正義仮面/姫騎士のシルベステ

彼内るぅる

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1.シルベステ・オーシャン

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 喝采。
 多くの人々が、彼を見ていた。
 傷つき、その果てに勝利を掴んだ者への、憧れの混じった、喝采。

 やまない拍手が鳴っている。
 表彰台、この国の帝王の立つその隣、あの一番高い場所に向かって。

 ★

 かの帝王、ゼロ・オーシャンは、4人の妃を作った。

 最も寵愛を受けた者は、国内で最高の美貌と力を持つとされた、最初の妻、"大魔法使い"ファシター。

 次が隣国の王女ネゥ、3番目の妻に"剣公"のサッド、4番目に、私のお母さん、フォロウ。

 フォロウはデント家に生まれた商人の娘で、隣国から送られたネゥと同じで、まあ要は政略結婚。

 つまり私は特別、帝王の事には詳しくないし、母と同じで帝国内の政治にも興味がなかった。

 商人の娘なのに、お母様には欲がないから。

 そして、それは遺伝する。

 シルベステ・オーシャンの興味は他の10人の王候補きょうだいたちとは少し違った。

 権力ではなく、"剣"に。

 ★

 10歳の誕生日、帝王は私にプレゼントを贈った。

 はっきり言って知らない人からの贈り物だったし、ピンとは来なかったのだが、母に言われるままに、帝王にお礼状を書いたのを覚えている。

 母の部屋で、重厚な木箱を開けた時の、真っ黒な、あの光が忘れられない。

「お母さま、これ………」
「剣ね。だけどこれは」
「名前、名前付けてもいい?」

黒き絆ブラックユニオン!」

「シルビィ!」

 私はその名を口にした瞬間に気絶し、4日間寝込む事になる。

 10歳にしては愚かだった……末の娘だとしても。

私も帝国のトップレベルの教育、とやらを受けていたのだから、名付けの意味ぐらい分かっていて然るべきなわけで。

 とにかくその日、私はその装飾剣に、自分の魂を半分も与えてしまったらしい。

 後悔はない。そのおかげで、面倒な期待をかけられずにここまで来れた。

 ★

 屋上に立ち、街の風を一身に受ける。

 腰に提げた直剣は、あの日もらった剣ではないが、剣士養成学校からの相棒だ。

「よし。行こうか」

 装飾用の短い剣は、鞘に収めて背負っている。
 短いのに妙に重いのは、刃の部分が隕鉄で出来ているからだ。

 どこかで悲鳴が聞こえた。

 既に、走り出している。


 ❤︎❤︎❤︎

 
 盗賊のゲットは、その日もいつも通りの仕事をしていた。老人や力のない母親が1人でいるところを狙い、家へ入って殴り倒す。
 その後に、金品を盗んでオサラバするのだ。

 退屈で、多くの収入はないが、貴族の連中相手に一攫千金を狙って、私兵に殺された仲間たちは大勢見てきた。
 
 俺は、そんな間違いは犯さない。

 誰にも守られない、大して注目されない、価値のない人間たち。つまり民衆を、いくら傷つけたところで、ましてや殺したとしても、俺を裁こうと努力する者は居ない。

━━はずなのだ。

「はぁ、は、クソ」

 帝国兵どもに追われた時も上手く撒いた、街の事は知り尽くしてる。
 のに━━、速すぎる。

 その女は、屋台で売られているような安い、鬼の面をしていた。
 子どもを怖がらせて、寝かしつけるための説教に使われる、あの鬼。

「悪い子は鬼が食べにきちゃうよ」

(そんなわけねぇだろ)

 走る、階段を上がり、ケニーの商店、角を抜ける、裏路地へ、ここを左━━、

「止まれ。自首するか?」

 剣が抜かれた。帝国の剣だが、使い込まれ、刀身が細くなっている。斬って、鈍くなり、また研いで。

「お前、人斬りか?いや、帝国兵……?」

 鬼の面をした女は、息が上がった様子もなく、面の穴から覗く銀色の瞳が、こちらを睨んでいる。

「はぁ………クソ」

 ミスった。殺しは不味かった………。
 じんじんと、左腕が痛む。服が焼け焦げて、皮膚にくっ付いている。

 あの女、魔法をやってやがったのか。
 火を掌から生み出して、それで、気が動転して、腹を刺しちまった。

 ツいてないのは、すぐそこに他の女が居て、大きな悲鳴を上げやがった…………。

 血に濡れたナイフを、鞘から引き抜く。

「やる気か?」
「…………おい、あの女は死んじまうぞ。俺を追ってて良かったのか?もう死んでるかも……」

「そうだな。時間をかけすぎた」

 あんまりにも冷たい声だったんで、一瞬、

 
 ❤︎❤︎❤︎

 
 
「助かるか?」

 男を追う前、倒れている女の腹の傷は、布で無理やり押さえつけていた。
 とりあえずの出血は抑えたが、3区街先の医術師に見せなくてはならなかった。

 カリオは、身長の低い緑髪で、子供のような姿をしているが、れっきとした魔法使いだ。

「うん、大丈夫。この人の魔力量なら、私の治癒でじゅうぶん」

 掌から光が溢れ、それが傷口に向かって流れていくのが見える。
 あの日の黒い光とは正反対の、美しい、緑白の流線だった。

「治療代は置いておく」

 被害者の乗った寝台、その足元へ金の入った袋を置くが、カリオは首を横に振る。

「ここは誰からもお金を取りません。善意でやってるのよ……何度言わせるの?」

 私は手をひらひらと振って、診療所を後にする。

「私も善意でやっている」

 扉を閉じ、魔力を両脚に込める。
 軽く飛び上がり、民家の屋根から屋根を渡って行く。

 昔、教科書で読んだ事がある。
 魔法の授業は苦手だったのに、カリオを初めて見た時には、その一節を思い出した。

(小さい頃から魔力を酷使すると、体の成長を阻害する。だから、10歳までの魔法の使用は制限される)

 カリオは、幼い頃からどれだけの人のために、その魔力を酷使してきたのだろう?

 だからこそ信用できる。

 帝国城下街の外れ、民家はポツポツと姿を消し、森へと入っていく。
 聖角の森には小さな山が立ち並び、その中に水脈が流れ、大小様々な滝がいくつもあった。

 その中の一つ、その滝の後ろに隠された、崖に挟まれた狭い空間を抜けると、木々に覆われ、誰からも知られていない小さな湖に辿り着く。

 私は鬼の仮面を外し、その返り血を眺める。

(まだまだか)

 あの日の兄は血など一滴も浴びていなかった。
 ただその名声に、一つの汚れも許さなかった。

 ★

 帝王は、知によって帝となり、しかしその妻に力を求めた。

 1番目の"選ばれた妻"、強大な魔力を持つファシター。
 妻として迎えられたのは3番目にして、2人目の"選ばれた妻"、"剣公"サッド。

 ファシターの娘は強大な魔力によって帝国魔法学校を主席で卒業、高明な魔法使いとして母親を超えると噂される。

 そして忘れられない、あの喝采を浴びていたのは、次なる皇帝と呼ばれ、剣学校の「卒業試験」を一位で終わらせたのは、サッドの息子である王子。

「この卒業試験の勝者は、サンダー!!!」

 私は2番目に「試験」を倒した生徒だった。
 今思えば、あれで良かったのだ。
 大きすぎる力は、きっと帝王の目に留まる。

 私が悔しかったのは、兄があまりにも簡単に「試験」を倒したからだった。

 傷一つなく、血の一滴も浴びず。

 強すぎる光は「姫騎士」の存在を世間から忘れさせるには十分だった。

 そして私は"失意の剣士"と呼ばれるように、その日を境に帝国兵にも志願せず、ただ、屋敷へ引き篭もった。

(表向きはね)

 湖での着替えを済ませ、血を拭った剣を木箱にしまう。

「あの男、ちゃんと捕まっただろうな。まぁ……」

 両腕を切り落としたのだから、もう盗みは働けまい。それでも剣に欠けは無かった。
 理由は魔力制御にある。
 
(魔力を制御して肉体に閉じ込める。放出と封印)

 魔力による肉体強化は、当時のサンダーには出来て私には出来なかったことだ。

「もう少しであの日のサンダーに追いつける」

 ★

 屋敷に戻り、自分の部屋に窓から侵入する。
 背中のブラックユニオンを下ろし、寝巻きに着替える。

 召使いに取らせている新聞が、寝台の上に置かれていた。

 隣国との交易や、帝国兵による逮捕劇。
 後ろの方に、私の写真が載っていた。

「いつ撮られたのか……」

(写真は有志による提供)と記されている。

正義ジャスティス仮面、またもや街を駆ける!』とクソかっこいいタイトル、私はうっとりとため息を吐き、パジャマへ着替えて眠りについた。

 おやすみ、ブラックユニオン。

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