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◇
――緑春祭の五日前。
春鈴が祭に出す料理が、どうにか納得のいく出来栄えになったころ、緑春祭に参加する者たちの受け入れが始まり、たくさんの者たちが続々と龍宝宮へとやって来ていた。
それは普段は理由があって里以外で暮らしている龍族であったり、龍族が招いた他種族の代表、芸人や一座であったり――龍王陛下の見舞いと称した人間の役人たちの姿もあった。
「あっウサギ族だ! すっご……耳長ぁ……あ、垂れ耳の人もいる――どっちにしても長い!」
今日は様々な種族が見られるから……と、龍宝宮の正門が良く見える場所に陣取り、青空の下で心地よい風に吹かれながらお茶会を楽しんでいる春鈴たち。
――といっても、言い出したのは橙実であり、春鈴は「見てみたくはないか?」という問いかけに「見たいです!」と答えただけだったのだが。
その言葉に紫釉が当然のように同行する旨を蒼嵐に伝え、蒼嵐が一言も発しないままに今回の見学会は決まっていた――
……しかし渋々といった態度で同行した蒼嵐だったが、沢山のお菓子に暖かな日差しとひんやりとした風――
それら全てを全力で楽しんでいたのだったが。
「見るのは初めてか?」
蒼嵐が、目をキラキラと輝かせて龍宝宮の正門前に並ぶ、多種多様な種族を眺めている春鈴に問いかける。
「うん!」
視線はウサギ族から動かさず、元気よく答える春鈴。
紫釉や橙実の前では最低限の敬語を使っていたはずなのだが、今回は興奮しすぎてそんなことを考える余裕もないらしい。
「おっ春鈴、もっと珍しい一族が来たぞ」
遠くを眺めていた浩宇がニヤリと笑いながら声をかける。
「パ、パンダ族……! ふぁー……ぷよぷよでかわゆ……」
「――実際は憲法の達人だがの……」
成人男性ばかりの集団を、野兎でも愛でるかのように眺める春鈴に、橙実はどこかたしなめるような口調で、そっと付け加える。
「可愛くって強いのか……」
しかし当の本人は、はふん……とほほを緩め、相変わらず愛でるような視線を向けていた。
橙実が、本格的にたしなめなくてはいけないのだろうか……? と迷い始めた頃、それまではにこやかな顔つきで喜ぶ春鈴を愛でていた紫釉が、なにかに反応し、そちらに顔を向ける。
そしてある一点を見つめ顔をしかめる。
「――来ましたか……」
低く不機嫌そうな紫釉がイヤそうにもらす。
「――え?」
紫釉の反応に、春鈴は驚きながらもその視線をたどるように見つめ……そして見つけた。
――そこにいたのは、人間たちの姿だった。
見慣れた服装の役人たちが、贅を凝らした豪華な馬車からぞろぞろと出て、そのまま門の中へ歩いて行くーー
(……え? 人間……? ――だって緑春祭まで五日もあって、お祭り自体は三日間で? ――あのおっさんたち魅音より不健康そうな体形してるけど……一週間以上ももつ……? あ、体力はある……のか?)
「……あの人たち、大丈夫なの?」
迷った春鈴は声をひそめ、こっそりと蒼嵐にたずねた。
「……何でも先に入った孫娘が平気なのだから大丈夫だろう……とのことらしい」
肩をすくめながら大きなため息とともに答える蒼嵐。
こちらはこの会話を誰に隠すつもりもないようで、大げさに鼻を鳴らしてみせた。
「――え? だって魅音たちもうすでに三日に半日くらいしかココにいないのに⁉︎」
(酷いときなんか、自分たちは温泉でのんびりしといて、凛風だけこっちに偵察に寄越してるんだよ⁉︎ ……凛風が丈夫な娘で本当に良かった……)
「……どんな話がどう伝わったのか、詳しく聞きたいところだな」
(報告、連絡、相談……本気で命に関わるよ……?)
「そこまで心配することもあるまい。 どうせ真っ先に潰れるのはその孫娘を送り込んだおろか者であろう? 人間の役人が三日も持った記録は無いからなぁ」
「……あれ? 人間ってそんなに弱い……?」
(あの女、意外に頑張ったほう……? いや、一週間は固い的な話なかったっけ……?)
「昔、交渉だなんだと、うるさかった人間の役人どもを里に入れ、ここに滞在出来る料理人をよこすならば、もっと妖力をくれてやると言ったこともあったが……あの時も早い者は三日――あぁ、龍族の血を引いていると言っていた護衛の一人は十日は持ったんだったかの?」
(……――聞いてた話と大分違うような……――でも、うちの父ちゃんだって一週間ぐらい家でのんびりできてるけど……仙術師だから普通の人よりもめっちゃ体力ある……? )
「――なんなら昔のように、寝込んだ状態で死ぬ間際まで滞在してくれても、こちらとしては構わんしな?」
とんでもないことを、なんでもないことのように冷たい瞳で言う橙実に、少しだけ恐怖を感じた春鈴は、そのほほを引きつらせた。
「橙実様、本当に人間が嫌いなんですね……?」
結構仲良くなれたと思ってたんだけどな……と思いながらションボリと眉を下げる春鈴。
「――そんな顔をするでない。 春鈴は正真正銘の龍の子であるとも。 自信を持つのじゃ。 なにせ、これだけ長い間里で暮らして、かように元気でおるんじゃからの」
(……仲良しではいたいけど、龍族認定はいらなかったっていうか……――いや、無理か。 橙実様本当に人間嫌いだもんな……)
「――赤の他人である橙実殿に認められたところで、春鈴になんの得があるというのか……――宝よ、案ずるでない。 そなたのことは私が守ろう。 ――何なら家族も里に呼ぶがいい。 みなで暮らそう?」
「……半分は衰弱死が待っていそうなので、ご遠慮いたしまーす……」
(紫釉様、今日も絶好調に言ってること分かんないや……好かれてることだけは間違いなさそうだけど……)
「そう言わず……」
「――あきらめの悪い男よの……」
茶器を傾けながらポソリと呟く橙実。
「――なにか?」
たいして大きくも無かったその声の主を威嚇するとうに、ギロリと鋭い視線を向ける紫釉。
「――春鈴、お茶を入れてくれ」
「はーい! 俺、肉パオズお代わり!」
「私も貰えるだろうか?」
険悪になってしまった紫釉と橙実の会話をかき消すように、蒼嵐たちはたて続けに春鈴に話しかける。
「はいはーいっと――?」
(……あれ、凛風? 案内してるのは誰だろう? 人間……だよね? ――つーか……あの娘、案内人の真似事までさせられてるの? かわいそうに……明日、なんかお菓子送ってあげよう……)
蒼嵐たちに肉パオズを差し出したり、お茶を入れたりしながらちらりと行列を盗み見ている春鈴の瞳には、商人風の男性を案内して龍宝宮の中へ入っていく凛風の姿があったのだった――
――緑春祭の五日前。
春鈴が祭に出す料理が、どうにか納得のいく出来栄えになったころ、緑春祭に参加する者たちの受け入れが始まり、たくさんの者たちが続々と龍宝宮へとやって来ていた。
それは普段は理由があって里以外で暮らしている龍族であったり、龍族が招いた他種族の代表、芸人や一座であったり――龍王陛下の見舞いと称した人間の役人たちの姿もあった。
「あっウサギ族だ! すっご……耳長ぁ……あ、垂れ耳の人もいる――どっちにしても長い!」
今日は様々な種族が見られるから……と、龍宝宮の正門が良く見える場所に陣取り、青空の下で心地よい風に吹かれながらお茶会を楽しんでいる春鈴たち。
――といっても、言い出したのは橙実であり、春鈴は「見てみたくはないか?」という問いかけに「見たいです!」と答えただけだったのだが。
その言葉に紫釉が当然のように同行する旨を蒼嵐に伝え、蒼嵐が一言も発しないままに今回の見学会は決まっていた――
……しかし渋々といった態度で同行した蒼嵐だったが、沢山のお菓子に暖かな日差しとひんやりとした風――
それら全てを全力で楽しんでいたのだったが。
「見るのは初めてか?」
蒼嵐が、目をキラキラと輝かせて龍宝宮の正門前に並ぶ、多種多様な種族を眺めている春鈴に問いかける。
「うん!」
視線はウサギ族から動かさず、元気よく答える春鈴。
紫釉や橙実の前では最低限の敬語を使っていたはずなのだが、今回は興奮しすぎてそんなことを考える余裕もないらしい。
「おっ春鈴、もっと珍しい一族が来たぞ」
遠くを眺めていた浩宇がニヤリと笑いながら声をかける。
「パ、パンダ族……! ふぁー……ぷよぷよでかわゆ……」
「――実際は憲法の達人だがの……」
成人男性ばかりの集団を、野兎でも愛でるかのように眺める春鈴に、橙実はどこかたしなめるような口調で、そっと付け加える。
「可愛くって強いのか……」
しかし当の本人は、はふん……とほほを緩め、相変わらず愛でるような視線を向けていた。
橙実が、本格的にたしなめなくてはいけないのだろうか……? と迷い始めた頃、それまではにこやかな顔つきで喜ぶ春鈴を愛でていた紫釉が、なにかに反応し、そちらに顔を向ける。
そしてある一点を見つめ顔をしかめる。
「――来ましたか……」
低く不機嫌そうな紫釉がイヤそうにもらす。
「――え?」
紫釉の反応に、春鈴は驚きながらもその視線をたどるように見つめ……そして見つけた。
――そこにいたのは、人間たちの姿だった。
見慣れた服装の役人たちが、贅を凝らした豪華な馬車からぞろぞろと出て、そのまま門の中へ歩いて行くーー
(……え? 人間……? ――だって緑春祭まで五日もあって、お祭り自体は三日間で? ――あのおっさんたち魅音より不健康そうな体形してるけど……一週間以上ももつ……? あ、体力はある……のか?)
「……あの人たち、大丈夫なの?」
迷った春鈴は声をひそめ、こっそりと蒼嵐にたずねた。
「……何でも先に入った孫娘が平気なのだから大丈夫だろう……とのことらしい」
肩をすくめながら大きなため息とともに答える蒼嵐。
こちらはこの会話を誰に隠すつもりもないようで、大げさに鼻を鳴らしてみせた。
「――え? だって魅音たちもうすでに三日に半日くらいしかココにいないのに⁉︎」
(酷いときなんか、自分たちは温泉でのんびりしといて、凛風だけこっちに偵察に寄越してるんだよ⁉︎ ……凛風が丈夫な娘で本当に良かった……)
「……どんな話がどう伝わったのか、詳しく聞きたいところだな」
(報告、連絡、相談……本気で命に関わるよ……?)
「そこまで心配することもあるまい。 どうせ真っ先に潰れるのはその孫娘を送り込んだおろか者であろう? 人間の役人が三日も持った記録は無いからなぁ」
「……あれ? 人間ってそんなに弱い……?」
(あの女、意外に頑張ったほう……? いや、一週間は固い的な話なかったっけ……?)
「昔、交渉だなんだと、うるさかった人間の役人どもを里に入れ、ここに滞在出来る料理人をよこすならば、もっと妖力をくれてやると言ったこともあったが……あの時も早い者は三日――あぁ、龍族の血を引いていると言っていた護衛の一人は十日は持ったんだったかの?」
(……――聞いてた話と大分違うような……――でも、うちの父ちゃんだって一週間ぐらい家でのんびりできてるけど……仙術師だから普通の人よりもめっちゃ体力ある……? )
「――なんなら昔のように、寝込んだ状態で死ぬ間際まで滞在してくれても、こちらとしては構わんしな?」
とんでもないことを、なんでもないことのように冷たい瞳で言う橙実に、少しだけ恐怖を感じた春鈴は、そのほほを引きつらせた。
「橙実様、本当に人間が嫌いなんですね……?」
結構仲良くなれたと思ってたんだけどな……と思いながらションボリと眉を下げる春鈴。
「――そんな顔をするでない。 春鈴は正真正銘の龍の子であるとも。 自信を持つのじゃ。 なにせ、これだけ長い間里で暮らして、かように元気でおるんじゃからの」
(……仲良しではいたいけど、龍族認定はいらなかったっていうか……――いや、無理か。 橙実様本当に人間嫌いだもんな……)
「――赤の他人である橙実殿に認められたところで、春鈴になんの得があるというのか……――宝よ、案ずるでない。 そなたのことは私が守ろう。 ――何なら家族も里に呼ぶがいい。 みなで暮らそう?」
「……半分は衰弱死が待っていそうなので、ご遠慮いたしまーす……」
(紫釉様、今日も絶好調に言ってること分かんないや……好かれてることだけは間違いなさそうだけど……)
「そう言わず……」
「――あきらめの悪い男よの……」
茶器を傾けながらポソリと呟く橙実。
「――なにか?」
たいして大きくも無かったその声の主を威嚇するとうに、ギロリと鋭い視線を向ける紫釉。
「――春鈴、お茶を入れてくれ」
「はーい! 俺、肉パオズお代わり!」
「私も貰えるだろうか?」
険悪になってしまった紫釉と橙実の会話をかき消すように、蒼嵐たちはたて続けに春鈴に話しかける。
「はいはーいっと――?」
(……あれ、凛風? 案内してるのは誰だろう? 人間……だよね? ――つーか……あの娘、案内人の真似事までさせられてるの? かわいそうに……明日、なんかお菓子送ってあげよう……)
蒼嵐たちに肉パオズを差し出したり、お茶を入れたりしながらちらりと行列を盗み見ている春鈴の瞳には、商人風の男性を案内して龍宝宮の中へ入っていく凛風の姿があったのだった――
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