31 / 79
第5章
新しい国(30P)
しおりを挟む
満州は、清朝が滅びた後は支配者が決まらず小競り合いが続いていたが、新しい国が出来たのである。その国は、日本人が、”外地”と呼べる国である。内地(本土)からは、新天地を求めて大勢の人達が移り住んだ。畑を開拓し、鉄道を敷き、駅や、ホテル、学校、映画会社、そして、神社まで作り始めた。豪邸を建て、中国人を召使いとして雇う人もいる。
その”外地”は、芳子が、溥儀を後押しして、実現したのである。田中に命じられた任務を見事に成し遂げたのだ。その功績により、芳子は、満州国の女官長を命じられた。
芳子が女学生の頃、断髪、自殺未遂、など突飛な行為をして、マスコミは彼女に批判的だった。髪は女の命、女の坊主頭などあり得ない。しかし、マスコミも、論調を変え彼女を”国を救った英雄、東洋のジャンヌダルク”ともてはやすようになっていた。
芳子は、上海で小説家である村松の取材を受けていた。
「川村芳子をモデルにした、水谷八重子のお芝居が凄い人気です。日本には、戻られないのですか」
「その予定は、ない。今のボクには、重大な仕事がある。溥儀様は、日本に騙されたと、大変にご立腹なのだ」
「無理もありません。日本は、溥儀様に皇帝の座を約束しておきながら失敗が多ければ執政を一年で辞める事さえ、受諾させましたもの」
「日本に不信感を抱いた溥儀様は、僕を陸軍のスパイだと、うたぐっている。危険な天津から、安全な満州にお連れしたのに……残念だよ」
「やはり、満州では、命を張って国を守っている軍部が、実力者になる。軍政部の最高顧問、多田駿駿大佐は、陰では”満州皇帝”と呼ばれていますよ。理想論を述べるだけの溥儀様は飾り物でしょう」
「そうだったのか。ボクが、陸軍の幹部に会って談判してみよう」
村松が、取材を終えて日本に帰ると、芳子は上海から満州に出向いた。長春に着くとすぐさま関東軍司令部を尋ね、高級参謀板垣征四郎大佐に会う。しばらくぶりに会う板垣は、さらに太って口髭を生やし、威圧するような雰囲気を纏っていた。
「川島さん、婉容様脱出にご尽力頂き、誠にありがとうございます。女官長で、ますますご活躍頂きたいのに。辞退され、真に残念だ」
溥儀と婉容を満州まで連れ出すと決めたのは、この板垣である。芳子は、彼の狡猾で鋭い視線にぶつかって睨み返した。
「板垣大佐にお伺いしたい。溥儀様が建国宣言をなさっても。宮廷は何も決められない。実力を持って、この国を動かしているのは日本人じゃないか。満州人をないがしろにしている。必死に抗議していた婉容様を、阿片中毒にして、いったい、どういうつもりなのだ?」
「ははは。さすが、川島芳子さんだ。宮廷の中で偉ぶっているだけじゃ物足りませんかな?
御存知のように、満州には、緋族が多く、新政府を脅かす存在です。我々日本人が、血を流し、命を賭けて造っている国なのだから。溥儀様にこの国を任せてはおけませんよ」
「僕としては、日本人と満州人が仲良くしながら新国を建設して欲しい。溥儀様も同じ気持ちだ」
「たしかに。おっしゃるとおりです。敵の血を流すだけが作戦ではない。”頭”ですぞ。”た、ま”じゃない。あ、 た、 ま。わははは。頭脳作戦です」
「…え?」
「映画ですよ。日本を理解してもらう為に映画を作るのです。満鉄映画部と協力して素晴らしい映画を作りますよ。そう言えば…芳子さんのお兄様である、金壁東様も映画がお好きで、関東軍に協力して頂いているのです」
「たしかに、人心に訴える作戦も必要だろうな。
でも、日本人が日本語で登場しても、満州人は、喜ばないさ」
「そこ、なんですよね。そうだ。芳子さん?何かいい作戦はありませんか?女性のお知恵を拝借したい。今、担当の者を呼んできましょう」
数分後―――執務室に入って来た担当者を見て、芳子は石のように固まってしまった。
入って来た男は、「報道部大尉、山家亨であります!」と、挙手の礼をした。
その”外地”は、芳子が、溥儀を後押しして、実現したのである。田中に命じられた任務を見事に成し遂げたのだ。その功績により、芳子は、満州国の女官長を命じられた。
芳子が女学生の頃、断髪、自殺未遂、など突飛な行為をして、マスコミは彼女に批判的だった。髪は女の命、女の坊主頭などあり得ない。しかし、マスコミも、論調を変え彼女を”国を救った英雄、東洋のジャンヌダルク”ともてはやすようになっていた。
芳子は、上海で小説家である村松の取材を受けていた。
「川村芳子をモデルにした、水谷八重子のお芝居が凄い人気です。日本には、戻られないのですか」
「その予定は、ない。今のボクには、重大な仕事がある。溥儀様は、日本に騙されたと、大変にご立腹なのだ」
「無理もありません。日本は、溥儀様に皇帝の座を約束しておきながら失敗が多ければ執政を一年で辞める事さえ、受諾させましたもの」
「日本に不信感を抱いた溥儀様は、僕を陸軍のスパイだと、うたぐっている。危険な天津から、安全な満州にお連れしたのに……残念だよ」
「やはり、満州では、命を張って国を守っている軍部が、実力者になる。軍政部の最高顧問、多田駿駿大佐は、陰では”満州皇帝”と呼ばれていますよ。理想論を述べるだけの溥儀様は飾り物でしょう」
「そうだったのか。ボクが、陸軍の幹部に会って談判してみよう」
村松が、取材を終えて日本に帰ると、芳子は上海から満州に出向いた。長春に着くとすぐさま関東軍司令部を尋ね、高級参謀板垣征四郎大佐に会う。しばらくぶりに会う板垣は、さらに太って口髭を生やし、威圧するような雰囲気を纏っていた。
「川島さん、婉容様脱出にご尽力頂き、誠にありがとうございます。女官長で、ますますご活躍頂きたいのに。辞退され、真に残念だ」
溥儀と婉容を満州まで連れ出すと決めたのは、この板垣である。芳子は、彼の狡猾で鋭い視線にぶつかって睨み返した。
「板垣大佐にお伺いしたい。溥儀様が建国宣言をなさっても。宮廷は何も決められない。実力を持って、この国を動かしているのは日本人じゃないか。満州人をないがしろにしている。必死に抗議していた婉容様を、阿片中毒にして、いったい、どういうつもりなのだ?」
「ははは。さすが、川島芳子さんだ。宮廷の中で偉ぶっているだけじゃ物足りませんかな?
御存知のように、満州には、緋族が多く、新政府を脅かす存在です。我々日本人が、血を流し、命を賭けて造っている国なのだから。溥儀様にこの国を任せてはおけませんよ」
「僕としては、日本人と満州人が仲良くしながら新国を建設して欲しい。溥儀様も同じ気持ちだ」
「たしかに。おっしゃるとおりです。敵の血を流すだけが作戦ではない。”頭”ですぞ。”た、ま”じゃない。あ、 た、 ま。わははは。頭脳作戦です」
「…え?」
「映画ですよ。日本を理解してもらう為に映画を作るのです。満鉄映画部と協力して素晴らしい映画を作りますよ。そう言えば…芳子さんのお兄様である、金壁東様も映画がお好きで、関東軍に協力して頂いているのです」
「たしかに、人心に訴える作戦も必要だろうな。
でも、日本人が日本語で登場しても、満州人は、喜ばないさ」
「そこ、なんですよね。そうだ。芳子さん?何かいい作戦はありませんか?女性のお知恵を拝借したい。今、担当の者を呼んできましょう」
数分後―――執務室に入って来た担当者を見て、芳子は石のように固まってしまった。
入って来た男は、「報道部大尉、山家亨であります!」と、挙手の礼をした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる