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怪人だった。
しおりを挟む路地裏を出たその男は、目に染みる程立ち上る工業スモッグで濁った、
第二次大戦前夜の妖しいケダモノ共が蠢く夜の街をふらふらと歩いてゆく。
時に昭和16年。1941年-。
「旦那さま、僕が・・・戦争にいくんですか?まだ」
雅也(その男、まさや)は町一番の資産家であった井上秋健(いがみあきたけ54歳)に対しはじめて人間らしい驚きの顔で答えた。
「タダ飯を喰わせてもらったせめてもの償いだ。やつの身代わりになるのは当然だ。貴様がシュウジ(息子)を殺したんだからな・・・。(井上)」
「ぼ、ぼボクはそそんな。ただ坊ちゃまと遊んでいただけ・・・(雅也)」
「これもなんだ?石上家(いそのかみ)の因縁か。お前にはその生き方が似合ってるよ。(井上)」
井上の眼は、のちのカラス男である石上雅也(いそのかみまさや17歳)をまるで
人ではない人畜以下の豚の食料(堆肥)か何かであるかのように見つめていた。
当時軍への召集は満20歳以上とされていた。雅也はこの時まだ未成年である。(※自ら志願すれば17歳から徴兵検査を受けることができた。)
「お父様、こいつをこれ以上育てる必要ないよ。うちの血が汚れるヨ・・・。(利樹)」
井上の息子である利樹(18歳)が成長しない悪戯(ざんこく)な目線を雅也に送り、
父(井上)の座るソファをジメジメとしたその手つきで撫でまわす。
理髪師の手によって綺麗に剃りあげられた、油臭いしんさい刈りの利樹(井上の息子)。
「そうだな、もう用はない。このゴク潰しがっ・・・・・・・(井上)」
奈良県で生まれた雅也は、幼い時節母親を亡くし、優しくも厳格(スパルタ)な神道研究家の父、
かの有名であった石上西湖(いそのかみせいこ)のもとで神道の知識や郷里の自然に触れ
虫取りなど子供らしい遊びをしながら育った。
明治期、かの超能力者である御船千鶴子の念写実験などで世間を騒がせた
福来友吉氏(高野山大学教授)の思想や研究、主に彼の著書などに雅也の父は傾倒していた。
神々の伝説発祥地である宮崎(このばしょ)に興味を持つ父の長年の夢ということもあって
雅也が産まれた数年後石上家は宮崎へと移住することになる。
父と子は穏やかな愛情と記憶のなかしばらくの間ささやかに、平和に暮らしていた。
14歳の頃、西湖が窃盗犯を捕まえようと乱闘した際に犯人より刺され、
結果雅也の父は死に、彼は親戚であった井上家に引き取られた。
二人の息子、利樹と修司から数年にわたり受けてきた迫害の数々は、常軌を逸していた。
優しかった雅也のこころを支配し粉砕するのはのちの戦争よりも、彼ら二人から受けた精神的ショックのほうが
はるかにその割合を占めているといっても言い過ぎではなかった。
「・・・・・(雅也)」ガチャリ。
アールデコ調の洋館、重い空気の部屋を出た雅也はその奥でなにやらけたたましい笑い声を聞く。
その頃の彼には幻覚の兆し、幻覚と入り混じるように見える魑魅魍魎の声が聴こえ始めていた。
「奴が・・・やつが俺を呼んでるんだ・・・・(雅也)」
半裸になった傷だらけの雅也は、あてがわれていた自分の部屋に引きこもり、父が好きだった本や、大正、明治期の超能力者の
新聞記事を食い入るような目で見つめていた。
父の読んでいた古書の中には石上家の家伝にまつわるものもあった。
そのうちの一つには、古代ソロモン王が呼び出した72人の悪魔各々の印章が記載された(ゴエティア)にまつわるものがあった。
父が本来廃棄するつもりで一緒に風呂敷の中に片づけておいたものだったが、雅也の興味はもっぱらその内容にあった。
「・・・へえ、こうすればいいんだ・・・・父さんの本に載ってたやり方と同じだ。えへへ。」
雅也の部屋に置いてある無数の瓶に詰められた虫たちが不気味に蠢いていた。
雅也はこの時から本格的におかしくなってしまっていた。
町のとある一角で、なにやら仰々しい色彩のペンキで塗られた見世物小屋の看板が
人々の視線をさらっていた。闇市のはずれで商売をやっていたのは、雅也とその若い仲間たちであった。
「なんでも今日は、クダンが見れるらしいぜ!(その噂にテントへと寄ってきた人々)」
「なんでも今度の戦争が起こるって預言したっていうんでしょ?そのクダンはあ。」
※件(くだん)=第1話登場した怪神ヨダキングのもととなった妖怪。
不吉な未来を予言する力がある件は宮崎椎葉村でも産まれ第二次世界大戦を予言したという。
全身にかけ黒いハイネック、黒いズボン、ステッキという装いの雅也は
爽やかな汗を流しながら、小屋の看板以上にひきつった仰々しい笑い声で観客にたいし呼びかける。
「は~い寄ってらっしゃい見てらっしゃい!蛇女、人間ポンプにろくろ首、
今度のめだまは妖怪「件」の剝製だ~!(雅也)」
「すげえ!ニイちゃん、ほんとに件(くだん)の剥製なんてあるの!(町の子供)」
「お~ぼうや件を知ってるのかい。そうだよぉお、くだんがくるんだ!おもしろいぞぉお~(雅也)」
「・・・・・・楽しみ!クダンだクダンだー!(子供)」
井上兄弟からの折檻に怯えいつもおどおどしていた雅也は、それとは正反対に自分の商売の時や、
とりわけ大勢の前に立つと人が変わったように明るくオープンな性格に豹変していた。
それまでの自信の無い自分を隠したいという反動からというのもあったが、井上家の抑圧から解放されるという気持ち、
見世物小屋という場所が持っている妖気のようなモノが皮肉にも格別級の好奇、高揚感となり
雅也の心を高ぶらせるのだった。
見世物小屋を仕切る若き日の雅也は、好奇心が抑えられず集まった子供たちに、
摩訶不思議な奇術の数々を見せその目を楽しませた。
アクロバティックなサーカスを披露する者、そのなかにやたらと生々しくグロテスクな存在感を放つ(化け猫)がいた。
「ニ゛ャ―!そんなもぞなぎいことするな!(炎に包まれた化け猫)」
「うわあ怪物だー!」
「心配するな取って喰いはしない。みんなみてな!(雅也)」
小屋の裏にいるのであろう甲高い声の男によって説明(ナレーション)がはいる。
「きたぞきたぞ~!」
「わ~!かっこいい~!がんばれカラス男!」
「怪奇極まるファンタジイ!夜のマチに現れたピカレスク大神秘!悪党どもをバッタバッタとなぎ倒す、闇より来る怪人!」
「私の正体はなんと、セイギの怪人!大夜叉ガラスなのだ~~!(雅也)」
「うわ~すげえ!か~っこいいぜ!(ぱちんと指を鳴らす子供たちの歓声)」
「カーーーカッカッカッカ!そうだろう?!かっこいいでしょう?私が来たからには、もう安心だぞ・・・!それェエーーーっ!(雅也)」
黒いペンキで塗られたブリキのお面。多分翼をイメージして作ったのであろう主翼。
「ェエエエええいいイイイイ゛ッ!!(怪人カラスの奇声)」
当時の大人の眼をして見ても貧相(チープ)で手作り感にあふれた"カラス男"の面をかぶった雅也は子供たちの歓声を背に
炎に包まれた化け猫めがけ、外見に反して七転八倒キレの良いアクションを展開した。
「にゃーやめろー!だれかそこの箱に、(わかってるでしょ、そこに、お金を入れてね♪というゼスチャー)ぁああたすけてくれぇえくるしいよー!(化け猫)」
「はよう改心せい!おまえが悔い改めたら、とどめにこれ(スルメイカ)をやろう!(雅也)」
「ぐぁあーーーー!やられたあー(化け猫)」
「・・・これやらせなんじゃないのお?・・・・(子供たち)」
当時時代は所謂サブカルチャー、30年代流行したエログロ・ナンセンスの空気が町のなかかすかに漂っていた。
舞台裏にて。
「・・・タイショー、もう殴られるのも疲れたにゃ。人間どもやガキンちょ相手にずっとこんなヤクザなお仕事続けていくのかニャ?(化け猫)」
見世物小屋で怪人カラスと切れの良いアクションを繰り広げていたその化け猫は、実は作りものでない本物であった。
のちの化炎神モゾナギンガー(本編第2話登場)となる猫、どこではぐれたのか。魑魅魍魎のうちの一匹である。
「安心しろ。こ今度墓場に連れていってやるから・・・。そこでたァんと(死人の魂を)喰らえばいい。それに井上の息子も・・・。(雅也)」
「ほん、ほんとニャのかそれはぁあー!やったー!やっぱりそれでこそ俺たちのおやぶんだぁあー!大好きニャヨーん!(化け猫)」
「ニャよーん、てなんだ。わかりやすい猫なで声だあ。(雅也)」
「おいマサ!火輪(かりん/猫の名)!メシメシ、メシの時間だぞ!(見世物小屋の仲間)」
「あら、やだ~!(人間の姿へと化けた化け猫)」
のちの(本物の怪人)カラス男として暗躍することとなる雅也の脳裏にあったこのころのやりきれない情景。
見世物小屋にあった張りぼての小道具。友人たち、子供たちの楽しげな顔。
様々な奇怪でおどろおどろしくもほろ苦い愛憎(あいそう)の光景がのちの着ぐるみの如き容姿の怪神(かいじん)軍団を産みだす源泉、
そのインスピレーションとなっていたのかもしれない。
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