【完結】龍王陛下の里帰り

笹乃笹世

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 ――薄暗い林の中、馬車から降りた静が一人静かにたたずんでいた。
 そこに音もなく現れる黒い外套で姿を隠した人物が一人――
 
「もどりましたか……――
その言葉に黒い外套をまとったその人物は、かぶっていたフードをバサリと外した―― 
 そこには死んだと報告されていたはずの凛風の姿があった――
 その顔にメガネは無く、前髪も邪魔にならないよう留められていたが、その顔立ちは間違いなく凛風のものだった。
「……この度は御迷惑を」
 凛風は申し訳なさそうに顔をしかめながら頭を下げる。
「かまいませんよ――あの里での長期の滞在方法が分かったのは大きい。 もちろんその方法を我らにもたらしてくれたあなたの功績も……」
 静はそう言いながら懐に手を差し入れ、布で包まれたを凛風に差し出した。
 それに心当たりがあったのか、静から差し出された布にそっと手を差し出して大切そうに受けとる。
 そして丁寧な手つきながらも素早く中身を確認した凛風は、そっと安堵のため息を漏らした。
 そこにあったのは首飾り――凛風はようやく手元に戻ってきた自分のお守りを優しく握りしめた。
「偽装のためとはいえ、すまなかったね……」
 凛風のそんな様子に眉を下げる静。
 やらないという選択肢は無かったが、今は亡き家族たちの形見ともいえるそのお守りを取り上げるのは静としても心苦しかった。
「いえ、ヘマをしたのは私です」
「――まさかヤツらが石の見分けをあそこまでおこなえるとはね……」
「……執着心だけで目利きも出来ないのだと思っておりました」
「――私もだ。 だが考えようによってはこれで偽装も楽になるし、替え玉も容易になるやもしれん」
 その言葉に同意するように頭を下げる凛風。
「……あの少女は龍族となったようだよ」
「……そう、ですか」
 凛風はそう言うと、動揺したようにその視線を大きく揺らした。
 そして不自然に途切れた二人の会話。
 静がなにを言うべきかと言葉を探しはずめたころ、凛風がゆっくりと口を開いた。
「――では我らの敵ですね」
「――……そうだね」
 固い表情でそう言い切った凛風を少しだけ気の毒に思う静。
 
 あの里で再会し、見聞きした凛風とあの少女の関係性――あんな痛ましい事件が起こらなければ、こんな未来が訪れていたかもしれないと思ってしまうほどに気が合い、仲がよさそうに見えた――
 ……そして凛風のほうも『少し龍の血を引いているだけの人間』だと説明するほどには気に入っていたのだろう。
 けれど……
 無表情にうつむいている凛風を見つめ、改めて自分の中の憎悪を強く再確認する。
 けれど、我らは止まれない……家族を隣人を同胞たちをむごたらしく殺した者たちを――
 原因となった龍族たちに一矢報いるため――そして、人間の役人たちを破滅に導くため、我々は決して止まれない――
 
 そう考えながら静は静かに……けれど大きく息を吐きだす。
 
「……これからの予定は?」
「菫家にとどめを刺そうかと……」
「ふむ……あそこは泰然の手腕だけで持っていたような家ですからねぇ……息子たちも甘ちゃんばかり……――放っておいても周りに食いつぶれるでしょう……」
「そう……なのですが……」
「……なにか懸念が?」
「……魅音に思うところがございまして……」
「あぁ……――あの娘を恨んでいるのは君だけではない……――というか、あれが歌い手筆頭であり続けるために孫や娘をつぶされた家は多い……もうすでにそちらが動いているのでは?」
「……すでに情報を?」
咎めるような凛風の視線に静は困ったように肩をすくめた。
「……菫家の後釜を探さなくてはいけませんでしたからね」
「……そう、ですか」
 不満そうな凛風の顔が不貞腐れた時の息子に似ていて、思わず苦笑を漏らしてしまう静。
「仕方がありませんね……――泰然が再び力を取り戻しても厄介ですし、貴女にはもう少し菫家を見ていてもらいましょうか」
「ありがとうございます」
「――気が済んだのなら報告を……その次は私の仕事を手伝ってもらいたい」
 静の言葉に深々と頭を下げる凛風。
 再会を約束した静はくれぐれも無茶はしないようにと言い含め、その場を立ち去っていく――
 
 凛風は遠ざかっていく馬車を見送り終わると、ようやく帰ってきたお守りにもう一度視線を落とす。
 そしてそれを見つめ『お揃い!』と嬉しそうに笑った少女の笑顔を思い出していた――
「……あんなことして……――もう友達じゃなくなっちゃったな……」
 小さく寂しそうに呟かれたその言葉は、他の誰にも届くことは無く……薄暗い林の中、カサカサと聞こえる木の葉のざわめきにかき消されていった――
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