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――橙実と紫釉が蒼嵐の離宮でおやつを食べるのが当たり前のことになってきた頃。
そしてそれは、春鈴の仕事が稀布の織り手から、料理人へと変わり始めた頃と同時期だった。
毎日離宮の厨房を借りておやつを作っていた春鈴だったが、料理人の龍族と仲良くなるにつれ、その者たちの分のおやつも作り始め――その話がほかの使用人たちに伝わり、うらやんだ使用人たちが蒼嵐へ直談判をした結果、春鈴は今までの二十倍ものおやつを作るようにまでなっていた。
――そんなある日のことだった。
あたたかな豆腐花を、幸せそうに食べていた橙実が、春鈴に向かってあることを頼み始めた。
「緑春祭……?」
「春の訪れを祝う祭りじゃ。 どうじゃ? そこでそなたの料理を振るまってみんか?」
「……それって、みたいみたーい! って言って、振るまえるものなんでしょうか……?」
「そなたほどの腕前ならばな。 その辺りのことはワシがどうとでもしよう。 気にすることはあるまい。 ……まぁ、事前に振るまう方法や、作る時には毒見役がついたりはするだろうがな」
「――そこまでして振る舞いたいとは思いませんが……?」
「固いこと言うな、美味い料理を振るまって蒼嵐の株を上げてやろうと思わんのか?」
「……なんで私が振る舞うと、蒼嵐の株が上がるんです?」
春鈴は不思議そうに首をかしげる。
そんな春鈴の反応に、橙実は得意げにその長いひげを撫で付けながら答える。
「緑春祭とはな、春の訪れを祝う祭よ。 花を愛で、歌や踊りを楽しみ、うまいものを持ち寄って春を祝う――一年の始まりを祝うこの祭りは龍族の社交の始まりでもある。 ゆえに、この里に滞在できる種族も幅広く招く。 龍族にとっては重要な祭りの一つじゃ。 そのような祭りじゃからな、各家々、そして個人がその祭りに様々な催し物や料理、品物などを、出品する――まぁこれは昔からの習わしのようなものじゃの。 より美しい品を、より美しい催しを、よりうまい料理を――優れたものを提供した者は、それだけの力も持っているとみなされる」
「――手っ取り早く、人間の料理人やとったらいいのでは……?」
「人間に龍脈は毒じゃろう? それに職人との直接の交渉はなぁ……後々、めんどうなことにしかならんでなぁ……」
(あー……なんか龍族が欲しがるものは全部、交渉の対象なんだっけか……毎回毎回、人間の国のお役人と交渉とか……ものすごいめんどくさそう……――だけど)
「……私、国の偉い人に食べさせるような、そんなすごい料理できないですよ?」
「だが、市で売る腕前はあるのだろう?」
「それはそうですけど……」
「ならば問題あるまいて」
(……市場で売られてるものをお偉いさんに出すの、問題しか無いんじゃない……?)
「――無理はするな」
これまで静かにこのやり取りを聞いていた蒼嵐だったが、春鈴に助け舟を出すように声をかける。
蒼嵐としては、春鈴の料理は素朴で派手さには欠けるが、十分に美味であり、どこに出しても恥ずかしくはないと感じていたが、食事の手伝いまでし始めた春鈴に、これ以上の負担をかけるのは忍びなかった。
「……とりあえず作ってみる。 それで、いやこれはさすがに……って感じたら、ちゃんと止めてくれる?」
迷うそぶりをみせた春鈴だったが、意を決したように申し出た。
――橙実や紫釉が、大分位の高い龍族であることを春鈴は理解していた。
その橙実たちが毎日食べに来るほど気に入ってくれているならば、挑戦するぐらいは許されると思いたかった。
そして、自分に良くしてくれている蒼嵐の役に少しでも立ちたかった。
「そんな事はないとは思うが……まぁ止めるだろうな、俺どころか、劉家の傷になる」
「……こんなのがいいなぁって、注文とかある?」
「――草餅と花餅……あとは餃子を数種類頼みたい」
「丁寧には作るけど、いつも以上のものは期待しないでね?」
(多少は盛り付けがんばるけど、味つけはきっとおんなじだろうな……)
「かまわん。 いつも十分に美味い」
そう言いながら二カッと笑う蒼嵐に、春鈴は照れた顔を隠すようにうつむいて、冗談交じりの軽口をたたく
「――龍族がそのご自慢の羽でお店と里を行ったり来たりしたら、それだけで大儲けできそう」
「――そして、すぐさま人の役人が飛んできて、国同士の交渉をっ! と迫るんだろうな?」
「……うざいな役人」
「――同感だ」
「ほっほ! よう言うた! 分かっとるのぉ!」
橙実は上機嫌でお茶を飲み干しながら、上機嫌に膝を叩きながらそう言った。
――そして後日、蒼嵐たちに太鼓判を押してもらい、春鈴は緑春祭で料理を振る舞うことが決まったのだった。
――橙実と紫釉が蒼嵐の離宮でおやつを食べるのが当たり前のことになってきた頃。
そしてそれは、春鈴の仕事が稀布の織り手から、料理人へと変わり始めた頃と同時期だった。
毎日離宮の厨房を借りておやつを作っていた春鈴だったが、料理人の龍族と仲良くなるにつれ、その者たちの分のおやつも作り始め――その話がほかの使用人たちに伝わり、うらやんだ使用人たちが蒼嵐へ直談判をした結果、春鈴は今までの二十倍ものおやつを作るようにまでなっていた。
――そんなある日のことだった。
あたたかな豆腐花を、幸せそうに食べていた橙実が、春鈴に向かってあることを頼み始めた。
「緑春祭……?」
「春の訪れを祝う祭りじゃ。 どうじゃ? そこでそなたの料理を振るまってみんか?」
「……それって、みたいみたーい! って言って、振るまえるものなんでしょうか……?」
「そなたほどの腕前ならばな。 その辺りのことはワシがどうとでもしよう。 気にすることはあるまい。 ……まぁ、事前に振るまう方法や、作る時には毒見役がついたりはするだろうがな」
「――そこまでして振る舞いたいとは思いませんが……?」
「固いこと言うな、美味い料理を振るまって蒼嵐の株を上げてやろうと思わんのか?」
「……なんで私が振る舞うと、蒼嵐の株が上がるんです?」
春鈴は不思議そうに首をかしげる。
そんな春鈴の反応に、橙実は得意げにその長いひげを撫で付けながら答える。
「緑春祭とはな、春の訪れを祝う祭よ。 花を愛で、歌や踊りを楽しみ、うまいものを持ち寄って春を祝う――一年の始まりを祝うこの祭りは龍族の社交の始まりでもある。 ゆえに、この里に滞在できる種族も幅広く招く。 龍族にとっては重要な祭りの一つじゃ。 そのような祭りじゃからな、各家々、そして個人がその祭りに様々な催し物や料理、品物などを、出品する――まぁこれは昔からの習わしのようなものじゃの。 より美しい品を、より美しい催しを、よりうまい料理を――優れたものを提供した者は、それだけの力も持っているとみなされる」
「――手っ取り早く、人間の料理人やとったらいいのでは……?」
「人間に龍脈は毒じゃろう? それに職人との直接の交渉はなぁ……後々、めんどうなことにしかならんでなぁ……」
(あー……なんか龍族が欲しがるものは全部、交渉の対象なんだっけか……毎回毎回、人間の国のお役人と交渉とか……ものすごいめんどくさそう……――だけど)
「……私、国の偉い人に食べさせるような、そんなすごい料理できないですよ?」
「だが、市で売る腕前はあるのだろう?」
「それはそうですけど……」
「ならば問題あるまいて」
(……市場で売られてるものをお偉いさんに出すの、問題しか無いんじゃない……?)
「――無理はするな」
これまで静かにこのやり取りを聞いていた蒼嵐だったが、春鈴に助け舟を出すように声をかける。
蒼嵐としては、春鈴の料理は素朴で派手さには欠けるが、十分に美味であり、どこに出しても恥ずかしくはないと感じていたが、食事の手伝いまでし始めた春鈴に、これ以上の負担をかけるのは忍びなかった。
「……とりあえず作ってみる。 それで、いやこれはさすがに……って感じたら、ちゃんと止めてくれる?」
迷うそぶりをみせた春鈴だったが、意を決したように申し出た。
――橙実や紫釉が、大分位の高い龍族であることを春鈴は理解していた。
その橙実たちが毎日食べに来るほど気に入ってくれているならば、挑戦するぐらいは許されると思いたかった。
そして、自分に良くしてくれている蒼嵐の役に少しでも立ちたかった。
「そんな事はないとは思うが……まぁ止めるだろうな、俺どころか、劉家の傷になる」
「……こんなのがいいなぁって、注文とかある?」
「――草餅と花餅……あとは餃子を数種類頼みたい」
「丁寧には作るけど、いつも以上のものは期待しないでね?」
(多少は盛り付けがんばるけど、味つけはきっとおんなじだろうな……)
「かまわん。 いつも十分に美味い」
そう言いながら二カッと笑う蒼嵐に、春鈴は照れた顔を隠すようにうつむいて、冗談交じりの軽口をたたく
「――龍族がそのご自慢の羽でお店と里を行ったり来たりしたら、それだけで大儲けできそう」
「――そして、すぐさま人の役人が飛んできて、国同士の交渉をっ! と迫るんだろうな?」
「……うざいな役人」
「――同感だ」
「ほっほ! よう言うた! 分かっとるのぉ!」
橙実は上機嫌でお茶を飲み干しながら、上機嫌に膝を叩きながらそう言った。
――そして後日、蒼嵐たちに太鼓判を押してもらい、春鈴は緑春祭で料理を振る舞うことが決まったのだった。
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