ラッコは手を繋いで眠る

黒瀬夏菜

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ラッコは手を繋いで眠る

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まぶたの裏が、かすかに光の刺激を感受した。
わたしは反射的に布団をたぐり寄せ、自分の体温でぬくぬくとあたたかいそのなかに顔を埋める。ついでにベッドの端に追いやられていたテディベアを手さぐりで引き寄せ、布団のなかに引き入れるとぎゅっと抱きしめた。やわらかなモヘアには、昨日振っておいた甘い匂いの立つ香水がまだ染みついている。
寝返りを打つとかろやかに寝台が軋んで、ベッドのスプリングは一人分の体重しか受け入れていないことをいやでも実感させた。
眠気はさほどない。それでもわたしは頑なにまぶたを閉じて布団に包まる。
眠くなくて当然だった。昨日はたしか九時にはこの場所にいたはずだ。いまが何時だか知らないが、最低でも十時間は眠っていたことになる。良い睡眠だったかはわからない。なんだか眠りが浅かったような気もするけど、十時間という時の長さは肉体を休息させるには充分なはずで、事実、わたしの身体に磁力のような重たい力は感じない。
けれどわたしは身体を起こしたくなかった。というよりも、意識をはっきりと覚醒させたくない。現実を事実として認識したくなかった。
ベッドに寝転ぶいまのわたしは、なんの存在価値もないただ二酸化炭素を排出するだけの生物だ。この世でもっとも必要とされない生命体。どうしてわたしなんかが生きているんだろう。だれのために。なんのために。
考えたらまた無性に自分の身体に刃を突き立てたくなって、諌めるように震える腕でぬいぐるみを抱きしめてきつく目を閉じた。
大丈夫、まだ眠気はそこにある。眠ってしまえばなにも考えなくていい。
まどろみの世界は、いつでもわたしをやさしく包みこむ。


ぼやけた脳は、玄関の鍵が開く音と扉が閉まる振動で世界の輪郭をはっきりと捉えはじめた。スリッパを引きずりながら歩く足音に合わせておもむろに上半身を起こすと、ちょうど顔を上げたタイミングで寝室のドアが開く。
「ただいま、しょーこ」
そこから顔を覗かせた女は、ゆるく波打つピンクページュの髪の毛をかき上げて大きなため息を吐いた。
「……おかえり」
「あかん、まじで疲れた」
聖那はツイードで揃いのノーカラージャケットと丈の短いタイトスカートをきっちりとハンガーにかけ、ストッキングとシャツはドレッサーの椅子の背もたれにかけた。服を愛する彼女は、どれだけ疲れていてもその扱いを蔑ろにしない。
「おつかれ」
わたしが布団を剥いで腕を広げると、黒いレースの下着だけになった聖那が舞い込んできた。皮下脂肪がほんの少ししかない薄っぺらな身体は冷えきっていて、ぎゅう、と抱きつくと華奢な手のひらが頭を撫でる。うなじに鼻を寄せたら、砂糖菓子のような甘さと薄荷煙草の苦さがいっしょになって鼻腔をくすぐった。聖那のにおいだ。
わたしはうれしくなって、ぐりぐりと頭を聖那の肩にこすりつけた。痛いって、と硝子でできた鈴を転がした声が笑う。
「ずっと寝てたん?」
「うん。なんか食べる?」
「食べる気力ないからとりあえず寝る」
それはぜひともそうするべきだ。聖那が寝ている間わたしはまたひとりになるけれど、彼女が傍にいることに変わりはないからそれでいい。
腕を解放すると、ところどころメイクの落ちかけた端正な顔だちが現れた。薄くなったファンデ、下まぶたについたマスカラ、横に伸びたシャドウ。それらを以ってしても、聖那の凛とした高潔さを隠すまでには及ばない。
気の強さを象徴するつりあがった大きな目が伏せられ、あ、とわたしは息を詰める。コーラルピンクのシャドウが持つ微細なパールが、朝日できらきら輝いていてとてもきれいだ。顔が近づいてきて、くちびる同士が触れ合う瞬間にわたしもまぶたを閉じた。
やわらかな感触と甘やかな匂いで、頭のなかは一気に真っ白になる。ほんとうはまだ歯も磨いていないからキスするのは避けたかったけれど、聖那が求めてくれるのだから応えたい。
だって、聖那のためにわたしはここにいる。聖那がわたしを生かしてくれている。その彼女のために、拒絶するものはなにもない。
聖那のくちびるは冷たくて、外がまだ寒いことを知る。ただ、わたしの乾燥した口唇を割る舌ばかりは生温かく、彼女のからだのなかでも赤血球はきちんと仕事をしているのがわかった。
「っん、………」
後頭部に手を回され、腰を引き寄せられ、聖那の膝の上に乗り上げる。とぷ、と奥の方から蜜があふれてくる心地がした。
彼女の、幅のない肩に手を置いてわたしはさらにキスを求める。口に含むように舌を絡めとられ、吸われると全身が悦楽に震えた。尻をまるく撫でられ、背筋を細い指さきがたどる。ぞわっとして気持ちいい。
聖那は骨が細い。いかにも女の子らしい華奢な体格で、わたしと違って筋肉も脂肪も少ない。手首なんて強引な男に無理やり掴まれたらすぐに折れてしまいそうだ。それでもいままでこうやって何事もなく、というか、いまではそんな屈強な男たちを尻に敷いて仕事をしているのだから感心する。
熱を持った足の間をぐい、と太ももに擦りつけると、聖那は笑ってわたしをベッドに押し倒した。彼女が買ってくれたジェラピケの上から、ちいさな手のひらが両胸をそっと包む。
「ぁ、ん、寝るんちゃうの、」
「寝るで。でもその前に癒してよ」
聖那は、その感触を楽しむようにやわやわと揉みしだきながら言う。このときわたしはいつも、彼女に心臓まで掴まれていることを実感するのだ。
わたし、しょーこのおっぱい好きやねんなぁ。そう言ってしつこく触られたのはいつだっただろう。この部屋に転がり込んできて、一週間もしないうちだった気がする。
良くも悪くもわたしの身体は脂肪を蓄えやすくできていて、胸も尻も二の腕も、ついでにお腹にもそれなりに丸みと弾力がある。太っているわけでないし、平均体重よりもずっと下を維持してはいるけれど、わたしは聖那みたいな身体に憧れる。なのに、どうやら聖那(や世間の多くのオッサン)はわたしみたいな肉体が好きらしい。
身体の相性がいいってこういうことなんかな。わたしは聖那に胸を揉まれながら考える。
相性っていうか、好みか。自分にないものを相手が持っているから、いつでも渇望しているし妬ましい。
「……なあ、星湖」
「、ん?」
彼女の線の細い髪をかき上げて顔が見えるようにすると、可憐な面立ちに似つかわしくない、憂いの色を滲ませていた。彼女の手のひらの下で、どきっと心臓が跳ねる。
「ごめんな、さみしくさせて」
「……なに急に」
そんなにさみしそうな顔をしてただろうか。
たしかについ十五分前まではさみしかったし、死んでしまいたかったけれど、いまは聖那がいるからさみしくない。
それなのに彼女は悲哀とすらとれる感傷を浮かべているから、わたしの方がどうしていいかわからなくなる。
「いまの企画、もうちょいしたら落ち着くんよ。だから、」
「うん、わかってる」
どこか不安げな聖那の顔を引き寄せる。
彼女のいない時間が大丈夫なわけではないし、本当はずっといっしょにいてほしいけれど、養ってもらっている自覚がないわけでもないので、体裁のいい言葉を使って相手の口を塞いだ。
聖那は、かつて自分の顧客だった「えらいオジサン」を上手いこと転がして、自社ブランドを立ち上げている。カラコンのプロデュースから始まり、コスメブランドを一から立ち上げると、名前が売れた今度はアパレルブランドを展開しはじめた。
たまにわたしもそこのモデルをやらされたりするけど、聖那のデザインした服は気品と華やかさが共存していてとてもかわいい。彼女自身をそのままデザインに書き写したみたいだ、と思う。
くちびるを解放すると、聖那のきょろんと大きな双眸からは不安定な揺らぎが消えていた。
「なあもぉ、……ちゃんとさわって」
いい加減もどかしくて身を捩ると、聖那は紅いくちびるに愉悦を浮かべた。もうさっきまでのしおらしさなど微塵もない。
「ちゃんとってなに?」
「だっる。わかるやろ、」
部屋着のジッパーがゆっくりと下ろされる。自分の心音がやけに大きく響いて、期待で高まっているのが聖那に伝わってしまいそうなのが癪だった。
下着を身につけていない胸が、ふるりと震えてあらわにされる。まるくきれいに整えられた指さきが、まだやわらかい乳首をそっと抓んでくるくると弄んだ。
「あっ、ぁあ、ん、」
喉の奥から無意識に声が漏れる。聖那はわたしに声を出すことを強要しないし、派手な喘ぎも必要ないのに、聖那に触れられるといつも勝手に声が出てしまう。
朝にふさわしくない声だなと思うけど、べつに日が高いうちからセックスしたらいけないわけでもないから、まあいいだろう。
すぐに硬くなった乳首を熱い舌が転がす。痛みを感じない程度に吸いつかれ、ぴりぴりした快感が指さきまで駆け抜けた。もっと強い刺激がほしくて胸を押しつけると、彼女はちいさく笑って赤くなった突起に軽く歯を立てた。
「ぁっあ!」
「ほんまに星湖かわいい」
「やぁ……っん、ぁ、」
かわいいのはせいなのほうなのに。言葉はただの嬌声になって口から転がり落ちる。
いまだってわたしの胸に吸いついて、反対側は相変わらずやわやわと揉んでいるその仕草は赤ちゃんみたいで愛らしい。手入れの行き届いた髪に指を差し入れて撫でつけると、無邪気な子猫のように目を細めた。
彼女のセックスは、わたしの身体をちゃんと女の子のそれとして扱ってくれるから好き。無闇に痛いことも嫌なこともしないし、自分勝手な行為もしない。
本当の意味でのセックスをわたしに教えてくれたのは聖那だ。
「んは、しょーこのちくび真っ赤やな。かわいい」
「ん、ぅ……」
彼女はわたしの胸から顔を離すと、唾液で濡れた乳首を飾り気のない指で愛撫する。
いまでこそネイルもなにもしていない(わたしの身体を傷つけたくないからだと言われた)聖那だけど、出会った、というか再会したときは鮮血のような真っ赤なジェルネイルに、これでもかとジュエリーパーツを飾りつけていた。
まるでそれ自体が宝石かと思うような繊細できらびやかな手で、あの夜、聖那は屈強な男の手首を掴んで捻り上げた。しまいには十五センチのピンヒールで相手の股間を蹴りつけて、わたしをあの街から連れ出したのだ。
そのころのわたしは、セックスによって支払われる万札の数でしか自分の価値を見出せなかった。誰かから求められていなければ死んでいるのも同然で、それなのに息をしている意味がわからなくて何度も何度も身体を切りつけた。
聖那は赤黒い無数の線が走るわたしの腕を見て、「だったらわたしのために生きて」と言って抱きしめてきた。
あの日からわたしは聖那のためだけに生きている。聖那がいなくなればわたしも死ぬ。わたしの心臓はいつでもこの女の手のなかにあるのだ。
聖那の足がわたしの両膝を割って、部屋着のゴムに手をかけられる。腰を浮かすと、無駄のない動きでパイル生地のショートパンツが引き抜かれた。そのまま彼女の冷たい指が下着のなかに潜りこんでくる。
「星湖のここ、もうとろとろやで」
「っや、もぉオッサンみたいなこと言うなって……!」
聖那の指は、すでに透明な蜜が溢れているそこに下から撫でるように触れ、迷うことなく花芯を探り当てた。
「あぁっ!  っん、ん、せぇ、な……っ」
すでに赤くなっているであろうそこを押され、腰の奥から痺れるような快感が脳天まで駆け上がる。円を描くように擦られれば、すぐに花芯は膨らんで硬くなった。くちゅくちゅと水音が立ち、聖那の指の動きに合わせて内腿が痙攣する。
「はぅ…… や、ぁ、もぉ、だめ……」
「いきそ?」
「っん、あ!  ぁ、ああ……っや、あ……!」
指の力が強まって、ぞくぞくした快感に思わず背中を浮かせる。きもちよくて、呼吸を忘れた。頭が真っ白になる。
びくんと震えて達したわたしに、聖那はかわいい、と笑って口づけてきた。全身がまだ甘い余韻に満ちていて、わたしはうっとりとそれを享受することしかできない。
「は、っぁ……」
キスが解けたので、黒いレースに包まれた聖那の控えめな胸に手を伸ばす。フロントホックを外すと、マシュマロのようにふわふわな胸が秘めやかに現れた。わたしの手のひらにすっぽり収まってしまうそれにそっと触れると、ぴく、とちいさく震える。
大きくなくてもやわらかくて感度がいいから、わたしは聖那の胸が好き。舐めて自分の唾液で濡らしてからくるくる指の腹で擦ると、乳首がすぐに芯を持ってぴんと尖る。
頭を撫でてくれたのでそのまま触らせてくれるのかと反対側にも触れようとしたら、そちらは聖那の手によって絡め取られた。
「もぉ、なんでなん、」
「あかん。それはあとでな」
「ひぁ……、」
手を繋いでいない、反対の手がぐずぐずに濡れた下着を脱がせてまた内腿を撫でた。わたしの高まった体温とは裏腹に、聖那の手は未だに冷え切ったままだ。その手が、指が、とろとろに濡れて綻んだ花弁の奥に侵入してくる。
「ああぁ……っ」
奥の方から湧きあがる深い快感が一気に背筋を駆けのぼった。冷たい華奢な指は熱く溶けた内部を掻き回し、奥を突く。その度にわたしの中からはたっぷりと蜜があふれ、また指の動きが激しくなる。
「あっんん、聖那っ」
「うん」
「や、あ、あぅ……ん、っ!」
イきそうになって頭を振ると、繋いでいた手をさらにぎゅっと握られた。
熱が欲しい。せいなの熱が。氷のように冷たい指は、わたしの中で溶けるのを拒んでいる。それが悲しくて虚しくて、でもどうしようもないから泣きたくなった。
「しょう、」
「ぁ、あ――……!」
絶頂の波が襲ってくる。それに飲まれたわたしの身体はびくびくと脈打つように震え、聖那の指をぎゅうっときつく締めつけた。


聖那の首もとから顔をあげると、室内に琥珀色の光が帯になって射しこんでいた。レースカーテンの奥で、太陽がビルの隙間からわずかに顔を覗かせてあくびをしている。
蔦のようにわたしの身体に腕を巻きつけたまま、聖那はまだすやすやと寝息を立てていた。まつ毛の先に集まった光の粒が、かすかにきらめいて揺れている。
かわいい寝顔。このまま一生、わたし以外の誰にもこの姿を見せないでほしい。
彼女の腕のなかで眠りから醒めるとき、わたしはいつもこうやって死にたいと胸を震わせる。彼女の腕に抱かれて、しあわせな気持ちのまま死にたい。
そのときには聖那の愛は枯れているのだろうけど、せめて最期くらいはいまと同じように愛してほしい。そうしてわたしは死に果てるのだ。
そんな幸福な夢想も、きっと聖那なら叶えてくれる。
わたしはそっと喉の奥で笑って、彼女の生温かいくちびるにキスをした。
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