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外伝

シナモンちゃんのちょっと過去話

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「高橋くん、何と言ったっけ? 君のあの面接用インターフェイス、『まだら』だっけ? 結構評判良いみたいだよ」

 薄くなった頭髪を未練がましくバーコードで隠した中年男のイヤらしい視線にうんざりしながら、ボクは返答のために口を開いた。

「『真柄《まがら》』です、部長。好評ついでに例の企画のオッケーも頂けませんか?」

「またその話かね? それは無理だな。会社としては君の『妄想』に予算を出す事は出来んのだよ」
 薄らハゲ部長はいかにも興味なさげに吐き捨てた。獣の様に襲い掛かって、あのわずかに残った髪の毛を残らず毟り取ってやりたくなる。

 憮然とした表情で自分のデスクに戻り、誰にも見られない角度でラップトップの端末を開く。
 ふふ、予定通り真柄ちゃんから幽炉ドナーの情報が次々と送られてきている。向こう1ヶ月間での戦果は… ほほぅ『純粋な1人ピュアワン』が1人居るね。「宮本陽一」くんかぁ、覚えておこう。


 輝甲兵と呼ばれる戦闘ロボットの動力として『幽炉』と呼ばれる特殊な電池が用いられている事は、世界中の人が知っている。

 そして、その幽炉が『人間の魂を器に封じた物』だと言う事を知る人間はほとんど居ない。

 ボクはその『ほとんど』から外れた一部の人間、縞原重工の技術士だ。

 幽炉は人間の魂を封じた存在。

 幽炉理論を専攻する人間は、上記の事を決して口外しない守秘義務契約を結ばないと講義に加えてもらえない。

 ボクが幽炉研究の門戸を叩いたのは中学2年生の時だ。5歳くらいの時に家族で見に行った軍の観閲式か何かで、空を飛ぶ輝甲兵に魅せられたのが始まりだったと微かに記憶している。

 ボクはそんな箱の中に閉じ込められた人間の心理状態を知るべく勉強を進めていた。
 彼らの心情に少しでも近づく為に、50cm四方の箱を自作して、その中に入って丸一日過ごしてみた事もある。
 今にして思えば只の笑い話だが、当時は死にそうになった。

 その結果『幽炉の中の人格は普段から大きなストレスに晒されているのではないか? 彼らのストレスを軽減出来れば残量の減り方も軽減、或いは回復できるのではないか?』との観点からボクの研究は始まった訳だ。

 高校を飛び級し、大学でも幽炉残量回復関連の論文で表彰された事もある。

 優秀な学生であったボクは、卒業後は当然の様に縞原重工に就職し、そして配属された先は当然幽炉を作る『技術部』… ではなく『顧客管理カスタマーサービス部』だった。

 もちろん人事に食ってかかった。しかし返ってきた答えは「幽炉を回復させる仕事は製造時では無く、納品後の整備点検時に行うものである。顧客管理部は君の希望通りの部署のはずだ」だった。

 まぁボクが『幽炉の残量回復』を専門にしている以上、確かに理屈は通っている。
 とは言うものの、顧客管理部ここには研究する為の機材も資料も無いじゃないか?! こんなのとってもおかしいよ!

 ……あ、ようやく理解した。

 縞原重工かいしゃはボクの研究に価値を見出していないんだ。
「幽炉の回復なんて夢物語だ。幽炉の中身を弄るよりも、電話番のやり方でも覚えろ」という事なんだ……。

 てな感じで失意のまま、しばらく顧客管理部でOLもどきの仕事を続け、心が折れそうになった所で転機が訪れた。
 技術部から人材勧誘用のコミュニケーションAIを作って欲しい、という依頼が来たのだ。

 本来顧客管理部に回される様な仕事では無いのだが、繁忙期だった為か他の部署に尽く断られ顧客管理部うちに回ってきた、という訳だ。

 ここでボクはピーンと来たのだよ。普通なら技術部が人事部を通り越して直接人材勧誘なんかしない。
 技術部が直に人材を得ようとするなら、それは『幽炉』絡みなのでは? と推理し立候補したんだ。

 そして、打ち合わせで技術部にお邪魔した時に机の上に無造作に置かれていた資料の中に有ったのが『超時空間精神感応システム』の資料だ。

 ボクの視線を感じたのか、打ち合わせの社員さんは即座にさり気ない風を装ってその資料を隠した。それ即ち『部外者に見せられない物』という意味だ。

 幽炉の製法は縞原重工の中でもトップシークレット。その中で更に秘中の秘とされるのが『幽炉にされる人材の情報』だ。

 宇宙コロニーの人口は、大東亜連邦以外の全ての国でもしっかりと管理され、誕生と死亡のバランスを取って人口が大きく変わらない様に調整されている。
 その中で『魂』を提供する人間がどれだけ居るのか、長い事不思議に感じていた。

 かつて幽炉理論の講義で聞いたのは、『死刑囚』『服役中の重犯罪者』『余命幾ばくも無い重病患者』『重度知能障害者』『後期高齢者』『人類に近い霊長類動物』等を、不慮の事故で書類上は死亡したと見なして幽炉の『原料』にする、という物だった。

 でもそれじゃ現在世界中で展開されている輝甲兵の数は賄えない。1基の幽炉を満杯にするには平均2.4人の魂が必要だ。予備の幽炉も必要だから、輝甲兵1機に予備幽炉1基の単純計算でも『現在の輝甲兵の数×2.4×2』の数の魂が必要だ。ざっくり計算してその数は10万を超える。

 この数の人口がコロニーから消えたら、地球連合は国家として瓦解してしまう程の混乱に陥るだろう。

 だがもしそこで別の人材を引き入れられたら? 例えば異次元の人間とか……。

『超時空間精神感応システム』という名前しか分からない。しかしその名前だけでほぼ答えが出ているような物じゃないか?

 超気になる! でも文字通り部外者のボクが何かを聞いても、秘密を終えてくれる可能性はゼロだろう。

 …それなら自分で探るしか無いよね?

 その後、何事も無かったかの様に打ち合わせを終えたボクが作り上げたのが『真柄ちゃん』で、彼女を通じて幽炉ドナーの情報や『超時空間精神感応システム』の資料を入手しようと日々探っている、という訳さ。

 真柄ちゃんの今後の仕事の成果が楽しみで仕方ないよ。評判良いなら尚更のこと、たくさん使ってくれればそれだけ情報も集まるって事だしね。

 そして、真柄ちゃんと同時に研究して作成していたのが『対輝甲兵搭載型幽炉心療治療用人工知能』だ。

 幽炉のストレスを軽減あるいは解消するために作り上げた、究極の癒やしプログラム。性格は素直で可愛くて、それでいて少し頑固で、でも意中の人には優しくしちゃう、みたいな女の目から見たら鼻で笑っちゃう様な、男に都合の良い『聖女様』みたいなキャラクターを作った。

 だって幽炉ドナーって9割が男性なんだもん。そうなる様に真柄ちゃんを仕込んでもいるしね。

 さて、幽炉には意識レベルによって呼称が定められている。『意味の無い事をボソボソ呟く』呟く人ツイッター、『一方的に語りかけてくる』囁く人ウィスパー、『会話で意思疎通できる』話す人トーカーだ。

 この娘が相手の幽炉を問診して癒やして上げる(幽炉を回復させる)のが基本パターンだ。

 現時点でウィスパーと思われる事例までは確認されている。しかし、その後の追跡調査が全くと言っていいほどに行われていないのだ。

 そういった覚醒現象を経た幽炉本体はおろか、現象を体験した操者(パイロット)までもが、ほぼ全員入院したり行方不明になっている。
 もちろん入院患者への面会を申し入れたが許可されなかった。

『何かとってもヤバイ』事は分かる。それに中途半端に首を突っ込んでいるのも理解している。
 このままでは何か会社にとって後ろめたい理由で、ボクも捕まったり最悪殺されたりするのかも知れない……。

 それって…………。


 メッチャワクワクするよね?!


 そんな脅しでこのシナモンちゃんの進撃を止められるとでも思っているのかな? 甘い、甘いよ! カットキットチョコレートより甘いよ!

 …でもやっぱりちょっと怖いから、縞原の本社とは距離を取りたい。という訳で今回出向願いを出してみた。

 場所は大連ダーリェンにある前哨基地。真柄ちゃんの情報によると、そこに宮本なる例のピュアワン幽炉が納品されるそうなのだ。

 幽炉の容量を1人で満たす程の生命力を持つ存在『純粋な1人ピュアワン』と呼ばれる幽炉。

 トーカーとして覚醒するなら、やはり一番可能性が高いのはピュアワンだと踏んでいる。
 この辺りは調査の絶対数が足りないのでまだまだ仮説の段階だが、もしボクの仮説が正しければ人為的に幽炉の意識を覚醒させる事が出来るはずだ。

 その為の鍵になるのが先程の『聖女様』だ。
 …って『聖女様』じゃ言いづらい上に愛着も湧かないな。何か愛称を付けてあげようじゃないか。

 名前は… ジェニー、シズカ、ハイチャオ、ゲルダ、ユンファ、ルーシー、ニルチッイィ、カトリーヌ……。

 うーん、どれもイメージが合わないなぁ。
 と悩んでいたら、ふと天啓が降りてきた。よし、この娘の名は『ANGELAアンジェラ』、天使を意味するアンジェラにしよう。

 天啓にそのまま従うのも癪だけど、なんだかそれ以外に許されない雰囲気を天啓から感じたので仕方が無い。
 アンジェラで決定だ、異論は認めない。

 よぉし、これからこれで色々な幽炉を調べて、ゆくゆくはアンジェラちゃんを本当の『聖女』にしてあげるんだ!
 待ってろよ、世界中の幽炉に会いに行くからね!!
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