【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

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「……それから毎日来てるの?」
 凛風から質問に、春鈴はしかめっ面を作りながら大きく頷いた。
 ここは蒼嵐の離宮の中庭、その端に作られた東屋。
 そこに腰掛け、用意したお菓子に舌鼓を打ちながらお喋りに花を咲かせる二人。
 
 ――凛風はあの後も春鈴の様子を探ってくるように命じられ、蒼嵐の離宮を遠くから覗き、春鈴の様子を探っていたのだが……
 しかしそこは、視力、聴力が優れた龍族が暮らす離宮。
 なおかつここは外宮よりも警備が厳重になる内宮にあった。
 当然、離宮自体やこの内宮を警備する者たちが数多く配置された場所であり、人間の少女が見つからないように探ることは難しかった。
 そもそも里の外からやってきた凛風が、この離宮を探る、という行為自体が問題だったのだ。
 
 ほどなくして身柄を拘束された少女。
その少女が話した事情と、事実確認のために春鈴が話した証言、そして蒼嵐の取り成しなどを総合した結果――
『菫家が侍女、凛風は、同じく菫家から蒼嵐の離宮に貸し出されている侍女、春鈴の状況確認を行うため、定期的に春鈴と面会を行う』
という話に落ち着いたのだった。
 ……多くの者たちの顔を立てるための屁理屈のような建前だったが、当の本人たちからすれば、ただの休憩時間にしか過ぎない、ご褒美のような時間だった。
 
「そうなんだよー……あ、でも、龍族ってやっぱり料理が下手らしくて、簡単なパオズやマーラカオ――黒糖蒸しパンのようなもの――とかでもめっちゃ喜んでくれるから、楽といえば楽……かな?」
(食べる量が尋常じゃないから、そこはめんどくさいけど……)
「……マーラカオでいいなら楽だね?」
「ちょっと頑張ってふわふわになるように混ぜて、干し果物とか混ぜ込んだら天才料理人のように扱ってもらえるよ」
「……いいなぁ」
 嬉しそうに話す春鈴をうらやましそうに見つめ、肩を落とす凛風。
「……そっちはうるさい?」
「うん。 ……魅音様、なんか龍王に避けられてるっぽくって……なかなか会えないって、最近ずっとイライラしてる」
「……避けられてる? だってこれ慰労訪問なんでしょ??」
「それが……」
 凛風は言いにくそうに言葉を濁した後、ズイッと春鈴のほうに体を乗り出し、そして内緒話をするように声をひそめた。
「……たまたま聞いちゃったんだけど、菫家側が強引に話を通したって……」
「……龍の里に滞在させろって?」
「うん。 うわさだけどね……?」
 凛風はそう言いながら椅子に座りなおすと、気まずそうにメガネを押し上げながらお茶を手に取った。
「……菫家の侍女たちがうわさの出どころなら、ほぼ真実なのでは……?」
 春鈴がそう言うと、凛風の顔がゆっくりと歪んでいく。
「……それが真実だったら、龍王は魅音様と合ってくれないじゃん……」
「……――だね? だって……病気なんでしょ?」
「……じゃあ、ずっとイライラしたままじゃん……」
 ションボリと肩を落とす凛風を気の毒そうに見ていた春鈴だったが、ふと思いついてしまったことに、今度は春鈴が声をひそめ身体を乗り出した。
「――……それほんとにただのイライラ? 龍脈のせいとかじゃない?」
 龍族にとって龍脈がなくてはならないものならば、人間にとって龍脈は過ぎたる力だ。
 強すぎる日差しの下に長くいれば体調を崩してしまうように、水の中では体力を消耗してしまうように、ただの人間が龍脈のある場所で暮らすことは不可能に近い。
「……でも他のみんなはまだ大丈夫なのに魅音様だけ龍脈の気に当てられるってことある……?」
 そのことは凛風も理解しているのか、春鈴の言葉に戸惑うように首を傾げた。
 事前に聞いた説明では、一週間は問題なく滞在出来るだろう、と言われていた。
 ――里に来て今日で四日、さすがにそれとこれは別問題だと思いたかった。
「……あの子が一番体力なさそうだし、潰れるならあの子が一番先じゃない?」
「……それはそうな気がする」
「――試しに「気分転換でも……」とか言って連れだしちゃえば?」
「私の言うことなんか聞いてくれないよー……」
「でも最悪、衰弱死しちゃうよ?」
「――……龍族のお医者様って、その辺分かってくれるかな?」
「んー……事前に「そうじゃないかと疑ってるんだけど素人だからわからない。 大事になる前に手を打ちたい」とか言っとけば、なんとかしてくれるんじゃない?」
「――それなら角が立たなそう!」
 そう笑顔で帰っていった凛風。
 翌日、牙爪岳の麓にあるイタチ族の村に、毛並みが良くなると評判の温泉あって、そこに行くことになった! という式が凛風から飛んできた。
(これで本当に気に当てられてるなら、多少はマシになるだろうし、ただのイライラだったとしても、気分転換にはなるでしょ……)
 春鈴は伝言を聞きながら、これで凛風の負担が少しでも減ってくれば……と願わずにはいられなかった。
 
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