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第51話 一問一答
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チャロアイトの仮面の奥からは確実に怒気が感じ取れた。何だよ? 俺なんか気に障る事を言ったのか…?
「『嘘は無し』と誓った直後にこれか…? アドモンゲルンは創世神話において『世に災いをもたらす魔剣』と称されている。愛と慈悲の女神であるアイトゥーシアから賜るなどあり得ない。『別の世界から来た』などという世迷い言も含め、嘘はもう少し上手く吐く事だ」
えぇ…? そんな事を言われても、俺は全て正直に話しているんだけどなぁ… ただ俺の返答を『嘘』だと思われていると、この先の俺の質問も『嘘』で返される可能性が高い。それは困る。
まぁ『嘘は無し』って話に俺はまだ同意していないんだが、今それを言ったら全部ぶち壊しになるだろうな……。
「嘘じゃない! 俺は本当に別の世界の『日本』という国からやってきたんだ。この世界に来てからまだ2ヶ月も経ってない。言葉は通じるし文字も読めるけど、それはきっとこの聖剣の加護の力なんだ。信じて欲しい!」
何の義理もない通りすがり者の疑問なら軽くすっとぼければ良いし、最悪斬ってしまっても良い。だがベルモの治療の情報を手にするまでは、この魔術師の機嫌を損ねるのは得策ではない。
「…確かに君の話が本当ならば、並の人間には不可能な剛力無双と、その出生からの噂話を全く聞かなかった事の理由付けにはなる。それにガルソム侯爵領のどこを探しても君の戸籍は確認されなかった。君は『宙から突如現れた』とするのが最も説得力のある仮説だったが、まさかそれが正しいとはな…」
チャロアイトは諦めた感じで言い捨てる。納得しようがしまいがこちらはそれで通すしか無い。
「じゃ、じゃあ今度はこちらの質問だ。チャロアイトは何者なんだ? 何が目的で教会の選んだ勇者の世話をしている? 魔術師は教会から迫害されていると聞いてるぞ? おかしくないか…?」
チャロアイトは微動だにせずにこちらを凝視している。仮面の奥の目は見えないが、その視線は俺を捉えているのがハッキリと分かる。
「質問が多いな… まぁいい。どの道まとめて説明してやろうとは思っていた。私は『幻夢兵団』の人間で、バルジオン王国の平和と安寧を守護している。これが最初の問いの答えだ」
「げんむへいだん…」
チャロアイトの言葉に間抜けヅラしてオウム返しするしか出来ない俺。チャロアイトはそんな俺を無視して話を続けた。
「そしてアイトゥーシア教会は魔術師の存在を疎ましく思い迫害してきたのも事実。だが開明的なバルジオン王はそうではなかった。バルジオン王がかつては一介の冒険者であった事は知っているか?」
あぁ、なんか聞いたことがある。俺は黙って首肯した。
「バルジオン王の旅の仲間にも魔術師が居てな、王は魔術師の有用性を十分に理解しておられた。そして功績を上げ貴族となり、前王よりこの地方を与えられた際に魔術師による諜報部隊、防諜部隊の設立を行ったのだ。その後、前王の逝去をきっかけに貴族達の内乱が発生、群雄割拠の如く割れた国土を再び平定したのが今のバルジオン王陛下、そしてその際に活躍したのが…」
「あんたら魔術師の部隊ってわけか…」
今度はチャロアイトが無言のまま首肯する。
「教会と勇者の話は長くなるので一旦保留だ。次はこちらが聞くぞ。君の質問を返すとともに改めて質問しよう、『君がこの国にやってきた目的は何だ?』」
う~ん、『目的』って言われてもなぁ… いきなり飛ばされたから俺が選んでこの国に来たわけでは無いし、女神からも好きに生きろと言われている。
「女神から剣を貰って、(筆おろししてから)その後この土地に飛ばされて来たので、別にこの国自体に用があった訳では無いし、目的らしい目的も特には無いよ… 強いて言うなら冒険者として大成したいな」
チャロアイトはノーリアクションのままだ。俺の言葉を聞いているのかいないのかすら判然としない。
「『世に災いをもたらす魔剣』を携えた異入者が『用事も目的も無い』なんて出来すぎた話は、にわかには信じられん… 或いは君を送り込んだ『女神』とやらが君にも明かしていない真の目的があるのかも知れんな…」
確かに俺は今まで、俺をこの世界に送り出してくれた女神アイトゥーシアを怪しんだ事はなかった。正直、俺の『初めての女神』であり、今でも仄かに憧れの気持ちは残っている。
しかしこの世界に来てからの『主神アイトゥーシア』は俺の会ったアイトゥーシアとは何もかもが違っていた。
俺の知っているアイトゥーシアはムチムチのナイスバディで、文字通りノリノリの体当たりで慣れない俺に性教育を施してくれた。
しかし、この世界で聞くアイトゥーシアはしわくちゃの老婆の姿をしており、かつてのティリティアや聖女ホムラの様に『女は貞淑にし、男に触れるべからず』といった教義のあるガチガチの性規範主義を掲げる宗教の本尊だ。
この真逆とさえ言えるような女神の対応を、ただの『解釈違い』で済ませるのもかなり無理がある気がする。信者の前だと猫を被っている、とかそんなレベルじゃないんだよな……。
まぁアイトゥーシア本人に話を聞けない以上、俺たち下々がどうこう言っても埒が明かない。
「えっと、その辺の事情は俺には分からない、本気で分からないので聞かれても困るんだ… そ、それでは次はこちらの質問だ。今回の『蛇』退治の話を持ってきた俺の仲間のベルモ、彼女を助けてやって欲しい。蛇の毒ガスで肺を焼かれて今後の生活に難を来している。聖女の法術で出来る限りの治療はしてもらったが、今以上には治せないらしい。そちらの持っている魔法とか薬品でどうにか出来ないか…?」
ようやく本題が話せた。とにかくチャロアイトは個人ではなく部隊で動く連中の1人だと分かった事で、チャロアイト単体に治療の術が無くても奴の仲間を頼る流れには出来るはずだ。
「『身体の治療』を目的とした魔法は無いが、『部分的に老化させて自然治癒を速める』やり方はある。更に『今ある能力を強化する』薬品ならば、弱っている部分を『強化』する事で通常の状態に近付ける事は理論上可能だろう」
おぉ! 何かあるじゃん良さそうなの! ただ『老化』による自然治癒は放っておけば治る様な傷でなければ意味がなく、今回のベルモには効かない。これはボツだ。
次の『強化』はどうなんだ? マイナスになった機能を『強化』して下駄を履かせる事でゼロかそれ以上に戻せるのか? よく分からないが、現状頼れるプランは他にないと思える。俺はその場で頭を下げた。
「そ、その薬を何とか譲っては貰えないか? 頼む! 大切な仲間なんだ…」
もう少し頭を働かせれば、もっと駆け引き的な会話が出来たかも知れないが、今は考えるより前に声が出た。搦め手を使っている場合じゃない。
「なるほど… それでは今後も私の仕事を手伝ってくれたなら考えて上げても良いかしらね…」
急に女の声が聞こえて頭を上げた俺の見た者は、仮面を取ってこちらに悪そうな笑みを見せているイクチナさんだった……。
「『嘘は無し』と誓った直後にこれか…? アドモンゲルンは創世神話において『世に災いをもたらす魔剣』と称されている。愛と慈悲の女神であるアイトゥーシアから賜るなどあり得ない。『別の世界から来た』などという世迷い言も含め、嘘はもう少し上手く吐く事だ」
えぇ…? そんな事を言われても、俺は全て正直に話しているんだけどなぁ… ただ俺の返答を『嘘』だと思われていると、この先の俺の質問も『嘘』で返される可能性が高い。それは困る。
まぁ『嘘は無し』って話に俺はまだ同意していないんだが、今それを言ったら全部ぶち壊しになるだろうな……。
「嘘じゃない! 俺は本当に別の世界の『日本』という国からやってきたんだ。この世界に来てからまだ2ヶ月も経ってない。言葉は通じるし文字も読めるけど、それはきっとこの聖剣の加護の力なんだ。信じて欲しい!」
何の義理もない通りすがり者の疑問なら軽くすっとぼければ良いし、最悪斬ってしまっても良い。だがベルモの治療の情報を手にするまでは、この魔術師の機嫌を損ねるのは得策ではない。
「…確かに君の話が本当ならば、並の人間には不可能な剛力無双と、その出生からの噂話を全く聞かなかった事の理由付けにはなる。それにガルソム侯爵領のどこを探しても君の戸籍は確認されなかった。君は『宙から突如現れた』とするのが最も説得力のある仮説だったが、まさかそれが正しいとはな…」
チャロアイトは諦めた感じで言い捨てる。納得しようがしまいがこちらはそれで通すしか無い。
「じゃ、じゃあ今度はこちらの質問だ。チャロアイトは何者なんだ? 何が目的で教会の選んだ勇者の世話をしている? 魔術師は教会から迫害されていると聞いてるぞ? おかしくないか…?」
チャロアイトは微動だにせずにこちらを凝視している。仮面の奥の目は見えないが、その視線は俺を捉えているのがハッキリと分かる。
「質問が多いな… まぁいい。どの道まとめて説明してやろうとは思っていた。私は『幻夢兵団』の人間で、バルジオン王国の平和と安寧を守護している。これが最初の問いの答えだ」
「げんむへいだん…」
チャロアイトの言葉に間抜けヅラしてオウム返しするしか出来ない俺。チャロアイトはそんな俺を無視して話を続けた。
「そしてアイトゥーシア教会は魔術師の存在を疎ましく思い迫害してきたのも事実。だが開明的なバルジオン王はそうではなかった。バルジオン王がかつては一介の冒険者であった事は知っているか?」
あぁ、なんか聞いたことがある。俺は黙って首肯した。
「バルジオン王の旅の仲間にも魔術師が居てな、王は魔術師の有用性を十分に理解しておられた。そして功績を上げ貴族となり、前王よりこの地方を与えられた際に魔術師による諜報部隊、防諜部隊の設立を行ったのだ。その後、前王の逝去をきっかけに貴族達の内乱が発生、群雄割拠の如く割れた国土を再び平定したのが今のバルジオン王陛下、そしてその際に活躍したのが…」
「あんたら魔術師の部隊ってわけか…」
今度はチャロアイトが無言のまま首肯する。
「教会と勇者の話は長くなるので一旦保留だ。次はこちらが聞くぞ。君の質問を返すとともに改めて質問しよう、『君がこの国にやってきた目的は何だ?』」
う~ん、『目的』って言われてもなぁ… いきなり飛ばされたから俺が選んでこの国に来たわけでは無いし、女神からも好きに生きろと言われている。
「女神から剣を貰って、(筆おろししてから)その後この土地に飛ばされて来たので、別にこの国自体に用があった訳では無いし、目的らしい目的も特には無いよ… 強いて言うなら冒険者として大成したいな」
チャロアイトはノーリアクションのままだ。俺の言葉を聞いているのかいないのかすら判然としない。
「『世に災いをもたらす魔剣』を携えた異入者が『用事も目的も無い』なんて出来すぎた話は、にわかには信じられん… 或いは君を送り込んだ『女神』とやらが君にも明かしていない真の目的があるのかも知れんな…」
確かに俺は今まで、俺をこの世界に送り出してくれた女神アイトゥーシアを怪しんだ事はなかった。正直、俺の『初めての女神』であり、今でも仄かに憧れの気持ちは残っている。
しかしこの世界に来てからの『主神アイトゥーシア』は俺の会ったアイトゥーシアとは何もかもが違っていた。
俺の知っているアイトゥーシアはムチムチのナイスバディで、文字通りノリノリの体当たりで慣れない俺に性教育を施してくれた。
しかし、この世界で聞くアイトゥーシアはしわくちゃの老婆の姿をしており、かつてのティリティアや聖女ホムラの様に『女は貞淑にし、男に触れるべからず』といった教義のあるガチガチの性規範主義を掲げる宗教の本尊だ。
この真逆とさえ言えるような女神の対応を、ただの『解釈違い』で済ませるのもかなり無理がある気がする。信者の前だと猫を被っている、とかそんなレベルじゃないんだよな……。
まぁアイトゥーシア本人に話を聞けない以上、俺たち下々がどうこう言っても埒が明かない。
「えっと、その辺の事情は俺には分からない、本気で分からないので聞かれても困るんだ… そ、それでは次はこちらの質問だ。今回の『蛇』退治の話を持ってきた俺の仲間のベルモ、彼女を助けてやって欲しい。蛇の毒ガスで肺を焼かれて今後の生活に難を来している。聖女の法術で出来る限りの治療はしてもらったが、今以上には治せないらしい。そちらの持っている魔法とか薬品でどうにか出来ないか…?」
ようやく本題が話せた。とにかくチャロアイトは個人ではなく部隊で動く連中の1人だと分かった事で、チャロアイト単体に治療の術が無くても奴の仲間を頼る流れには出来るはずだ。
「『身体の治療』を目的とした魔法は無いが、『部分的に老化させて自然治癒を速める』やり方はある。更に『今ある能力を強化する』薬品ならば、弱っている部分を『強化』する事で通常の状態に近付ける事は理論上可能だろう」
おぉ! 何かあるじゃん良さそうなの! ただ『老化』による自然治癒は放っておけば治る様な傷でなければ意味がなく、今回のベルモには効かない。これはボツだ。
次の『強化』はどうなんだ? マイナスになった機能を『強化』して下駄を履かせる事でゼロかそれ以上に戻せるのか? よく分からないが、現状頼れるプランは他にないと思える。俺はその場で頭を下げた。
「そ、その薬を何とか譲っては貰えないか? 頼む! 大切な仲間なんだ…」
もう少し頭を働かせれば、もっと駆け引き的な会話が出来たかも知れないが、今は考えるより前に声が出た。搦め手を使っている場合じゃない。
「なるほど… それでは今後も私の仕事を手伝ってくれたなら考えて上げても良いかしらね…」
急に女の声が聞こえて頭を上げた俺の見た者は、仮面を取ってこちらに悪そうな笑みを見せているイクチナさんだった……。
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