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――次の日、早朝。
春鈴たちはフェイロンたちに荷物を括り付けると、龍の里がある牙爪岳という山の麓、そこにある町で定期的に開かれている市にやって来ていた。
その街は狐族の街だったが、その市には多種多様な種族が、数多くの店を出していた。
知名度が上がるにつれ、その規模を大きくしてきたこの市、今では何本もの通りや広場を使用した、相当巨大なマーケットになっている。
メインとなる大通りには、様々なカラクリを売る店、洋服やアクセサリー様々な小物を売る店などが立ち並び、そこから少し離れた通りでは、様々な食材が調理され、いい匂いを漂わせている。
その近くにある広場では、野菜や果物をそのまま売る店や家畜を生きたまま売る店などがまとめられていた。
春鈴たちはそんな市の中を迷うことなく進んでいく。
その途中、月饅頭の店の前を通る。 そこには浮かぶ饅頭を見上げながら会話をしている狐族の 親子の姿があった。
月饅頭とは、油で揚げた丸い饅頭で、ボールのようにぷうっと膨らみ、ふわふわと宙に浮かび始める饅頭であった。
風船のように紐で浮かせながら食べるもので、下から順に食べていかないと中のあんこが周りに浮遊してしまうという、ちょっと注意が必要な饅頭だった。
「買って! これ買ってぇ!」
「変な食べ方しないって約束できる?」
「……うん」
母親の問いかけに視線をそらしながら答えを濁す少年。
「――三日月作る! とか言って横から食べたりしない? クレーター! って穴開けるのも無しよ?」
「…………でも」
「――ちゃんと食べないなら買わない」
「えええ! 買ってえぇぇ!」
(分かる……三日月とか作って、持ち歩きたいよねー……? でもな少年……月饅頭はあんこが無くなると、すぐにペショって萎んで、可愛くなくなるんだゼ……)
「――よそ見してないで、しゃきしゃき歩きな」
「はぁーい……」
そんな親子の会話に耳を澄ませていた春鈴を美羽蘭が一喝する。
そしてそこからさらに進み、お目当ての区画までくると、空いていて隣近所と品物が被らないような場所を物色しながら道を歩いて行く。
途中、ドツン屋と呼ばれる店で米菓子を購入した。
ドツン屋とは、カラクリを使い餅や米に圧力をかけながら熱し、その圧を一気に解き放ってサクサクの菓子を作るという店だ。
菓子が出来上がる際、ズドーンッ! と、大きな音がするのでドツン屋と呼ばれていた。
その音と共に、菓子が空中に舞い上がりるのだが、それを妖術や仙術できれいに集めるのがここの職人たちの主な仕事だった。
「春鈴これ持ってけ。 半端モンだが、美味いぞ」
店の店主が春鈴に紙袋を手渡しながら言う。
貰った紙袋はほんのりと暖かく、甘い良い匂いがしていた。
「ありがと!」
「悪いねぇ……うちもこれ半端モンなんだけどね?」
美羽蘭はそう言って家で作ったたくあんが入った包みを差し出す。
「おっ! いいのかい? 返ってすまねぇな!」
「お互い様さね」
そう言いあい、別れのあいさつを交わしながら店を後にする2人。
先ほどのようなやり取りは、昔からよく見られる取引で、売り物にはならないが、捨てるのも勿体無い半端モンと呼ばれるものやあまり気味なものを持ち寄り、物々交換する。
そうやって自分にとって少しでも価値のあるものに変えてしまおうという、実に商魂たくましいやり取りなのであった。
「――あの店はさ? 半端モンが一番砂糖まぶってて美味しいよね?」
歩きながら、貰ったばかりの菓子を口に放り込んだ春鈴は、その甘さにほほを緩めながら美羽蘭に話しかけた。
「……いくら美味くても規格からはみ出たんなら売り物にはならんさ。 あの親父だって『こっちを売ってくれ』なんて言い出しそうなヤツらにそれを渡すほど馬鹿じゃない」
「あー……これがいい! って言われても、いつもの値段じゃ売れないんだ」
「それに――いざ高くて甘い菓子を売って、繁盛すればいいがね?」
「あ……新しい味に飽きたら……?」
「その頃には昔馴染みも離れてるだろう。 うちだって値上がりされたらよそを探す」
「――これが商品にならないわけだ」
美味しいのにもったいない……と思いながら春鈴は、ギュオンギュオンと騒ぎ始めたフェイロンたちの口にも菓子を放り込むのだった――
通りの両側にたくさん立ち並ぶ様々な店、まだ早朝ということもあり、出店準備をしている店の様子を眺めながら、のんびり歩きながら出店場所を探していく。
氷で作った大きな棚の中で、果物や野菜を冷やしている店。
翼を持つ者たちの店はずいぶんな高さがあり、色とりどりの光が入ったランタンがうず高く飾られている。
使役している野鬼に荷物を運ばせている商人や、炎鳥が、口から出す炎で串焼きを作っている店もあった。
ようやく見つけた条件に合う場所。
春鈴たちは、フェイロンたちから荷物を下ろすと、菓子や荷物を入れてきた箱を台に、作ってきた品物を並べていく。
数は少なかったが、稀糸で作った組紐、そしてその組紐で作った髪飾りなども、丁重に飾っていった。
そして春鈴は持ってきた大鍋に、妖術でお湯を注ぎ始める。
それをコンロのようなカラクリに乗せ沸騰させると、庭で採れた薬草や茶葉をドバドバと投入し、とれたて新鮮な卵とともに煮込んでいく。
「――へぇ、二代続いて先祖返りかい?」
そう声をかけてきたのは、隣に店を構えた山羊族の男性だった。
「……なんだい、目当ては菓子かい? ――これは孫さね」
そっけなくも、どこか機嫌のよさそうな美羽蘭の言葉に、ヘラリ……と笑った男性は、大げさな態度でペチリッと額を叩いた。
「ありゃ孫かい! いやお譲さん若いから親子かと……それにしたって龍族の先祖返りが2人とは珍しい……――いや、いいものを見させてもろた! ……で、その組紐なんだが――」
ペラペラと美羽蘭に愛想よく話しかけていた男性だったが、目当てが組みひもだと分かると、美羽蘭はその会話をさっさと切り捨てる。
「褒めたぐらいで売るわけがないだろう? これは勾玉と交換さね」
――この場合の「勾玉と交換」は、店側が指定する勾玉に妖力を満タンに込めることを指す。
その妖力が料金の代わりと言うことだ。
――つまり、これらを売る相手は龍族もしくは龍族並みに力の強い種族、という宣言だった。
「――そらそうだよなぁ?」
美羽蘭の言葉に残念そうに首をなでつける男性。
しかし、どこか芝居がかっているので、ガッカリしているということを分かりやすくアピールするための芝居のようだった。
「はん。……この菓子で我慢しときな」
そう言いながら、美羽蘭はバラで売る予定の菓子を2、3個手に取ると、ぞんざいな態度で男性に向かって放り投げた。
「おっ? いいのかい?」
その男性はそんな美羽蘭の態度を気にすることなく、嬉しそうにその菓子をキャッチする。
「隣のよしみさね」
「嬉しいねぇ! じゃあこっちも貰っとくれ。ちっとばかし小さいもんだが、味は変らねぇ」
男性はそう言いながら春鈴に袋を手渡した。
その中には黄色や水色、ピンクに紫と、色とりどりの鉱石のような菓子――琥珀糖のようなものが入っていた。
「うわぁ! 宝石みたい!」
可愛らしいその菓子に、春鈴は歓声をあげて目を輝かせる。
「だろう⁉︎ いや、うまくいけば龍族にも気に入ってもらえるんじゃないかと思ってな⁉︎」
春鈴の態度に機嫌を良くした男性は、2人に向かって饒舌に話し始める。
「それは――……ねぇ?」
しかし春鈴は、その話に言葉を濁しながら祖母に話を振った。
美羽蘭は肩をすくめるだけに留めたが、売れないと思っているのは明らかで、それは男性にもはっきりと伝わったようだった。
「なんだよ、あんたもそう思うのか? けど……これ綺麗だろ⁉︎ 龍族が好きそうじゃないか!」
「……綺麗だと思うよ? でも、だからこそ龍族は食べられないと思うし、食べられないと思ったら買わないんじゃないかなって……だってこのお菓子、そんなに日持ちしないでしょ?」
春鈴は男性から視線をそらし、服の裾をいじりながら言いにくそうに答える。
龍族は美しいものを好む。
そして、その美しいものを、美しいまま大切に愛でる習性がある。
その習性を考えると、龍族がこの菓子を気に入って買い求めるとは到底思えなかった。
「――それは……盲点だな……?」
春鈴の言葉に納得するところがあったのか、男性はあからさまに肩を落とし、ガックリとうなだれてしまった。
そんな男性が気の毒になってしまった春鈴は、思いついたままに自分の考えを口にする。
「あー……でもさ? ターゲットを龍族じゃなくて、お土産探してる他種族にすれば結構売れるたりするかも?」
「――土産、なぁ?」
「例えば――そうだなぁ……この袋に牙爪市場って名前書き入れちゃうとか――このお菓子の名前を“龍のお宝”とかにしちゃうとか⁉︎」
「龍の……お宝なぁ?」
「うん! おじさん、そんな名前のお菓子お土産で貰ったら嬉しくない? 私なら龍のお宝貰っちゃったー! って喜ぶと思う。 しかもお菓子はこんなに綺麗だし!」
「むぅ……そうか。龍のお宝か……――よーし! いっちょやってみるか! 話題になれば龍族も買いに来てくれるかもしれねぇ!」
「あ……龍族に売ることは諦めないんだ……?」
がぜんやる気を取り戻した男性を見つめ、春鈴はㇹッとしたように美羽蘭と視線を交わし合い、クスリと笑みをこぼすのだった。
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