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第34話 翼竜討伐∶前編

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「結局依頼はどうするの? 翼竜ワイバーンやるの? それとも別のにする?」

 モンモンの質問にクロニアとティリティアが合わせて俺を注目する。これは俺に判断を任せるという意味だろう。

「とりあえず『近場の大物』というのは魅力的だよな。上手くすれば今日中に終われるし、せっかくの王都だから初日から美味い物を食って景気付けしたい! 作戦についてはちょっと試してみたい事もあるから、ワイバーンで受けてみるか…」

 という訳で、俺達の正規冒険者としての初仕事は翼竜ワイバーン退治と決まった。

 ☆

 ワイバーンが出没するという西門付近は、既に警備に駆り出された衛兵や冒険者が数組、警護巡回をしていた。彼らはワイバーンを倒すのではなく、周辺を警戒して家畜や小作人を逃したりする役割だ。
 家畜を完全に隠してしまうと、今度はワイバーンが周りの人間を襲う危険性があるので、ある程度の家畜は放牧されたままになっているそうだ。
 
「で、壁の上に登って来たが、作戦とは何なのだ?」

 俺達は今、バルジオの外壁の上に立っていた。今回の任務ミッションの鍵は『如何にして空を飛ぶ相手に対処するか?』である。その為の攻略の鍵が… これだ!
 
大弩バリスタだと? こんな物で空を飛ぶ相手にどうするつもりだ?」

 そう、俺が目を付けたのは街の防衛用に壁に設置された巨蛇なクロスボウ、バリスタだった。
 確かに矢を撃ち出すまでの時間や装填の遅さ、照準精度の問題等で動く相手に命中させるのは至難の業という兵器である。

「でも俺なら矢の軌道計算やタイムラグを考慮して、目標が地表にいる間なら命中させられそうな気がするんだよな…」

 不安そうなクロニア達を前に、俺は考えていた作戦を説明する。 
 バリスタの矢は長さが1m程もある物で、『矢』と言うより『銛』に近い。直撃させられれば巨大モンスターであっても無事では済まないだろう。
 
 囮用の家畜を放して、現れたワイバーンを射撃地点に誘い込む。バリスタの矢にはロープを結んで撃ち込み、そのままかせとし、飛行を妨げる作戦だ。
 飛んで逃げられなくさえしてしまえば、ワイバーンなんぞただのデカいトカゲと変わりない。 
 
 そろそろ日の落ちて暗くなる時間に城壁からバリスタを撃ち込める距離まで離れて、ワイバーンを射抜けるタイミングを指示するとなると……。
 
「勇者様が翼竜を相手に大弩の射撃場所に誘い込んだとして、そんなに遠くでは勇者様の合図を正確に捉えられる者がおりませんわ。どうにも機会を失してしまうのでなくて…?」

 そうなのだ。ティリティアの言葉の通り、着弾地点にワイバーンをおびき出すのは俺がやるとして、視界の大きく落ちる黄昏たそがれ時に、しかも100mほど離れた場所にいる俺の提示した『撃て!』の合図に寸分違わず合わせてこられる奴が必要だ。

「お前の『試してみたい事』ってそれなのか? そんな対応が出来る奴なんてこの世に…」

 クロニアが否定的な意見を口にする直前、俺の視線は別の人物に向いていた。
 
「モンモン、お前なら出来るだろ…?」

 ☆

「えー? いやまぁ確かにボクはオーガで、目鼻や耳は普通の人より感度高いと思うけどさぁ、そんなのやった事無いからなぁ…」

「とりあえず練習兼ねてやってみようぜ。俺は着弾予定地点に行って、弾道と弾速をこの目で確認する。もしワイバーンが現れたら、俺が絶対に・・・そこまで追い込むから、バリスタをそのまま動かさずに俺の合図で第2射を撃ってくれ」

 もうすでに日が落ち始めて空が赤みを帯びてくる。ワイバーンの出没時間はいつも日暮れ時らしいので、今を逃したら今日は現れない可能性もあるな……。

 壁の衛兵の話では、射角を最低まで絞っての到達距離はやはり100m前後だそうだ。バリスタを壁の内側に向けてもらい、家畜の居ない地域に向けて試射を行う。
 俺が右手を掲げると、それを視認したモンモンの指示だろう、間もなく巨大な矢が1本飛んできて、俺の頭上を超えて緑地に突き刺さる。この刺さった矢の場所にワイバーンを誘導すれば良い訳だ。
 
 手を上げてからの経過時間を確認出来たが、肝心の獲物ワイバーンが現れてくれない事には……。

 その時、北側の壁で動きがあった。こちらの用意した囮に釣られたのか、家畜達を目指して壁を乗り越えて来た奴が居た。どうやらワイバーンの嗅覚は想像以上みたいだ。

 「現れたか…」

 俺は改めて聖剣を握る手に力を込めた。

 ☆

 翼竜ワイバーンとは腕の代わりに翼を生やしたドラゴンが、バッサバッサと翼を動かして空を飛ぶ怪物モンスターをイメージしてもらえれば分かりやすい。
 俺の読んでいた漫画や小説ではゴブリン退治に次いでよく出てくるモンスターだ。きっと外見がドラゴンぽいくせに中級モンスターだから、ドラゴンほど気兼ねなく低~中レベル冒険者が討伐出来るためだろう。
 
 今気が付いたが、この世界のワイバーンの翼は想像していた様なコウモリの持つ皮膜では無く、鳥の様な羽根を纏っていた。なるほどあれならば鳥と同様に羽ばたいて揚力を得られる訳だな。
 
 さて目の前のワイバーンは全長7~8mはある、トラックサイズのトカゲだ。こいつが普通に俺を襲ってくるなら聖剣で対処も出来るだろうが、かねてからの懸念通り家畜エサを盗んで上空に逃げられたら手が出せない。

 ワイバーンは俺の姿を認めると、危機を感じたのか即座に空へ飛び上がり大きな咆哮を轟かせる。
 その意味が俺への威嚇なのか近くにいる仲間への警告なのかは分からないが、野生の勘で俺を『侮れない相手』と見ているのは間違い無い。

 ワイバーンはこちらの隙を窺う様に慎重に空を周回していて、なかなかこちらの攻撃射程に入ってこない。

 このまま持久戦に持ち込まれて夜になると困る。現代社会と違って街灯なんか無いのだ。暗闇での戦闘の怖さはゴブリンの洞窟で学習済み、出来るだけ避けたい。

 俺は脇にいた限りなく羊に近い動物を抱え上げ、先程バリスタの矢が撃ち込まれた場所へと走る。
 地面に刺さったままの矢にロープで羊を係留し、即座にその場から離れた。

 このまま羊に釣られてくれれば、バリスタなり俺の攻撃でワイバーンを仕留められるはずだ。

 俺が矢から充分に離れたのを確認したのか、ワイバーンが下降態勢に入った。
 そのまま急降下して羊を攫うべく巨大な足の爪を閃かせる。

 今だっ!
 
 俺はバリスタの脇で控えるモンモンに向けて、手を上げて合図を送った。
 急遽の作戦変更で合図を送った地点も当初の予定とは違っている。日も落ちかけてバリスタから遠く離れた俺の姿をモンモン達が視認できたかどうかも分からない。

 どうにも準備不足が祟ってか、行き当たりばったりの確実性の少ない作戦になってしまった。

 神に祈る気持ちで、降下するワイバーンに攻撃を合わせるべく必死で駆け寄る。しかしバリスタの第2射が当たってくれない事にはワイバーンの動きを止める間もなく羊は連れ去られてしまうだろう。

「間に合えーっ!」

 速度を上げて走る俺の正面、今まさに羊を掴んで飛び去ろうとしたワイバーンに巨大な矢が突き刺さった。
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