【完】婚約破棄?望みません。王子の土下座を所望です。

桜 鴬

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 大きな産声が室内にこだまする。赤子を取りあげた産婆が退出し、グッタリした王妃に癒しの光を使った。王妃の体が光を輝き、苦し気に歪んでいた表情が和んだ。

 「これでもう安心でしょう。しかしこれ以上の出産は、母体の安全を保障しかねます」

 王太子が王に報告をするために退出した。なぜか第二王子が残っている。暇なら誕生した妹でも見てきなさいよ!

 王妃はかなりの難産だった。すでに四人もの子を出産しているため、まだまだ大丈夫だと思ったのだろう。しかし王と王妃は、加齢による体の衰えまでは考えていなかった。王妃の体はたくさん出産したことにより、その衰えをさらに加速させていた。

 「癒しの光も万能ではありません。加齢による衰えなどの、自然な事象には効果がないのです」

 「なんだと! 母上が年よりだと言うのか! しかも老化には効果がないだと? 貴様の力が及ばないだけではないのか? 」

 まったく狭量な王子よね。しかも己が年寄りとか老化とか言っちゃってるし。たしかにそれが事実だけど、私は言葉を濁して話をしたのに! だいたい体内の衰えている部分を他で補うために、私がどのくらいの魔力を使用したと思ってるの?正直立っているのも辛いんだから!

 「もう帰りましょう。フラフラではないですか。あなたが力を使用しても当然だと考え、さらにはそれ以上を求める。救いのない馬鹿者と、会話をする必要はありません」

 そうね。でも転移するには魔力がもう……私はふらつき彼の肩に触れてしまう。そんな私を彼はそっと支えてくれた。

 「逃げるつもりか! 」

 「なぜ私たちがこれ以上留まる必要があるのですか? 王妃は癒しました。子も無事産まれたのです。後は無計画に孕まぬ様に、夫婦が気をつけるだけのこと。彼女に恩を感じるならまだしも、罵倒する輩となれ合う必要はありません! 」

 たしかにそうだけど……それは親子の前で言うことではないわよ?

 「逃げるわけではありません。もうすることが無いので帰るのです。あなたは私の力不足を叫んでいますが、私が加齢による症状をも癒せたら、世の中はどうなると思われますか? 人々は老化せず永遠に生きることとなります。それがどう影響を及ぼすかを考えてみてください。老化は生命を司る神の領域なのです。只人である私では到底辿り着けぬ先にあるのです」

 「…………」

 とうとう第二王子が口を閉ざした。すると扉が開き王太子が戻ってきた。

 「今回は我国が迷惑をかけてすまない。魔力回復のため一応客室を用意させたが、そなたたちはこの城にいたくはないであろう。礼は後ほど謝罪とともに貴国へ向かおう。今はこれを使用して欲しい」

 王太子が彼になにかを手渡した。ポーションと魔力石?

 「ありがとうございます。お言葉に甘えます。これだけあれば、城へ飛ぶくらいの魔力は回復するでしょう。彼女に負担をかけるのは本意ではありませんが、未だに無礼を働く輩のいる城に留まりたくはありません。城に戻り私が彼女を癒します」

 彼が私にポーションと魔力石を手渡す。私がポーションを飲むと、魔力が少し回復した。なるほど。回復した魔力で転移の術式を刻み、魔力石を媒体に魔法を発動させるわけだ。

 「では帰りますよ。気を失っても大丈夫です。起きるまで私がしっかりと看病してさしあげます。これは役得ですね。チュッ! 」

 なっ!人前でするなー!そんな私の心の叫びをスルーし、ヒョイとひざ裏に腕を回され抱き抱えられてしまう。
 
 「では失礼します。最後に忠告です。第二王子? 短気は損気です。人にくってかかるだけではなく、少しは腹芸を覚えないと外交は成り立ちません。近隣諸国の重鎮たちは、すでに王女に力が無いことを知っています。それを外交を担うあなたの前で素知らぬ振りをし王女をほめる。つまりあなたは下に見られているのです。煽てていれば良いとね。真実を見極める目を持ちなさい」

 アドバイスをしてあげるなんて優しいのね。でも王子は顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。彼に対しての怒りなのでしょう。態度で丸解りでは駄目よね。では私からも良いかな?

 「王太子様?  私は第三王子の仕事をすべてこなして来ました。懇意になった優秀な文官たちは、ほとんどが選民意識の犠牲となり虐げられています。優秀な人材を逃さぬためにも、無能な上司の排除を検討なさることをお勧めします。まあ王と王妃が変わらぬ限り、改革は難しいと思いますけど」

 ちょっと恩着せがましいかもしれないけど、これは私からの最後の餞別よ。さあそろそろ……

 「そなたはなぜ男に抱き抱えられているのだ! 不義密通か! この淫売が! 我の子はどうしたのだ! そなたが遅いから、我と我が子は死にかけたのだぞ! すぐに駆けつけぬとはなにごとなのだ! うぅ……腰が痛む……はよ治療をするのだ! 」

 起きたのね……余計なお節介をせずに、早々に転移するべきだったわね。

 「母上……腰の痛みなど湿布薬を貼れば治ります。それより避妊をしてください。嫌なら父上を去勢しましょう。子にこれ以上言わせないでください……」

 悲痛な顔をした王太子。しかし今それですか?この方もいまいち解りにくい人ですね。

 「はい! 痴話喧嘩は我々がいなくなってからお願いします。だが王妃よ。我が婚約者を愚弄することは許しません。産まれたばかりの王女をその手に抱きたいのならば、その減らず口を閉じなさい。態度を改めぬのならば、その首を貰い受けますよ。それでは失礼したしましょう」

 彼の話が終わるタイミングにあわせ、私は転移の陣を発動させた。視界が歪む……

 私は気づくと天涯つきベッドに寝かされていた。思わずふかふかの布団に頬擦りしてしまう。宿舎の寝具は煎餅布団に毛布だけだった。寒い日は何枚も重ね着して眠ったっけ。

 なんだか怖い……こんなに幸せで良いのかな……

 「おはよう。愛する婚約者殿。愛しています。二人で幸せになりましょう」

 え?どこから声が?振り返ろうとすると、背後から彼の腕の中にとらわれた。心臓が跳び跳ねてしまいそうで、慌てて身を固くしてしまう。

 「緊張していますか? すみません。あまりに気持ち良さそうに寝ているので、その愛らしい顔を眺めていたのです。そのままつい寝てしまいました。愛するあなたと一緒に眠れるなんて、私はなんて幸せ者なのでしょうね」

  「私も幸せです。幸せ過ぎて怖いくらいで……もしまた……」

 私を抱き締め大丈夫だと、優しく耳もとでささやいてくれる。額に頬に優しいキスの雨がふる。さらに優しく唇に触れた。嬉しいけど恥ずかしい……

 「もしかしてキスも初めてですか? 」

 カッと頬が赤くなるのが己でも解る。だって!婚約者だといっても、王子は私に仕事を押し付け放蕩三昧。顔を合わせることすら希だったもの。まさか色気もなにもないと思われたの?不安でつい顔を背けてしまう。

 「それは嬉しいです。これだけはあの馬鹿王子に、感謝しなくてはなりませんね。もちろん気にはしていませんよ。しかし初心者ならばなおのこと、今から一緒に経験を積みましょう。なにせ私も初心者です。初夜で失敗はできません。可愛い未来の子供たちのためにも、毎日頑張りましょうね」

 え?えっえー!

 幸せだけど……いきなりこれはハード過ぎます。婚約者様?本当に初心者なのですか?

 「やあっ! あっ……んぅ……あぁん……」

 駄目だ……なにも考えられなく……

 「お兄様! まだ婚姻前です! 手を出しては駄目です! 先方のご両親も首を長くして目覚めを待っているのです! 侍女を追い出してまでなにをなさっているのですか! お義姉様を離しなさい! 」

 扉をドンドンと叩く音と声が木霊する。

 「チッ。仕方がありません。続きはまた夜にいたしましょう。今侍女を呼ぶので待っていてください」

 慌ててはだけた寝巻きの合わせを直し、布団から出て身なりを整える。扉が勢い良く開いた。

 「お義姉様! 無事ですか? お兄様! 寝こみを襲うなんて最低です! 」

 「妹よ。私は無体は働いていません。初夜に苦しみを与えぬ様にと、優しく手解きをしていたのです。家族計画は必要です。しかも彼女も私も初心者ですから! 」

 もうやだ……そんなこと大声で言わないて欲しいかも……

 「…………」

 ほら! 妹さん?も呆れてなにも言えなくなってるし……

 「お兄様……たしかにそれは大切かもしれません。お世継ぎの件もありますから。しかし! 駆けつけたご両親を待たせてまですることですか? 夜にすればよろしいでしょう? 侍女を呼んでいます。お義姉様に着替えて貰い、食事にエスコートしてきてください」

 夜になら良いの?しかも妹さん公認?つまり彼のご両親も?

 突入してきた侍女さんたちは、恥ずかしがる私を手際よく磨き着替えさせ、まるで別人の様にお化粧までしてくれました。その後婚約者様にエスコートされ食堂へ。そこで公爵家の家族に再会。残念ながら記憶は無いけれど、なぜか懐かしくて涙が止まりませんでした。

 私はこの後公爵家の娘として、王太子様との婚約を正式に結び直しました。そして半年後には婚姻を結ぶ運びとなったのです。いきなりの婚約発表と早すぎる婚姻に、周囲にはかなり驚ろかれました。しかし私が行方不明だったもと婚約者だと理解されると、引き裂かれた悲劇の婚約者たちの再会だと、一気に歓迎と祝福の波に飲まれてしまったのです。

 「本当に三ヶ月も離れてしまうのですか? 」

 「はい。私は聖女になります。聖教会にて潔斎をし、必ず神の祝福を戴いて参ります。あなたの隣に並んでも恥ずかしくない様に、私は努力しこの国の民のために働きたいのです」

 私は聖女になる決心を固めました。聖教会の聖なる泉にて潔斎を行うと、聖女たる資質があれば、神の祝福を得ることができるというのです。神の祝福を得ると、聖なる魔力が上昇し、治癒魔法の力も上がるそうです。

 隣国はあの後王は退位し僻地で隠居。王太子様が即位しました。王妃は横領の罪を問われ、離縁され修道院へ流されたそうです。第二王子は最後の私への母親の態度を目撃し、己のことを顧みたとのこと。改めて近隣諸国のことを学び直し、心身ともに鍛え直しているそうだ。これらを推進した王太子様の改革により、不当な貴族たちはほぼ粛清されたそうで、徐々にあの国も良くなって行くでしょう。

 もと第三王子とこの国のもと第一王女は、平民として王とともに僻地で暮らしているらしい。まあ自由はあるけど、実質的には幽閉と変わらない。 

 私がハッキリと意見を言っていたなら、あの国も変われたのかもしれない。でも幼い私は、王家に逆らうことなどできなかった。婚約者様が私を見つけてくれた。あれから私の人生は好転した。

 「あなたは私に幸せを与えてくれました。この幸福を還元したい。そして王となるあなたの力になりたい。だから力を得たいのです。暫し寂しくなりますが、戻ったらたくさん愛してください。愛するあなたをいつも思っています」

 思わず涙が溢れそうになる。そんな私をしっかりと抱き締め、彼は手を振り送り出してくれた。

 「頑張って来てください。体には気をつけるのですよ」

 「はい」

 離れがたいけど彼の腕から抜け出し、私は聖教会へと旅立った。

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