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◇
――さらに後日。
温泉を気に入った魅音が、イタチ族の村に入り浸るようになった頃――
あれから紫釉は、橙実に習うように、毎日のように蒼嵐の離宮におやつを食べに来るようになっていた。
……それどころかなにかと理由をつけては春鈴の前に現れ、いろいろな金品を渡そうとしてきたのだが、紫釉を警戒している春鈴はそれを代金にかんざしを奪われてなるものか! と頑として受け取らなかった。
さみしそうに肩を落とす紫釉だったが、春鈴に声をかけることはやめようとはせず、庭園に離宮にと様々な場所へ共に行こうと、朝に昼に夕に晩に……一日に何回も春鈴を誘うようになっていた。
蒼嵐たちに助けられながら、仕事や用事、不作法などを理由に、それらの誘いも全て断り続けていた春鈴だったのだが、とうとう断れなくなり「本当に無礼を働いても文句言わないでください……」と言う言葉と共に、紫釉が気に入っているという、龍宝宮でも限られたものしか入ることを許されない、それは美しく豪華な庭園にやって来ていた。
(……どこもかしこもキンキラキン……――今踏んでる玉砂利も水晶や天然石だし……――さりげなく2、3個拾って帰れないだろうか……――いや、やめとこう……これが『龍のお宝』に分類されてたら、私の人生が終了してしまう……)
「――あ、寒緋桜だ……ヨモギも生えてる……!」
きらびやかな庭園を紫釉の後に続いて春鈴は、通路を少し外れたところに美しく咲き誇る、鮮やかな桃色の桜と、その下に生えているヨモギを見つけ、つい声に出していた。
「……宝はあの花が欲しいのかい?」
「え? あー……その……春になったら、あれで作ったお餅だなって、思ってしまいまして……」
紫釉からの質問に、少し恥ずかしそうにうつむき、答えにくそうに言葉を紡いだ。
昔から春の訪れを祝って作る、寒緋桜の花を練りこんだ餅、花餅とヨモギを練りこむ草餅。
季節はまだ冬だが、美しく満開に咲き誇る花とその根元にひっそりと生えるヨモギに春の訪れを、そして――餅の美味しさを思い出していた。
「餅……?」
「あの、草餅と花餅って知りません?」
春鈴の問いかけに、紫釉は少し考え込み、そしてポツリと呟いた。
「――緑の餅と桃色の餅……」
「あ、そうですそうです! それです。 黒みつや、きなこをつけて食べる春のお餅です」
「……では私も手伝いましょう」
「――え?」
紫釉の言葉の意味が分からす、キョトンと目を見開く。
そんな春鈴にクスリと笑いながら口を開いた。
「ふふっ 働かざるもの食うべからず……と言うだろう?」
「ああ! じゃあその分紫釉様のお餅は多くしますね!」
「おや、それは楽しみだ」
春鈴は祖母のようなことを言い出した紫釉に少しだけ親近感を感じ、その後姿を眺めながらクスリと笑った。
(ふーん、龍族にもそういうことわざとかあるんだぁー)
「――そういえば龍族の女性って、なんで薄い布で顔を隠してる方と、隠してない方がいるんですか? どんな違いがあるんでしょう?」
春鈴はしゃがみこみながらヨモギを摘み、腕を伸ばして寒緋桜の花を摘んでいる紫釉に話しかけた。
――そんな二人の背後では、紫釉に付き添っていた護衛たちが感情を無くした顔つきで、庭園の寒緋桜をむしる紫釉を見つめていた。
「ああ……既婚者の女性が夫に請われれば、布を付けることがあるな」
「……だんなさん?」
「龍族は独占欲が強いゆえな……」
(――それで布をつけるのは奥さんだけ……? なんか不公平な感じ)
少し不満に感じた春鈴は、ヨモギを摘みながら面白くなさそうに顔をしかめた。
「――誰にも見せたくないならば、家に閉じ込めておけば良いのになぁ……」
そんな不穏な言葉に思わず紫釉を見上げる。
春鈴から見た紫釉はちょうど逆行になっていて、その表情をうかがうことは出来なかった。
だが……そう言った紫釉の体から、なんだか良くないものが漏れ出ているような気がして、そっと視線をヨモギに戻した
(――すっごい公平な気がしてきた。 うん。 顔を隠すぐらいで済むならまだマシまだマシ!)
そう自分に言い聞かせ、春鈴は無心でヨモギを摘み続けた――
「――このくらいにしてお餅作りましょうか」
それなりの量になったヨモギを両手で持って、春鈴は紫釉に声をかける。
(ちょっと足りない気もするけど、二種類作るし、こんなもんでしょ)
「おお……! つきたての餅か、楽しみだ」
春鈴の言葉に目を輝かせ、満面の笑顔をうかべる紫釉。
――その背後では、紫釉の護衛たちがホッとしたような雰囲気をまとっていた。
この後、紫釉は当然のように餅つきも手伝うと言い出し、護衛たちや蒼嵐たちをやきもきさせたのだった――
――さらに後日。
温泉を気に入った魅音が、イタチ族の村に入り浸るようになった頃――
あれから紫釉は、橙実に習うように、毎日のように蒼嵐の離宮におやつを食べに来るようになっていた。
……それどころかなにかと理由をつけては春鈴の前に現れ、いろいろな金品を渡そうとしてきたのだが、紫釉を警戒している春鈴はそれを代金にかんざしを奪われてなるものか! と頑として受け取らなかった。
さみしそうに肩を落とす紫釉だったが、春鈴に声をかけることはやめようとはせず、庭園に離宮にと様々な場所へ共に行こうと、朝に昼に夕に晩に……一日に何回も春鈴を誘うようになっていた。
蒼嵐たちに助けられながら、仕事や用事、不作法などを理由に、それらの誘いも全て断り続けていた春鈴だったのだが、とうとう断れなくなり「本当に無礼を働いても文句言わないでください……」と言う言葉と共に、紫釉が気に入っているという、龍宝宮でも限られたものしか入ることを許されない、それは美しく豪華な庭園にやって来ていた。
(……どこもかしこもキンキラキン……――今踏んでる玉砂利も水晶や天然石だし……――さりげなく2、3個拾って帰れないだろうか……――いや、やめとこう……これが『龍のお宝』に分類されてたら、私の人生が終了してしまう……)
「――あ、寒緋桜だ……ヨモギも生えてる……!」
きらびやかな庭園を紫釉の後に続いて春鈴は、通路を少し外れたところに美しく咲き誇る、鮮やかな桃色の桜と、その下に生えているヨモギを見つけ、つい声に出していた。
「……宝はあの花が欲しいのかい?」
「え? あー……その……春になったら、あれで作ったお餅だなって、思ってしまいまして……」
紫釉からの質問に、少し恥ずかしそうにうつむき、答えにくそうに言葉を紡いだ。
昔から春の訪れを祝って作る、寒緋桜の花を練りこんだ餅、花餅とヨモギを練りこむ草餅。
季節はまだ冬だが、美しく満開に咲き誇る花とその根元にひっそりと生えるヨモギに春の訪れを、そして――餅の美味しさを思い出していた。
「餅……?」
「あの、草餅と花餅って知りません?」
春鈴の問いかけに、紫釉は少し考え込み、そしてポツリと呟いた。
「――緑の餅と桃色の餅……」
「あ、そうですそうです! それです。 黒みつや、きなこをつけて食べる春のお餅です」
「……では私も手伝いましょう」
「――え?」
紫釉の言葉の意味が分からす、キョトンと目を見開く。
そんな春鈴にクスリと笑いながら口を開いた。
「ふふっ 働かざるもの食うべからず……と言うだろう?」
「ああ! じゃあその分紫釉様のお餅は多くしますね!」
「おや、それは楽しみだ」
春鈴は祖母のようなことを言い出した紫釉に少しだけ親近感を感じ、その後姿を眺めながらクスリと笑った。
(ふーん、龍族にもそういうことわざとかあるんだぁー)
「――そういえば龍族の女性って、なんで薄い布で顔を隠してる方と、隠してない方がいるんですか? どんな違いがあるんでしょう?」
春鈴はしゃがみこみながらヨモギを摘み、腕を伸ばして寒緋桜の花を摘んでいる紫釉に話しかけた。
――そんな二人の背後では、紫釉に付き添っていた護衛たちが感情を無くした顔つきで、庭園の寒緋桜をむしる紫釉を見つめていた。
「ああ……既婚者の女性が夫に請われれば、布を付けることがあるな」
「……だんなさん?」
「龍族は独占欲が強いゆえな……」
(――それで布をつけるのは奥さんだけ……? なんか不公平な感じ)
少し不満に感じた春鈴は、ヨモギを摘みながら面白くなさそうに顔をしかめた。
「――誰にも見せたくないならば、家に閉じ込めておけば良いのになぁ……」
そんな不穏な言葉に思わず紫釉を見上げる。
春鈴から見た紫釉はちょうど逆行になっていて、その表情をうかがうことは出来なかった。
だが……そう言った紫釉の体から、なんだか良くないものが漏れ出ているような気がして、そっと視線をヨモギに戻した
(――すっごい公平な気がしてきた。 うん。 顔を隠すぐらいで済むならまだマシまだマシ!)
そう自分に言い聞かせ、春鈴は無心でヨモギを摘み続けた――
「――このくらいにしてお餅作りましょうか」
それなりの量になったヨモギを両手で持って、春鈴は紫釉に声をかける。
(ちょっと足りない気もするけど、二種類作るし、こんなもんでしょ)
「おお……! つきたての餅か、楽しみだ」
春鈴の言葉に目を輝かせ、満面の笑顔をうかべる紫釉。
――その背後では、紫釉の護衛たちがホッとしたような雰囲気をまとっていた。
この後、紫釉は当然のように餅つきも手伝うと言い出し、護衛たちや蒼嵐たちをやきもきさせたのだった――
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