【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

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 ――その後、泰然は振り分けられた離宮の一室で、孫の魅音と向かい合っていた。
 
 護衛をはじめ、お茶を差し出した侍女すら顔色を悪くする空気の中、さっそく声を上げたのはやはり魅音だった。
「――あんな言葉嘘ばっかりよっ! そうでしょ、おじいさま!」
「……黙りなさい」
 ギリリと奥歯をかみしめ、絞り出すように言葉を発する泰然。
「でもっ!」
「黙れと言っているっ!」
「っ……ごめんなさ……」
 大声で怒鳴りつけられ、魅音はようやく祖父が怒り狂っているということを思いだした。
「――魅音、湧泉村という場所に行っていると言うのは本当か?」
 感情を全てそぎ落としたかのように無表情で淡々とたずねる。
「あの……」
 魅音は助けを求めるようにチラチラと侍女たちに視線を送るが、皆一様に頭を下げていて、誰とも目が合うことは無かった。
「答えなさい」
「……はい」
 ビクビクと肩を震わせながら答える魅音。
「どのくらいの頻度で?」
「……三日に二日は」
「――なぜ報告しなかった!」
 泰然は目の前の机を叩いきながら怒鳴りつける。
 その反動で置かれたばかりの茶器が倒れその机の上を濡らした。
「ごめんなさい! だ、だって、一緒に来た春鈴は里から一歩も出ていないのに何ともなくって……だから――」
 ――悔しくて言い出せなかった、という言葉は、やはりその矜持が邪魔をして言葉にすることは出来なかった。
「――春鈴? ああ……蓮花山の娘か」
 泰然はこの時≪春鈴≫という名前に引っ掛かりを覚えたが、目の前の問題を解決することを優先すべきだと頭を切り替えた。
「わ、私だって最初のうちは何ともなかったの! だから……――その、最初のお話ではは、おじさまたちの滞在も三日と聞いていたし……だから、黙っていてもバレたりしないと思って……けど……」
 こんなに長くなるなんて……とは言葉に出来なかった。
 
 滞在が伸びた大きな原因は魅音の存在だった。
 龍脈の気は人間には過ぎたるもの――そんな常識の中、龍の里に二週間以上も滞在し続けている少女たち――
 役人の中には龍脈の話はすべてが偽りで、龍族が人間を里に招き入れたくないための作り話なのでは……? と言い出す者まで現れ始めていた。
 ――実際は、その期間の大部分を里の外で過ごしていたとは、思いもよらなかたのだろう。
 
「――どうなんだ?」
 泰然は魅音の後ろに控える侍女に視線を移してたずねた。
「は、はい! はじめの……――一週間程度はなんとか……ですが今は三日に一日程度しか……」
「龍の力は人には過ぎたるもの……か」
 そう呟きながらあごに手を当てて、何事かを考え込む泰然。
「あの、おじいさま……?」
 思った以上に考え込む泰然に、戸惑いながらも魅音が声をかける。
「――次からはきちんと報告するのだよ?」
 考えがまとまったのが、泰然はその問いかけに答えるようにニコリと優しい顔を魅音に向けると、諭すように語りかけた。
「は、はい! 気をつけます!」
 お許しの言葉を貰った! とばかりに、魅音は何度も何度も大きくうなずく。
「……今日はもう休みなさい。 ああ、明日は私たちも湧泉村に行ってみようと思うのだが……魅音、案内してくれるかい?」
「……もちろんですわ!」
「ありがとう。 では、気をつけて帰るのだよ。 可愛い魅音」
「はいおじいさま、おやすみなさいませ」
 
 ――そんな挨拶とともに魅音たちが出ていき、人払いをした泰然が部屋で一人、酒をあおりながら大きなため息をついていると、いつの間にか部屋に忍び込んでいた男が一人、泰然の前に腰掛けた。
「――明日は湧泉村の観光ですかな?」
 その男の出現に驚くでもなく酒杯に口をつけながら、窓の外に見える月を眺め続ける泰然。
「仕方があるまい……無理をいってあれだけの人数を連れてきたのだ。 これで体調不良で祭りを欠席……などという事態になれば責任を取らされかねん……」
「ふふふ……まさかあんなに、おじいさまをお慕いしていらっしゃる魅音様が、泰然様をたばかるとは……」
 くつくつと笑い続ける男に目を細めた泰然は、飲み干して空になった自分の酒杯と、もう一つ酒杯を机の上にドン、ドン! と乱暴に置くと、雑な仕草で酒を注いだ。
「愚かな娘よの……――まぁ、逃げ帰って来られるよりはマシだったか……」
「……おかげで私も同行することができました。 これを機に龍族のお得意様ができれば良いのですが……」
「――あまり目立つでないぞ。 国を通さぬ龍族との取引はすべからく取り締まりの対象じゃ」
「ははは、きちんと申請させていただきますとも。 手前どもはまっとうな宝石商にございますれば……」
「ふんっ 実際の何割程度申請していれば“きちんと”になるやらな……」
「泰然様に支払う礼金のため、やりくりさせていただいておりまする」
「ほざくでないわ。 ――そなた、明日はどうする? 同行するか?」
「……ありがたいお申し出ではございますが、私は祭りに出なければいけないと言うこともありませんゆえ、顧客獲得に動きたいと……」
「そうか。世話をかけさせるなよ」
「肝に銘じまして」
 そう深々と頭を下げると、男――宝石商であるじゃんせいは、机に置かれた酒杯に手を伸ばしたのだった――
 
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