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しおりを挟む会場内の視線が第一王女に集まった。王女はピクリとも動かない。王太子である第一王子と、外交を任されている第二王子が王女にかけよる。
「母上の大事だ! お前はこの場を辞して良い。第二王子よ。王女を母上のもとへ。気が動転して動けぬのだろう」
王太子は真実を知らないの?
「さあ行こう! 大丈夫だよ。お前が癒せば母上はすぐに良くなるはずだ。いつもたくさんの人々を癒しているではないか。近隣諸国の重鎮にも聖女様は素晴らしいと褒め称えられている。私は先々でお礼を言われ、いつも誇らしく思っているよ。さあ。気を落ち着けて行こう……」
第二王子まで知らないなんて……
「君に王妃を癒す義務はないはずです。聖女は第一王女です。まあ近隣諸国では影武者だと知れ渡っていますが、まさか王子たちまでも知らぬとは…… 」
でも……癒せるのに見殺しにするのは……
「見殺しにはできませんか? しかしあなたは聖女ではありません。治療を望まれたならまだしも、己から名乗り出る必要はないはずです。逆に聖女たる王女を愚弄したと、王子たちに責められるかもしれません」
たしかにそうよね。私が治療をするてて名乗り出れば、聖女たる王女を無能だと侮ったと取られかねない。真実を知るのは本人と王だけ。王妃様には申し訳ないけど、私から治療を申し出ることはできない。
私は堂々と彼の隣に立ちたい。そのためには、他人に侮られてはいけないのだから!
「ありがとう。そうよね。私は聖女ではない。第一王女がこの国の聖女。真実を知るのは本人と王のみみたいだし、その人たちからの依頼が無ければ動けない。いえ。私は動かない」
彼は私の手を優しく包んでくれる。私は勇気を出さねばならない。いつまでも婚約者のときのまま、この国の王族に下に見られるわけにはいかないのだから。
「では国へ帰ろう。君の本当のご両親が、首を長くして待っているよ」
「ええ。戦後処理で慌ただしくて、未だに会えていないんだもの。私も早く合いたい。でも本当に待っていてくれたの? 」
「当たり前です! ご両親もずっと探していました。あなたにはお兄様が三人いらっしゃいます。末っ子で女の子だからと、家族中で溺愛していたんです。お兄様がたには、私は敵視されてましたからね」
私にたくさんの家族がいた。本当に嬉しい。しかも愛されていたなんて……
「でも家族とばかりでは駄目です。私もお仲間に入れてくださいね。そしてたくさんの家族を迎えましょう。ああ……早く婚姻したいです……さすがに式の前には……」
ギュッと抱き締められ赤面してしまう。たくさんの家族ってそういうことよね?恥ずかしいけど……
「私もたくさんの家族て暮らしたい。旦那さま。どうぞよろしくお願いしますね? 」
んん?駄目!ここでは駄目!ストーップ!キスをしようと近付く唇を手のひらで押さえた。
「ここでは無理! 人前です! 」
「ならすぐに帰りましょう。お城まで転移をお願いします」
彼が私をヒョイと横抱きに抱える。やだ!これも恥ずかしいわよ!慌てて私は転移の術式を発動させた。私たちの周囲の風向きが変化する。
「待て! 王妃を癒せ! 貴様は恩を感じてはいないのか? 重鎮たちの反対を押切り、王妃が第三王子の婚約者にと望んだのだ! 婚約は白紙になったが、一時は義母になるはずだったのだそ! 王妃は優しかったであろうが! 」
……気が動転して焦っているのはわかるけどなぜ命令なの?素直に頼めば良いじゃない?
「まったくその減らず口を縫い付けてしまいたいですね。なぜ命令するのです? しかも聖女たる王女がいらっしゃる。ならば彼女は必要ないはずです。そのことを曖昧にし、温情で治療をさせようとは、片腹痛くて笑えますよ」
「…………」
「王女は身内のことに気が動転しているのだ。そなたが治療を出来るのなら変わってやって欲しい。私からも頼む……」
王太子様が頭を下げてくる。この方はキチンと頭は下げられる人みたい。しかし王太子ならばなおのこと。真実を知らぬままでは駄目なのよ!
「王女様? あなたは聖女です。なのに私に頼むのですか? ならば真実を公表してください。私は国を離れるのです。このままではこの国の信用が揺るぎます。王よ。そうは思いませんか? 」
王太子が私の言葉に疑問を感じている様だ。しかし私からはなにも言わない。少しは己で考えなさい。
「兄上! そんな恩知らずに頼むことはありません! 散々城で贅沢三昧をし、遊び呆けていたと母上から聞いている。魔力が高いからと、息子の婚約者に押して失敗したとな! さあ妹よ。母上のもとへ向かおう」
……外交を担う第二王子がこれですか?だから近隣諸国にヨイショされ、侮られてしまっているのよ!しかし王女様はピクリとも動きませんけど?
「はあ……まったくこの国の王族は馬鹿ばかりです。彼女が贅沢三昧? 遊び歩いていた? どうしてそうなるのです? 彼女は婚約者の仕事をすべてこなし、魔術師団でも働き、他国への招聘までにも応じていました。すべて王と王妃からの命です。これは私が彼女と再開してから調べ解ったことです。遊び呆けていたのは、もと婚約者の方ですよ」
唖然としている王太子。納得のいかぬ顔をしている第二王子。
「信じられぬならば、魔術師団の団員に聞いてみなさい。彼女は男ばかりの魔術師団の宿舎に住まわされていました。衣食住は団員と同等です。その方が仕事をさせるのに効率が良かったからだそうです。しかし仮にも王子の婚約者を宿舎に入れますか? 王妃は優しかった? 恩を感じる? あり得ませんよ。これらはすべて王妃の命だそうです」
まさか彼がそこまで調べていてくれたなんて……嬉しくて目頭が熱く……
「まだ知りたいですか? 幾らでもありますよ。贅沢三昧については、王家御用達のお店を調べてみなさい。王妃が使い込んでいます。王子の婚約者であれば、国から予算がでるはずです。さらには魔術師団員としての給料。すべて王妃が着服しています。彼女にはびた一文渡っていません! 」
「だが! ドレスやお飾りなどは、豪華な品を着用しているではないか! 」
これらはすべて借り物です。王妃様が世間体が悪いからと、公の場にでる時だけメイドを派遣してくるのです。これらを持ってね!だからサイズが合わないのよ。王妃様のサイズは……
「弟よ。もう止めだ。たしかにそのドレスやお飾りには見覚えがある。母上が若いころに着ていらした品だな。それに良く見ろ。サイズが合っていないではないか。特に胸の部分がかなりキツそうだ」
ちょっと!胸元をガン見しないで!会場中の視線が痛いんですけど!
「兄上……」
「妹よ。お前には聖女たる資質は無いのだな? 彼女を影武者にしていたのか? なぜそんなことをしたのだ。我国の聖女は近隣諸国の重鎮たちも癒している。面通しをすれば直ぐにでもバレること。父上もなぜこの様なことを……」
静まり返る会場内。
「ごめんなさい! 私が我が儘を言ったの! だって隣国の王太子様と婚姻したかったの。隣国では古の大聖女様が英雄扱いだから、聖女になれば婚約の話が進むと思ったの。でも魔力が少ないから……悩んでいたらお母様が、彼女をこき使えば良いと言ったのよ! 」
隣国の王太子様って……
「たしかに私ですね。しかし私はキチンとお断りしたはずです。幼いころからの婚約者の生存を、ずっと諦めていなかったからです」
「いつまでも死人を思い続けているなんて変よ! 」
私は死んでいませんよ?
「変で結構! それに聖女は飾りではありません。こちらも聖女と主張する者の魔力くらい調べます。とくに我国では大聖女親交が根強い。聖女のまがい物などを、国に入れるわけにはいきません。国民に知られたら、嬲り殺しにされます。それだけ我国の民は、古の大聖女様を崇めているのです」
崇めているの? 私は大丈夫かしら?嬲り殺しになるのは嫌だわ。
「その点私の婚約者殿は優秀です。我国の兵たちを助けてくれました。また近隣諸国での活躍も知れ渡っています。私はずっと王女の影にいる女性にお会いしてみたかった。王の見つからないという言葉を鵜呑みにし、まさか彼女が影武者だったとは、微塵も思わなかったのです。私がもっと早くに気付いていれば、彼女を早く救出できたのに……」
ううん。言いなりになっていた私も悪いの。なにも解らない内に王宮に連れてこられ、あの扱いが普通だと思わされていた。さすがに成長して可笑しいとは思ったけど、今さら抜け出ることはできなかった。だからあの戦争での、広域攻撃魔法投下の王命は、私にとって転機だったの。
私は殺人兵器にはなりたくなかった。だから即死の魔法は使わず、癒しの光で蘇生できる様に魔法を使用した。そして隣国へ向かい、亡命する予定だった。
彼と出会い亡命では無くなったけど。
「認める! すべては私が目論んだことだ! だから頼む! 王妃を癒してくれ! 頼む……」
王の叫びが会場内に響き渡る。
「私からもお願いいたします。浅はかな我々を許してください。後日必ずすべてを白日のもとに晒すと、王太子の名に誓います。どうか母上を癒してください……」
王太子様が頭を下げてきた。この方が次期王ならば、この国の未来はあかるいでしょう。情報収集や状況判断などの知識は学べば良いこと。優秀な人材もこの国にはたくさんいる。しかし王や王妃が選民意識が強く、無能が蔓延ってしまっているだけ。私は王子の仕事をしていたから、虐げられている文官さんたちとも仲良しだったの。無能を廃し有能な者たちを引き上げなさい。
さて。王妃様を癒しにいきますか!
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