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第四章(最終章)

侵掠(しんりゃく)

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 ~高橋視点

 米連の領土内に入ってからの展開は早かった。始めは国境警備艦隊の巡視艇が臨検を申し入れて来た。そして油断させる為にわざと停船して、相手が近づいてきた所にまどかちゃんの操作する零式がそのふねを襲撃、撃沈して見せた。

 ボクは艦外カメラの映像で見ただけだけれど、そのスピードや技のキレは鈴代ちゃんもかくや、と言う程で、まどかちゃんの著しいレベルアップに驚くばかりだった。

 次は先の巡視艇の救援に来たと思われる3、4隻の小艦隊。10数機の輝甲兵を出してきたけど、その全てを瞬く間にまどかちゃんに乗っ取られ、艦隊は虚空ヴォイド爆弾によって消滅させられた。

 まどかちゃんの操る残り7、8機の輝甲兵は『はまゆり』に追従する形で飛んでくる。中のパイロットを捨てた形跡は無いから、あの個々の輝甲兵の中には米軍の軍人さんが残っている、と言う事になるのだろう。

 あれはイザと言う時に人質として使うつもりなのかな? これもシマノビッチ博士の指示なのだろうか? どうにか助けてあげたい気持ちはあるのだけれども、今のボクには何の力も無い。

 今の光景を目に焼き付けて、悲劇を繰り返さない為の対処法のヒントを少しでも考え出すのが今のボクの仕事だと割り切って、不平を漏らそうとする口を閉じた。


 輸送船『はまゆり』の格納庫、現在『鎌付き』ことシマノビッチ博士と丙型のまどかちゃんはスリープモードで休息を取っている。
 ボクは丙型に残してきたアンジェラちゃんを通じてまどかちゃんのデータを取得、誰に見せる宛も無いまま記録を綴っていた。

 幸運な事に、『はまゆり』の元乗員の私物と思われる携帯端末が使える状態で放置してあったので、遠慮無く使わせて貰っている。
 昔の端末はダーリェン基地で逮捕された時に没収されて以来行方不明なので、緊急避難的にお借りしている次第だ。

 さて、今の時点でまどかちゃんの幽炉残量は21%。まどかちゃん本人はこの数字をどう思っているのだろう? シマノビッチ博士は「残量10%を切ったから幽炉を交換しろ」なんて絶対に言わないだろう。

 そもそも丙型+まどかちゃんの組み合わせに意味があるのであって、幽炉を交換してしまったら、それはもはや『ただの丙型』だ。シマノビッチ博士にとって何ら意味を為さない人形に成り果てる。
 それ以前に輝甲兵が本格運用される前に逮捕されているから、幽炉交換の目安とかの知識も興味も博士には無いだろう。

 このままだと元の世界に帰る事も出来ないまま魂がり減っていって、死ぬまでシマノビッチ博士にこき使われるだけだよ? まどかちゃんは分かってるのかな? それともそれを分かっていて、もう既にこの世界で死ぬつもりなのかな…? それはそれで悲しすぎる選択だ。

 まどかちゃんの考えが分からないのがとても心細い。せめて雑談だけでも応じてくれれば、なんとか言いくるめ… いや説得して今以上の蛮行を止めさせる事が出来るのに……。

 ちなみにボクとシマノビッチ博士は、現在『教師と生徒』に近い関係が確立していて、以前の予想よりも驚くほどフレンドリーな状態になっている。
 話をしてみればシマノビッチ博士とて生粋の悪人では無いのだ。ただちょっと倫理観に欠けているだけで、『人類を滅ぼしたい』とか考えている訳ではない。
 趣味嗜好の話題にならなければ『説明好きの気の良いおじさん』だし、時折りジョークの交じる話し方も分かりやすくて面白い。

 そして肝心の趣味嗜好が『ちょっと倫理観に欠けている』ボク(自覚あるんだぞ)の目から見て、更に欠けている様に見えるのだから、世間一般から見ればシマノビッチ博士の倫理観は『大きく欠けている』、すなわち『狂人』である。と評されるだろう。

 まぁそんな感じで、曲がりなりにも『はまゆり』船内は、表面的には意外と平和に進行していた。ボクがまどかちゃんら2人のデータを取ってまとめているのも、シマノビッチ博士は知っていて黙認している。
 現段階ではそのデータの使い道が無い事を知っているからだ。

 しかしおかげで『鎌付き』ことソ大連T-1型の輝甲兵の性能はほぼ掌握できた。特に幽炉の並列起動技術はボクら大東亜連邦の物とは理論から少し違っていて… おっと、この辺は長くなるから割愛しよう。

 T-1の正確なサイズを始め、パワーや速度、関節の有効可動範囲に至るまで事細かに記録できた。
 ボクとしてはこのデータをいずれ鈴代ちゃん達に有益に使って貰って、『鎌付き』を倒す助けになれば、という思いでいる。

 シマノビッチ博士は個人的に嫌いでは無いけれども、やはり『鎌付き』は世界に混乱と絶望をもたらす危険な存在だと思う。その身を滅しなくてはならないと思う。

 まどかちゃんはあと何回も作戦に出られる体では無い。それをシマノビッチ博士も分かっていて、今日までの試算をしていたのは間違いないだろう。
 そしてその目的地となるのが……。

 タイミングを計ったかの様に傍らの操作盤にある画面が点灯する。シマノビッチ博士のお目覚めのようだ。画面に博士からの指示が表示される。

「じきにソウル&ブレイブス社の本社衛星に到着する。まどかの力で抵抗をねじ伏せて占拠した後はお前に折衝役をやってもらうからな。スピーチの練習でもしておけ」

 だそうだ。ちなみにまどかちゃんはまだ睡眠中。まどかちゃんが目覚めると、その意識の強さに押されてアンジェラちゃんが奥に引っ込んでしまう。2人同時には表層化できないらしい。
 奥に引っ込んでもアンジェラちゃんはまどかちゃんへの呼びかけを続けているみたいだけど、基地を出てから未だにまどかちゃんからの返事は無いそうだ。


 さて、ソウル&ブレイブス社(以下SB社)… 元々は列車なんかを造っていた米連の重工メーカーなんだけど、シマノビッチ博士が米連に亡命してここに入り込んでから劇的に運命が変わった会社だ。

 幽炉の開発元でもあり、現在は米連の輝甲兵を一手に引き受けて生産している。東亜の縞原重工とは提携関係にあり、その資本力と技術力は他の追随を許さない、紛れも無く世界一の大企業である。

 シマノビッチ博士とまどかちゃんはここを占拠して、幽炉の安定供給を企んでいる様だ。シマノビッチ博士に限って言えば、命を吸い取れる他の幽炉があれば文字通り永遠の命を得る事が可能になる。
 まどかちゃんの幽炉を回復させる手段はボクには分からない。しかし博士が何かを知っていて、それをまどかちゃんに教えた可能性は十分にあると思われる。

 ここには幽炉の製造施設がある。裏を返せば『使用済みの幽炉を廃棄する』施設もあるはずだ。
 つまりここならば71ナナヒトくんやまどかちゃんを元の世界に帰せる施設があると言う事なのだ。
 ボクにとっても有益な場所である事は間違いない。基地を占拠して後、何とかここから逆転の糸目を探り出していきたいところだ。


 船から『鎌付き』と丙型が発進する。輸送船1隻を迎え撃つには過剰すぎる20を超える米連の艦隊が、SB社の本社衛星、いや言い直そう、『本社要塞』の前に陣取り整列している。やがて米艦隊から輝甲兵が発進し、瞬く間に輝甲兵を表すレーダーの光点は100を超えた。
 要塞の上部にもSB社お抱えの警備隊らしき輝甲兵が多数待機しているのが見て取れる。

 米連からの通信は無い。こういう時は投降勧告とかするもんじゃないの? 問答無用でる気みたいなんですけど…?

 そして無言で戦闘が始まって、そして終わった。いや、正確には戦闘ですら無かった。

 一斉に襲いかかる米連の輝甲兵。まどかちゃんが一歩前に踏み出して両手を広げ大の字になる。いや、丙型の大きく平べったい頭部のせいで『大』では無く『天』の字に見える。
 まどかちゃんからある一定の距離を越えて進撃してきた輝甲兵は、まるで見えない蜘蛛の巣に掛かった羽虫の様に突然動きを止め、その場でもがき出した。

 そして数秒後、ぐったりと項垂れた態勢になって180度回頭し、こちらの軍列に加わるのだ。
 そのまま幽炉を開放し米艦隊に突撃、主力艦と思しき大型艦に取り付いて虚空ヴォイド現象を起こし、そのふねごと消滅した。

 いきなり主力艦を潰された米艦隊は統率を失い撤退しようとするも、輝甲兵からは逃げられず程なくして全滅した。軍事上の全滅判定では無くてまさに『一兵も残さぬ』全滅だった。

 そんな場面を目の前で見せられたSBの警備部隊も及び腰で浮足立っている。まぁ無理も無い、人類史上類の無い鉄壁の構えがほんの数分で破られたのだ。それこそ天地がひっくり返った気分だろう。
 ボクだってそうだ。ここまでのワンサイドゲームになるとは予想だにしなかった。

「こ、こちらはSBガードだ。貴様らは何者だ…? 一体何の用でここに来たのだ?」

 お? SBの人達は話が通じるのかな? ならばこれ以上無駄な争いを避ける為に対話で解決できるかも知れない。

「我々は通常の通信では文面しか送れない。音声を飛ばせるのは貴様のみだ。私とてこれ以上の犠牲は望まない。その口であいつらを黙らせてみろ」

 とてもとてもありがたいシマノビッチ博士のお言葉だよ。ここに来て丸投げとか聞いてないよ。酷く無い?

「えーと、私達は『ニコライ・シマノビッチと愉快な仲間たち』です。御社の幽炉製造プラントを所望します。これ以上の犠牲を出したくないので、どうか大人しく我々に占拠されて下さい…」

 あれ?­­ でもこれじゃなんだかボクが悪役の親玉にされたっぽくない? うぇーん、お父さんお母さんごめんなさい。ボク、この瞬間から科学者じゃなくてテロリストになってしまいました……。
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