6 / 10
⑥
しおりを挟む大きな産声が室内にこだまする。赤子を取りあげた産婆が退出し、グッタリした王妃に癒しの光を使った。王妃の体が光を輝き、苦し気に歪んでいた表情が和んだ。
「これでもう安心でしょう。しかしこれ以上の出産は、母体の安全を保障しかねます」
王太子が王に報告をするために退出した。なぜか第二王子が残っている。暇なら誕生した妹でも見てきなさいよ!
王妃はかなりの難産だった。すでに四人もの子を出産しているため、まだまだ大丈夫だと思ったのだろう。しかし王と王妃は、加齢による体の衰えまでは考えていなかった。王妃の体はたくさん出産したことにより、その衰えをさらに加速させていた。
「癒しの光も万能ではありません。加齢による衰えなどの、自然な事象には効果がないのです」
「なんだと! 母上が年よりだと言うのか! しかも老化には効果がないだと? 貴様の力が及ばないだけではないのか? 」
まったく狭量な王子よね。しかも己が年寄りとか老化とか言っちゃってるし。たしかにそれが事実だけど、私は言葉を濁して話をしたのに! だいたい体内の衰えている部分を他で補うために、私がどのくらいの魔力を使用したと思ってるの?正直立っているのも辛いんだから!
「もう帰りましょう。フラフラではないですか。あなたが力を使用しても当然だと考え、さらにはそれ以上を求める。救いのない馬鹿者と、会話をする必要はありません」
そうね。でも転移するには魔力がもう……私はふらつき彼の肩に触れてしまう。そんな私を彼はそっと支えてくれた。
「逃げるつもりか! 」
「なぜ私たちがこれ以上留まる必要があるのですか? 王妃は癒しました。子も無事産まれたのです。後は無計画に孕まぬ様に、夫婦が気をつけるだけのこと。彼女に恩を感じるならまだしも、罵倒する輩となれ合う必要はありません! 」
たしかにそうだけど……それは親子の前で言うことではないわよ?
「逃げるわけではありません。もうすることが無いので帰るのです。あなたは私の力不足を叫んでいますが、私が加齢による症状をも癒せたら、世の中はどうなると思われますか? 人々は老化せず永遠に生きることとなります。それがどう影響を及ぼすかを考えてみてください。老化は生命を司る神の領域なのです。只人である私では到底辿り着けぬ先にあるのです」
「…………」
とうとう第二王子が口を閉ざした。すると扉が開き王太子が戻ってきた。
「今回は我国が迷惑をかけてすまない。魔力回復のため一応客室を用意させたが、そなたたちはこの城にいたくはないであろう。礼は後ほど謝罪とともに貴国へ向かおう。今はこれを使用して欲しい」
王太子が彼になにかを手渡した。ポーションと魔力石?
「ありがとうございます。お言葉に甘えます。これだけあれば、城へ飛ぶくらいの魔力は回復するでしょう。彼女に負担をかけるのは本意ではありませんが、未だに無礼を働く輩のいる城に留まりたくはありません。城に戻り私が彼女を癒します」
彼が私にポーションと魔力石を手渡す。私がポーションを飲むと、魔力が少し回復した。なるほど。回復した魔力で転移の術式を刻み、魔力石を媒体に魔法を発動させるわけだ。
「では帰りますよ。気を失っても大丈夫です。起きるまで私がしっかりと看病してさしあげます。これは役得ですね。チュッ! 」
なっ!人前でするなー!そんな私の心の叫びをスルーし、ヒョイとひざ裏に腕を回され抱き抱えられてしまう。
「では失礼します。最後に忠告です。第二王子? 短気は損気です。人にくってかかるだけではなく、少しは腹芸を覚えないと外交は成り立ちません。近隣諸国の重鎮たちは、すでに王女に力が無いことを知っています。それを外交を担うあなたの前で素知らぬ振りをし王女をほめる。つまりあなたは下に見られているのです。煽てていれば良いとね。真実を見極める目を持ちなさい」
アドバイスをしてあげるなんて優しいのね。でも王子は顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。彼に対しての怒りなのでしょう。態度で丸解りでは駄目よね。では私からも良いかな?
「王太子様? 私は第三王子の仕事をすべてこなして来ました。懇意になった優秀な文官たちは、ほとんどが選民意識の犠牲となり虐げられています。優秀な人材を逃さぬためにも、無能な上司の排除を検討なさることをお勧めします。まあ王と王妃が変わらぬ限り、改革は難しいと思いますけど」
ちょっと恩着せがましいかもしれないけど、これは私からの最後の餞別よ。さあそろそろ……
「そなたはなぜ男に抱き抱えられているのだ! 不義密通か! この淫売が! 我の子はどうしたのだ! そなたが遅いから、我と我が子は死にかけたのだぞ! すぐに駆けつけぬとはなにごとなのだ! うぅ……腰が痛む……はよ治療をするのだ! 」
起きたのね……余計なお節介をせずに、早々に転移するべきだったわね。
「母上……腰の痛みなど湿布薬を貼れば治ります。それより避妊をしてください。嫌なら父上を去勢しましょう。子にこれ以上言わせないでください……」
悲痛な顔をした王太子。しかし今それですか?この方もいまいち解りにくい人ですね。
「はい! 痴話喧嘩は我々がいなくなってからお願いします。だが王妃よ。我が婚約者を愚弄することは許しません。産まれたばかりの王女をその手に抱きたいのならば、その減らず口を閉じなさい。態度を改めぬのならば、その首を貰い受けますよ。それでは失礼したしましょう」
彼の話が終わるタイミングにあわせ、私は転移の陣を発動させた。視界が歪む……
私は気づくと天涯つきベッドに寝かされていた。思わずふかふかの布団に頬擦りしてしまう。宿舎の寝具は煎餅布団に毛布だけだった。寒い日は何枚も重ね着して眠ったっけ。
なんだか怖い……こんなに幸せで良いのかな……
「おはよう。愛する婚約者殿。愛しています。二人で幸せになりましょう」
え?どこから声が?振り返ろうとすると、背後から彼の腕の中にとらわれた。心臓が跳び跳ねてしまいそうで、慌てて身を固くしてしまう。
「緊張していますか? すみません。あまりに気持ち良さそうに寝ているので、その愛らしい顔を眺めていたのです。そのままつい寝てしまいました。愛するあなたと一緒に眠れるなんて、私はなんて幸せ者なのでしょうね」
「私も幸せです。幸せ過ぎて怖いくらいで……もしまた……」
私を抱き締め大丈夫だと、優しく耳もとでささやいてくれる。額に頬に優しいキスの雨がふる。さらに優しく唇に触れた。嬉しいけど恥ずかしい……
「もしかしてキスも初めてですか? 」
カッと頬が赤くなるのが己でも解る。だって!婚約者だといっても、王子は私に仕事を押し付け放蕩三昧。顔を合わせることすら希だったもの。まさか色気もなにもないと思われたの?不安でつい顔を背けてしまう。
「それは嬉しいです。これだけはあの馬鹿王子に、感謝しなくてはなりませんね。もちろん気にはしていませんよ。しかし初心者ならばなおのこと、今から一緒に経験を積みましょう。なにせ私も初心者です。初夜で失敗はできません。可愛い未来の子供たちのためにも、毎日頑張りましょうね」
え?えっえー!
幸せだけど……いきなりこれはハード過ぎます。婚約者様?本当に初心者なのですか?
「やあっ! あっ……んぅ……あぁん……」
駄目だ……なにも考えられなく……
「お兄様! まだ婚姻前です! 手を出しては駄目です! 先方のご両親も首を長くして目覚めを待っているのです! 侍女を追い出してまでなにをなさっているのですか! お義姉様を離しなさい! 」
扉をドンドンと叩く音と声が木霊する。
「チッ。仕方がありません。続きはまた夜にいたしましょう。今侍女を呼ぶので待っていてください」
慌ててはだけた寝巻きの合わせを直し、布団から出て身なりを整える。扉が勢い良く開いた。
「お義姉様! 無事ですか? お兄様! 寝こみを襲うなんて最低です! 」
「妹よ。私は無体は働いていません。初夜に苦しみを与えぬ様にと、優しく手解きをしていたのです。家族計画は必要です。しかも彼女も私も初心者ですから! 」
もうやだ……そんなこと大声で言わないて欲しいかも……
「…………」
ほら! 妹さん?も呆れてなにも言えなくなってるし……
「お兄様……たしかにそれは大切かもしれません。お世継ぎの件もありますから。しかし! 駆けつけたご両親を待たせてまですることですか? 夜にすればよろしいでしょう? 侍女を呼んでいます。お義姉様に着替えて貰い、食事にエスコートしてきてください」
夜になら良いの?しかも妹さん公認?つまり彼のご両親も?
突入してきた侍女さんたちは、恥ずかしがる私を手際よく磨き着替えさせ、まるで別人の様にお化粧までしてくれました。その後婚約者様にエスコートされ食堂へ。そこで公爵家の家族に再会。残念ながら記憶は無いけれど、なぜか懐かしくて涙が止まりませんでした。
私はこの後公爵家の娘として、王太子様との婚約を正式に結び直しました。そして半年後には婚姻を結ぶ運びとなったのです。いきなりの婚約発表と早すぎる婚姻に、周囲にはかなり驚ろかれました。しかし私が行方不明だったもと婚約者だと理解されると、引き裂かれた悲劇の婚約者たちの再会だと、一気に歓迎と祝福の波に飲まれてしまったのです。
「本当に三ヶ月も離れてしまうのですか? 」
「はい。私は聖女になります。聖教会にて潔斎をし、必ず神の祝福を戴いて参ります。あなたの隣に並んでも恥ずかしくない様に、私は努力しこの国の民のために働きたいのです」
私は聖女になる決心を固めました。聖教会の聖なる泉にて潔斎を行うと、聖女たる資質があれば、神の祝福を得ることができるというのです。神の祝福を得ると、聖なる魔力が上昇し、治癒魔法の力も上がるそうです。
隣国はあの後王は退位し僻地で隠居。王太子様が即位しました。王妃は横領の罪を問われ、離縁され修道院へ流されたそうです。第二王子は最後の私への母親の態度を目撃し、己のことを顧みたとのこと。改めて近隣諸国のことを学び直し、心身ともに鍛え直しているそうだ。これらを推進した王太子様の改革により、不当な貴族たちはほぼ粛清されたそうで、徐々にあの国も良くなって行くでしょう。
もと第三王子とこの国のもと第一王女は、平民として王とともに僻地で暮らしているらしい。まあ自由はあるけど、実質的には幽閉と変わらない。
私がハッキリと意見を言っていたなら、あの国も変われたのかもしれない。でも幼い私は、王家に逆らうことなどできなかった。婚約者様が私を見つけてくれた。あれから私の人生は好転した。
「あなたは私に幸せを与えてくれました。この幸福を還元したい。そして王となるあなたの力になりたい。だから力を得たいのです。暫し寂しくなりますが、戻ったらたくさん愛してください。愛するあなたをいつも思っています」
思わず涙が溢れそうになる。そんな私をしっかりと抱き締め、彼は手を振り送り出してくれた。
「頑張って来てください。体には気をつけるのですよ」
「はい」
離れがたいけど彼の腕から抜け出し、私は聖教会へと旅立った。
*******
0
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
婚約破棄は嘘だった、ですか…?
基本二度寝
恋愛
「君とは婚約破棄をする!」
婚約者ははっきり宣言しました。
「…かしこまりました」
爵位の高い相手から望まれた婚約で、此方には拒否することはできませんでした。
そして、婚約の破棄も拒否はできませんでした。
※エイプリルフール過ぎてあげるヤツ
※少しだけ続けました
旦那様は、転生後は王子様でした
編端みどり
恋愛
近所でも有名なおしどり夫婦だった私達は、死ぬ時まで一緒でした。生まれ変わっても一緒になろうなんて言ったけど、今世は貴族ですって。しかも、タチの悪い両親に王子の婚約者になれと言われました。なれなかったら替え玉と交換して捨てるって言われましたわ。
まだ12歳ですから、捨てられると生きていけません。泣く泣くお茶会に行ったら、王子様は元夫でした。
時折チートな行動をして暴走する元夫を嗜めながら、自身もチートな事に気が付かない公爵令嬢のドタバタした日常は、周りを巻き込んで大事になっていき……。
え?! わたくし破滅するの?!
しばらく不定期更新です。時間できたら毎日更新しますのでよろしくお願いします。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ついで姫の本気
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
国の間で二組の婚約が結ばれた。
一方は王太子と王女の婚約。
もう一方は王太子の親友の高位貴族と王女と仲の良い下位貴族の娘のもので……。
綺麗な話を書いていた反動でできたお話なので救いなし。
ハッピーな終わり方ではありません(多分)。
※4/7 完結しました。
ざまぁのみの暗い話の予定でしたが、読者様に励まされ闇精神が復活。
救いのあるラストになっております。
短いです。全三話くらいの予定です。
↑3/31 見通しが甘くてすみません。ちょっとだけのびます。
4/6 9話目 わかりにくいと思われる部分に少し文を加えました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる