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第59話 板挟み
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「それで、なぜ貴女が私達と一緒に居るのかしら? その辺の経緯をすっ飛ばされた気がするのですけれども…?」
王様との謁見を終えた城からの帰り、俺とティリティアの2人で来たはずの道を、今何故かチャロアイトを加えた3人で歩いている。しかもチャロアイトは俺の左腕に抱きついて、ルンルンと恋人気取りで上機嫌に見える。
確かにチャロアイトが来ることについて何の説明も受けていない。しかも彼女が派遣された理由が『有事の際に俺を暗殺する事』だと俺は知ってしまっているのだ。
常識的に考えて危険極まりないチャロアイトを手元に置いておくのは、リスク以外の何物でもないとは思うのだが、王様とのガチバトルを止めてくれたのは誰あろうチャロアイトだし、何より彼女は俺と体を重ねている。
チャロアイト、或いはその背後に居ると思しきリーナの思惑が読めないからこそ、近くに置いて監視するべきだとも思うし、俺の『魅了』が効いているのなら、そうそう俺に害をなす様な真似はしないだろう、との考えも計算に入っている。
ただチャロアイトから伝え聞いた『魔道士』の特性から、任務への忠誠心が俺への慕情を上回る可能性もある。そうなると俺の命を狙う神出鬼没の魔法使いを野放しにするのはとても危険だ。
四六時中暗殺の危険に怯えるくらいなら、いっそチャロアイトには目の届く所にいてもらった方が助かるのだ。
「あら、つれないのね『先輩』。腕利きで美人の術師が仲間になってあげるのだから喜びなさいな」
チャロアイトは挑発する目でティリティアを煽る。正直そういう真似は止めて欲しい。腕利きはともかく『美人』は女であるティリティアにとって何の意味も無い。むしろその神経を逆撫でするだけだろう。
「わ、私は教義で魔道に触れる事を固く戒められております。なので貴女のような方と行動を共にする訳には参りません!」
チャロアイトの挑発がよほど刺さったのか、顔を真っ赤にして抗弁するティリティア。何にせよ天下の往来で大声を出してケンカしないで欲しいのだが……。
「ねぇ、勇者様からも何か言ってやって下さいまし。『魔道の者とは共に動く事は出来ない』と」
ティリティアの矛先が俺に向いてきた。うーん、ティリティアの気持ちも分かるけど、俺としてはチャロアイトの行動は把握しておきたいんだよな。
「あら、それなら夫でもない殿方と共に旅をしたり、同衾するのは良いのかしら? それに彼の強さは魔道に基づいた物だと言うことくらい、貴女だって気がついているでしょう…?」
ティリティアに対して、どう答えた物かと俺が一瞬考え込んだタイミングでチャロアイトがぶち込んできた。
確かに教義とやらに忠実に従うなら、ティリティアはヘビ退治の時の聖女パーティの様に、女だけで組む事しか許されないはずだ。
加えて俺の強さや『魅了』の効果が、俺本人の実力に則した物ではない事もティリティアなら十分に理解しているはずだ。
「そ、それは、その… 将来の事を見据えて、というか… 何ていうか…」
ティリティアの視線がチラリと俺に向く。救援依頼の視線なのかな? ていうかこの状況で俺はどうすれば良いんだよ?
確かに俺はティリティアと共に旅をしているし、体の関係も深いものがある。だがそれはクロニアやベルモも同様だし、それがすぐ結婚という話にもならないと思うんだ。
このバルジオンという国の婚姻制度はまだよく分からないが、今まで街中を見てきた限りは一夫一婦制度の元に人々の生活がある様に思えた。
確かにティリティアは育ちが良くて美人だし、周りに気が利いて機転も回る、俺には勿体ないくらいかなりハイスペックな女だ。
更にゴブリンに犯された身の穢れを打ち払わんとするかの様に、性愛の行為も積極的で激しいし、その相性も良いと思う。
だが一度激昂すると手が付けられなくなる性格に加え、その頭の良さ故に奥が見えない怖さがある。何か陰謀めいた事を裏で考えているのが、俺でも何となく分かるんだよなぁ。
その何らかの目的の為に俺を利用している事も薄々感じている訳で、聖剣による『魅了』を度外視した場合、ティリティアの俺に対する意識は『恋愛』ではない事は確定的だ。
ティリティアは確かに『良い女』だ。だがその腹のうちで何か大きな事を策謀しているのは間違い無い。結局俺とティリティアの関係は『恋愛感情』ではなく『共依存』という事なのだろう。
話を戻すと、「ティリティアと結婚するのか?」問われた場合に「はい」と即答出来ない自分がいる。それこそクロニア達とじっくり話す必要があるだろうし。
「ふふふ、分かってるわ。冒険者をやっている神官なんてみんな破戒僧ばっかりよ。あのラングローム様だって床では凄いんだから…」
何だその言い草は? チャロアイトあの大司教のオッサンとも寝てるって事か? 幻夢兵団てのはそんな仕事もやってんのか?
「な…………」
チャロアイトの言葉はティリティアには二重の意味でショッキングだったらしく、ティリティアは顔を赤くしたまま何も言えなくなってしまった。
「ティリティアが私の邪魔をしない限り、私も貴女の邪魔はしない。ま、貴女の希望と私の仕事がかち合わない限りは、ね。もちろんベッドで彼を独り占めなんてしないから、仲良くしましょうよ。ね、『先輩』」
再びティリティアに挑発的な視線を送るチャロアイトだったが、ティリティアは諦めて腹を決めたのか、大きく「はぁ~」と息を吐きだして、不貞腐れた様に1人でスタスタと先に歩いていってしまった。
「ふぅ、一番の難敵の了解が取れて良かったわ。改めてこれからよろしくね」
俺に腕を絡ませたままのチャロアイトが、勝ち誇った表情で俺に微笑みかけた。
「おい、なに『解決しました』風な事をいってるんだよ? まだ肝心のチャロアイトがパーティに入る理由を聞いてないんだからな? それに俺はお前とあのリーナって奴の暗号も聞き取れたから、お前の目的は分かってるんだぞ?」
チャロアイトはほんの一瞬だけマジメな醒めた目を俺に向けてきた。恐らくあの魔法語(?)の暗号が俺に理解できるはずは無いと思っている。それを一瞬だけ訝しんだものの、『そんなはずは無い』と表情を戻した。そんな感じだろう。バカにしやがって……。
「幻夢兵団は俺を『魔の者』と認定して、俺がこの国の脅威になるようなら、お前は俺を殺す為に動く。それがお前の目的。そうだろ…?」
チャロアイトは俺の言葉が聞こえなかったかの様に、そっぽを向いて露店の串焼きの物色をしている。
明らかに都合の悪い事を聞き流そうとしている態度だ。
「なぁおい…」
無視すんじゃねぇよ、と言おうとした所で異変が起きた。俺達の前を歩いていたティリティアが、急に口元を押さえて路肩に寄り、嘔吐を始めたのだ。
どうした? もしかしてどこかで毒でも盛られたのか? だがティリティアと宿を出てから今まで飲食は一切していない。
チャロアイトに『ティリティアに一服盛ったのか?』という視線を送るが、チャロアイトは無言で首を振って答えた。その瞳にはいつものチャロアイトの芝居めいた余裕が感じられなかったから、多分チャロアイトは無実だろう。
「ちょっと大丈夫? 久しぶりに王様と会って緊張しちゃったの?」
チャロアイトが蹲っているティリティアの介抱に向かう。これは普通に心配しているんだよ、な…?
「コホ、コホ… ええ、大丈夫ですわ…」
少し咳き込みながら立ち上がるティリティア。確かに傍目には、極度の緊張から解放された安心感から嘔吐してしまった、という風にも見える。
ティリティアは少し青褪めた顔を俺に向ける。そして弱々しく、だが誇らしく微笑む彼女は、次にとんでもない爆弾を俺に投げてきた。
「勇者様、『もしかして』ですけど、私、赤子を授かったかも知れませんわ……」
王様との謁見を終えた城からの帰り、俺とティリティアの2人で来たはずの道を、今何故かチャロアイトを加えた3人で歩いている。しかもチャロアイトは俺の左腕に抱きついて、ルンルンと恋人気取りで上機嫌に見える。
確かにチャロアイトが来ることについて何の説明も受けていない。しかも彼女が派遣された理由が『有事の際に俺を暗殺する事』だと俺は知ってしまっているのだ。
常識的に考えて危険極まりないチャロアイトを手元に置いておくのは、リスク以外の何物でもないとは思うのだが、王様とのガチバトルを止めてくれたのは誰あろうチャロアイトだし、何より彼女は俺と体を重ねている。
チャロアイト、或いはその背後に居ると思しきリーナの思惑が読めないからこそ、近くに置いて監視するべきだとも思うし、俺の『魅了』が効いているのなら、そうそう俺に害をなす様な真似はしないだろう、との考えも計算に入っている。
ただチャロアイトから伝え聞いた『魔道士』の特性から、任務への忠誠心が俺への慕情を上回る可能性もある。そうなると俺の命を狙う神出鬼没の魔法使いを野放しにするのはとても危険だ。
四六時中暗殺の危険に怯えるくらいなら、いっそチャロアイトには目の届く所にいてもらった方が助かるのだ。
「あら、つれないのね『先輩』。腕利きで美人の術師が仲間になってあげるのだから喜びなさいな」
チャロアイトは挑発する目でティリティアを煽る。正直そういう真似は止めて欲しい。腕利きはともかく『美人』は女であるティリティアにとって何の意味も無い。むしろその神経を逆撫でするだけだろう。
「わ、私は教義で魔道に触れる事を固く戒められております。なので貴女のような方と行動を共にする訳には参りません!」
チャロアイトの挑発がよほど刺さったのか、顔を真っ赤にして抗弁するティリティア。何にせよ天下の往来で大声を出してケンカしないで欲しいのだが……。
「ねぇ、勇者様からも何か言ってやって下さいまし。『魔道の者とは共に動く事は出来ない』と」
ティリティアの矛先が俺に向いてきた。うーん、ティリティアの気持ちも分かるけど、俺としてはチャロアイトの行動は把握しておきたいんだよな。
「あら、それなら夫でもない殿方と共に旅をしたり、同衾するのは良いのかしら? それに彼の強さは魔道に基づいた物だと言うことくらい、貴女だって気がついているでしょう…?」
ティリティアに対して、どう答えた物かと俺が一瞬考え込んだタイミングでチャロアイトがぶち込んできた。
確かに教義とやらに忠実に従うなら、ティリティアはヘビ退治の時の聖女パーティの様に、女だけで組む事しか許されないはずだ。
加えて俺の強さや『魅了』の効果が、俺本人の実力に則した物ではない事もティリティアなら十分に理解しているはずだ。
「そ、それは、その… 将来の事を見据えて、というか… 何ていうか…」
ティリティアの視線がチラリと俺に向く。救援依頼の視線なのかな? ていうかこの状況で俺はどうすれば良いんだよ?
確かに俺はティリティアと共に旅をしているし、体の関係も深いものがある。だがそれはクロニアやベルモも同様だし、それがすぐ結婚という話にもならないと思うんだ。
このバルジオンという国の婚姻制度はまだよく分からないが、今まで街中を見てきた限りは一夫一婦制度の元に人々の生活がある様に思えた。
確かにティリティアは育ちが良くて美人だし、周りに気が利いて機転も回る、俺には勿体ないくらいかなりハイスペックな女だ。
更にゴブリンに犯された身の穢れを打ち払わんとするかの様に、性愛の行為も積極的で激しいし、その相性も良いと思う。
だが一度激昂すると手が付けられなくなる性格に加え、その頭の良さ故に奥が見えない怖さがある。何か陰謀めいた事を裏で考えているのが、俺でも何となく分かるんだよなぁ。
その何らかの目的の為に俺を利用している事も薄々感じている訳で、聖剣による『魅了』を度外視した場合、ティリティアの俺に対する意識は『恋愛』ではない事は確定的だ。
ティリティアは確かに『良い女』だ。だがその腹のうちで何か大きな事を策謀しているのは間違い無い。結局俺とティリティアの関係は『恋愛感情』ではなく『共依存』という事なのだろう。
話を戻すと、「ティリティアと結婚するのか?」問われた場合に「はい」と即答出来ない自分がいる。それこそクロニア達とじっくり話す必要があるだろうし。
「ふふふ、分かってるわ。冒険者をやっている神官なんてみんな破戒僧ばっかりよ。あのラングローム様だって床では凄いんだから…」
何だその言い草は? チャロアイトあの大司教のオッサンとも寝てるって事か? 幻夢兵団てのはそんな仕事もやってんのか?
「な…………」
チャロアイトの言葉はティリティアには二重の意味でショッキングだったらしく、ティリティアは顔を赤くしたまま何も言えなくなってしまった。
「ティリティアが私の邪魔をしない限り、私も貴女の邪魔はしない。ま、貴女の希望と私の仕事がかち合わない限りは、ね。もちろんベッドで彼を独り占めなんてしないから、仲良くしましょうよ。ね、『先輩』」
再びティリティアに挑発的な視線を送るチャロアイトだったが、ティリティアは諦めて腹を決めたのか、大きく「はぁ~」と息を吐きだして、不貞腐れた様に1人でスタスタと先に歩いていってしまった。
「ふぅ、一番の難敵の了解が取れて良かったわ。改めてこれからよろしくね」
俺に腕を絡ませたままのチャロアイトが、勝ち誇った表情で俺に微笑みかけた。
「おい、なに『解決しました』風な事をいってるんだよ? まだ肝心のチャロアイトがパーティに入る理由を聞いてないんだからな? それに俺はお前とあのリーナって奴の暗号も聞き取れたから、お前の目的は分かってるんだぞ?」
チャロアイトはほんの一瞬だけマジメな醒めた目を俺に向けてきた。恐らくあの魔法語(?)の暗号が俺に理解できるはずは無いと思っている。それを一瞬だけ訝しんだものの、『そんなはずは無い』と表情を戻した。そんな感じだろう。バカにしやがって……。
「幻夢兵団は俺を『魔の者』と認定して、俺がこの国の脅威になるようなら、お前は俺を殺す為に動く。それがお前の目的。そうだろ…?」
チャロアイトは俺の言葉が聞こえなかったかの様に、そっぽを向いて露店の串焼きの物色をしている。
明らかに都合の悪い事を聞き流そうとしている態度だ。
「なぁおい…」
無視すんじゃねぇよ、と言おうとした所で異変が起きた。俺達の前を歩いていたティリティアが、急に口元を押さえて路肩に寄り、嘔吐を始めたのだ。
どうした? もしかしてどこかで毒でも盛られたのか? だがティリティアと宿を出てから今まで飲食は一切していない。
チャロアイトに『ティリティアに一服盛ったのか?』という視線を送るが、チャロアイトは無言で首を振って答えた。その瞳にはいつものチャロアイトの芝居めいた余裕が感じられなかったから、多分チャロアイトは無実だろう。
「ちょっと大丈夫? 久しぶりに王様と会って緊張しちゃったの?」
チャロアイトが蹲っているティリティアの介抱に向かう。これは普通に心配しているんだよ、な…?
「コホ、コホ… ええ、大丈夫ですわ…」
少し咳き込みながら立ち上がるティリティア。確かに傍目には、極度の緊張から解放された安心感から嘔吐してしまった、という風にも見える。
ティリティアは少し青褪めた顔を俺に向ける。そして弱々しく、だが誇らしく微笑む彼女は、次にとんでもない爆弾を俺に投げてきた。
「勇者様、『もしかして』ですけど、私、赤子を授かったかも知れませんわ……」
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