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第三章

第38話 わたこ

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「まずは変態ね。『変態メタモルフォーゼ』と叫びなさい」

 睦美の指示に綿子は緊張を隠せない。始めにつばめから魔法の話を聞いた時には『幼稚な夢物語』としてしか受け取っていなかったが、先程の試合において目の前で久子や智子の変貌を目の当たりにしたのであるから、こればかりは信じざるを得ない。

 マジボラ及び女子レスリング同好会の全員が何かしらの超常能力を所持している中(つばめの容態を見に来た保健の不二子先生は別として)、自分だけ何も無いのは悲しすぎるし自尊心も傷つく。

 何より例えいくつになっても『隠された力』等というワードにはワクワクしてしまう。これは老若男女関係無いのでは無かろうか?

 バンドを巻いた右手を高く上げて綿子は期待を込めて「めたもるふぉーぜ!」と声を出す。
 するとバンドから無数のリボンが出現し綿子を包む。そこまでは見慣れた光景だ。

 そのリボンの繭から生まれいでたる新たな魔法少女、新見綿子あらため『プリティコットン』である。
『赤』を基調とした明るい色合いで、つばめの物よりもシンプルなデザインのドレスに、髪も目の色も紅く染まって比較的見栄えの良い外見にまとまっている。

「うわ、本当に変身しちゃったよ… これちゃんと元に戻せるんですよね?」

 部室の鏡とにらめっこをしながら現実的な質問を投げてくる綿子。つばめの場合は身バレの危険を気にするあまり、更に根源的な問題が見えていなかったのだが、綿子の方がしっかりしているという事なのだろう。

「強く『戻れ』と念じるか、もう一度『変態メタモルフォーゼ』と唱えれば戻るわよ。さ、次が本番よ。これに魔法をかけてみて」

 いよいよ綿子の魔法の披露である。綿子の目の前には睦美が変える途中で拾ってきた長さ20cm、太さ2cm程の木の枝の端切れが机の上に置かれている。

「えー、ゴホン… では行きます! 『きゃりーぱみゅぴゃむ』…」

 いきなり噛んだ。噛み仲間が出来て密かに少し嬉しいつばめ。

「…慌てないでいいわよ。呪文を噛むと何も起こらない上に魔力を浪費するんだから」

 つばめの時と同じ反応だ。マジボラに過去何人の魔法少女が在籍していたのかは分からないが、似た様なやり取りを何度もしてきたのだろう、睦美の『慣れ』と『諦め』が表面に滲み出ていた。

「つばめっち、これ3回連続とか一生掛かっても言える気がしないよ。しかもなんかやたら疲れるし…」

 つばめにボヤく綿子。つばめとしても同じ経験をしてきているだけに『わかる』と苦笑するしかない。

「ねぇ新見さん、とりあえず1回だけでも確実に唱えてみて。多分それでも発動だけはすると思うの」

 不二子が横から口を挟む。部外者に横入りされて睦美は面白くない。

「ちょっと不二子、いきなりしゃしゃり出て来ないで。アンタはもう部外者なんだから…」

「便利な貴女たちと違って『早口言葉を唱えて』魔法を使っていた先輩としての考察よ。私しか知らない仕組みも結構あるのよ?」

 睦美と不二子の口論だが、そう言われては睦美も口をつぐまざるを得ない。この場のオブザーバーとしては不二子の方が優れているだろう。

「それじゃあちょっとやってみますね… 『きゃりーぱみゅぱみゅ』!」

 まだ滑舌が怪しい雰囲気もあるが、綿子がしっかりと言い終わった途端に、綿子の目の前に置かれた木の棒がブルブルと震え出した。度合いとしては携帯電話や電動マッサージ機のバイブレーション機能くらいであろうか?

『これはどういった用途があるのか?』

 という疑問は今はさておき、魔法の発動は成功である。

「初魔法おめでとう」

 不二子が綿子に向けて拍手をする。睦美はノーリアクションだが久子が不二子に続き、つばめもノリで久子に付き合う。

「ぜ~、ぜ~、いやメッチャ疲れますねコレ… んで、この棒を使って何するんです?」

 綿子が不二子に尋ねる。2度の魔法使用で消耗が激しそうだ。

「う~ん、何に使うかはこれから考えるとして、まずは魔法に慣れる事ねぇ…」

 不二子も明言は避けたい話題であるようだ。

「うーん、こんなんとりあえず彼氏とのエッチの時にアクセントとして使うくらいしか無くない?」

 ここで綿子が問題発言をぶちこんだ。睦美と久子は意味が分かって居ないらしく怪訝な顔を返してきたが、不二子は困り顔、つばめは既に真っ赤な顔をして狼狽えている。

「ちょ、ちょっと、綿子! あ、あなた彼氏とかいるの? そ、それにエッチとか聞こえたような…」

「あたしは大学生の彼ピッピいるよー。もう4ヶ月かなー?」

 質問の半分は敢えて答えない綿子、狼狽しているつばめに対して刺激が強すぎる、という配慮であろうか?

 これまで綿子は沖田や御影といった学内のイケメンに興味を示してこなかったのであるが、何の事はない、すでに年上のお相手が居たからガツガツする必要が無かっただけなのだ。

「まぁ、今日はお疲れでしょうからもう良いわ。ご協力ありがとうね、新見さん」

 不二子が綿子に退出を促し、綿子はそそくさと女子レスリング同好会へと帰っていった。勝手に仕切られて文句を言おうとした睦美だったが、久子によって制止されていた。

「あの子の力、もしかしたら途轍もない災いになるかも知れないわね…」

 綿子の退出を確認した不二子の突然の不吉な懸念に空気を重くするマジボラ部室。

「不二子…」

 そこで睦美が不二子を見つめ、重たい口を開く。その思い詰めた表情には何やら重大な用件が隠されて……。

「アンタ、なんかハカセ的なポジションとしてこのまま居座ろうとしてない?」
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