Forbidden fruit

春蠶 市

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Eli Eli Lema Sabachthani

□Eli Eli Lema Sabachthani_01

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▼ロキ×ナオ(弟×兄)
 猟奇、グロテスクな描写注意


 目立つ二人組だった。
 一人は褐色肌の男。年齢は二十代後半。海外ブランドの仕立ての良い白のダブルチェスターコートにワインレッドのストールを巻いた男はすらりとしながらも体格が良く、なにより高い位置で結った薄灰色の長髪と男性的に甘く整った美貌が多くの人目と感心をひいていた。
 だが煌々と輝く自動販売機に背中を預ける本人は周囲の注目を無視。いくつもの指輪で豪奢に飾る右手に持ったスマートフォンに夢中でいる。

 もう一人は身に付けるなにもかもを黒一色で染めた癖毛の好青年。
 柔和な微笑みを携えた彼は酷く年齢が分かり難い風貌で、一見すると十代後半ほどの学生に感じられるが隣の男同様ブランド物のポロコートを着こなす姿は十代にしては些か落ち着きすぎている。病的とまではいかないが十分に澄んだ白い肌のせいか、動くマネキンでも見ている無機質な薄ら寒さを抱かせた。
 否、実際に黒い青年の行動は見ている者達の背筋を冷やしていた。

 自動販売機の前にいる青年は上体を軽く折り曲げて釣り銭返却口へと右腕を伸ばし、音もなく硬貨を取り出す。
 彼は静かな手付きで硬貨を投入口に滑り込ませた。
 すると自販機は反応を示さず、代わりに――――カシャン。
 と、小さな落下音を弾かせた。

 夜だろうが騒めきがやまない、むしろ日が暮れたからこそ賑やかになる性悪な街の風俗店が建ち並ぶごった返した大通りの一角でその落下音を的確に耳にできた者はいないだろう。
 それでも、先程から青年の動きを見ない振りをしながらも見続ける周囲の客引き達には聞こえないはずの硬貨の音色が聞こえていた。
 青年は返却口に戻ってきた五円玉を同じように上体を曲げて取り出し――――そして、また。
 投入口に硬貨を入れる。

 カシャン。

 落下音。
 時間にして三十分以上。
 青年は対応していない五円玉を自販機に投入しては取り出して、また投入する動作を黙々と繰り返していた。
 言葉も発さず、同じ微笑みのまま、同じリズムで、ずっとずっと、繰り返していた。

 三十分以上も自動販売機の前で同じ動きを繰り返す青年の姿を気にしないよう心掛けるも視界の隅に捉え続けてしまえば、客引き達の耳に落下音の幻聴が聴こえ始めてもなんら不思議ではない。
 幾度か傍の男が青年の耳元で何かを囁きどこかへ消えることがあった。

 変化があるかと思いきや、青年はその間も一人でにこにこと五円玉を自動販売機に食わせては吐き出させていた。男がいてもいなくても変わらぬ青年。なにかの罰ゲームにしてはその顔は、あまりにも不満のない柔らかな笑顔。酔っ払いにしては一切のブレも迷いもない軽快な動作。ならばもうどういった理由で青年がそれをおこなっているのか傍目には想像がつかず、想像もしたくはなく――異常としか呼べない青年の態度に何人かの客引きは耐え切れず青い顔で足早に自店へと戻っていく始末。

 青年の奇行は動画におさめられて電子の海に放流されてもおかしくはないだろう。または不快感を抱いた酔っ払いや荒くれ者に胸倉を掴まれても不思議ではなかった。が、生憎と北区の住人であるならばそんな命知らずの馬鹿はやらかさない。
 やらかしてはならない。
 絶対に。

 誰も彼もが目立つ二人組と一定の距離を保ち、素知らぬ顔で彼らを注意深く意識する。
 その空気感は獰猛な野生の獣を刺激しないよう息を潜める状況と似ていた。
 濃すぎるアルコール臭がこびり付いた淫靡に賑わう歓楽街の通りは自動販売機周辺だけが嫌に冷め切っている。

「兄様」
 
不意に男がスマートフォンをダブルチェスターコートのポケットにしまった。

「なあ、兄様」

 年長者や歳上相手に使われる敬称は他でもない黒を背負った青年に放たれたもの。
 男のミントグリーンの瞳が真っ直ぐに黒い青年を見詰める。

 返却口に右手を伸ばしかけた青年の動きがようやく、とまった。一拍後。

「なに?」

 青年の笑顔と右腕が男へと緩慢に向かう。
 自分よりも背の高い男の頭を青年は撫でた。まるで幼い子を相手にする優しい振る舞いで――しかしそれにしては実に感情のこもっていない、仕込まれた芸でも披露する手付きで青年は男の頭を何度も撫でる。

「まとまッた。行こーぜ」

 男は尖った犬歯をニッと無邪気に晒すと自分を愛でる青年に顔を寄せ、躊躇なく青年の薄い唇にリップ音を立てた。

「ん、っ……ホテル?」
「残念。俺も超そうしてーけど、シュンからの連絡」
「お仕事?」
「そっ。弟とのデート邪魔されて寂しい?」
「ロキが寂しいなら僕も寂しいよ」
「じゃあ、兄様想いの優しい弟だから行く前に寂しくなくしてあげる」

 兄弟ならば外見的に逆だろう二人。
 実際に兄弟だったとしても兄弟では有り得ない会話をし、弟という男は兄という青年に深く噛み付いた。

「ッ――……ふ、っ」

 酸素を奪われた青年から淡い声が洩れる。
 周囲の目から青年を隠すように男が彼の薄い体躯を自販機に押し付けた。

「にーさまのお口あったかい。もッとちょーだい」
「ん……はあっ、っ」
「はーやくッ」
「あっ……うん。っは……ん、っむ」
「ッは、ッ――」

 互いの唇を擦り合わせ、舌を絡め、角度を変える度に二人の間から湿った吐息が冷たい空気に白く浮かぶ。
 火照った二酸化炭素に混ざり唾液がまぐあう粘性の高い音が響くが喧騒の中でそれを拾えるのは本人達だけだった。くちゅんと舌先で水音を強め、二人分の体液を口腔で泡立て濁ったそれを互いに嚥下する。

「っあ……っ、ロキ、ッん」
「はッ、にーさまぁ。もうちょい……ンッ」
「んぅっ、っ――……っ」

 男は青年の指に自分の指を、それこそ兄弟間では絶対に滲み出ない甘美な雰囲気で濃厚に絡め、きつくきつく握り締めた。蛇を連想させる嫌にねっとりと這った所作で纏わりつく男の指を、青年も握り返す。
 周囲を無視して水音を跳ねさせ互いの体温を味わうことだけに集中した。

「ふぁ、っ、……っロ、キ……っ」
「ハァー……超可愛い。ここんとこずーッと仕事だッたしな」
「っ……っ!」

 青年の股座に片脚を滑り込ませ、男はさらに身を重ねる。

「ちょッと反応鈍い?」
「んん、っ……」
「外だから? 今更じゃん」
「はっ……っ、ごめん、っ……」
「いーよ。けど、その顔弟以外に見せちゃ駄目。お約束」
「はあ……っ、う、ん。お約束。僕はロキだけのお兄ちゃんだから」

 至近距離で囁き合い、今度は頬や額に唇を当てていく。戯れつつ息を整え、ようやく兄弟は僅かに距離を取った。
 男から解放された青年は無機質な微笑みのままで、上擦った吐息に濡れていた形跡は微塵もない。

「おいで兄様」

 男の靴底が機嫌良くひび割れた路上を叩くと耳元で涙を模したピアスが手招くように揺れた。
 引っ張られ、青年も歩き出す。

 ろくでもない者が集まり、ろくでもない祭りばかりがおきる汚れた人工島の、一等濃い汚点である北区をまとめる二人組の関係性を正確に把握する者はいない。訊ねられるのは自殺志願者くらいだ。
 ゆえに彼らの纏う謎と気味の悪さは薄れることを知らない。

 返却口に残された五円玉へと周囲の視線が注がれる。
 それらは一様に、狐狗狸に使われた硬貨でも目にする眼差しだった。
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