
 Sは珍しく慌てているようだった。
「どうかしましたか?」
「都テレビの大藪、知ってるだろ。さっき、俺のとこに来たんだ。あててきたんだよ、例の首狩りジャックの複数犯説を。誰か別の鑑識の人間から耳にしたらしい」
 都テレビの警視庁サブキャップ大藪の眼鏡をかけた抜け目ない顔が浮かんだ。独特な嗅覚で抜かれそうなネタをかぎつける事に関しては、記者クラブでも右に出る者はいない。「ハイエナ」の異名を持つライバルだ。

「今から夕方のトップニュースで打つそうだ」
「今から!」
 民放各局は夕方のメインニュースでしのぎを削っている。都テレビの「イブニング・フラッシュ」も、「メトロポリタン・テレビ」の「イブニング・ザ・ニュース」と同じ時間から始まる。つまり、真裏で視聴率を争うライバルなのだ。そのライバルがトップニュースで「首狩りジャック複数犯人説」のスクープを報じるというのだ。
 小国の鼓動が、また跳ね上がった。
「あてられて、認めたんですか?」
「別に嘘をつく必要もないと思ってな。おたくの局と都テレビが同じニュースをやってくれたら、俺たち鑑識も仕事のやりがいがあるってもんだろ」
「実は、うちは見送るという判断になりました」
 Sが絶句した。
 長い沈黙が続いた。
 耐えきれなくなり、言い訳を口にしようとした時だ。
「あんたとの付き合いは、これから考えなきゃあな」
 電話が切れた。この瞬間、10年に渡って重要なネタ元だったSと小国の関係も切れた。都テレビの大藪の勝ち誇った表情が頭の中でぶわっと広がった。
 それもこれもすべてが根岸部長の小心さのせいだ。
「小国、どうした。中継1分前だぞ」
 若林が声をかけてきた。そうだ、こいつも同罪だ。

 俺のスクープはつぶされたのだ!
 そして、ライバル局にかっさらわれた!
 
 小国の目の前にあるモニター画面では「イブニング・ザ・ニュース」のオープニング・タイトルが始まった。
 女性キャスターと白髪のベテランキャスターがあいさつし、首都圏を震撼させている「首狩りジャック事件」について触れる。もうまもなく、女性キャスターが警視庁クラブにいる小国に呼びかけてくることになっている。
 手元には若林が書いた「提灯原稿」がある。
 だが、机の端には自分が書いたスクープ原稿も残っていた。
 放送できないからといって、ゴミ箱に捨てるのが忍びなかったからだ。
 部屋の中には他局の放送が同時に見られるように6つのテレビが並んでいる。
 横目で都テレビの「イブニング・フラッシュ」の画面を見た。生中継中に雑音が入らないように、音声は消してあるが、映った映像からトップニュースは「首狩りジャック」に関するものだとわかった。
 もうすぐ、「首狩りジャック複数犯人説」のスクープが流れるはずだ。頭の中に、大藪の笑い声が響いた。
「あんたも相当おめでたいねえ!うちより早く、情報つかんだのにさあ、うちだけのスクープにしてくれるなんてねえ!ああ、めでたい、めでたい!」。
 続いて聞こえてきたのは、根岸の声だった。
「所詮、お前は部長の俺には逆らえねえんだよ!身の程を知れよ!」
 根岸が小国の小心をあざ笑っていた。
「では、警視庁クラブから首狩りジャックに関する最新情報を伝えてもらいます。小国さん、お願いします」
 スタジオから女性キャスターが小国を呼んだ。
 しかし、小国はしゃべりださなかった。
 全国のテレビには「中継・警視庁クラブ」と書かれたスーパーの下で黙り込む小国が映し出されていた。女性キャスターが焦った声で、再び、小国を呼んだ。
「小国さん!伝えてください」
 小国は、まだしゃべらなかった。
 もう一度、キャスターが呼ぶ。大声になっていた。

 小国には養うべき妻も子供もいない。守るべきものは、自分のプライドだけだった。
 目の前にある「提灯原稿」ではなく、机の端の「スクープ原稿」を引き寄せていた。
 そして、中継用の固定カメラを睨みつけ、その「複数犯人説」の原稿を読み始めた。
「首都圏で11人の男女を惨殺し、首と片腕を切断している通称首狩りジャック事件を捜査している警視庁は、首の切断方法の違いなどから、犯人が一人ではなく、複数であるという見方を強めています」
 キャップの若林があんぐりと口をあけたまま、小国の顔を見た。違う原稿を読んでいると気づいたが、生放送中だ。「やめろ!」と大声をあげるわけにはいかないし、小国を羽交い締めにして中継を止めさせることもできやしない。
 かまわず、自分の書いた「スクープ原稿」を読み続けた。
 本社では根岸もこの放送を見ているはずだ。「あいつ、なに言ってる・・・」茫然自失して立ちすくむ根岸の顔が浮かんだ。「この俺に恥かかしやがって!」そう怒鳴り散らしているかもしれない。
 心の中で小国は快哉を叫んだ。
(その通りだよ!お前に恥をかかすためにやってんだよ!)


 後のことは、今はもう思い出したくない。
 興奮と激情が収まって平静にかえれば、残ったのは後悔だけだった。
 1週間の出勤停止処分を受け、警視庁クラブのサブキャップも外され、系列のラジオに飛ばされた。
 結局、都テレビの「イブニング・フラッシュ」も、例の「首狩りジャック複数説」を報じなかった。やはり、危ないと判断したのだろう。
 小国だけがピエロだった。
 あのまま社会部にいて針のむしろに座り続けるより、知り合いがほとんどいないラジオに異動させられた方がありがたかった。だが、テレビの報道に戻ることを諦めたわけではなかった。「俺にまで恥をかかせやがって」と小国を異動させた根岸は、2、3年、ラジオに行って、ほとぼりがさめたら報道に戻してやる、と言った。しかし、あの小心で粘着質の根岸が、そんな口約束を守るとは思えなかった。
 だが、いつか何とかして・・・、という思いは捨てていなかった。
 だからかもしれない。生放送中に首が送られてくるという異常事態の中、スタジオで小国が考えていたのは、他のスタッフとは全く別のことだった。

(これは千載一遇のチャンスじゃないのか)
(逆転満塁ホームランでテレビの報道に戻れるかもしれない)
(しかも、大スクープをものにした記者として)

 電話の向こうの男は、確かにさっきこう言った。

 去年12月に大磯で女性トラック運転手を殺害して首と片腕を切断した、と。
 そして、それが自分の最初の獲物だった、と。
 ところが、ADのかおりに調べてもらったところ、彼女は「首狩りジャック」の5人目の犠牲者だという。

 つまり、こういうことだ。
 あの話が正しいのならば、奴がトラック運転手の女性を殺害する前に、すでに「首狩りジャック」に殺されている被害者が4人いた、ということになるのだ。

 では、その4人を殺して首を切断したのは誰だ?
 
 小国の耳の奥で、警視庁鑑識課の捜査員Sの一言が蘇った。

「実は首狩りジャックは2人いるんじゃないかと思うんだ」
 
 やはりSが言っていたことは正しかったのではないのか。
 「1人」は、この電話を掛けてきた吸血男。
 そして、この男の最初の犯行前に4人を殺害している「もう一人の犯人」。
 2人のジャックが共犯関係なのかどうかはわからない。だが、自分がラジオにとばされるきっかけとなった「幻の特ダネ」は、「本当の大スクープ」だったかもしれないのだ。 
 はるか彼方に投げ捨てたはずの功名心がむくむくと頭をもたげ、自分を見下した根岸を見返したいという野心がすさまじい勢いで膨らみ始めた。

 しかも、万が一、奴が本物の「首狩りジャック」でなかったとしても、保険はある。
 自分が殺して切り落としたというロクローの愛人の首を、実際にラジオ局に送りつけているのだ。これは立派な殺人と死体損壊容疑だ。その猟奇殺人犯の単独インタビューを独占生放送できるのだ。それだけでも充分なスクープに変わりない。
 ばつが悪そうに謝罪する根岸の姿が頭に浮かんだ。根岸はなんと言い訳をするだろう。お追従笑いを浮かべながら、きっとこう言うに違いない。
「俺がここまで頭を下げて頼んでるんだ。恥をかかすなよ。いろいろあったが、水に流して、テレビの報道に戻ってきてくれ。警視庁キャップで、ってのはどうだ?」
 そう懇願する根岸の顔に唾を吐きかけて、笑ってやりたかった。

 ただ、正直に言えば、テレビの報道には戻りたい。
「誤報をとばしてラジオに飛ばされた元警視庁記者」の汚名を払拭して、あの「幻のスクープ」が「本当の大スクープ」だったと証明したかった。その千載一遇のチャンスが今、目の前にぶら下がっている。
 吸血男はスタジオの混乱を楽しんでいるかのように電話の向こうで歌を口ずさんでいた。英語の歌詞がスピーカーから響いてくる。
 歌には聞き覚えがあった。アメリカの女性歌手スザンヌ・ヴェガのアルバムに入っている「夜の影」という曲だ。小国も好きな歌手でCDも持っていたので、歌詞の内容も知っていた。

「昼の間は感謝し
 夜になったら気をつけるのよ
 世界の半分はやさしいけれど
 もう半分は怖いのよ 」

(野郎!こっちをいたぶって、楽しんでやがる)

 功名心と野心だけでなく、怒りも腹の底からわき上がってきた。
 スタジオの壁に掛かった時計を見上げた。放送の残りは10分を切っている。目の前に座り込んだままのロクローは、まだ放心状態だ。スタジオで話す声がオンエアに乗らないように、「カフ」と呼ばれるマイクのスイッチをオフにする。
「おい!」
 ロクローの肩をもう一度つかんで、今度は力を込めて思い切り揺すった。
 ロクローがうつろな目で小国を見上げた。
「アレを見ろ!」
 生首を指さす。ロクローは子供が嫌々をするように首を振った。頭をつかんで、無理矢理、生首の方を向かせた。
「ひっ・・!」とロクローが叫び声をあげる。平手でロクローの頬を2回張った。
「あんた、あの女を愛してたか?」
 叩かれて、ロクローの瞳にほんの少し精気が戻ったように見えた。弱々しかったが、ロクローがうなずいた。
「その女があんな殺され方をして、悔しくないのか。仕返しをしようとは思わないのか。復讐したいとは思わないのか」
「復讐・・・・」
 ロクローはオウム返しに言って、こちらを見た。
「いいか」
 襟首をつかんで怒鳴る。
「あいつは本物の首狩りジャックの可能性がある!あんたがここで、あいつと話し続ければ、逮捕に結びつく情報を聞き出せるかもしれない!あいつが今どこに住んでいて、何の仕事をしているのか。ヒントだけでもいいんだ。それで警察が奴の身元を特定できる可能性がある。それができるのは、今、世界中で、あんた一人だけなんだ。奴はあんたと話たがってるんだからな」
「そんなこと、言われたって・・・」
 ロクローはまだ、躊躇していた。
 小国はさらにロクローの耳元に口を寄せて言った。
「こいつがうまくいったら、あんたはラジオの帝王に返り咲けるぞ」
 ロクローが強く反応したのがわかった。小国は続けた。
「残念ながら、今のあんたは、奴が言ってたように落ちぶれ果てた裸の王様がいいとこだ。でも、もしもだ」
 わざと間を取って強い調子で言う。
「今ここで、あいつのインタビューを成功させて、首狩りジャック逮捕なんてことにでもなったら、あんたは一躍マスコミの寵児だ。取材もバンバン来るぜ」
「ホントか?」
「本当だとも!1億円賭けてもいい」
 ロクローの瞳の奥にどす黒い炎があがったのがわかった。
「やってみようかな・・」
「そうだ、やろう。俺とあんたで」
「ようし!やってやる!」
 ロクローが立ち上がって、放送卓に座り直した。
 ロクローの心を揺り動かしたのは、「愛情」ではないだろう。「功名心」だ。だが、さげすんだりする気はさらさらなかった。
(こいつは俺と同類だ)
 しゃべりやすいようにロクローがマイクの位置を直している。小国はその片耳にイヤホンを突っ込んだ。これで小国が話す指示を吸血男に聞かれずにロクローに伝えることができる。
「俺が協力する。何を話していいかわからなくなったら、このイヤホンを通じて俺がサブから助け船を出す」
「助かるよ」
 ロクローは人が変わったように素直になっていた。
「俺たちはチームだ!2人で名をあげようぜ!」
 ポンとロクローの肩を叩いて、サブの方へ向かう。いくらなんでも、愛人の生首に見つめられたままでは放送もやりにくかろうと、自分のブレザーを生首に掛け、顔が見えないようにしてから、サブへのドアを開けた。ディレクターの春日部が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、放送を続けるそうだ」
「ホントに?できんのかよ」
 TDの会川の声が裏返った。
 小国がトークバックのマイクを握りしめて、叫んだ。
「いけるな?」
 耳のイヤホンを押さえながらスタジオのロクローがうなずいた。こちらの声はちゃんと聞こえているようだ。
「頼むぜ、ラジオの帝王!」
 オフにしていた放送卓のカフを、ロクローがゆっくりとあげた。
「待たせたな。もう一度、訊く。お前の本当の目的はなんだ?」

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