清朝の姫君:『川島芳子』は、ハッピーエンドです

あさのりんご

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第5章

新しい国(30P)

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 満州は、清朝が滅びた後は支配者が決まらず小競り合いが続いていたが、新しい国が出来たのである。その国は、日本人が、”外地”と呼べる国である。内地(本土)からは、新天地を求めて大勢の人達が移り住んだ。畑を開拓し、鉄道を敷き、駅や、ホテル、学校、映画会社、そして、神社まで作り始めた。豪邸を建て、中国人を召使いとして雇う人もいる。
 その”外地”は、芳子が、溥儀を後押しして、実現したのである。田中に命じられた任務を見事に成し遂げたのだ。その功績により、芳子は、満州国の女官長を命じられた。

 芳子が女学生の頃、断髪、自殺未遂、など突飛な行為をして、マスコミは彼女に批判的だった。髪は女の命、女の坊主頭などあり得ない。しかし、マスコミも、論調を変え彼女を”国を救った英雄、東洋のジャンヌダルク”ともてはやすようになっていた。

 芳子は、上海で小説家である村松の取材を受けていた。
「川村芳子をモデルにした、水谷八重子のお芝居が凄い人気です。日本には、戻られないのですか」
「その予定は、ない。今のボクには、重大な仕事がある。溥儀様は、日本に騙されたと、大変にご立腹なのだ」
「無理もありません。日本は、溥儀様に皇帝の座を約束しておきながら失敗が多ければ執政を一年で辞める事さえ、受諾させましたもの」
「日本に不信感を抱いた溥儀様は、僕を陸軍のスパイだと、うたぐっている。危険な天津から、安全な満州にお連れしたのに……残念だよ」
「やはり、満州では、命を張って国を守っている軍部が、実力者になる。軍政部の最高顧問、多田駿はやお駿大佐は、陰では”満州皇帝”と呼ばれていますよ。理想論を述べるだけの溥儀様は飾り物でしょう」
「そうだったのか。ボクが、陸軍の幹部に会って談判してみよう」

 村松が、取材を終えて日本に帰ると、芳子は上海から満州に出向いた。長春に着くとすぐさま関東軍司令部を尋ね、高級参謀板垣征四郎大佐に会う。しばらくぶりに会う板垣は、さらに太って口髭を生やし、威圧するような雰囲気をまとっていた。
「川島さん、婉容様脱出にご尽力頂き、誠にありがとうございます。女官長で、ますますご活躍頂きたいのに。辞退され、真に残念だ」
 溥儀と婉容を満州まで連れ出すと決めたのは、この板垣である。芳子は、彼の狡猾で鋭い視線にぶつかって睨み返した。
「板垣大佐にお伺いしたい。溥儀様が建国宣言をなさっても。宮廷は何も決められない。実力を持って、この国を動かしているのは日本人じゃないか。満州人をないがしろにしている。必死に抗議していた婉容様を、阿片中毒にして、いったい、どういうつもりなのだ?」
「ははは。さすが、川島芳子さんだ。宮廷の中で偉ぶっているだけじゃ物足りませんかな?
 御存知のように、満州には、緋族が多く、新政府を脅かす存在です。我々日本人が、血を流し、命を賭けて造っている国なのだから。溥儀様にこの国を任せてはおけませんよ」
「僕としては、日本人と満州人が仲良くしながら新国を建設して欲しい。溥儀様も同じ気持ちだ」
「たしかに。おっしゃるとおりです。敵の血を流すだけが作戦ではない。”頭”ですぞ。”た、ま”じゃない。あ、 た、 ま。わははは。頭脳作戦です」
「…え?」
「映画ですよ。日本を理解してもらう為に映画を作るのです。満鉄映画部と協力して素晴らしい映画を作りますよ。そう言えば…芳子さんのお兄様である、金壁東様も映画がお好きで、関東軍に協力して頂いているのです」
「たしかに、人心に訴える作戦も必要だろうな。
 でも、日本人が日本語で登場しても、満州人は、喜ばないさ」
「そこ、なんですよね。そうだ。芳子さん?何かいい作戦はありませんか?女性のお知恵を拝借したい。今、担当の者を呼んできましょう」

 数分後―――執務室に入って来た担当者を見て、芳子は石のように固まってしまった。
 入って来た男は、「報道部大尉、山家亨であります!」と、挙手の礼をした。

 
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